第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#4
「自分も原宿に行ってみたいって言うから案内したけど……秋葉原じゃなくてよかったのか?」
ここに至るまでクレープに揚げドーナツにいちご飴に串団子にコットンキャンディにと奢って回り、ルビアのご機嫌取りをしてきた真中。
甘いものづくしの食べ歩きに、すっかりルビアも上機嫌となり、先のことなど忘れて舌鼓を打っていた。
「あくまでも今回の主目的は真中の普段着をどれにするか選ぶためよ。わたしの衣装だって、真中が買ってきてくれたわけだから、借りってことになるわ。きちんと返さないと。あと原宿も立派な聖地巡礼よ」
「なんだかんだ言って一番楽しんでんのはルビアのような気もするけどな」
「真中だって。ちゃっかり同じもの頼んでは誰よりも美味しそうに食べてたじゃない。他人のこと言えるわけ? 今だってほら」
レインボーラインが特徴的なパンケーキ屋の店内にて。一見小学生の幼女と、男子高校生という一風変わった客層の二人組が混じって話し込んでいた。
「あんなの横で見せつけられたら、それこそ生殺しだって。昨日から何も食べてないのは俺も同じなわけだし」
真中も実のところ空腹の限界で、行く先々で出逢うスイーツ諸々をルビアと共に堪能していた。
「にしても、ほんっとよく食べるわね」
加えて目の前のテーブルにはパンケーキやサンドイッチが所狭しと並ぶ。それら全て真中自身が注文したものである。
「俺の身体、昔っから燃費悪いっていうか。食べても食べても、すぐ腹減るんだよ。座って授業聞いてる分にはいいけど、体育の授業の後なんて余計に。今日もまぁまぁ歩いたしな」
「それ、わたしの心臓を入れられる前の話よね?」
「そうだけど」
「ふぅん……」
考え込むルビアの様子を見て、真中が咀嚼しながら言葉をこぼした。
「あんま気にかかってると老けるぞ」
「今更歳取ったからって何にも変わんないわよ! そもそもあんたのためでもあるのよ!」
「で、何か思い当たる節でもあったか?」
「まだ判然としないし、確証もないから結局のところ想像とか妄想の域を出ないわね。気になると言えば、端の席に着いてる女の人だけど……」
「?」
遠目で探すと一番隅の席に女性客が一人、猫背気味にひっそりと座っていた。
「いるな。でもそれが何だよ」
「二つ前の店を出たあたりからわたしたち彼女に尾けられてる」
「気のせいだろ? それか気を張り過ぎてるか」
「ここの店だって、わたしたちが席に通されるのを計算して自分も並んだとしか思えない。その証拠にどことなくだけど視線を感じるの。もしかすると天動梗吾が差し向けた刺客かもしれない」
「写真見たろ? 相手はハルク級の大男だって」
ルビアもちらちらと視線を向ける。カジュアルファッションでマスクにアルミフレームのメガネをかけた理知的なその女性は、静かに目立たぬよう、ちびちびとジュースを飲んでいた。
「やっぱり何か引っかかるわ」
「じゃあ手っ取り早くこうすりゃいい」
「それもそうね」
同時にすくっと席を立つ二人。噂の女性客の元へ向かう。
焦り始める彼女はどうか私のところへは来ませんようにと目を固く瞑る。しかしその祈りも虚しく。席の向かいと隣にルビアと真中が座り込んだ。
「わ、私っ!? げほっごほっ……」
思わず柑橘系のジュースが気管に入り、むせかえる。
「荒事にはしたくないわ。まだ会話が成り立つうちに名乗り出なさい!」
「勘違いなら謝ります。でも、俺らに何か用があるんなら直接の方が早いっすよ」
「だ、誰のことでしょうか? 人違いでは?」
些かこの状況でこの言い訳には無理がある上、声も上擦ってしまっている。
