第二.五章「閑話休題」
「明らかに私たち浮いてますよね。道中、スーツの人なんて誰一人見かけませんでしたよ」
「ま、裸で歩いてるわけじゃないからいいんじゃない? これが正装だし。にしても、新宿方面じゃ文字通り血の海になってるって言うのに、当人は遊び呆けてるところを見ると、放任主義なのかな?」
とあるレストランにてノンアルコールビールを片手にリツカとユンは人を待っていた。
「考えたのですが、彼女はFBIのブラックリストに載っています。加えてNSAにもマークされている。彼らに動いてもらうのはいかがでしょう?」
ユンが一つ真剣に提案するも、リツカはビールに口をつけながら、悠揚たる態度で返答に及んだ。
「アメリカ国防軍に軍用兵器をおろしてて、シェア率の約40%を占めてるのがティゼル社。そこってつまるところS&MLCの子会社なわけ。国益をなす親会社の御息女にあたるのが彼女。私たちが関係者筋だったらまず手は出さないし、圧力がかかって終わっちゃう」
「しかしそうじゃない。聖堂騎士団にお伺いを立てるべき上位組織は存在しません。なら……」
「焦っても尻尾は出さないよ、きっと。向こうも修羅場くぐってきてるだろうからさ。だからここは正攻法じゃなくて、魔術師らしく秘密主義でいこ?」
「騎士団長がそうおっしゃるなら……」
おくびにも出さないが、リツカたちはずばり手詰まりだった。天動梗吾の工房探しは難航を極め、暗礁に乗り上げていた。
そんな折、対象が東京観光の最中であるとの情報を得た第八騎士団は、強行して面会を果たすべく、次の目的地に先回りした。場所は観光名所の王道かつ定番の東京ディズニーランド園内。やがて目論見通り、二人の前に私兵をつけた彼女が現れる。
「入店を確認。テーブル席の位置も把握しました」
「じゃ、行きますか」
私兵に気付かれ道を塞がれるも、彼女の片手で払う動作にて彼らは簡単に引き、リツカとユンは同じテーブルへついた。
「こんばんは。お目通し感謝します、武器商人ミス・エリシア」
「これはこれは世界を股にかける聖堂騎士団の団長さん。と、そちらは副官かしら? 名前は梗吾から聞いてるわ。確か……ええっと……ごめんなさい。やっぱり思い出せない」
「日頃から敵は多いでしょうし、特に私たちなんかは畑が違いすぎる。改めまして日護リツカです。こっちは小麗韵」
相手が天動梗吾のパトロンだと知っているユンは紹介された手前、仕方なく頭を下げた。
「それで? なんて嫌味ったらしいことは言わないわ。私の所に来た時点で察しはついてるから」
そこへウェルカムドリンクが運ばれてくる。
「ええ。お恥ずかしい話、天動梗吾の所在はおろか、工房の特定にすら至ってないのが現状です。だからビジネスパートナーでもあるミス・エリシアに訊きたい。天動梗吾をどこに匿ってます?」
しばしの沈黙。それからエリシアは少しばかり吹き出した。
「ふふっ。聖堂騎士団の噂は聞いてるわ。ヴァチカンに属する秘密結社。そしてその実態は信仰心を揺るがせにする犯罪を許さず、時に組織ごと壊滅させ、時に個の判断で蹂躙する。そんな豪傑だと思ってた貴方たちが私なんかに頼って頭を下げるの? これは傑作ね。ふふっ、ははっ」
続けて前菜、スープと次々に料理が並んだ。
「わたしばっかりごめんなさい。貴方たちも召し上がる?」
「私がこうして面会してるのにはもう一つ理由があるんです」
「是非とも続けて」
「貴女が全幅の信頼を置いてるあの船は将来的に難破します。それもそう遠くない未来。聖堂騎士団だけでなく教会も、いずれは魔術省も動き出します。そうなれば世界中、どこにいようとも一巻の終わり。然るべき機関に殺されるか、処刑されるかの二択です。その過程でともすれば貴女も、貴女の大事な商品も巻き添えをくらいかねない、と」
