第三章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールII」#5
身体を貫通する無数の矢を伝い、血がぽつりぽつりと滴り落ちる。
頭を垂れたまま、動かなくなったルビアの首筋にアルが刃をあてがった。
「命乞いをしてくれないのは助かる。五月蝿く喚かれても、不本意ながらこうせざるを得ない立場に居る、としか言い返しようがないからな。これでようやくヤミと同じ。僕らも自由だ」
アルがほんのわずかに腕に力を込めた。その時。
「ーー!?」
突如として地上から血が噴き上がり、屋上に影を落とすほどの真紅の壁が聳え立った。思わず意識を取られるシルフィムたち。
「……っ!?」
既にアルの前にルビアの身柄はなく、距離を空けて真中が抱き抱えていた。
「おい! 聞こえるか、返事しろ!」
「ちょうど……よかった……華麗なる逆転劇をこれから見せてあげる……ところ……」
瀕死であるにも関わらず、尚も態度を崩さないルビアに真中は怒り心頭に発した。
「どうして俺を呼ばなかった! そんなに俺は頼りないかよ!」
「眷属でも……ないあなたを……わたしの都合で……戦わせてしまうのは……筋違い……でしょ」
「俺が産まれる前からこうなることは決定事項だった。親父が筋書きを書いて、俺はお前の心臓を、力を受け継いだ。俺はその理由を知らないといけない。お袋は承知した上でそれでもお腹を痛めて俺を産んだのか。それとも親父に騙されて利用されたのか。納得の為に覚悟はあの夜済ませてきた。勝手な言い分かもしれないけど、最後を見届けるまでお前とは一蓮托生だと思ってる。だから要らない遠慮なんてするな!」
ルビアの意識は途切れ、迫り来るシルフィムらの気配を感じ、真中は流身送血を行使した。
「話の邪魔だ」
振り下ろされる斧を破壊しつつ鳩尾に入れる肘打ち。鋭い槍の刺突を手の甲で払い、顎に一拳叩き込む。放たれた矢は掴み取り、打ち返して術者の肩を射抜く。それらの動作を一秒足らずでやってのける真中。もはや昨晩とは異なり死角はなかった。
「最も優しいリズを足止めに使ったのは逆効果だったか……」
今度はアルから振り下ろされた一刀を、身体を傾けるだけの最小限の動きで躱しきる。
「全部見えてる」
即座に距離を取るアル。仲間は皆、悶絶しており、援護は期待出来なかった。
「『道中、エネルギー補給に至ったわけか。作戦は失敗。こちらも先のルビアから受けた血術が少なからず効いている。これ以上無理をさせれば腐食結漿が進行して、死期を早めてしまう結果になりかねない。元よりシルフィムは魔力と偽血の器でしかない天動梗吾の贋作品。全てを理解した時分より、犠牲になるのはこの僕だけと決めて来た。もし神が居るなら、僕一人の命を持っていくだけで許せ。そして目の前に居る吸血王を超える力を……皆を救う力を与えてくれ』」
アルの次のプランは、真中の四肢を切断して、出来るだけ再生にエネルギーを消費させる持久戦に持ち込むことだった。そのためには否応なく真中と同じステージに立たなくてはならない。
やがてアルの肌の一部分は真中と同様に、赤黒く変色していった。
「なにも流身送血が使えるのはお前だけではない」
真中がほんの僅か一度瞬きをした直後、靴底が迫り来るのを認識した。然してそれは脳で理解したに留まり、避けるという動作に繋げることまでは出来ず、直撃は免れなかった。
「……!?」
隣接するマンションの空き部屋に蹴り飛ばされた真中に向かい、投擲された血槍が距離を詰めて来る。
辛うじて反応し、掠る程度に抑えるも室内へと侵入していたアルが壁に刺さったそれを手に取り、真中の喉元を裂いた。
噴き出る血飛沫。それらを掴む真中は流れ出た血液を日本刀の形に変えて、二撃目を撃ち払う。
「斬血!」
「よく対応出来た。だが」
その衝撃で血刀だけが、砕け折れてしまう。
「くそっ!」
体制を変えて再び打ち込むアル。鼻先寸前で真中が握り止めるも、硬質化された槍が液状に戻る。
「っ?」
目を丸くする真中の顔面に、真正面から突っ込んできたアルが渾身の拳を叩き込む。と、床は崩壊し、下階まで粉塵を撒き散らしながら二人は落下していった。
大きく破砕された瓦礫と共に、覆い被さるアルを蹴り退ける真中。土煙が立ち登り視界が悪い中、真中の突き出す両拳には螺旋状の血液が渦巻いていた。
「『あれは何だ?』」
繰り出されるジャブとストレートを繋げたワンツー。
咄嗟にガードするもわけなく崩され、窓ガラスを割って、ベランダをも破壊し、勢いは尚も衰えず、空中へとアルは放り出される。
「『防ぎきれなかった。先とはまるで威力が違う。あの血術は情報にない……』」
後を追って真中も飛び降りる。その最中で再び斬血を作り出し、速度に乗って斬り込んでいった。
「そんなものは付け焼き刃の浅知恵に過ぎないことを教えてやる」
アルはそう言って右腕を突き出し、五指を弾く。それは真中にとって記憶に新しい構えであった。
「『あれはヤミが使ってた……』」
「自由落下状態で躱しきれると思うなよ。アンリーシュ・アール!」
圧縮された魔力の奔流が急速に拡散する。直撃するものの傷は浅く、深手を負わせるまでに至らず。真中は臆することなく斬血からの一刀を振るった。
すかさず得意とする大鎌を作り出しアルが薙ぎ払う。互いの刃は拮抗。しかしそれらは一瞬。斬血にまたもヒビが入ってしまう。
「学ばないな。結論お前に血術は早過ぎたんだ。このまま首を落とす!」
「これでも同じだと言えるか」
まるで補強するかのように、亀裂の入った刀身に新しく流れ出た自血をコーティングしていった。
「これなら壊れない、だろ?」
「受け止め……きれない! 押し……負ける」
未だ真中の両腕を規則的に廻る血液。それが腕力を飛躍的に向上させていた。加えて真紅に輝き始める心臓部と血の管。アルはその現象の意味するところを理解してはいなかった。
「『昨日今日、血術を会得したばかりの元人間に押し切られた。あれは本当に血術なのか……』」
墜落するアルは受け身をとり、構え直すも、大鎌が少しずつ削り取られてしまっていることに気付く。
「どうなっている?」
鼻腔から血が垂れ、両目からもまるで涙のように血が溢れてくる。加えてそれら全て流れ出たものは、真中の廻天する腕の血流に吸収されているようだった。
「ハァ、ハァ……戦いの中で慣れようと思ってるのに、まるで勝手が違い過ぎるから追いつきやしない」
真中は未だそれが血術に起因するものだと思い込んでいた。
「『これが流身送血だと。そんなワケがない。これは血術ではない別の〝何か〟だ』」
早くも異変を感じ取るアルは、その原因となる現象に一つ、思い至るものがあった。
「『借り物の心臓を核とした体組織の再構成。奪った僕の血も自らの血に組み変えて取り込もうとしている。あれは十中八九、吸血王とそれに従ずる眷属だけに許された切り札。形態変化の兆候と、副次的能力解放の片鱗に相違ない。ここまでの芸当をやってのける天動真中とはそもそも何者なんだ……』」




