第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#13
「どれだけ気構えていても、いざその時になってみれば上手くはいかないもの。言うは易し行うは難しね」
「なんだ?」
突として眩しいほどに真っ白だった空間が、暗がりの中に灯された常夜灯のように、優しいオレンジの淡い光で包まれた。
「痛み分けは想定内。切り替えて真中の意識を殺すことに専念しましょ」
「その口ぶりだと何かしら向こうであったんだな」
「ルビアは最期にあなたに託したわ。今頃は出血多量で緩慢な死を迎えているはずよ。あの娘がどんなに死力を尽くしたところで、最後に立っているのはあなたの姿をしたこのわたし」
再び地面に溜まった血液を掬い、飛沫をたてる。がしかし、先と同じ結末を見ていたルビアダークは小首を傾げた。紙一重ではあったものの、真中に躱されてしまったことは予想の外であった。
「おかしいわね。勢いは先のまま、今ので完全に右腕を落としたつもりだったのだけど」
「『ギリギリだったが今のはまぐれなんかじゃない。近づいてくる血液の塊は確かにこの目で見えたし、対処も間に合った。そうか、これが……』」
反射神経が身体に追いついてきた実感を得る一方で、真中は次第にこのゲームにおいての攻略法を思いつく。
「『正面から向かってもだめだ。かといって遮蔽物があるわけじゃないから、迂回しようが意味はない。きっとやつに触れる方法のヒントが今のだ。一撃目は掠ったが、さっきは完全に目で追えてた。相手の初動を見極め、反応して避けつつ前進する。これしかない!』」
「考えて理解するより、体感して覚えるタイプね真中は。さて……」
同じ血術では押し切れないと判断したルビアダークは、別の手段に打って出る。
「血刎よーー斬血」
生み出した血刀。その刀身を地面に浸し、十分な血液を纏わせる。
「もとより長引かせるつもりなどないわ。血増て血濡よーー斬血・紅染」
「『さっきまでとは口上が違う……!』」
重ねて刃を振り下ろすと、それに併せて血液が放出され、やがて半月を模った紅き斬撃波と成り変わる。
剣速も相まって、大きさも速さも今までの血術とはまるで異なり、血の池を走り渡っていく様は、垂直に前進するギロチンのようだった。
真中自身、初めて見る血術であったにも関わらず、身体を返すことで回避する。
「『本人が気付いているかどうかは分からないけれど、わたしの初撃より挙動が明らかに速くなってる……これは完全に血術を会得する兆候』」
ルビアダークはもう一刀の斬血を作り出し、またも血液に浸すと今度は十字に斬ってみせた。
「……っ!!」
一撃の大きさはまるで別物。縦方向の斬撃こそ避け切るも、横方向の斬撃は微かに右手を掠めていき、刎ねられた手首が身体から離れていく。
そんな両腕が使えなくなった状況に陥っても尚、真中は臆することなく足を動かし続けた。ルビアダークとの距離を僅かでも縮めるために。
好機とばかりに間髪入れず斬り込んでいくルビアダークだったが、真中を仕留めきることは叶わない。
「当たらない……」
それもそのはず。真中の残機はたったの三機ばかり。脚を刎ねられれば走れず、跳べず。首を刎ねられればその時点で死が約束されてしまう。背水の陣で挑む真中は全神経を研ぎ澄ましていた。
「そいつじゃもう、俺は斬れない。全部見えてる」
ただひたすら前進する真中の背中を押すように、あの心強い声が脳内へと響く。
「『愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ。なんて言うけど、他人から学べるほど血術なんて浸透なんかしてないわ。だから真中にとっては今、その経験が必要なの。あんな派手なのじゃなくていい。もっとシンプルな答え。真中は銃を使うタイプでも、剣を使うタイプでもないでしょ? 不器用なりの流儀、見せてみなさいよ』」
「俺のファイトスタイル……それなら、素手一択!」
真中の皮膚の色がわずかに紅黒く変色していく。
「『虚勢やハッタリではないわ。あれは血流の加速。常人じゃそれに耐え得る身体を持たないけれど、今の真中ならあるいは』」
「そうだ。触れれば勝ちに大策はいらない。ただ走力に、脚力に、跳躍力に全てを捧げればいい。もっと速く、もっと強く、もっと高く……」
トップスピードで駆け出す真中の速度は毎秒300mほどまでに上昇。先とは比較にもならなかった。
「わたしたちと同じステージに上がろうとしているのね。いいわ。出し惜しみなしでこれで止めにしてあげる」
ルビアダークの今、使える最大の一手が放たれる。
「血流よーー激葬。血の荒波よ」
地面に溜まっていたものが一気に噴き上がった。
「くっ……」
あともう数cm。真中が腕を伸ばした瞬間、夥しい量の血液に身体ごと押し上げられる。
「手首より先があれば、今ので触れられていたのにね」
ルビアダークの視界から消え去った真中。目に写るのは聳え立つ紅い壁と、墜落してきた真中の左脚と思しき肉塊のみ。
「あの娘が例え生き永らえていたところで、今のわたしを超える存在へは至れない。やっと真中と一つになれた。もう飢えにも、孤独にも耐える必要はないわ」
勝利の余韻に浸るそこへ、勢いよく上方向に噴出する血流を割って、真中が飛び出してきた。
「終わらせてたまるか……こっちはまだ始まってもないんだよ!」
紅の色を灯した瞳がルビアダークを一点に見つめる。
「『あの両眼の輝き。血術の基本技法である〝流身送血〟で血の巡りを限界まで加速させた証。皮肉ね。わたしとの御遊びが結果的に血術を会得させてしまうことになるなんて。天動梗吾は、いいえ京燿平はこのことも見越していた? してやられた、のかしら』」
残る脚一本で跳躍。一気にゼロ距離にまで迫り、バランスを崩した真中はそのまま。
ーーポフッ。
張りがあって生温かい豊満な二つの胸に顔をうずめた。
「きゃっ!?」
「はっ!」
動揺するルビアダークと真剣な真中の視線が、キスすら可能なほどの至近距離にて交わる。
「これで俺の、俺たちの勝ちだ」
「触れてもいいとは言ったけれど……い、以外と大胆なのね……そ、そうね。認めるわ。だから早く……」
顔を背け、耳を真っ赤に染めたルビアダークの科白は途中で聞こえなくなり、そこで真中の意識は蝋燭の火を消したようにふっと途切れ、世界は暗転した。




