第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#14
「これで約束通り身体は……って、あれ?」
「帰ってきたわね」
ルビアに呼ばれ我に返った真中は、知らぬ間に現実世界へと帰還していた。
周囲には倒壊したビルや、瓦礫の山が築かれており、ひっきりなしでやってくる、パトカーや救助車の耳障りなサイレンが鼓膜を絶えず震わせた。
「これ全部俺がやったのか……」
「やったのはあいつよ、あいつ。まったく手加減しなさいよってね。あと、真中に一つ謝らないといけない」
「俺に移った食人本能のこと、知ってて黙ってただろ?」
「言ったところで、向こうの出方次第では対処のしようなんてなかったでしょ! そうじゃなくて! 服の方よ。せっかく買って来てくれたのにほら、ダメにしちゃったから」
みると半裸のルビアが、両腕を前で交差させ、胸を隠すようにしてうずくまっていた。
気づいた真中は着ていた上着をそっと肩にかける。
「薄手だけど我慢してくれ。ないよりマシだろ」
「ありがと。今だけはその厚意に甘えておいてあげる」
「お熱いところわりぃな」
二人に割って入って来たのは、巻き添えをくらうまいと逃走を図っていたヤミだった。
すぐさま警戒心を強め、身構える真中。
「ルビアは休んでてくれ。ここは俺が」
「そう構えんなって。吸血王二人相手にろくな策もなく挑むほどオレも自惚れちゃいねぇよ。襲う理由もなくなったしな。そんなことよりだ。相手の、天動梗吾の次の計画を知りたくねぇか?」
「わたしたちに告げ口してあんたに得があるとは思えないけど」
「信憑性に欠けるか? ただ礼がしたいだけさ。吸血王の血のおかげでオレは生まれた意味を見出せる」
「確か腐食結漿だったか。耳馴染みのない言葉だったから覚えてる」
「元々が人造人間であるホムンクルス。そこに無理矢理偽血を投与させられたとくれば、当たり前の話、余計に細胞の崩壊は早くなる。アポトーシスがなんとかって。まぁ使い捨て前提であるが故の欠陥だと思ってくれ。それを著しく後退させることの出来る特効薬がオメェの血ってわけさ」
「だからお前は俺を殺さなかった……」
「新たに吸血王となったオメェが狙われる理由もそれに尽きる。オレのようなホムンクルスと吸血体のハイブリッドをあいつらはまとめて〝シルフィム〟と呼んでた」
「あんたみたいに生み出された吸血体が、他にも大勢いるってこと?」
「鳳凰島に捨て置かれた食人欲のみに生きる屍を第一世代だとすると、オレは第二世代だな。そしてこれからがとっておきだ。第三世代のシルフィムは血術が使える上に単独じゃない。チームを組んで動いてる」
「動いてる? 現在進行形ってことはそいつらはもう日本に、東京にいるのか?」
「第三世代のシルフィムとは直接の面識がねぇんだ。あくまでも知ってることだけを話すぜ。やつらの手段は狡猾で、オメェらの情報も全部調べ上げた上で行動してる。例えるならオメェらの周囲には一体どんな人間がいて、そいつらとどういった関係性を持っていて、どう使えば効果的か、とかな」
「俺たちの件と映研は関係ない!!」
日常に侵食するシルフィムに対し、焦燥感を大きく募らせた真中がいよいよ声を荒げた。
「万事全てを護りきるなんてことは不可能だ。少なからず、心当たりがあるなら用心するんだな」
サイレンは遠く、実家に身を置くヒロの元にまで聞こえていた。
しかしそんなものなど耳には入らず。足速に帰宅したヒロはそのまま自室へ籠り、照明もつけずPCを起動させ、ある単語を入力して検索をかけていた。
バナーに打ちこむ名前はルビア・アンヌマリーより他になく。何度も繰り返しルビアに関連しそうなワードを組み換えながら検索を続けていると、とある大学のレポート記事が目に留まった。
「ヴィクトリア女王治世のイギリスと日本の交易……ヴィクトリア朝時代の枢機卿ジフ・アンヌマリー。明治政府が関わったとされる、次女ルビア・アンヌマリーの誘拐事案に対して徹底的な箝口令が敷かれた。これは異例なことではあったが、誘拐という事件の性質と、外交のより高度な政治的措置と仮定するなら得心もいく。また、条約改正に向かった使節団を乗せた蒸気船が海難事故に遭遇したことも併せて記述しておきたい……見つけた! もしかしてジフ・アンヌマリーってルビアちゃんのお父さん?」
ジフという人名を軸に調べを進めていくと、やがて家族構成の情報を得るに至る。
「ヴィクトリア女王統治下のイギリス王室に務めてたのがお父さんのジフ卿。お母さんは王室の専属薬師だったリリー・アンヌマリー。子供は女の子が二人。長女のダイヤ・アンヌマリーと次女のルビア・アンヌマリー。きっとこのルビアって人が私の知るルビアちゃんで間違いない……」
しかしふとキーボードにかかる手が止まる。ルビアのプライバシーを覗き見ているようで引け目を感じ始めるヒロ。ディスプレイから顔を離して長いため息をついた。
「わたし、何してるんだろ。こんなことしたって何も……」
「………………」
本人は未だ気付いていなかった。部屋の隅、ぼうっと佇むフードを被った小柄な男によって、かれこれもう小一時間、帰宅してからの一部始終を観察されていたことに。




