第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#8
「天動真中か……オメェが出てきたところでまだオレの攻撃は終わってねぇ! アンリーシュ・アール!」
「ーー!!」
右手を掴まれているヤミがそのまま五指を広げ弾いた。
直前で反応した真中は腕ごと蹴り上げ、指先から放たれる魔力を空撃ちさせることに成功する。
夕闇に染まる空に火花が飛び散った。
「ちっ」
「ここまで護りきったルビアの顔に、泥ぬるわけにはいかないんだよ」
「魔力の流動にも反応出来るのか。吸血王はどいつもこいつもやりづれぇ」
ヤミは体勢を立て直すべく、距離を取る。
「ルビア。今のうちに怪我人の移動を頼む。こいつの相手は俺がする」
「任せていいのね?」
「信じてくれとは言わない。絶対もない。ただ、売られた喧嘩は買ってやる。それで今まで通り、勝つだけだ」
聞き届けたルビアは、真中の指示に従い、複数人の怪我人を片翼で包み、安全な場所を目指して飛び立った。
「殺すのは先代吸血王だけって言われてたのによぉ。まぁオメェを痛ぶって、グロい見た目にしてやれば動揺ぐらい誘えるわなぁ?」
「親父はどうしてそんなにルビアを殺したがってる」
「さぁな。その力で聞き出してみたらどうだ?」
「それがお前の流儀なら」
真正面から衝突する二つの拳撃。一方でルビアには不安要素があった。昨晩聞かされた正体不明な〝声〟の主についてである。
「今、真中を本気にさせるのはかなり危険。内なるあいつが本格的に正体を晒すには絶好の機会だもの。急がないと……ヤミなんて比じゃないわ」
ギリギリの攻防の末、耐えきれずいよいよ真中の中手骨が折れ、出血する。
「『腕が潰れやがった。強度はまだオレのほうが優ってる。このまま押し切れば……?』」
骨が手の甲の厚い皮を貫くも痛みの感覚はなく。むしろ流れ出た血が固まり、拳打の強度が増していった。
「うおおおおっ!!!!」
「調子付くなよガキがぁっ!!」
衝撃に弾かれる両者。再び二人の間に距離が生じる。
「『……デモニック・エルを発動してなかったら今のはマジでヤバかった。腕が粉々に砕けてお釈迦になってたのは間違いねぇ。たった一度や二度の殴り合いで腕力と回復力が著しく向上してやがる。これがまだ完全なる吸血王の力じゃねぇ、発展途上の片鱗に過ぎねぇってのなら、完全覚醒したらどうなるってんだ……』」
「答える気になったか? 親父はルビアを殺した後、俺に何をさせたい」
「分かってるはずだぜ。今オメェはバカみてぇな速度で人間から遠ざかってる。血術もそう遠くない未来には獲得するだろうよ」
「俺にそれを覚えさせたいのか? そんなことのために……」
「違うな。その先にあるもの。それは人間であることを棄て去った後に待つ、もう一つ上の次元。オレとの戦闘でオメェは進化していってる。それで叩き起こすんだよ」
「なにをだ」
「常人は人を殺せない。いや、殺せても罪悪感や倫理観までは完全に捨てきれやしねぇだろう。どんなに理屈を並べても人間には潔癖な部分があるからな。もちろん慣れはあるが、それでも不十分だ。それを今度は社会が赦さねぇ。オメェが昔かけちまったその安全装置を外すべく、オレは先代吸血王を殺し、オメェに接触しろと命じられた」
「何の話をしてる……」
「天動梗吾は嬉々として語ったぞ。オメェが4年前に浅倉貴文って名前のガキを殺しかけたことを。何の悪意もなく、感情もなく、躊躇いもなく、呼吸するようにクラスメイト全員を手にかけたことをな」
「ーーっ!?」
過去の暴露に揺らぐ真中。語りながらヤミが急接近する。畳み掛けるヤミの猛攻に一転、防戦を強いられていった。
「思い出させるんだと言ってたな。あの時初めて芽生えた本能ってやつを」
「俺はお前とは違う!」
「ああ根本から違うさ。オレには先代吸血王への殺意しかねぇからな。無差別じゃない」
「あの時だってそこまでする気はなかった!」
「オメェがどう思おうが、浅倉貴文を殺しかけた時に決めたんだと。オメェを、ルビア・アンヌマリーすら凌駕する最凶の吸血王に育てあげるって。あの無秩序な殺意に敬意を払うってな」
「そんなものはとっくの昔に捨て……っ!?」
「混乱してるな……隙だらけだぜ、アンリーシュ・アール!!」
ヤミ渾身の一撃が炸裂した。まともに食らったその身体中から血が噴き出る。
