第二章「ヴァンパイア・オブ・ザ・スクールI」#1
「『陽が昇るから夜明けなのではない。目覚めた時こそ夜明けなのーー』」
耳元で囁かれる艶やかかつ滑らかで余裕のある声つきに真中の意識は向いた。
「『気分はどう? 肉体が健在でなによりだわ』」
「ずっと話したいと思ってた」
「『理解の及ばない事象に対して、頭ごなしに拒絶せず対話を試みようなんて、お利口じゃない』」
「前置きなしで訊きたい。お前はルビアなのか?」
「『白黒線引きさせたからといって、納得は得られるでしょうけど、それも一過性の感傷にすぎないわ。だって今のあなたは通り過ぎていく風のよう。一度吹き去ってしまったなら、後に残るものは何もない』」
「〝俺〟は自然と消えるのか。それともお前が消すのか」
「『結末は確かにわたしの思うがまま。だとしても一方的な暴殺はフェアではないわ。わたしはあなたに少し興味が出てきた。でも今のままではだめなの』」
「どういう意味だ」
「『わたしに身も心も何もかもを捧げる。例えるならそうね、隷属といった精神がないと共生は出来ない』」
「それは、お前のことを知らな過ぎるから受け答えのしようがない。共存すべき相手なのか。乗り越えるべき障害なのか」
「『この短期間であなたの内面に触れて知った。そもそもあなたには他の人にはない特別なモノを持ってる。それは何も心臓だけの話ではなくて。気付いてるはずよ? 持て余した有り過ぎる力に対して、以前より強いフラストレーションを感じてる」』
「違う。誤った力の使い方は悲劇を重ねるだけだ。だからこそ正しい力の使い方をヒロから学んだんだ」
「『あなたが特別な存在だと意識し始めたのはあなた自身、正義感といったひどく曖昧な自己満足では何も解決されず、潜在的に大きな代償を支払わなければ護れないものがあると知った上でなお、苦悩し、抗い続けているからに他ならないわ」』
「今の論点はそこじゃない。力加減を誤ればそれは過剰な暴力に成り下がるのを俺はよく知ってる」
「『いいえ。あなたはあの娘の意思を継ぐことは決してない。うたた寝のような理想を信じ、犠牲なくしてこの先戦い抜くことが不可能であると頭で分かってる。持ち合わせてるのはあの娘ではなくて、わたしと同じ思考パターン。内に秘めた殺意を否定せずに放置したのはそれが理由よ」』
「だからお前はあの時、吸血体を殺せと俺に言ったのか。あれはルビアの意思とは反した考え方だった」
「『他者を排して穢そうとも、己の行動を肯定し、尊重し、愛おしむ。あの娘よりはあなたに対する理解は深いものと自負しているわ』」
「この期に及んで曖昧な返答は要らない。お前は俺をどうしたい!」
「『気に入ったのは本心よ。だからなるべくなら強引な手は使いたくないの。わたしという内面を受け入れ、肉体を共有する。あなたが拒絶さえしなければ、わたしもあなたの全てを奪い去ったりもしない。真実と虚像、理性と衝動。やがて境界は取り払われる。まずは顔合わせ。お互い触れられるところまで来た時はそうね、新しいわたしたちの誕生を祝して熱い抱擁に……キスでもする?』」
「待て。まだ答えらしい答えをもらってない! 俺はまだ知らなきゃいけないことが……っ!」
ベッドの上、真中が目を覚ます。すぐ隣りには大きめな借り物のカッターシャツを裸に纏い、髪を下ろしたあどけない寝顔のルビアがスヤスヤと寝入っていた。
「夢、じゃない。確かに会話を覚えてる。あれは間違いなくルビアだった。でもここにいるのとは違う。別の……」
「うーん……悪あがきはやめろぉ……卑怯もラッキョウもあるものかぁっ」
「どんな夢見てんだよ」
ルビアが大きめな寝言を一つ。ふと視線を上げれば閉め切ったカーテンから陽光が差し込んでいる。
「学校もないし。調子こいてだいぶ寝てたな」
ルビアを起こさないよう、そっとベッドを降りる真中。水道水を手ですくって飲み、荒々しく顔を洗うと、そそくさと着替えて出掛ける。
電車と地下鉄を乗り継ぎ、閑静な住宅街の低層マンションに辿り着いた真中は、201号室のインターホンを迷いなく押した。
「……はーい」




