ある肝試し
「……カビくさいな」
「ああ、雰囲気があるな……」
「怖い……」
大学の仲間らと合宿に出向いていた小生は、ほど近い場所に“出る”と噂される廃病院があると聞き及び、興味を抱いた者らと連れ立って、夜更けにその場所へと足を運んだ。
入口の硝子は無残に割れ、鋭い破片が懐中電灯の光を鈍く反射している。床には瓶の屑やタイヤ、ぼろ切れなどが散乱し、壁面には稚拙で荒々しい落書きが縦横無尽に走っていた。足を踏み入れて数歩進んだところで、天井から石膏がぼろりと剥がれ落ち、乾いた音を立てて床に砕けた。やけに反響し、皆びくりと肩を震わせた。
長年放置されて淀んだ空気は重く湿り、皮膚にねっとりとまとわりつくようで、不快感がじわじわと増していく。
「きゃっ!」
ふいに美嘉が足を取られてよろめいた。全員でからかい、笑い声を上げながら先へと進む。怖くないという虚勢と、『大したことはないな』という冷めた気分が入り混じり、場にはどこか浮ついた雰囲気が漂っていた。
しかし――十五分ほど院内を歩き回った頃のことだった。
「ね、ねえ……いま声、聞こえなかった……?」
「声? さっきから庄太が喋ってるだろ」
「違う……後ろのほうから、なんか子供みたいな、でもおじさんみたいな……きゃっ! また! もう嫌!」
美嘉は髪を振り乱し、両耳を塞いでその場にしゃがみ込んだ。
小生は笑ってみせたが、喉から出た声は自分でも驚くほど掠れていた。仲間らの顔を見回すと、皆、薄ら笑いを浮かべてはいたものの、それは恐怖を隠すために貼りつけた仮面にすぎず、また三人で示し合わせて小生を担ごうと企んでいる気配も感じられなかった。
「うおっ……! お、おれにも聞こえた……」
突然、太一が声を上げて後ずさった。美嘉は震える声で「ねえ、もう戻ろうよ……」と呟き、二人は足早に入口のほうへと引き返していった。
庄太と目が合った。「まあ……太一は美嘉に気があるからな」。そう言って、彼は薄く笑った。小生もそれに合わせて笑ったが、胸の奥には冷たいざわめきが残った。
太一の顔は冗談ではなかった。美嘉も同様に。
二人が去ってから三分ほど歩いた頃、庄太がふいに立ち止まった。
「……本当だ……本当に!」
庄太は小刻みに震え始め、次の瞬間、踵を返して走り出した。
「お、おい!」
――だよ。
追いかけようとしたその刹那、小生の耳にも確かに届いた。背筋に冷たいものが走り抜け、身体が一瞬、石のように固まった。
――あっちだよ。
ごくり、と唾を飲み込む。小生はゆっくりと前を向き、一歩、また一歩と足を進めた。
――そうそう、そっち。
――右の部屋だよ。
ぬめりつくような声が鼓膜を濁し、脳の奥をいやにざらつかせた。
小生は声に従ってゆっくり歩いた……否、これは小生自身の意志である。怖くなどない。怖いものか。
やがて病室らしき一室にたどり着いた。内部は荒れ果て、寝台は壁に立てかけられ、破れた敷布が埃にまみれて床に散らばっている。だが、それ以上の異変は、ぱっと見た限りでは見当たらなかった。
――なんかありそう……。
――もうちょっと、このへん調べてみたら?
――あー、気づかないかー。
――左左左。
部屋の隅に、小さな机が一つあった。白く、ぼんやりと暗闇に浮かび上がって見える。
――見つけた?
――その上を見て。
――見たほうがいいよ。
机の上には、一冊の汚れた帳面が置かれていた。表紙にはかろうじて『入院日誌』の文字が読み取れる。
――取って、早く。
――みろ。
小生は再び唾を飲み込んだ。ここで引き返すべきだ、と理性が囁く。さもなくば、何かが出てくる。そんな不吉な予感が胸を締めつけて離れなかった。
――ミロミロミロミロ。
――見て見て見て見て。
小生は震える手を伸ばし、帳面に触れた。
――さーて、こっからが特大考察ポイントよ。
――どんな反応するんだろ。
――ここからの展開、すごいよ。
――先に二つ前の部屋に行ったほうがよくない!?
「で、出た……指示厨……」