「もう避けることすらしねぇのか? 覚醒する前にオメェ、ほんとに死ぬぞ?」
殴られ、骨が折れ、内臓が潰れ、血を吐き、また再生し、殴られ。何度繰り返しただろうか。躱す動きすら見せない真中の前にルビアが降着した。
「何やってんのよ真中!」
ルビアが声を上げるも、一向に返事は返ってこない。
「手遅れだ。そいつはモードに入った。後はもうオレの仕事じゃねぇ」
「どういう意味かしら」
「もうじき、人間との境界を取っ払って吸血王として帰ってくるさ。ちょうどいい。オメェもそいつに殺される前に聞いてけよ。最初の覚醒が起きた時のことを」
「『ヒロが関わってるっていう事件? 天動梗吾がわざとこいつに吹き込んだ? でもどうして……』」
「まぁ聞けよ。そう長ぇ話じゃねぇ」
ーー今時分より振子は一旦振り戻る。そこで天動真中は運命の仮面をはぎとった。己すらも欺き続けるその素顔を知るために。
一人の男子生徒が孤立していた。
生活保護受給者の子で、毎日同じ私服を着て登校していたことも相まってか、臭いだの汚いだの給食費泥棒だのと陰口を叩かれ、あらぬ嫌疑をかけられ、差別され、やがて居ないモノとされた。
クラス単位での仲間はずれやシカトは日常茶飯事。真中が普段通り接するも効果はなく、いわゆる無視ゲームは続いた。
ただ彼は勉強こそ秀でた成績だとは決して言えなかったが、芸術面に関しては凡人とかけ離れたものを持っていた。読書感想画は金賞を取り、版画も全国コンクールに出品されるほど。才能の有無は誰の目にも明らかだった。
それが余計に奴らの癇に障った。自分よりも下だと蔑如したものが大人たちにちやほやされる。持たざるものの嫉妬だった。
真中が齢11の頃。月に一度の大掃除が行われたその日。クラスの中心だった浅倉貴文が、九つ上の兄に感化され、彼にタトゥーを掘ってやると言って迫った。
彼のランドセルを無理矢理取り上げ、彫刻刀セットを取り出す。使用感のある切り出しの刃を選ぶと、仲間らに押さえつけさせ、ズボンを脱がせた。無論クラスメイトは全員見て見ぬふり。
「兄貴みたいに肩とか背中にばーんと派手に掘ってやりたいけど、バレるとだるいしな。そうだ、あそこにするか! 一番目立たないし、誰もやったことない場所だろ」
「い、いや……何するの? やめて! やめてお願い!!」
「透明人間がなんか言ってるけど、透明だから聞こえなーい。それよりでっけぇ龍掘ってやるから、早くパンツ脱いで出せって」
「た、助けてっ!! 誰かっっ!!」
「いい加減にしろよ。お前ら」
現場に駆けつけた真中が割って入る。
「ゴミ出し戻ってくんの早すぎ。お前のせいでクラスの空気が悪くなってんのに気づけよ。そろそろ空気読めってチビが」
「お前らただ、羨ましいだけだろ?」
「はぁ? こいつの何を羨ましがるって? こいつはオレたちの税金で食わせてもらってるクソ以下の下民だろうが!」
「書いてる漫画、読ませてもらった。スッゲー面白いし絵はプロみたいだし、先生は本気で美術の学校に通わせられるよう、大人と相談してるし。こいつのやってることはカッケーんだよ。お前らのやってることと違ってな」
真中が浅倉の腕に掴みかかった。
「何だよこれは。痛いだろうが」
「お前らがこのくだらないゲームをやめるまで離さない」
「偽善者気取りかよ、邪魔すんなって!」
真中のことも良く思っていない浅倉は掴まれた右手ごと彫刻刀を振り回し、はずみで真中の右眼を切りつけていった。
「ぐっ……」
出血点を抑えるも、生温かい大量の血液が溢れ出し、床を汚す。
初めて見る生々しい紅に、慄いた浅倉は思わず後ずさった。
「お、お前がこんなゴミムシなんかかばうからだろうが! 俺は悪くない! 悪くないからなぁ!」
やがてその血は頬を伝い、口の中に入り込む。そして、ごくりと飲み込んだ。
「がはっ……っ!!」
真中の切られた右眼は再生を始め、侵食されるように真紅へと染まっていく。
次の瞬間。浅倉は頬骨を砕かれながら、教卓を破壊して黒板に叩きつけられた。
コンクリート造りの壁面が陥没するほどの威力を見せる一撃に、取り巻きたちは困惑し、腰を抜かす。
「な、なんだ……?」
「来んな。来んなよ!」
見下げる真中は、容赦なく顔面に蹴りを入れ、胸ぐらを掴んでは人間離れした腕力で殴り飛ばしていった。
悲鳴をあげながら教室から脱出しようとするも、意識のない彼らの身体が投げ込まれ、ドアが変形し開かない。
