生理的に無理
「お願いだから、私に触らないで」
冷たく、硬い声だった。 降りしきる雨が、王都の裏路地のアスファルトを黒く濡らしている。
俺、ユキヤの目の前には、Sランクパーティー『白銀の剣』のリーダーであり、王国最強と謳われる女勇者・アリアが立っていた。
彼女の美しい顔は、まるで汚物でも見るかのように歪んでいる。
「……アリア? 何を言って……俺は今、いつものように魔力を――」 「それが嫌だと言っているの!」
金切り声が、俺の言葉を遮った。
俺のスキルは【魔力注入】。戦闘で消耗した仲間の魔力を、文字通り「手で触れて」回復させる補助スキルだ。 今日もダンジョン攻略で魔力を使い果たしたアリアに手を差し伸べた。 いつもの、作業だった。
だが、アリアは俺の手を、虫でも振り払うかのように激しく叩き落とした。
「あんたさ、自分が何やってるか分かってる?」 「え……?」 「その……【魔力注入】とかいうスキル。ベタベタと他人の体を触って……本当に気持ち悪い」 「き、気持ち悪いって……これは治療と回復のためで……」
「違う!」
アリアは一歩下がり、俺から距離を取った。 その目は、俺を「男」として、いや、「生物」として拒絶していた。
「あんたの魔力、知ってる? ……ヌルっとしてて、生温かくて……。触られるたびに肌が粟立つのよ。我慢してたけど、もう限界」
彼女は、心の底から吐き出すように言った。
「……生理的に、無理」
その言葉は、雷鳴より強く俺の頭を殴りつけた。 思考が停止する。
「そ、そんな……」 「アリア様の言う通りですわ」
声がしたのは、アリアの後ろ。パーティーの仲間である女魔術師のセシリアと、女僧侶のクロエだ。 いつもは優しかったはずの二人も、今はアリアと同じ、侮蔑の目を俺に向けていた。
セシリアが扇子で口元を隠し、嘲笑う。 「ユキヤさん。あなた、自分がどんな目でパーティーの女性陣を見ていたか自覚あります? そのねっとりとした視線も、回復のフリをして触れてくる手も、全部不快でしたのよ」
クロエが祈るポーズを取りながら、冷ややかに告げる。 「神聖な治癒魔法と違い、あなたのスキルは……不浄です。あなたに触れられた夜は、体が穢されたようで眠れませんでした」
「ま、待ってくれ! 俺はそんなつもりじゃ……! ただ、みんなのために……!」 「黙れ、クズが」
アリアが腰の剣の柄に手をかけた。殺気。本気だ。
「あんたみたいな弱くてキモい男がパーティーにいると士気が下がる。足手まといなのよ。……ああ、そうだ。あんたの魔力なんて、微々たるものだったわ。別にいなくても困らない」
それは嘘だ。 俺は雑用だけでなく、この【魔力注入】で、彼女たちの魔力切れを何度も救ってきたはずだ。それがあったから、Sランクパーティーは連戦連勝でこられたはずだ。
「もう顔も見たくない。クビよ。今すぐ消えて」 「クビって……そんな、急に……!」 「装備も返してもらうわ。全部パーティーの備品だから」
アリアが顎でしゃくると、セシリアとクロエが俺を押さえつけ、文字通り「装備を剥ぎ取って」いった。 最低限の布切れ一枚になった俺を、三人はゴミ袋でも放るかのように、路地の水たまりに突き飛ばした。
「ああ、そうだ。ギルドカードもね」
アリアは俺のギルドカードを奪い取ると、ヒールで思いきり踏み砕いた。 これで俺は冒険者として終わった。
「二度と私たち(女)に触らないで。吐き気がする」
それが、俺が最後に聞いたアリアの声だった。
雨の中、泥水に這いつくばったまま、俺は遠ざかっていく三人の背中を睨みつけることしかできなかった。
生理的に無理? 気持ち悪い? 不浄?
俺のすべてを、俺の存在を、あいつらは否定した。
「……ああ。ああああ……!」
こみ上げてきたのは、悲しみではなかった。 屈辱。 そして、腹の底から湧き上がる、黒いマグマのような激情。
「……アリア。セシリア。クロエ……」
俺のスキルを「気持ち悪い」と言ったな。 俺に触れられることを「生理的に無理」と拒絶したな。
「……後悔させてやる」
俺のこの【魔力注入】が、どれほど「凄まじい」力を持っているか、お前たちは何も知らない。 俺がこの力で、お前たち以外の女を、聖女を、王女を、エルフを、思いのままに支配した時。
その時、お前たちはどんな顔で、どんな声で、俺にすがりついてくるんだろうな?
「絶対に、お前たちを俺に『堕として』やる……!」
冷たい雨が、俺の復讐の誓いを濡らしていた。 (第1話 完)
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