未来博
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未来博会場は混雑していた。いかにも近未来といったデザインのパビリオンが晴天の空の下に並んだ会場に圧倒され、僕たちは興奮気味だった。
「みんな、よく聞いてくれ! 二人ひと組みで、昼まで自由行動だ。集合場所はこの中央広場。先生は向こうの休憩室にいるから何かあったら携帯を使うこと。いいな」
沼田先生が僕たちを前に話すと、はーい、とクラスのみんなが応えた。
「今から会場案内の資料を配る。混雑しているパビリオンもあるから、なるたけ効率的にまわるように」
沼田先生はそういって会場案内図の掲載されたリーフレットをみんなに配った。クラスのみんなはそれぞれ目当てのパビリオンへ散った。
「良夫、どこから見ようか」
等がペットボトルのスポーツドリンクを飲みながら訊いてきた。会場案内図を見るとどれも見たいパビリオンばかりだったが、興味をもった『ロボットと未来』『あすの交通』のふたつのパビリオンは入り口を見ると、どちらも一時間半の待ち時間の掲示で、あきらめた。
「どうする、等」
と、僕が言うと等はリーフレットを拡げてため息をついた。
「けっきょく、見たいものはみんな同じだからな」
僕たちはパビリオンの並ぶ会場をとぼとぼと歩いてみたが、めぼしいパビリオンは行列だった。疲れてベンチに腰掛けているときだった。
「あれは、どうだ」
等が行列のないドーム型のパビリオンを見つけて指差した。そばに行ってみると、入り口には『銀河宇宙館』と表記されたボードが掲示されている。
僕たちは頷きあってパビリオンの中に入った。
照明の抑制された暗い館内で、背丈のある人形が立っていた。メフィストのような緑色の顔をしている。
声がした。
「ようこそ、銀河宇宙館へ。私は銀河帝王。さあ、宇宙船へ乗りたまえ」
宇宙船が展示されていた。僕たちは機体のステップに足を掛けると六人掛けのシートのある操縦室に入り込んだ。シートに等と並んで座る。と、自動的にバブル型のキャノピーが閉まって音声が流れた。
「これから宇宙を体験していただきます。この宇宙船は自動操縦です」
やがて機体が振動して、前方のスクリーンに映っていた未来博会場の景観が、俯瞰になったかと思うと早い速度で変化し、星空になり、音声が流れた。
「ただいま第二宇宙速度、秒速11.2キロを確認」
キャノピーの外は宝石を撒いたような星のまたたく宇宙空間だった。
等が驚きの声で言った。
「すごいリアルな宇宙だ」
そして青く輝く地球が暗い空間に浮かんでいた。綺麗な美術品のような地球が……………。
スクリーンに再現したシミュレーションとは思えない星の輝きがキャノピーの外に再現されていた。無数の銀河が通り過ぎ、溢れるようなそれらの光に僕は息をのんだ。
やがて宇宙船は、惑星とおぼしきひとつの目標に向けて降下していった。キャノピーの視界に茶褐色の大地が見えて、宇宙船は着地した。あたり一面の赤い砂漠だ。
「どうかね、この宇宙船の乗り心地は?」
キャノピーの外の視界に気を取られていると、声がした。振り向くと、操縦席に座っていたのは銀河帝王と名乗ったメフィストのような緑の顔の人物だった。僕は薄気味悪くなって等と顔を見合わせた。
キャノピーが開くと僕たちは急いで宇宙船を降りた。風が吹いていて、巻き上げられた砂が頬を打った。空は霞んでいた。
「良夫、あれを見ろ」
前方を指した等の言葉に視線を向けると、少し先に並んだ建物のシルエットが見えた。
街? いや、それは未来博のパビリオンだった。近づいていくと、大勢の人影が見える。未来博中央広場に集合した、クラスのみんなと、沼田先生は僕たちに気づくと言った。
「良夫、等、遅刻だぞ!」
僕と等はほっとして、その場にしゃがみこんでしまった。
「二人とも、どうしたのよ」
クラスの学級委員長の宮田さんがあきれたように言った。僕は沼田先生の顔を見上げて、たずねた。
「先生、ここはどこですか?」
「なに寝ぼけてるんだ。火星都市だろ」
沼田先生の言葉に僕は愕然とした。
………小さな電子音がなった。そこで僕は目がさめた。体感型の再生機のアクリルの扉が開いた。仰向けに寝ていた僕は半身を起こした。隣のカプセルにはまだ等が寝ていた。並んだ向こうのカプセルには沼田先生、宮田さん、そしてクラスのみんなが横になっている。みんなはどんなイメージを体感してるのか。
未来博の呼びもののひとつの仮想現実パビリオンにクラス全員で入館したことは、覚えている。でも僕としてはちょっと刺激が強いような印象だった。頭がまだ覚めていないような感覚があった。ここが地球で良かった。
右手に何かを握っていた。手を開くと入館記念に入り口でもらった緑色の銀河帝王のキャラクター人形が汗で濡れていた。
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