最初の眷属と、侮辱の代償
一夜が明けた。 スラムの裏路地で、俺、ユキヤは冷たい石の上で目を覚ました。 昨夜の雨は止んでいるが、空腹と、魔力を使い果たした倦怠感が全身を襲う。
(……夢じゃ、なかったか)
隣を見ると、ボロボロの布にくるまった銀髪の少女、ルナが静かに座っていた。 彼女は俺が目覚めるのを、ずっと待っていたかのように、じっと俺の顔を見つめていた。
「おはようございます。私の、ご主人様」
その瞳は、昨日までの「絶望」ではなく、狂信的とも言える「熱」を帯びていた。 昨日、俺の【濃密魔力注入】を受けた彼女は、死の淵から蘇っただけでなく、明らかに何かが変わっていた。
「ご主人様……。お腹が、空きました……」 「……ああ。そうだな」
俺もだ。 問題は、俺たちが一文無しで、俺に至ってはまともな服さえないことだ。
「行くぞ、ルナ」 「はい。どこへでも」
俺たちはスラムを抜け、冒険者ギルドへ向かった。 アリアに砕かれたギルドカードを再発行……いや、今の俺ではそれも無理か。 だが、日雇いの仕事でも探さなければ、二人して飢え死にする。
ギルドの扉を開けると、朝から酒臭い冒険者たちの喧騒が渦巻いていた。 そして、その視線が一斉に俺たちに突き刺さる。
(……分かってるさ)
ボロ布一枚の俺と、泥だらけだが絶世の美少女という組み合わせ。 好奇と、何より下卑た欲望の視線だ。
「ゲッヒャヒャ! 見ろよ、スラムからゴミが紛れ込んできやがったぜ」
Dランクパーティー『鉄の牙』のリーダー、ダインがツバを吐き捨てながら近づいてきた。 筋骨隆々だが、知性の欠片もない顔が、ルナの体を頭から爪先まで舐め回すように見る。
「おい、そこの小僧。その女、いい『タマ』じゃねえか。奴隷か?」 「……」 「そうか、逃げ奴隷か! なら俺様が捕まえてやってもいいんだぜ? ……おい、女。こいつを捨てて俺のパーティーに来い。毎晩『いいこと』してやるよ」
ダインが、汚い手でルナの肩を掴もうとした。 その瞬間。
「――その汚れた手で、私のご主人様に触れるな」
空気が、凍った。 さっきまで俺の後ろで震えていたはずのルナが、一歩前に出ていた。 彼女の瞳から、俺に向ける「熱」が消え、絶対零度の「殺意」だけがダインに向けられている。
「あァ? なんだと、このアマ……」 「【浄化】」
ルナが、静かに呟いた。 彼女がダインに向けた手のひらから、純白の光が迸る。
「グギャアアアアアアアアアアッ!?」
それは、回復魔法の光ではない。 対象の「不浄」を存在ごと消滅させる、聖属性の「攻撃」魔法。 光に包まれたダインの鎧は瞬時に溶解し、その下の皮膚が焼け爛れていく。
「あ、熱い! 腕が! 俺の腕が溶けるゥゥゥ!!」
ダインは腕を押さえて床を転げ回り、数秒後には泡を吹いて気絶した。 ギルドは水を打ったように静まり返る。
(……これが、ルナの……いや)
俺はゴクリと喉を鳴らした。 違う。 これは、俺の【濃密魔力注入】が、彼女の中に眠っていた「聖女」の力を無理やり引きずり出し、「俺の魔力」で上書きした結果だ。 俺の魔力に汚染された「聖女の力」は、今や敵を容赦なく滅ぼす「兵器」と化していた。
ルナは、床で痙攣するダインを一瞥だにせず、ゆっくりと俺の前に戻ってきた。 そして、次の瞬間。
ギルドにいる全員の目の前で、ルナは、俺の足元に跪いた。
「ご主人様。ゴミの処理が遅れ、申し訳ございません」
さっきまでの冷徹な姿は消え失せ、そこには主人の評価を待つ、従順な「メス」の顔があった。 彼女は、おずおずと俺の手を取ると、その手の甲に、自分の頬を恍惚と擦り付けた。
「……ああ。私の体に満ちている、ご主人様の『魔力』が……今、私を褒めてくれています……」
ギルドの連中は、目の前の光景が理解できず、呆然としている。 (Dランクを一撃で葬った聖女が、スラムのボロきれの男に跪き、その手に頬ずりしている?)
俺は理解した。 これが俺の力の使い方だ。 俺が直接戦う必要はない。 俺が「注入」した女が、俺のために戦い、俺を崇拝する。
俺は笑いをこらえ、跪くルナの銀髪を優しく撫でた。
「よくやった、ルナ。……お前は、俺の最初の、一番の『眷属』だ」 「……! はいっ……!」
ルナが、嬉しそうに身を震わせた。
その時だった。 ギルドの奥の扉が開き、凛とした声が響いた。
「――騒がしい。何事だ」
現れたのは、王都騎士団の制服に身を包んだ、真紅の髪をポニーテールにした一人の女騎士だった。 彼女の鋭い視線が、気絶したダインと、跪くルナ、そして俺を捉えた。
「……聖属性による攻撃。それも、Aランク級の魔力反応……。スラム街に、これほどの使い手がなぜいる?」
女騎士が、疑念の目で俺に近づいてくる。
「貴様。その娘……一体、何者だ?」
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