第三章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールII」#3
体操服に着替え終わり、コートの準備に全員で取り掛かっていると、一人の男子がふとぼやき始めた。
「今ごろ女子はプールかぁ……水着姿、一眼でいいから拝みてぇー」
それからまた別の男子が話題に乗っかってくる。
「ルビアちゃんのスクール水着ってそれだけでもうヤバいっしょ! セーラー服があれだけの破壊力だったのに今度は水着って。停学くらうくらいだったら迷わず覗くなー。屋内じゃなきゃなぁー」
「天動ってさ、ルビアちゃんと同棲してるって噂だけど、マジな話どうなん? あんな可愛い子が側に居る生活って考えられねぇんだけど」
「同棲というかワケあって一緒には暮らしてる。一応」
一同はその返答に驚愕し、全員で真中に詰め寄った。
「一応ってなんだよ! 噂はマジなのかー! くそっ! 不平等の極みっ……」
「重要なことをまだ訊いてないぞ。落ち着けお前ら! まさかとは思うが、付き合ってるとかじゃないよな!?」
「いや、なんか俺の親父に用があるっぽくて。でも肝心な親父が行方不明でさ。着の身着のまま日本まで来たって言うから、とりあえず成り行きでそのまま住んでる……みたいな?」
ほっと肩を撫で下ろす男子たち。そこへ先生が現れ、全く進んでいないコートの整備状況に、憤怒した。
一方でプールサイドに向かうべく、ルビアとヒロが着替え終わる。
体型が如実に浮き出るピッチリとしたウェア。くびれた腰から曲線を描き、無防備に露出する両脚。わずかにデコルテのラインが見え隠れする両肩。たった一枚の布地に隠れているだけという、ともすれば裸よりも羞恥心を煽るそれこそ、ルビアが待望するスクール水着だった。自宅にてカヤノ相手に披露することはあれど、公共の面前で堂々と着用する機会はなく。喜びや昂りといった感情が先行し、ルビアは舞い上がっていた。
「華美な装飾がない分、隠しきれない、どうしても浮き出てしまう未成熟な体つきや肉づきと、普段海で着るような水着とは異なって生み出される地味さ、味気なさが組み合わさって、それはかえってとてもえっちぃの。スクール水着の最たる魅力と言っても過言ではないわ」
「この格好ってえっちぃの!?」
思春期の男子ばりのあくなき考察に、若干引き気味なヒロ。それを差し置いてルビアの熱弁は続く。
「忘れもしない。魔法少女隊レイド・クライス第23話。夏合宿編で主人公の親友リルハだけ真面目だから合宿と聞いて可愛らしい水着を新調するって思考がなかったわけ。それで必然的に彼女だけがスクール水着で参加することになるんだけどそれがいい意味合いで浮いてて一際目を惹くの。ついつい目で追いかけちゃって。それで気がついたら同じ型の旧スクをポチってたわ。今思うとあれがわたしのコスプレ第一号」
「旧……スク?」
「後々普通の水着も着るのだけどその水着フィギュアとスクール水着フィギュアでは原型師は同じながら後者の方が売り上げもよかったって話。ま、当然の帰結よね」
「みんな好きなんだ……この水着。なんか聞いてたら恥ずかしくなってきたかも」
「恥じらいも大事なポイントよヒロ。せっかくのプールの授業、目一杯楽しまないと!」
タオルを巻いたヒロと、常に堂々たるルビアがプールサイドに降り立った。
直後、始業のチャイムよりも寸刻早く観客席側の窓ガラスが一斉に割れ落ちる。
女子生徒皆の意識がそちらへと向くなか、計画を事前に知っていたヒロだけが固唾を呑んだ。
流身送血を使った高速移動にて、シルフィムたちに囲い込まれるルビア。
振り解いた髪がなびく。すぐさまヒロをプールに突き落とし、全ての攻撃を受け切るも、血術から生み出された槍からの刺突が脇腹を穿つ。
「『もしかして、自分から遠ざけるように私を水の中に……? 私を巻き込まないため……?』」
大量出血での失血死を狙うシルフィムたち。思惑通り、ルビアの足元にはみるみると血溜まりが出来上がった。
「『ま……真中……敵襲よ。気を、つけ……』」
心の声を振り絞る。
「今日はやけに多いな。ルビアダークじゃない。また本人からだ」
二人一組でストレッチをする中、ルビアの逼迫した声を拾ったものの、何と発しているのか上手く聞き取れなかった。
「『水泳の授業中だろ? 何かあったのか?』」
応答するも、それに対する返事は一向に帰ってこない。
「『ルビア? おい、ルビア! 答えてくれ!』」
何の音沙汰もないことに凶兆がよぎった真中は、授業をほっぽって駆け出していた。
「なんだ天動、授業中だぞ!」
体育教師に呼び止められるも。
