第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#7
「今日のヒロ、なんか元気なかったな」
帰宅道中。開けた通りに出たあたりで、ヒロが柄にもなくみせた、取り繕った様子に違和感を覚えた真中がふと漏らした。
「一昨日と何か変わったところがあったかしら?」
「本読みが終わった後だ。なんて言うのか……苦しそう? だったような」
「近しい人間には分かる微妙な変化やサインみたいなものはあるかもしれないわね。いつからの付き合いなの?」
「小学から。俺が事件を起こしてすぐ後だから5年生の時か」
「事件? それにヒロが関わってるって?」
「ヒロの親父さん、元々スーツアクターやっててさ。ヒーローの中に入って怪獣と戦ってたんだ。それを生かして今は刑事ドラマの殺陣師やったり、道場開いたりしてて。相当鍛えられたんだろうな。だからかヒロもあり得ないくらい強くて。ただ暴力を振るうだけだった俺に、正しい型を教えてくれたのがヒロとその親父さんなんだ。おかげで俺はあれ以降一度も人の道を踏み外さずに普通の学生でいられた。でなきゃそれこそルビアと出逢う世界線はなかったかもしれない」
「真中にとっては規範や模範みたいな二人なのね」
「武者修行とかで、中学卒業したばっかのヒロを一人、右も左も分からない離島の高校に入学させるって聞いた時は、さすがにやりすぎだと思ったけどな」
「これは言おうかどうか迷ったんだけど……」
珍しくルビアの表情に緊張感が走った。加えて周囲の通行人がやたら写真や動画を撮ってざわついている。
「今のヒロの心境に何か関係があるなら、真中にも伝えておく必要があるわ。ついさっき。部室で演者を発表した後のことよ。彼女〝いなくなっちゃえばいいのに〟って、そう言ったの」
「どういう意味だ? いなくなる?」
「映画研究会の異分子はわたしだけ。要するにそれってわたしを指して……」
そこでルビアの二つの眼球は真紅に染まり、真中を大きく突き飛ばしていた。
何がなんだか分からず振り向く真中の視線の先に、全速力でこちらに向かってくる大型のタンクローリー車があった。
そのままルビアを跳ね上げ、ゲームセンターに突っ込むと、爆発を起こし炎上。爆風で熱気が駆け抜けると、一瞬にして辺り一帯は火の海と化した。
「ルビア……ルビア!」
我に返り、起き上がる真中。ぐちゃぐちゃになった店内と、横転した車体。立ち昇る炎の中にそれらしい影は見当たらない。
「……どこだ! 無事なのか返事しろ!」
「言ってるオメェも危ねぇがな」
「っ!!?」
既に、アスファルトごと無理矢理に剥がされた公衆電話BOXは、真中目掛けて投擲されていた。速度にして160キロ。ルビアの捜索に意識が向いており、躱すといった思考はおろか、反射も追いつきはしなかった。
真正面から直撃した真中は、身体を潰されながらそのまま数百メートル飛ばされ、外壁に叩きつけられた。
「これで分断完了」
暗褐色のローブのフードをおろし、顔を晒したヤミは噴煙立ち昇るビルに単身近づいていった。
「この程度じゃ死ぬわけがねぇよなぁ? そもそも死ぬって概念自体がねぇようなもんだ。だからゆっくり、四肢や臓物、眼球や歯牙に至るまで一つ一つ折って千切って抉り取って握り潰す。自我が崩壊するまで痛みを与え続けてやる。死ねた方がましだと後悔するまでずっとだ。せっかくエンジンかけてやったんだからとっとと立ち上がって来いよ、吸血王。ゆっくりここで待っててやるからよぉ」
燃え盛るゲームセンター正面口でヤミが待ち構える。
「お気に入りなんだからまったく……燃えちゃったらどうするのよ。ちょっと裾にすすが付いちゃってるじゃない! もう最悪!」
「おいおい、こいつぁ……」
負傷した客と運転手までも両翼に包みこみ救出したルビアが、悠然と姿を見せた。
「無傷かよ。聞いちゃあいたが驚いたな」
要救助者を優しくおろすと、ルビアの表情は途端に険しくなった。
「あんたね……」
「あんた、じゃねぇ。名前をもらったんだ、クソ神様から。オレのことは以後、ヤミと呼んでくれ」
「勝手に名乗らないでちょうだい……わたしは平気な顔して関係ない人たちを巻き込んで、吸血王のあだ名でわたしを軽々しく呼んで、真中にまで手を出したのはあんたなのかって、そう訊いてるのよ」
「ああ、全て正しい。その通りだ!」
身を隠す必要がなくなり、ローブを脱ぎ捨てるヤミが戦闘体勢に入った。
「聞き間違いでなければ後悔させるとか言ってたわね。喧嘩ふっかける相手との格の差くらい下調べしておきなさい。それこそ後悔することになるから」
「っ!?」
ルビアの背中から四対の翼が生える。と、同時に全ての翼が高速回転し、螺旋を描きながらヤミの巨体を貫いていった。
