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心に病を抱えた者だけが参加できる異世界のパレード

作者: 佐和多 奏

第一章


受かった。

 受かった!!

 偏差値65の進学校。

 一日12時間勉強した甲斐があった!

 嬉しい!

「佐藤先生!」

「おお、海斗!」

「受かりました!!」

 佐藤先生は、塾の先生だ。

 おれは、この、大修高校に、受かった!

 この地区では一番の進学校!

 おれは、受かったんだ!!

 嬉しい!

 嬉しすぎる!!

「お前、あの成績からここまで受かるなんて相当努力しないと出来ねえぞ!!!」

「なんとか!受かりました!」

「受かってよかったな!」

「はい、先生のおかげです!」

「いや、お前が頑張ったから、ここまでこれたんだ。」

 おれは、佐藤先生と写真を撮った。

 これが塾の宣材写真に使われるんだろう。

 まあ、かまわないさ。

 これがおれの、努力の成果なんだから。

「おお、海斗!」

「あ、勇気じゃん!お前も受かったの?」

「受かった!」

 勇気は、おれの中三の頃のクラスメイト。

 正直、ここまでの努力は、報われないのかと思っていた。

 だって、1学期の時点で合格率12%だったから。

 そこから、この高校に受かるまで。

 そりゃあ、結構精神すり減らしたよ。

 こんなに勉強してるやつ、周りにいなかったよ。

 毎日毎日、お前にはその高校は無理だってバカにされまくって。

 だから、見せつけてやったんだよ。

 この、合格を。

 合格さえすれば、みんな、認めてくれる。

 佐藤先生にも、ずっと無理だって言われていたし。

 勇気にも、お前には無理だって言われてた。

 内申がないから、って。

 親にも。

 無謀なことはしない方がいいって言われて。

 でも。

 受かった。

 これで。

 おれの実力を、見せつけることができる!

 でも、どうやって伝えればいいんだ?

「海斗、お前、受かったんだな。よかったじゃん。同じクラスになれるといいな」

 あれ?

 もっと驚くと思ったのに。

「なあ、海斗」

「佐藤先生?」

 佐藤先生は、資料を取り出した。

「うちには高等部もあってな。この高校、お前ぎりぎりで受かっただろ。だから、多分、成績が低いと思うんだわ。だからさ、な。うちで、もう少し、やらないか?」

「え、そんな、急に言われても」

 あれ。

「お前、正直おれ、受からないと思っていたんだよ。まさか受かると思っていなかったからさ、せっかくだからさ、な」

 勇気は、中3の時に同じクラスで、塾も同じだった。

「勇気は、これ、どうするの?」

「おれは、受験前から進められていたけど、やめた」

 受験前から、勧められていた・・・・・・?

 そっか。

 おれが、この受験に受かったところで。

 誰も。

 喜ばない。

 よくよく考えたら、そうだよな。

 無理だとか言われて、一喜一憂して。

 悔しいって気持ちばっかり渦巻いて。

 それを見返すために勉強をしたところで。

 見返したってなっても、こんなものだよな。

 他人のことにはあんまり興味がない。

 みんな、自分のことで精いっぱいで。

「な、高等部、どうだ?」

 生徒の獲得で精いっぱいで。

「いや、大丈夫です。今までありがとうございました」

 見返すための受験じゃないよな。

 そうだよな。

 この受験に受かったところで、最終学歴が決まったわけじゃないし。

 進学校だったら、佐藤先生のいうように、おれはおそらく最下位スタート。

 そして、一度だけ聞いたことがある。

 この高校は。

 ブラックだって。


 何がブラックかはわからない。

 理由も特にわからない。

 でも。

 ブラックな高校みたいだ。

 

 知り合いは、正直、勇気しかいない。

 勇気は、ずっと友達だった。

 中三の頃に同じクラスになれたときは、とてもうれしかった。

 でも、勇気とおれには、大きな溝があった。

 それは。

 勇気は。

 成績が良かった、ということ。

 だんだん、勇気はおれに言うようになっていった。

「お前には、大修高校は無理だと思う」

 おれも、そんなことは知っていた。

 それでも。

 その言葉は。

 おれを。

 刺し続けた。

 今になってわかる。

 おれのことをそういう風に言ってきた人たちは。

 別に深い意味があったわけじゃなかった。

 けなそうとして言ったわけでもなかった。

 ただ、思ったことを言っただけだったのだ、と。

 

 そして迎えた、入学手続きの日。

 渡されたのは、3冊の問題集。

 これを、高校入学までに終わらせなければならない、ということだった。

 高校入学まで、約2週間。

 ギリギリ終わるかの量だ。

 パラパラと問題集を見た。


 高校の内容だ。

 簡易的に解き方が書いてあり、後は問題が出されている。

「なあ、勇気・・・・・・」

「こんなん、簡単だよなあ。」

「か。簡単・・・・・・。確かに、そうだな。簡単、かもな」

「一緒にボーリング休み中いかね?」

「いや、やめとくわ・・・・・・」


 ブラックとささやかれていた噂。

 これは。

 勇気には関係ないことなのかもしれない。

 おれ。

 主に、成績の低いものに与えられた、乗り越えるべき試練。

桜が舞い散る。

 おれは、新しい制服で。

 大修高校へと向かった。

 そう。

 3冊の、課題を持って!

