第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#10
「さぁ、真の吸血王となって帰ってこい。このオレに血分けするんだ。それであの野郎との契約は果たされる。〝腐食血漿〟なんかに殺されることもなくなる!」
「呑まれないで戻って来るの! 天動真中としてやりたいこと、やるべきことがまだ残ってるはずよ!」
声を上げ続けるルビア。その想いがやっと通じたのか、真中はすくっと起き上がり、ヤミに向かって歩き始めた。
振り向きざま、ルビアに対して優雅に手を振ってみせる。普段とは異なるその仕草に自然と胸騒ぎを覚えた。
「真中……?」
「気分はどうだ? 随分長く眠ってたからな。いい感じにクールになったんじゃないか?」
「ええ。言う通り、先ほどよりも頭が冴えるわ。同じように高揚もしてる。一言でいうなら、そうね。最高の気分よ」
その科白を吐いたが最後、ヤミの右腕は宙を舞い血の雨を辺り一帯に降らせた。
「ぐああああああっっっっ!!」
鈍くなっているとはいえ、腕を一本失った激痛は、まるで身を焼かれるほどに耐え難いものだった。
うずくまるヤミを横目に皮を剥ぎ、露出させた肉にかぶりつく真中≒ルビアダーク。
「まずは自身の好みを知ることからかしら。牛にも豚にもそれぞれ部位ってあるでしょう? ヒレだったり、ロースだったり。あなたの二の腕の場合はそうね……少し繊維質で肉質は固いけれど、味に関して言えば問題ないわ。うんいける」
頭に血が上ったヤミは、痛みを通り越してルビアダークに襲いかかる。
「ふざけてんじゃねぇぞ! オレはテメェのメシじゃあ……」
「汚い言葉使いは嫌いよ」
「あ?」
瞬時に腕を捨て、ヤミの頭上に立ったルビアダークは横顔に蹴りを入れ、地面にめり込ませた。アスファルトが地割れを起こし、粉塵が舞う。
その上で頭蓋が割れてしまわない程度の加減をし、靴底で押さえつけていった。
「がああああっっ!!」
激しい頭痛に見舞われ、再生した右腕で掴みかかろうとするも、ルビアダークは手刀でそれを払い、切断する。
「ぐぅっ、ああっっ!!」
「どうせまた生えてくるのだからいいじゃない。耳がきんきんするから、そんなに喚かないで」
今度は頭を掴み、無理矢理顔を向けさせる。
「ここはどうかしらね?」
身動きの取れないヤミの左眼にゆっくりと指を突き入れた。
「や……やめろ……あぁっ」
神経ごと引き抜いたその艶々とてかる眼球を口いっぱいに頬張る。
「うん。こっちも美味しい。今度はそうね……脳みそなんてどうかしら?」
足一本で組み伏せられた状態から、かかる力は増していく一方で抜け出すことも出来ない。体格差は明白。しかしどこに力をこめようとも、微塵も動いてくれない。ヤミはまだ出逢ったことのない恐怖という感情を少しずつ抱き始めていた。
やがて、身体は痙攣を始め、片方だけとなった眼も充血で赤く濁っていった。
「いけないわ。殺してしまってはまだ試していない臓器や部位の肉の質が落ちてしまう」
「い、いつまでもいきがってられると思うなよ……クソガキが!」
「中途半端に再生出来る身体だからか、態度も横柄だし、不遜ね。理解も足りてないわ。死なないからこその苦痛を考えたことがある? あなたの身体をあと何度わたしは壊して、治して味わえるのかしら?」
「ク、ソ……がぁっ」
「抵抗なんて意味を成さないわよ。ほぅら、じっとして?」
ルビアとヤミの戦闘からほどなくして、その惨事を通行人が目撃し、通報したのだろう。パトカーや、放水車のサイレンが聞こえ、次第にそれらは大きくなり、近づいて来ているのが分かった。
見やると、野次馬たちが遠巻きに写真や動画を撮ろうとスマホのカメラを向けている。
「こんなもの写してアップして。一時は再生されるでしょうけどトレンドは日々変化し、移り変わり、いつか忘れてしまうものよ。それで一体何を残したいのかしら?」
そう言うとルビアダークは乗せていた足をどかし、食事を一旦止め、自らの掌をわずかに噛んだ。