「それって忠告? それともただの負け惜しみかしら。教えておいてあげるけど、私は商売人なの。資金源となり得る兵器を産み出す彼を裏切ることは、これから未来で発生する利益を自ら捨て去ることと同義。そんなことをする商人は存在しない」
「そうですか。ま、打ち明けると検討くらいはついてるんです。だからなんとなーく船に例えただけの話。そう、貴女は武器商人。勘が正しければ工房は太平洋上に停泊している、S&MLC保有の武器輸送用コンテナ船の中にある。違いますか?」
それに対する返答もしくは何らかの反応を伺い知るべく投げかけた、直球ど真ん中ストレートの問いかけ。しかしエリシアは涼しい顔でスープをすすっている。態度や声色にも変化はなく。
「どう答えてもヒントを与える結果となる質問の内容ね。貴方の性格がよく分かるわ。しつこく攻めてこっちがボロを出すのを待ち構えてるわけじゃない。相手の動きを見るために心理的圧迫を生じさせる事柄をわざと織り込んで率直に訊いてくる。例えそれが根拠のないブラフだったとしても。これが貴方の戦い方なのね」
「そうだとして。答えてくれます?」
「お生憎様。私、子供の頃からポーカーで負けたことないの。昔から思考が表に出るタイプじゃないみたい」
メインディッシュ、食後のコーヒーと次々運ばれてくる間も、情報を引き出すべく会話を重ねたリツカだったが、とうとう何も得るものはなくデザートに差し掛かってしまう。
「手ぶらで帰るわけにはいかないでしょうから、そろそろ強引な手でも使う? それはそれで何をしてくるのか興味はあるけど」
「ここは夢の国。楽しい一時に水を差すようなマネはしませんよ。それに魔術は秘匿が原則。公でひけらかすことには抵抗がありますしね」
「そうでしょうね。知ってた」
いよいよエリシアはコース料理の全てを食べ終え、口直しに水の入ったグラスに手を伸ばす。
そこにユンからリツカへの合図が送られた。
「会話もここまでね。貴方たちがどこまで彼に迫っているのか、何も知らないってことが知れた、それだけで十分よ。では私はこの辺で失礼させてもらうわ」
ナプキンを畳み、テーブルに置くとエリシアは店を後にしようと踵を返した。
「ユン?」
「はい。信号蟲は正常に起動。追尾を開始します」
エリシアが着ているプリーツスカートの裾に、蝿の形を模した魔術道具が止まる。
「ユンが作った傀儡蟲の性能は確かだから。このまま反応を追って、エリシアが穴倉に戻ればそこが天動梗吾の工房の可能性が高い」
しかしリツカとユンの計略をあたかも知っていたかのように、悪い虫がついてますよお嬢。と、私兵の中でも歴戦を潜り抜けてきたであろう老兵がそれを掴み、指で圧し潰した。
「ぐっ……」
傀儡蟲と連動しているユンの右眼が突としてショートする。
「悪い虫でもひっつき虫ってところかしら。あなどられたものね」
エリシアはそう独り言ちると、横付けされた外車の後部座席に乗り込み、さっさと走り去っていった。
「何かトラブってる?」
「いいえ、作戦は第二段階に移行。騎士団長の命令通り、先に付着させた信号蟲よりエリシアの体臭を検出。その臭いのパターンを追跡させるべく新たに香沈蟲を放ちました。三匹共に正常に起動。現在首都高速湾岸線より葛西方面に移動中。これで居場所は常に把握出来ます」
「仕事がら、食事するのにきつい香水を付けてくるほど下品とは思えなかったし。きっとそのマナーがクセとして身についてるって踏んでたけど。歩き回ってほんのり汗までかいてたのは幸運だったかも。体臭は簡単に消せないし、人それぞれ千差万別。こっちは最初からおしゃべりで片をつけようだなんて思ってもないから。あなどったのはどっちなんだろうね?」




