第三章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールII」#1
「だから! カントクの撮りたい画は理解した。でも警官隊50人との大立ち回りって、どこからそんな人員を用意するっていうんだ! 今の僕たちにエキストラを雇う余裕なんてないんだぞ!」
「ライタは現実的じゃねぇって言うんだろ? んなことは百も承知だ。だが真中が主役な以上、人喰い設定のルビアを護りながら法の番人と戦うって構図は本作のコンセプトを分かりやすくまた、鮮烈に訴えかけるもんだ! それ以上にどうしても俺が撮りたいんだよ!」
「さっきもいったろ? 否定してるわけじゃなくて、どうやってその警官隊の役を引き受けてくれる人を集めるんだと訊いて……?」
二人は脚本の制作を据えたプロット作りに取り掛かるべく、カントクの家で打ち合わせする予定にあった。しかし異変はマンション前の共有エントランスで起きていた。
操作盤をじっと見ながら厚手のローブを着た何者かが立ち尽くしていた。顔を見合わせる二人。
「微動だにしねぇぞ? 宗教かなんかの勧誘か?」
「あの格好。不審者ですと言ってるようなもんじゃないか。そもそも住人ですらないことだって考えられる。このマンションから出てくる誰かを待ち伏せてるってことも……」
「なら一つ訊いてみるか」
「待てって!」
「どういう人物像なのか俄然興味が湧いた。それと少しの親切心」
そのままカントクが近づいていくと、その何者かは膝から崩れ落ちていった。
「おいおい!」
「なんだよ、一体……」
一転、なりふり構わず駆け寄り、抱き抱える様にして上体を起こすと、ローブがはずみで取れ長髪がさらっと落ちてくる。そこで二人は初めて正体が同い年くらいの少女だと知る。
「女……だよな。ライタ、水!」
慌てて水筒を取り出すライタを横目に、彼女が蚊の鳴くような弱々しい声で鳴いた。
「……水じゃ、ダメ」
そう言い残して彼女は気を失った。
ーー*ーー
「涼しい……あと、なんか重い……」
「ワン!」
鳴き声で完全に意識を取り戻した彼女は、目の前にいる白い体表でシワだらけの黒い顔を持つそれが何か分からなかった。
「お。起きたか」
「ここ、どこ? それにお腹に乗ってるこのへちゃむくれ……」
「こいつはフランク。見た通りのパグ犬だ。人懐っこいし躾もしてるから安心していいぞ」
「パ……グ……? パグ犬って何?」
「お前、犬知らねぇのか?」
「うん。初めて見る」
「そんなことより、目が覚めたなら何か飲んだ方がいい。熱中症にかかったんだろう」
ライタがそういって、広々としたレザー製のソファーへ寝かせられた彼女に、スポーツドリンクを手渡した。
「これはダメ」
「ダメって言われても……ええっと、これ以上の気の利いたものなんてあったっけな?」
ライタが冷蔵庫まで探しに行こうと腰を上げるも。
「ううん。これでいい」
彼女はあろうことか懐から輸血用の血液パックを取り出して、飲み始めた。
「驚いた。吸血鬼かよ」
カントクが凝視するも、お構いなしにごくごくと摂取していく。
「君、もしかしてルビアさんの関係者か。そう仮定すると僕たちに逢いに来たこと自体が目的ってことになるけど」
「察しがいいねキミ。私はリズ」
「俺はカントク。こいつがライタ。まぁ、あだ名だけどな。構わずそれで呼んでくれ。で、一応俺ん家まで運んで来たわけなんだが」
「この部屋、いっぱい……」
リビングを囲う棚に整列するVHSやDVD、BDやレーザーディスクの数々。何千にものぼる私物に興味津々のリズは、その一画へと四つん這いで這い寄っていく。
数多ある中から名作を手に取り訊いた。
「これ、なに?」
「なにって、お前『ホームアローン』知らないのか?」
「知らない」
「嘘だろ? あんだけ毎年金曜ロードショーで流れてんのに? 逆にどうやって回避してきたんだよ」
「外国暮らしなんじゃないのか? テレビや映画館のない地域だってあるさ」
「観てみるか?」
カントクの提案に、いいの? と言わんばかりにリズは目を輝せながら首を縦に振った。
ホームシアターセットを起動させ鑑賞会が始まる。
食い入るようにスクリーンを見つめるリズと、余計な蘊蓄を話したいと思うもぐっと堪えるカントクと、そんなうずうずする様子を傍目に少し愉快でもあるライタ。やがて山場のケビンと空き巣二人組との攻防シーンに差し掛かり、リズは産まれて初めて笑った。
「どうだった、なんて訊くまでもないな」
「えいが? すごく面白かった! 泥棒とのやりとりなんて特に。怖いおじさん、いい人だったし、家族もみんな帰ってきて良かったなって」
カントクとライタは顔を見合わせ、まるで自分たちが作ったものかのように不思議と誇らしく、また喜ばしい気持ちで溢れた。