「がはっ……っ!!」
あまりの速度になす術もなかった。急所こそ免れるも、その半身は大きく削り取られてしまう。
「偽血を投与されていることは把握済み。こんなことで死ぬわけがないんでしょ? だから、死なないよう手加減しながら直々に躾けてあげるわ。人の世で生きる上でのルールを無視するとどうなるか。痛みをもって知ることね」
鋭い眼光が重傷を負ったヤミに向けられる。しかしその失った体組織もみるみるうちに元に戻っていった。
「御高説垂れるくらいにゃ強い、と。手加減ねぇ……こいつぁオレも熱くなってきちまうじゃねぇか!」
右手で拳を作り、肩を引き絞った。
「アンリーシュ・アール!!!!」
突き出した腕から放出される高密度の魔力。その残滓が青白い閃光となって走り、ゲームセンターを有する10階建てのビルは、打撃を加えたポイントを起点に、瞬く間に崩壊した。
「俺の身体には高純度の魔力が常に体内を循環している。その魔力を任意の量だけ一点に放出した。それが今のオレが有する右腕の能力だ。オメェがこれまで戦ってきた雑兵とホムンクルスの違いが理解出来たか?」
粉塵が舞い、瓦礫が雪崩のように崩れていく中、ルビアは姿を消していた。
「ーー!?」
気配を察し、ヤミが頭上を振りあおぐ。空中に静止したままルビアが見下すように次の一手を打ち込んだ。
肥大化させた両翼を刃の如く振り下ろす。それは梗吾の両腕をも斬ってみせた技法。咄嗟にヤミも頭部を護るべく左腕で庇う。
ーーガキンッ!!
金属と金属が擦れ合うような鈍い音が鳴り響いた。
「デモニック・エル……さっきは使うヒマがなかったからなぁ。用心してたぜ」
防御した左腕からは血の一滴すら流れていない。
「体内循環する魔力を部分的に停滞させ、防御力を高めたんだ。科白に偽りなしだな。今の一刀、手加減してくれたおかげで隙が出来てるぜ」
本体に拳を叩き込むべく翼を掴んで引き寄せんと動くヤミ。
「いつまでも余裕ぶってオレの上に立ってんじゃねぇよ!」
「ふん」
寸前、ルビアは急降下。刹那にヤミの懐へと入り込む。
「なっ!?」
「動きはとろいのね。また一つあんたについて学んだわ」
その状態から両翼を突き上げ、顎を砕くほどのカウンターを見舞った。
「がはっ……!!」
息一つ上がっていないルビアとは対照的に、肩で息をするヤミはふらつき地面に手をついた。
「アンリーシュ・アールを攻撃の魔力回路。デモニック・エルを防御の魔力回路だと仮定すると、その両方を同時には発動出来ないことが分かったわ。もし一方通行でないならば、今の一撃はさっきと同じように魔力の停滞部分によって阻害されたはずだもの。殴りかかろうと攻撃の魔力回路に咄嗟、変換したために受けた傷なのでしょう。種明かしに関してはこれで十分及第点をもらえるかしら?」
「血術も使ってねぇってのにここまでの差がありやがるのか……」
「口ではなく精神と肉体、両方で分からせたはずよ。奇襲をしかけようと、力技でこようと、結論手も足も出ない。だから大人しく帰ってくれないかしら? そして天動梗吾にこう伝えておいてくれる? 今回の吸血体の実験も失敗に終わりましたって」
改めて実力の差を思い知ると、別の手段を講じるべくヤミは頭を回した。正面からの攻撃ではなく、相手の弱みにつけ込んだ一手。
「なら簡単な話。やり方を変えるだけだ。生憎とオレには戦闘の流儀やプライドなんてもんはオメェと違って、はなっからねぇからなぁ!」
ルビアが介抱し、助け出した怪我人たちの元へ、ヤミは拳を作りながら迫った。
程なくルビアもまた翼の一太刀を浴びせるも、吸血体は痛覚が総じて鈍い。加えてヤミには超速再生能力が付与されており、穿たれた三角筋も瞬く間に回復する。攻撃をしかけることで足止めしようとしたばかりに出遅れるルビア。真っ先に自身が飛び込んでいればまだ間に合っていただろう。
「護りてぇもんなんてお荷物にしかならねぇってのに、不殺の誓いだとかぬかしやがる……オメェが自ら作った弱点、利用させてもらうからなぁ!」
「させない!!」
飛び出すも不意をついたヤミの拳速にぎりぎり追いつかない。
「弱き者よ、オレが殺すんじゃねぇ……吸血王が護ってくれねぇから死ぬんだ!」
迫る拳。無関係な彼らの鼻先でそれはピタリと止まった。
「……なに?」
「わるい。ルビアみたいに回復速度はそこまでまだ早くないからな。出遅れた」
潰された肉体を修復し終えた真中が、ヤミの手首を片手で抑えていた。
「寝ていたぶんは取り返してくれるんでしょうね」
安堵し、笑みを浮かべるルビアに真中が視線を送る。
「ああ。だからこっからは俺も混ぜてくれよ。人質取ろうとするくらいだ。二対一で卑怯も文句もないだろ?」




