第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#11
「『ルビアダークもルビアだと仮定すれば、能力も知力も膂力も互角。ただ一つ差があるとするならばそれは見解の相違。ルビアはどんな相手であっても不殺を信条としてる。でもルビアダークは人を殺すことに躊躇いがない。勝敗を分ける決め手になるとするならきっとここだ』」
恐怖で固まっていた脚がようやく動き出す。
「『怖気付いてる場合じゃない。きっとルビアのあの固い意思は枷になる。俺がここで肉体の支配権を奪い返さないと……』」
見据える先のルビアダークは椅子に腰掛け、じっと黙ったまま目を閉じ、現実世界の方に没入している様子にあった。
精神をルビアとの戦闘に割いている今が好機と真中が迫る。
「振り回されるのは嫌い?」
「!?」
眼を見開いたルビアダークの瞳は変わらず紅く塗り潰された状態であり、何も気が削がれているわけではなかった。
目で追われながらも一向に脚を止めない真中。成し遂げるべきことはただ一つ、内側からルビアダークを戦闘不能に追い込むこと。
「俺の身体だ、返してもらう!」
「無謀ね」
血の海を渡り、積み上げられた人骨を登り始める。
「わたしはこの世界でも血術を行使できるけれど、あなたにそのノウハウはない。そして血の溜まったこの場所にも、血術が使えるが故の優位性が存在する。これではあまりにも結末が見え透いてるわ」
「だとしてもだ。俺がここで何もしなくていい理由にはならない!」
真中はところどころ体勢を崩しながらも、頂上に到達するべく骨を砕き、踏み抜いていった。
「俺はルビアを絶対に傷つけたりなんかしない!」
「…………」
先ほどの強張った表情とは打って変わって、気迫に満ちた眼差しを向ける真中を見て、ルビアダークは羨ましく思った。ルビアを助けるためにここまでの勇気を持てるものかと。
「あの娘に対してそこまで……いいわ」
ここでたちすくむ真中であったなら、否応なく、強制的に取り込んでしまおうと決めていたルビアダークは、考え方を改めた上で新たなる道を提示した。
「未来を定義することにおいては、必ずしも希望が内包されていなければならない。これはわたしの持論なのだけれど」
「?」
「信条に則って真中にも勝算のある未来を与えるわ。勝てば身体は返してあげる。だだし、負ければこのままわたしのものになる」
「正面から戦うっていうのか?」
「それでは蹂躙になってしまうわ。せっかくだから、このフィールドの特性を活かしたルールにしましょう」
「今以上に俺に何をさせる気だ」
「真中の勝利条件は単純明快。少しでもわたしに触れること。髪でも、顔でも、身体でも、このわたしが着ているドレスでもいいわ」
「敗北の条件は?」
「それはわたしに殺されること」
「この世界での死は身体はこのまま、意識だけが消えてなくなる。そういうことか」
「理解が早くてお利口よ。良い子良い子してあげる。ここまで来れたら、の話だけど」
「随分そっちに都合の良いルールだな」
「拒否してもらっても構わないわ。強制ではないもの」
「伸るか反るか……どのみちもう引き返せないところまで来てるんだ。構わない、それでいく」
「決まりね。わたしが今から始まりの合図を出すわ。そこからは言い訳なし。泣き言もなし」
そう言うと掛けていた椅子から立ち上がり、地面を思い切り踏みつけて足場を破壊するルビアダーク。
大小数千万個の人骨が天高く飛散する中、血の海へと華麗に着地を決め、落ち着き払ったその声で号令をあげる。
「戯れ始め」
ルビアダークとは距離にして300mほど。真中の100m走のタイムは10秒フラット。走りに自身があった真中は最短の道を選び、真正面から全速をもって飛び込んで行った。
「『本気を出す気もない、俺を舐めてる今ならまだ勝てる見込みはある。障害物のないこの場所ではこれが最善。俺の足なら、30秒もあれば辿り着く! それも心臓を入れられる以前のタイム。今ならもっと速い!』」
血飛沫をあげながら、みるみると差を詰めていった。
「『直情型とは知っていたけれどこれほどとはね。くるぶしまで浸ったこの血の中では本来の走力は発揮出来ない。まぁ、そこまで気が回っていないのが可愛らしいところでもあるのだけど』」
ルビアダークは地面に張る血液を片手で掬い、下から上へと半円を描くように撒いた。
「血掠よーー弓張月」
大きな三日月を模した血液はそのまま凝固し、斬撃のごとく真中の左肩を斬り落としていった。
「ーーっ!?」
反動で仰け反る真中はそのまま後方に飛ばされ、紅黒い水面に叩きつけられた。
「ハァ、ハァ……今のも血術の一つか。いや、そんなことよりもおかしい、腕が治らない」
「突っ立ったままだと勝負にならないから当然、反撃はさせてもらうわよ。さぁ、立って。まだまだ始まったばかりでしょう? もっとも五体をライフゲージと捉えるなら、今ので一つ失ってしまったわけだけど」
残るは首と右腕と両脚のみ。あくまでもここはルビアダークの精神が拡張された世界。現実とは異なり、回復も再生もしない。
「それがここでのルールなら、首さえ繋がってれば勝機はある。腕の一本くらい……俺は絶対にお前に触れてみせる」
「いいわね、こっちも熱くなってくるじゃない」
羽織っていたケープを脱ぎ捨てると、オフショルダーのトップスから、たゆたう胸元がちらり顔を覗かせ、白々としたハリのあるデコルテラインが露わになった。
「こうすればもう少しやる気になってくれるかしら?」
「『ルビアの助けはない。いや、助けてもらおうなんて考えがそもそも甘えだ。俺は一人で、一人の力でこいつを手懐けなきゃならない。ルビアが出来たことを今度は俺がやる』」
決意を固めると共に真中は、心臓の鼓動が普段よりも速く、強くなっていくのを感じた。