逃げ場はないと知りつつも廊下側に集まるクラスメイト。にじり寄り距離を詰める真中。男子も女子も関係ない。無視ゲームの参加者は漏れなく地に伏した。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
振り返ると、先の刃を持って威嚇する浅倉の姿があった。
「殺される……だったら正当防衛だよな……犯罪じゃねぇもんな、うぁぁぁぁ!」
切り掛かる浅倉の利き腕を握り潰し、いなした真中はそのまま馬乗りになった。
「ああ! ああ! ああっ!!」
落下した彫刻刀を左手に持ち替えて、無我夢中で真中の腹部へ何度も繰り返し刃を突き立てる。しかし乗り上げた真中を退けることは叶わない。
本能的に身を護らんと、余計に真中が応酬する。ただひたすらに、獣のごとく浅倉の顔面を殴り続けた。鼻が折れ、鼻腔から血が流れようとも、歯が折れ、床に転がろうともそれは止まることなどなく。いつしか浅倉は動かなくなっていった。
「やっぱり変だって、あれ……」
隣のクラスの女子生徒が異変に気付き、ヒロと共に様子を見にきていた。
真中の属するクラスは電気も消え、暗がりのなか、窓には血が飛び散っている。明らかにただごとではなかった。
「早く先生呼んでこないと……えっ?」
なかなか開かないドアを力一杯に引くヒロ。
「何やってんの!?」
「今すぐ止めないと」
「中がどうなってんのか分かんないんだよ! 不審者の可能性だって……」
「それでも先生が来るまで何もしなかったら、手遅れになることがあるかもしれない!」
やっとドアごと外れ、教室にヒロが踏み入る。
「何、これ……」
床や壁は飛散した血で紅く染まっており、真中はその中心で浅倉の首を締め上げていた。
味わったことのない恐怖感に打ち負けそうになるも、奮い立たせ真中を問いただす。
「これをやったのはあなたなの? なら、すぐにその手を離して」
ゆっくりとヒロの方向に真中が首を傾けた。
「……………………」
何の言葉も発する事なく真中は敵とみなしたヒロにまで襲いかかっていった。
「『意思疎通がはかれてない……?』」
構えをとるヒロに向かい、右拳を放つ。
「悪いけど、こっちも手加減はしてあげられないから!」
冷静にかわすも、背後の鉄柱がめり込む。
「誰だか知らないけど、やり方が間違ってる!」
「っ!!」
続け様繰り出される左拳にかかる力を利用し、ヒロが肩越しに投げ返す。
地面に落ちたところをすぐさま抑え込み、身体の自由を奪った。
「攻撃が直線的すぎるから対処できた。っていうかその名札……天動、真中? 嘘、同級生!?」
急激な身体への負荷に、真中の肉体は限界を向かえる。そのまま意識を消失させ、天動梗吾が勤める大学病院へと緊急搬送された。
数ヶ月後。学校側がクラス単位で行われていたいじめの事実を認めたくないがために、親同士かつ学校側の立ち合いの元、示談を成立させたこともあり、真中は罰を受けずに済んだ。
しかしながら、その子はいじめられることはなくなったものの、事件がきっかけで敬遠されるようになり、転校。
したことへの正邪は判然としないまま、どこへ行ってもクラスを崩壊させたという噂話が付き纏う身となった真中も同じくして、独りになった。
それからすぐのこと。ヒロと再会し、自らに封をして、現在ーー。
「そのいじめにあってたガキ。来年NYで個展を開くんだとよ。浅倉貴文ものうのうと生きてやがるし。吸血王が手をあげてなきゃ最悪の自体もあり得たかもしれねぇ。そいつらの未来は少なからず今とは違ってたかもな」
「『一度あの力は暴走してる!? でもそれってわたしの心臓を入れられるよりずっと前のことになるわ。ならやっぱり真中の根底にあるのって……』」
会話の最中。ルビアの背後にいた真中が、いよいようずくまったまま微動だにしなくなった。
「真中!」
まさにあの時と同様。意識の混濁が真中に起こっていた。それはまるで魂がズレていくような、自分を別の自分が俯瞰して見ているような感覚だった。
痛みは変わらずない。いや、全ての感覚がなかった。次第にルビアの声も遠のいていく。
「ま、な……か…………し……かり、し……さ…………」
「さて、真中。雑音は無視してせっかくの逢瀬、存分に楽しみましょ? ここからはわたしの声だけを聴きなさい」




