第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#6
「あの二人なに? 見学?」
「横の子、めちゃくちゃ可愛くね?」
「確かに。俺、フツーにタイプなんだけど」
「てかあんな子、ウチにいた? 転校生?」
「制服着てないし、そもそも雑誌とかドラマの撮影で来てるだけなんじゃない?」
翌日。登校してきた二人に在校生たちの視線が集中する。特にルビアに関しては学年男女問わず、すれ違った全ての生徒の衆目を集めていた。
「どうして制服じゃないのよ! 念願叶ったせっかくの学園生活だって言うのに」
「間に合わなかったんだから仕方ないだろ? 明日には届くらしいから今日だけ我慢しろって」
「初めてのセーラー服。袖を通してみたかったんだけど……まぁ、可愛さならこの一張羅だって負けてないし。楽しみはとっておくことにするわ」
「それよりなんかさっきから見られてないか俺たち。やっぱ定礎Tだからか?」
「学園側も私服登校に許可出したんでしょ。なら、どんな個性的なTシャツであれ、堂々と胸張ってれば良いのよ」
「個性的って……やっぱダサい自覚あったのかよ!」
「帰って検索してみたのよ。意味とか、語源とか……昨日はその場のノリというか勢いでつい……なんかごめんなさい」
「謝るなよ! 余計に表歩けなくなるから!」
当の本人たちは周囲の注目など気にも留めず、何食わぬ顔で職員室まで向かい教科書を受け取ると、一時限が始まる前のホームルームにて担任より紹介された。
すると教室に入るなり、ざわめきは止まらず、中には当たりだとかで、ガッツポーズをして喜ぶ生徒まで現れた。
「鳳凰島の分校から来ました、天動真中です。好きな映画はダークナイトにダイハードにポリス・ストーリーに色々。映画研究会に入ってて自分もアクション中心にやってます」
「イギリスはロンドンから来たルビア・アンヌマリーよ。尊敬する人はお父様とお母様にダイヤ姉様。好きなアニメは魔法少女隊レイド・クライス。中でも推しキャラは千寿チハル。ソシャゲは天井か、完凸するまで課金するタイプね。特技は血術と翼による打撃、剣撃、刺突に防御。ざっとこんな感じかしら。よろしく」
その朝を堺に編入生の噂は瞬く間に浸透した。ルビアに関しては気品溢れた容姿や立ち居振る舞いとオタク趣味とのギャップが話題となり、他クラスからも見物人が集まるほどであった。
「アニメ、ゲーム好きのお嬢様ってガチなやつ? しかも自身がそれに負けてないくらい可愛いって、Vの話じゃないよな!」
「俺、写真撮らせてもらったから見る?」
「え、ヤバっ。美少女ってか美幼女?」
「私服レベル高っ!」
「ここだけの話、あの一緒に転校してきたやつと同棲してるらしいよ」
「嘘だろ。俺、狙ってたのにカレシ持ちとか……でもあくまでらしいって話っしょ? 本人は何て?」
ルビアの話題で持ちきりになっている廊下にて、真中と隣のクラスに振り分けられたヒロが立ち話をしていた。
「トイレに行くってだけで、なんであいつがクラス中の女子引き連れてくんだよ」
「それだけ同性にもウケるってことでしょ。ルビアちゃん、高貴な雰囲気で産まれもそれっぽいけど、その割には庶民的なところもあって、親しみやすいし」
「休み時間になるたび質問攻めにあってたな。本人はニコニコしながら一個ずつ答えてたけど」
「社交的じゃん」
「外面がいいだけだろ。俺には常にツンツンだぞ」
「あ、分かった。妬いてるんだ」
「何であいつに対して俺が妬かなきゃならないんだよ」
「だって同棲してんのは事実じゃん」
「二人一緒に監視したほうが楽だっていう聖堂騎士団の都合だろ?」
「ああ。そういえば映研の部室決まったって、先輩たちから。B棟の二階、カウンセリングルーム」
「また間借りかよ」
「しょうがないでしょ。うちらのチャンネルの再生回数だって、良くて1000回? そんな成果じゃ部に昇格は遠い夢のような話だって」
「俺の芝居が問題なのか? アクションには自信あるんだけどなぁ……キレとか」
「それも踏まえてなんか新しい本書いたんだって。今日お披露目らしいよ」
「ライタ先輩の新作か……そりゃ放課後直行しないとな」
「あ、あと。ルビアちゃんも連れてくるようにってカントクが」
「ルビアを? 何でまた」
「絶対だってさ。珍しく念を押されちゃった」
「スカウトの話、結局うやむやになってるからな。その話だろ、きっと」
全ての授業が終わり、掃除時間を過ぎてもルビアの人気はとどまるところを知らなかった。放課後デートに誘う男女入り乱れた群集を掻き分け、真中はやっとの思いでルビアを映画研究会に誘った。教室に着いてから会話をしたのはこれが初めてである。
「今日はやけに無口だったじゃない」
「話し掛ける隙がなかったんだって! だいたい授業だって何であんなについていけてんだよ? 分校じゃあの範囲はまだだから、こっちは何やってんのかさっぱりだったのに」
「知識と一般教養と一通りのマナーはとうの昔に習得済みよ。それより現代史が面白いわね。本で読むのとはまた違った解釈があるわ」
「やっぱお嬢様は本当なんだな」
「まぁ、いちいちひけらかすことではないもの。わたしお嬢様口調でもないし」