「このまま何も訊かずにわたしたちが仲良く帰るとでも?」
ルビアの目が光る。どこにも逃げ場はない。そう悟った彼女は観念して不慣れなメガネを取り、マスクを外した。
「尾行ってあんまり自信なかったから……」
「あんた……あの時の!」
身に覚えがあるのも当然。正体は昨晩ヘリの中から搭乗を促した、聖堂騎士団第八騎士団副団長を務める彼女だった。
「小麗韵です……」
「何だ、リツカさんとこの人か。何が刺客だよ。味方じゃんか」
「あらかたわたしたちを泳がせて、天動梗吾かその関係者筋が接触してきたところを追跡。あわよくば拘束する。なーんて魂胆でしょ。囮にされてるのよわたしたち」
「囮!? 俺ら餌かよ!」
だんまりを決め込むユンの身体は明らかに緊張しており、自然体でないことに動揺を見抜くルビア。
「どうやら図星みたいね」
「もしそうなら、リツカさんの指示じゃないな」
「指示役は教会、よね?」
反射的にユンの瞳孔が開く。
「教会? 確かリツカさんも口にしてた。何なんだそれ?」
「聖堂騎士団が実働部隊なら、教会は政治機関といったところかしら。教会からも注目されてるなんて、また真中も大変な身分になっちゃったわね」
二人が目を合わせながら会話したその瞬間を見逃さなかった。ユンはテーブルに手を突き、ルビアをも飛び越えてそのまま店の外へと駆けて行った。
「待ちなさい!」
追いかけるも白昼の原宿の人通りは絶えず流動している。そんな人混みの中で目立たぬ一人を探すのは、砂の中から針を探す行為に等しかった。
「リツカさん以上の情報があっても吐かないだろうな。拷問するなら別だが……」
「しないわよ! そんな酷いこと」
「諜報部門なんだろ、第八騎士団って。余計なおしゃべりには付き合わないと思うぞ」
「それも、そうね」
「あ、やべ。金払ってねぇ! ユンさんもじゃんか!」
追跡を諦めた二人はそのままユンの会計まで済ませて、原宿の街の中へ戻る。
「聖堂騎士団も一枚岩じゃないってことか」
「思惑や企みがあるんでしょ。だから信用ならないのよ。ああやってすぐにコントロールしたがるから」
「でも少なくともリツカさんはいい人だと思うけど。部屋にお金に編入の手続きに、面倒なことは全部やってくれたろ? それに美人で声も綺麗で、大人の余裕っていうか、どしっと構えてて頼り甲斐もあるし。歳の離れた従姉妹のお姉さんって感じがする」
「何よ。気に入られて舞い上がってるわけ? わたしだって今はこんなちんちくりんだけど、クールで知的でスタイルだって負けてなかったんだから」
「なんでちょっと張り合ってんだよ。拗ねてんのか?」
「拗ねてなんかないわよ! 真中が妙にデレデレするからでしょ!」
次に本命である真中の普段着を購入すべく、アパレルショップを探した。
何店舗か見た後、とあるノーブランド店にて。気に入ったものが見つかったのか、ルビアが得意げにコーディネートし始める。が、当の着せられた本人は嬉しそうになく。
「このゆったりめな黒のカーゴパンツはいいと思う……でも上はなぁ……」
「やっぱり日本と言えば漢字よ、漢字! 読み方も意味も分かんないけど、字面がなんというか、いい! カッコいいわ!」
それもそのはず。ルビアが選んだグレーのTシャツの胸元には堂々と〝定礎〟と書いてある。
「いやこれ、学校とか病院の下の方の石に彫ってあるやつだろ? 絶対カッコいいやつじゃない!」
「わたしのコーデが気に入らないわけ?」
眉をひそめながらルビアが迫る。
「この微妙なセンス。もしかしてルビアって男に服とか選んだことないのか? 120年も生きてるのに?」
「……」
沈黙の返答がそうであると雄弁に語る。
