『乾き』始めた女勇者(ざまぁの始まり)
「――ハァッ、ハァッ……! くそっ、ゴブリンキングごときに、この私が……!」
王都近郊のダンジョン『呻きの洞窟』。 私、Sランクパーティー『白銀の剣』のリーダー、女勇者アリアは、荒い息を吐きながら壁に背中を預けていた。
ほんの数日前まで、こんな下級ダンジョンのボスなど、私一人で十分だった。 それなのに、今は。
「アリア! 回復が追いつかないわ!」 「こっちもです! 詠唱の時間が……!」
仲間の女魔術師セシリアと女僧侶クロエも、魔力切れ寸前で青い顔をしている。
あいつ――ユキヤを追放してから、明らかにおかしかった。 パーティーの連携が、驚くほど噛み合わないのだ。
(なぜ? あんな雑用係、足手まといが一人消えただけなのに……!)
理由は、分かっている。 認めたくないが、分かってしまっている。
私たちの戦闘スタイルは、常に「全力」だった。 私が聖剣のスキルを最大出力で連発し、セシリアが最上位魔法を叩き込む。 それを可能にしていたのは、戦闘の合間や、戦闘直後に、ユキヤが「触れて」くる、あの行為。
【魔力注入】
思い出しただけで、肌が粟立つ。 あの男の生温かい手のひら。 肌を撫でるように侵入してくる、ヌルリとした魔力の感触。
「生理的に無理」
そう言って切り捨てた。 仲間たちも、あの不快感に同意してくれた。
だが、あの「不快」な魔力を失った今、私たちの体は、まるで重い枷をつけられたように鈍っていた。 高価な魔力ポーションをガブ飲みしても、体の奥底にある「渇き」が癒えない。
(あの魔力は……ユキヤの注入は……)
ポーションが「水」だとしたら、ユキヤの魔力は「濃密な蜜」だった。 私たちの魔力回路に直接絡みつき、消耗した部分をねっとりと満たしていく。 あの「不快な」感覚こそが、私たちの魔力回路を常に最高の状態に「調整」していたのだ。
「アリア様! キングが来ます!」 「くっ……!」
目の前でゴブリンキングが雄叫びを上げる。 (今だ! スキルを使え、私!)
だが、聖剣は重く、魔力が練り上がらない。 体が「蜜」を欲しがっている。ユキヤの「注入」を。
「――チッ!」
私たちは、Sランクパーティーの恥を忍び、ゴブリンキングから撤退するしかなかった。
*
「……どういうことなのよ、これは!」
ギルドに戻った私たちは、荒れていた。 ダンジョン攻略失敗。報酬はゼロ。ポーション代で赤字だ。
「セシリアもクロエも、最近ミスが多すぎるわ!」 「そ、そんな……アリアこそ、剣が振れていませんわ!」 「そうです! すぐに息切れして……」
仲間割れ。 あいつ(ユキヤ)がいた頃は、こんなこと一度もなかった。 あいつが、私たちの「不満」や「疲労」も、あの魔力で一緒に吸い取っていたとでもいうのか。
イラつきながらギルドの掲示板に向かった時、冒険者たちの噂話が耳に入った。
「おい、聞いたか? 今朝、Dランクのダインがスラムのガキにやられたらしいぜ」 「ああ、知ってる。なんでも、そのガキが連れてた『銀髪の女』がヤバいらしい」 「聖女様の力だとか……しかも、その女、ギルドのど真ん中で、そのボロきれの男に『跪いて』『ご主人様』とか呼んでたってよ!」 「マジかよ! SM趣味か!?」
(……銀髪の聖女? ご主人様?)
くだらない。 そう思った時、別の噂が、私の心臓を凍らせた。
「そ、それだけじゃねえ! その後、あの『紅蓮の女騎士』エルザ様が来たらしいんだが……」 「ああ! その男、エルザ様にまで『触れて』、何かを『注入』したらしい!」 「そしたらエルザ様、顔真っ赤にして、喘ぎ声みたいなの漏らして……そのまま逃げていったってよ!」
――エルザ様に、『注入』した?
ありえない。 あのユキヤが? あの弱くて、キモくて、女に触れることしか能のない、ゴミスキル持ちの男が?
だが、もし。 万が一。
あの男の【魔力注入】が、私たち以外――それも、あのプライドの高い女騎士エルザすら「堕とす」ほどの力を持っていたとしたら? 私たちが「生理的に無理」と切り捨てたあの「快感」は、本当はとんでもない「蜜」だったとしたら?
「……アリア?」
セシリアが、私の顔を覗き込む。 私の顔は、青ざめていたか、あるいは赤らんでいたか。
「……探しなさい」 「え?」 「ユキヤをよ!!」
私は、自分でも分からない焦燥感に駆られ、叫んでいた。
「あいつが、本当にそんな力を持っているなら……! ましてや、他の女にその力を渡しているなら……!」
それは、許せない。 あいつの『魔力』は、私たちのパーティーのものだったはずだ。 私たちが「捨てた」ゴミだとしても、それを他の女が「使う」のは、我慢がならない。
「あいつを連れ戻すわよ! あの『力』は、私たちのものだ……!」
私は、自分の体が、あの「ヌルリとした感触」を、再び求め始めていることに、まだ気づいていなかった。
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