向かうB棟はいわば旧校舎にあたり、わざわざ足を運ぶ生徒も普段から多くはない。人気はめっきりと減り、薄暗く、自然光頼りのくすんだ薄緑色の廊下を迷いつつ進むこと数分。二人は部室となるカウンセリングルームまで辿り着き、中へと入った。
「おう、真中! それにルビア! よく来てくれた。ここが新しい我らが牙城だ!」
心理学や宗教学に通ずる本が敷き詰められた本棚に囲まれ、中心に長テーブルとパイプ椅子が5脚。低い天井と手直しの跡が見える木造建てのあてがわれた部室は、御世辞にも好待遇であるとは言い難かった。
「なんか……狭くないっすか? なんかアタック・オブ・ザ・キラートマトの会議室みたいな」
「あーあ言っちゃった」
「第一声はそうだろうなと、予想はついていたよ。ここにいる全員がまったく同じ感想を発したくらいだから」
「でもよく聞けよ真中。アマチュアがな、形から入ろうとして、使ったこともないような高価な道具を一式揃えてもだ、結局は挫折して全然違うこと始めちゃったりするもんなんだよ! ペンタブだとか、レフ板だとか。ようは中身だ! 志さえあれば机が例え段ボールであれ何であれ大成する! そうしてここから大舞台に羽ばたくんだよ。ルビアもそうだ! 俺はお前を待っていた! 共になら行ける、世界へ!」
御高説の後、手を差し出すカントクだったが。
「わたし、まだ入るって決めたわけじゃないんだけど」
ルビアは冷たく突き放した。
「はっはっはっ。まぁ、あんなごたごたの中でのスカウトなんざ覚えてなくても当然だ。ライタ、あれは用意出来てるんだよな」
「ああもちろん。学校が変わって古い画が使えなくなったんでね。新しい本、プロットだけだけど完成させてきたさ」
そう言ってライタがスクールバッグから100枚はあるだろうコピー用紙の束を取り出し、それぞれに配り始める。
びっしりと書かれていたのは設定やキャラクター、それに付随する科白だった。
「見事なまでに趣味が合う以上、期待して読ませてもらうわ。それで決めても遅くはないものね」
「今回は吸血鬼と一介の男子高校生とのラブロマンスを軸にした、ロードムービーになってる。最初こそ人を殺して食べているとは知らずに転校生である彼女に惹かれるんだ。でもそれを知ってなお、変わらずに想い続ける彼にまた彼女も惹かれていく。しかし警察の捜査が彼女のところにまで伸びてくると、それから二人だけの逃避行が始まる。悲劇しかないであろうと知りながらも二人は誓った愛のために逃げ、時に戦い、人を殺める。警官隊に彼女が捕まりそうになって彼が助け出すアクションシーンも用意した。いかにも真中君向けだろう?」
日が傾くまで無言で読み耽ったルビアと真中とヒロ。そして最後のページをほぼ同時に読み終えた。
「いい。すごくいいっす! 恋愛要素のあるアクションモノって色々ありますけど、何て言うか切なくて、堕ちていくんだけど、ほんのり希望もあって」
「二人の歩む道は人一倍厳しいけれど、二人は寄り添ってそれを乗り越えていく。ラストはビターで。でも本人たちはきっと幸せで。ほんとに良い本書くわね」
「で、配役は? カントクはもう決めてあるんですか?」
ヒロが感想よりも先に、誰がどの役を演じるかを気にした。
「主人公の男子生徒は当然真中がやるとして。転校生の吸血鬼の役をぜひ、ルビアにやってもらいたいと思っている!」
「え、わたし!?」
「適任だと思うよ。言ってはなんだけど、このプロットはルビアさんに出逢ってから書き起こした、いわばルビアさんのイメージ先行の作品でもあるわけなんだ。だから僕からも頼む」
ふと真中の顔を覗き見ると、やる気と自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。真中のその熱量に水を差したくないと思ったルビアは微笑みながら返答に及んだ。
「原宿でスカウトまでされたこのわたしが参加する限りは、絶対最高の映画にしましょ! このルビア・アンヌマリーの女優デビュー、華々しく飾ってよね!」
「そうか! 引き受けてくれるか! よし、ライタ。今日から忙しくなるぞ!」
「ああ。このプロットを元に脚本と演出を組み立てていくから、撮影まで楽しみに待ってて欲しい。なるべく急いで作ってみせるよ!」
盛り上がる四人。その中でヒロだけは顔には出さず一人、胸が苦しくなってそれからどこかぐちゃぐちゃと煮詰まった感情を押し殺して佇んでいた。
どうしてヒロインの役が、真中の想い人の役が私ではないのか。
「そう、だよね……」
撮影プランを嬉々として練る真中の隣にいるのはヒロではなく、ルビアだった。現実でも虚構でも。
「ヒロ? どうかしたか?」
察したのか一人だけ温度の違うヒロを気にかける真中。
「ううん。何でもないよ」
「そっか。具合とか悪かったら言えよ」
余計にその優しさが辛くさせる。疎外感は拭えない。ルビア・アンヌマリーが疎ましい。
「いなくなっちゃえばいいのに……」
そう呟いてしまった。
「まただ……」
自己嫌悪に陥りながらも、それから何とか張り付けた笑顔でヒロは輪の中に入っていった。
「で? 私は何の役をすればいいですか?」