「他には? 他にはないの?」
「2と3もあるにはあるが……ここは味変じゃないが、違うベクトルのユーモアセンス溢れる映画にも触れてもらいたい。こいつも出るしな」
カントクがフランクの頭を撫でる。
次に再生されたのはトミーリー・ジョーンズ、ウィル・スミス主演のアカデミー賞受賞作品『MIB』だった。
「まぁ、個人的なオススメは3なんだが、二人の関係性を知らないことには始まらないってことで、まずは1からだな」
いつしか時間も忘れて入り込む三人。
やがてバグ野郎を吹き飛ばし、Kが日常へと戻っていく。
「小さい銃? を渡されて何でこれなんだよって文句ばっかりだったのに、実はすんごい強くて。あとねあとね、フランクも可愛かった。ブルブルってされてたね。ふふっ」
表情に乏しかったリズが嬉々として感想を語る。それを見たカントクとライタは何度目だろうか、映画の偉大さを改めて感じ取った。
「でも……」
「でも、どうしたよ。どこか気に入らなかったか? 非の打ち所がない最高の娯楽作品だと思ったがなぁ。まぁあれは3まで観て完成するもんで……」
「ううん、そうじゃなくて。私たちこのままだと時間がないの、ふと思いだしちゃって」
「結構もう外も暗くなってきたしな」
「自由はとても素晴らしいけど、仲間と共に謳歌する自由じゃないと、孤独の檻にまた閉じ込められる。私はこの部屋全部の物語を知りたいと思ったし、私の物語も紡いでいきたい。生きていたい……だからそのために、ルビア・アンヌマリーを殺すの」
リズの纏う空気が一変し、ライタが叫んだ。
「カントク離れろ! 彼女は刺客だ!」
立ち上がり、真紅の双剣を握るリズ。フランクが殺意を汲み取ったのか盛大に吠え始める。しかし。
「いや、こいつはそんなことしねぇよ。俺たちを殺るか、人質に使うなら暇はいくらでもあった。でも何もしてこなかった。それどころか、一緒に映画観てたんだぜ」
その場を動かず、焦りもみせず。カントクは冷静沈着に語った。
「だからって、危害を加えないとは……」
「ライタの言う通り。それは信頼させてからっていう油断を誘う口実かもしれないよ」
「いいや、この場合は違うと断言する! お前のスクリーンを観る目に偽りはなかった。心から楽しかったはずだ! それに最初、俺たちの目の前で血を吸ってみせた。あれは警戒心を強めるだけの行動だ。矛盾する」
「そう。油断したのは私。だってカントクとライタ、優しいんだもん。二人を懐柔する。そうならなかった場合は殺して、死体をルビアと真中に見せて動揺を誘う。でも懐柔されたのは私のほうだった」
リズは手にした双剣を血液に戻して体内にしまった。
「分かってるよ。間違ってるのは私だから。ダメかもだけど、説得してみるって決めた!」
そう言ってベランダの方に走り寄り、鍵を開けて手すりの上に立つ。
「二人ともありがと。また、逢えたらいいな…………ううん。そこまでは望まない。やっぱりどんな言葉を紡いだって、きっと二人は私を忘れないでいてくれるから。だから、これっきり」
手を振りながら背面から飛び降りるリズに、カントクとライタが目を丸くする。
「ここ最上階だぞ!!」
「最後のって……」
「JがKの記憶を消す、いわば別れのシーンの科白だ」
同じくベランダへ出て身を乗り出し、目視で探す二人だったが、そこにはもう影も形もなかった。
ーー*ーー
「遅いぞ、リズ。お前が最後だ。何を手こずっていた」
「ごめんなさい、アル。でも聞いて!」
リズがヒロの自室に合流した時点で既に、4人のシルフィムが集結していた。
「この襲撃計画、止めにしよ。あの人たち悪い人じゃないって分かったの。だから……」
「相手が善人か悪人かなんて問題じゃない。僕らの目的を忘れるな」
「でもあの男が約束を守るとは限らない! ただの口約束に過ぎないよ!」
「声を荒げるなリズ。僕らに選択肢はない。ルビアを殺すことは欠陥を持ち生まれ、廃棄が決まった兄弟たちを救うことに繋がる。吸血王との接触には僕らの延命措置が含まれている。どちらも必要不可欠な衝突。少なからず血は流れる戦いだ」
「アルは望んでるの? そんなこと」
「僕はただ、兄弟を助け出したいだけだ。それに天動梗吾は期限をきってきた。明後日までにルビア・アンヌマリーの死体を持ってこなければ、残った者は皆殺しにすると。それにリズ。この中ではお前が圧倒的に腐食結漿の進行度合いが早い。僕はお前にも死んで欲しくないと思っている」
「…………」
リーダー格であるアルの真意を聞いて返す言葉をなくすリズ。
「予定通り決行は明日。抜かりはない。紹介が遅れたな。今回の計画の図面を彼女が引いてくれた。希嶋ヒロ、僕らの頼もしい協力者だ」