「ないわよ! ええ、ないわよ悪い! カヤノにしたことはあっても、男の人には接したことすらまともにないわよ。お父様は内務卿、お母様は王族専属薬師だったこともあってか、社交場でも声がけしてくるのは野心家ばっかり。分かるのよ。したいのは結婚であって恋愛じゃないんだって。わたしは政略結婚じゃなくて、お父様とお母様みたいに心から好きになった人としたい! いや、するんだってそう決めてたから……」
「それで婚期を逃した、と」
「喧嘩売ってるわけ!?」
「悪い。でもいつかその高嶺の花を摘んでくれる人が現れるさ。ルビアの理想は高そうだけどな」
「なによ。からかってくれちゃって……もう真中の衣装は何と言おうとそれで決定だからね」
不意に真中の裾を掴むルビアが引き寄せる。
「何だよ」
「プレゼントしてあげる。この服のお礼」
面と向かって素直になるのが気恥ずかしいのか、伏し目がちにレジまで足早で歩く。
「マジでこれにすんのかよ。もうちょっとマシな漢字があるって、光とか絆とか……」
「適能者になりたいの?」
「?」
そうして定礎Tシャツを着たままの真中が身綺麗にしたルビアの隣を歩くことに。側から見ればえらく不釣り合いな二人である。
「着て帰る必要なんてあったか?」
「……」
店を出てからしばらく。やけにルビアが大人しい。
「なんだよ。まだ何かご不満なことでも?」
「いいえ。ただ……勘違いじゃなければ店を出た辺りからまた尾けられてる」
「ユンさんも懲りないな。じゃあまたあの手でいくか」
「そうね。こっちにもプライバシーがあるもの。いくらなんでも息が詰まるわ」
せーので振り返ると、眼前にはビシッと上下スーツで決めた清廉な男性が立っていた。
「っ!?」
「誰だ?」
「誰よ、あんた」
虚を突かれた男性は一瞬物怖じするも、仕事モードに切り替え、一枚の名刺を差し出した。
「わたくし、こういう者です!」
名刺を真中が受け取り読み上げる。
「486プロダクション。アイドル・モデル事業部、プロデューサー……?」
「はい! お連れ様がもしご興味あるならば、是非とも御社専属のキッズモデルになりませんか?」
あのスカウトの聖地でもある原宿で、ルビアが今まさにスカウトされた。加えてアイドルなどに疎い真中ですら耳にしたことのある、大手プロダクションからの誘い。
しかしルビアはとあるワードに憤慨しながら言い返した。
「キッズって何よ! 見かけだけで判断してるってことでしょ! そんなのがモデルとかアイドルとかってちゃんと育成できて親愛度も上げられるのかしら!」
「とりあえずは名刺だけでも貰っといて損はないって。こういう道だってありだと思うぞ」
「わたしたちの使命分かってる? 一刻も早く天動梗吾を止めないと世界中、死者で溢れかえることになるかもしれないのよ!」
「分かりました。とりあえず保留ということで。おっしゃるとおり名刺だけでも受け取って頂けませんか?」
反対するルビアを押し切り、真中が名刺を貰い受ける。
「なに勝手に……」
「いつでもご連絡ください。良き返答お待ち申し上げます! お兄さん!」
「お、お兄さん!?」
そうして困惑する真中とへそを曲げたルビアを残して、そのプロデューサーは颯爽と去っていった。
「マジか! スカウトだぞ! ほんとにあるんだな。ルビアが雑誌に? モデルから女優に転身も視野に入ってくるな……どのみちすげーよ! 先、越されるかもな」
「なんか変なテンション入ってるの何なのよ。あといつからわたし、あんたの妹になったわけ?」
まったく意に介さないダイヤの原石と、他称ルビアの兄の散策はひとまず日が暮れる前に終わりを迎え、長かった一日を反芻しながら二人は帰宅した。