最初こそぽつりぽつりと垂れていく程度だったものが、決壊したダムのように激しく出血していく。
「わたしの食事は見せ物じゃないの。オーディエンスは溺死なさい」
赤黒い濁流で溢れかえり、拡大を続ける血溜まりの中心に立つルビアダークは、ここぞとばかりに右人差し指を立てた。
「血流よーー激葬」
体外へ滴り落ちた血液はやがて間欠泉のように湧き上がり、40mを越えた辺りで真紅の柱と化す。術者をとりまく形で、12本の柱が出来上がると、うねりながら一斉に四方八方へと倒れ込み、まるで大波の如く周囲にある全てを等しく飲み込んでいった。ルビアやヤミ、避難する野次馬たちも例外ではなく、迫り来る警報級の真っ赤な津波からは逃れようもなかった。
「これで綺麗さっぱりね」
紅く一掃された都心の一角。やがて街を覆った吸血王の血が引いていく。
「ハァ、ハァ……」
中心地から1kmほど奥ばった裏通りに、その巨体を隠すヤミの姿があった。
吸血王の血を大量に取り込んだことで、再生速度は格段に上がり、万全の状態にまで戻っていた。
「吸血王の血はオレたちシルフィムを救う。あの野郎の言ってた通りだ。おかげでここまで逃げてこれた。あんな化け物と戦う理由はもうオレにはねぇ! 培養槽の中で生まれたオレがやっと自由を得るところまで来たんだ。やるべきことはやりきった。とにかくここはヤベェ、どっか遠くへ……」
「ちょっと」
「っ!?」
既に置かれた皿の上にいる状態のヤミを見逃してやるつもりは毛頭なく、ルビアダークは先んじて退路を塞いでいた。
「あなたから得たデータは、これから人間を食す際の参考にさせてもらうつもりなの。まだまだ試食し足りないのだから、勝手なことはしないで欲しいわね」
ゆっくりとした歩調で近づいていく。そこにあるのは食料としての在り方しかないと気づいたヤミは、この場をどうやって切り抜けるか、思考を巡らせた。
「これ以上手を焼かせるというのなら致し方ない。本意ではないけれど、最も再生に時間がかかる、脳と五臓六腑を軒並み完全に潰していくわ。よくよく次の行動を考えることね」
「想像を絶する痛みだろうよ。それでもなぁ……やっとオレはあの実験室から出ることが出来たんだ。やっと死を克服することも叶った。そしたらなんだ? オレを試食するだと? オレはオメェに喰われるために出てきたんじゃねぇ。人間らしくこの社会の中で、報酬として得た大金をばら撒きながら一生遊んで暮らしてくためだ! だからよぉ、どんなことしてもオメェから逃げ切ってみせるぜ。アンリーシュ・アール!」
一瞬の隙でもいい、目眩しとして指先から魔力を撃ち込むヤミだったが。
「そう」
ルビアダークは非情にも再生不可能なまでの急激な負荷を与えるよう、身体半分を肉片にするべく、右中指を前に突き出してパンッと弾いた。
ヤミから放たれた魔力の残滓は拡散して消滅。衝撃波は依然生きたまま目前に迫った。
「やっぱりな、ききやしねぇ。何だったんだオレは……何のために生まれてきたんだ。チクショウが……チクショウがぁっ!!」
他人に都合の良いよう使われてきた境遇を憂い、全てを諦めるヤミ。しかしそこで衝撃波は耳をつんざくほどの炸裂音をたてながら完全消滅した。
「オメェは……」
「へぇ。またあなたが邪魔をするのね……」
「これ以上の犠牲を出さないためにも、同じ質量のものをぶつけて相殺させてもらったわ」
ルビアダークの前にはヤミを庇うようにして立ちはだかるルビアがいた。
「その身体で人殺しなんてさせない。返してもらうわよ、あなたが奪おうとしてる全部。そのあとでまた封じ込めてあげるわ。永遠にも近い闇の底で眠ってればいい」
「わたしがわたしを殺せるって? ようやく本気で潰しがいのある相手が出てきたわね。言っておくけれど、何も憎たらしいのはあなただけではなくってよ」
不敵な笑みを浮かべるルビアダークと構えるルビア。両者見合い、そして共に血術を発動した。
「血刎よーー斬血!!」
「血刎よーー斬血!!」