「すいません! ちょっと気分悪いんで、トイレ行ってきます!」
仮病のジェスチャーすらなく、颯爽と体育館を後にした。
「何かがあったことは間違いない! ヤミが言ってた新しい刺客か! あのバカ強いルビアが声も出せない状況なのかよ!」
初撃に深手を負ったルビアは反対側の窓ガラス目掛けて跳躍し、そのまま突き破って外へと一時撤退する。
「周囲の人間への配慮、こちらとしても好都合だ」
屋上に出た時点で未だ出血は止まらない。数秒あれば完治する傷も、ルビアダークとの一戦が再生能力を著しく低下させていた。
「『明らかに昨日の疲労が尾を引いてる。まずいわね。血術は多分使えてあと一度きり。翼もあれだけズタボロにされたんだもの、あてにできない……』」
「どうして今なのか、間の悪いことだと思ったか」
回復に専念するルビアの元へ、シルフィムらが追いついて来る。
「ええ。どうして念願叶ったせっかくのスクール水着着てあんたたちと一戦交えなきゃなんないのよ! ってね」
「昼食前の4時限目に奇襲をかける、というのがこちらの手筈なんだ」
「返答になってないわよ。だから何でそのタイミング……まさか」
「察しがついたか。体育の授業は必然的に男女別行動となる。加えてお前は先日の天動真中の暴走において血をかなり使い過ぎた。そして彼もまた最後の食事をとってから4時間と39分が経とうとしている。それはさぞ彼のポテンシャルである、膂力と回復力を低下させていることだろう。彼のエネルギー源もまた、そこらを跋扈する人間と変わらない。糖質だの脂質だのタンパク質に限られてくる。今が絶賛空腹時のピークというわけだ」
照り返しの強い屋根上にて対峙するルビアとシルフィム。このシチュエーションも全ては計画通りに誘導されていたことを知る。
「『確かに襲うならベストのタイミング。でもどこからそんな情報を手に入れた? 天動梗吾の入れ知恵? にしてもピンポイント過ぎる』」
「それと気がついたか。待ってても天動真中ならここへは来ない」
「……っ!」
言う通り、真中からの反応はないまま数分が経過した。
「『返事しなさい! そっちはどうなってるの!』」
再び声を飛ばすも変化はなく。
「それもこれもあんたの言う手筈のうち、なのかしら?」
「無論。お前が持つ唯一の援護ケースも断っている。こちらに抜かりはない」
その場に居並ぶシルフィム全員が血術を行使し、斬血にも似た白兵戦用の武器を生成した。
「恨みごとの一つもないが、死して僕たちに希望を見出してくれ、元吸血王」
時を同じくして、授業を抜け出すことは叶ったものの、肝心な屋内プール場がどこに位置するのか、知る由もない真中はグラウンドを彷徨っていた。
「この学校広過ぎだって……っ!?」
紅き一閃が真中の眼前を掠めていく。
「……ぐっ!」
続けざま振り下ろされる剣撃をギリギリで見切り、反撃に転じる。その拳圧でフードがはずれた。
「女、か……?」
風に揺れる絹のような黒髪に、翡翠色のきらきらとした瞳。それは紛れもなくカントクとライタに接触した彼女、リズであった。
「私にあなたを殺す意思はないの。せめて……あの子が死ぬまで、合流させるわけにはいかない」
飛び込んで来るリズ。
「襲撃の本命はルビアなんだな!」
「貴方はただ私の相手をしてくれてればいい」
流身送血と剣撃の組み合わせに、ルビアダークとの戦いで見せた反射神経を駆使して躱しきる真中だったが、やがて少しずつではあるものの、頬や胸に剣先が当たり始める。
「『見切れなくなってきてる……!?』」
徐々に浅い傷を増やす身体もまた、再生に時間を費やしていた。
「昼食前のこの時間がいいんだって。真中は燃費が悪いから、どれだけ強くても食べてない時間が1時間でも続くと本領は発揮されない。それと併せて、敵とは分かっていても、女の子を正面から殴ることに躊躇してしまうクセがある。私が足止めする役目に選ばれたのもそれが理由。真中との修行で最も難儀したのは女の子相手であっても本気を出させること、だったらしいから」
「それを誰から聞いた……お前、ヒロに何をした!!」
「おしゃべりがしたいわけじゃない。ヤミがそうであったように、私たちはただ生きたいの。貴方の身体の中に流れている血が唯一の希望。何としても手に入れてみせる。そのためだったら貴方の大切な日常だって壊すし、大事に想っている人だって殺すわ」
切なる願いのこもった剣撃は真中の喉元を掻っ切っていった。
「皆んなの命を託されてるの。だから私たちは強い」
「が……あ……っ」
降りしきる紅い雨の中、リズは深々とフードを被り直した。




