銀河の中で
「天体観測部の活動日は、毎週金曜日の放課後です」
俺が暑いって駄々をこねたら、先生は俺を職員室に連れて行った。先生は、部活の活動内容を俺に説明する。
「基本的に、外が暗くなってから屋上で星の観察を行います。それを絵や写真として記録し、日誌を書くまでが一連の流れです」
「あのさ、星の観察って屋上でやるの? プラネタリウムには行かないの?」
「そんな予算は、うちの部にはありません」
先生はどこか悲しげに、眉を下げて言う。
「今年、部員が入らなければ廃部にすると上から言われていました。そんな部に、プラネタリウムに行く余裕があると思いますか?」
「……じゃあ、天体望遠鏡で観察? 俺、使ったことないから良く分からないけど……」
「奇遇ですね。僕も使ったことがありませんよ」
「……」
「……」
「望遠鏡は?」
「ありません」
「……はぁ」
なんてことだ。
この部活、名前だけで何の機能もしていない!
俺は先生に訊いた。
「天体観測部って、いつからあるの?」
「僕がここに来てから作ったので、五年くらい前ですね」
「五年か……って、え? 先生が作ったんだ?」
「お恥ずかしながら」
そう言うと、先生は自分のカバンの中から一冊の文庫本を取り出した。それは、見るからにくたびれていて、何度も読み返しているみたいに……ぼろぼろだ。
俺はその本のタイトルに反応した。
「あ、それ知ってる。読んだことはないけど……」
「この『銀河の中で』は名作です。読んだことがないのなら貸しましょうか?」
その本——『銀河の中で』は、俺が生まれる前から人気があるロングセラーの小説だ。
確か……織姫と彦星の話をモチーフにした長編作品で、何度かドラマ化や映画化がされている。
恋愛ものの作品って、あんまり興味が無いけど、姉ちゃんがこういう系の作品が好きだから、何回かドラマの再放送を一緒に見たことがある。だから、薄っすらと記憶にあるんだ。
俺は先生に首を振ってみせた。
「俺、読書は嫌い」
「なら、映像作品はどうです? サブスクでも配信されていますから」
「……先生、どんだけそれが好きなの?」
俺が呆れたように言うと、先生は姿勢を正して咳払いをひとつした。
「……とにかく、我らが天体観測部は財政難に陥っています」
「我らがって……今まではどんな部員がいたの?」
「入部してくれたのは暁君、君が初めてですよ」
「え、ええっ……」
「初部員です。おめでたいことですね。ケーキでも買ってお祝いしたいところです」
「じゃあ、奢ってよ」
「ケーキを学校に持ち込むわけにはいきません」
けち、と俺が言うと先生は苦笑しながら、本をカバンにしまった。
「まぁ、卒業のお祝いにならケーキくらいご馳走しても構いませんが」
「卒業っていつの話だよ。まだ一年くらいあるじゃん」
「そうですね。ああ、入部期間は三年生の夏休み前までです。そこからはより頑張って受験勉強に集中して下さいね」
「あーあ。女子とエンジョイ出来る部活に入りたかったなー」
「うちは男子校ですよ?」
「分かってるよ! そんなこと!」
俺はつい思いっきり叫んでしまった。別の先生が「職員室では静かにしろ!」と注意をしてくる。俺は力無く「はぁい」と返す。
ああ、俺の身体が丈夫だったら、野田とサッカーボールを追いかけながら青春を満喫出来たのに……俺は自分の身体の弱さを恨んだ。
「さて、まだ外は明るいので星の観察は出来ませんね。七時頃に外に出てみましょうか。それまでは自由時間……暁君、宿題でもしたらどうですか?」
「ええー!? 嫌だよ!」
「現代文の宿題がありますよね。ほら、ノートとプリントを開いて。特別に解説をして差し上げましょう」
他の先生の目もある。
俺は渋々と勉強道具をカバンから引っ張り出す。そして、どこか機嫌の良い先生の個人レッスンを受けることになった。