 何とか、昨日、徹夜で終わらせることができた。

 わからない問題も、何個かあった。

 あれは、どうすればよかったんだろう。

 とりあえず、答えを赤で写した。

 それでいいと思う。






























第二章


 入学式が終わり、新しいクラスへと集まった。

 そこに、勇気の姿はなかった。

 後ろを向いた。

「ねえ、あの、名前は?」

「根岸」

 背が高く、目がきりっとした男は、太い声でそう名乗った。

「あ、あのさ、わからない問題とか、どうした?」

「わからない問題なんて、あった?」

 やっぱり。

 地区一番頭のいい高校。

 レベルが、違う。

「そ、そうだよね」


 次の日に行われたのはクレペリン検査。

 数字が無数に書かれた用紙が配られ、左右の数字の合計をただひたすら時間内に書いていくという頭脳テスト。

 10分が経過した。

 全然、出来ない。

 いや、出来るけど。

 でも。

 前の席のやつを見ると。

 おれの倍以上、解いていやがる!

 いや、周りのやつらも!

 カンニングになっちゃうからあんまり見ちゃいけないけど。

 おれよりも全然解いてやがる!

「はい、やめ」


 そして、担任から課題が配られた。

 それは、とても分厚い問題集一冊だった。

「これを3日以内に終わらせろ」

 は、3日以内!?

 無茶苦茶な・・・・・・。

「計画的にやればできるはずだ。社会に出たら、計画的にやることはとても大切なこと・・・・・・。」

 3日って、計画もくそもないだろ!

 パラパラとめくった。

 おれが受験の時にめちゃくちゃ苦戦した問題が大量に載っている。



 3日目の夜。

 まだ、全然終わらない。

 どうしよう。

 ヤバイ。

 終わらない。

 朝が来た。

 ヤバイ!

 怒られる!!!

 おれは、学校に行くまでの電車も、学校に行って朝の会が始まる少し前までの時間もしっかりと使って、その問題集を解いた。

 それでも。


 終わらなかった。

 


 恐怖感。


 この後、怒られる恐怖感が、おれの心を支配する。


 やばい。泣きそう。


「じゃあ、課題を回収する。できてないやつ」

 おれは、恐る恐る手を挙げた。


「お前な。お前、立ってろ」


 おれは、立たされた。


「じゃあ、新学期も始まったことだし、自己紹介を始める。一番から」

「はい・・・・・・」


 は、自己紹介中ずっとたちっぱかよ!さらし者じゃん!

 あの課題、めっちゃ頑張ったのに!

 みんな、どうやって終わらせたんだよ。


 その理由は、すぐにわかることになった。



























第三章


 一期考査の順位発表。


 おれは、320人中319位だった。


 クラス順位は、40位。


 だからか。

 

 みんな、頭がいいから。


 課題が、ちゃんとこなせるのか。

 おれは、頭が悪いから。


 課題も、簡単にはこなせない。


 トイレ掃除で一緒になった、塚田が、おれに話しかけてきた。

「なあ、岩田、ここだけの話な」

「うん」

「おれ、クラス順位がビリ2だったんだよ」

「マジか。おれなんて、ビリだったぞ」

「マジか!!」

「おれ達、仲間だな」

「ああ」

「赤点は?」

「数学A」

「おれも、数学A」

「おんなじだな」

「ああ、おんなじだ」


 そして迎えた、数学Aの時間。

「じゃあ、この問題とこの問題とこの問題、岩田。この問題とこの問題とこの問題、塚田なー。お前ら、赤点だったから」

「え、えっと、問題、多すぎ・・・・・・」

「ああ!?赤点者だから当たり前だろ!!」

 おれは、答えた。

「はい、全部違う。じゃあ、週末課題2倍な」

「はい・・・・・・」

 週末課題は、土日両方の日に徹夜をした。

 それでも。

 朝を迎えた。

「おい、お前」

「はい」

「なんで終わらせなかったんだ!!! お前は赤点だったんだぞ!! ふざけるな!」

「申し訳ございません!!」

 数学にすべての時間をかけていたから、他の教科担任にも謝らなきゃ。

「国語の課題が終わらずに、申し訳ございません!」

「なんで終わらなかったんだ?」

「数学の課題を・・・・・・」

「他の教科の課題を優先してやっていただ?ふざけるな!」

「大変、申し訳ございません・・・・・・」

 ほかの教科の先生のところにも。

「英語の課題が終わらずに、申し訳ございませんでした」

「そんなんじゃ社会では通用しません」

「すみませんでした」

 おれは、半分泣いていた。

 気がする。

 成績がいいやつは、いいよな。

 悪いやつには、この仕打ち。

 ひどいよな。

 なかなか。

 ひどいよな。

 泣きそうだよ。

 おれ。

 何が、いけなかったんだろう。

 頭が、悪いから、こんなに怒られなきゃいけないのかな。

 

 そのあと、国語の授業でも、英語の授業でも、課題を出していないことを理由に、集中的に当てられた。


 それは、おれのメンタルをへし折るのに十分だった。


 次の週末。

 数学しか、終わらなかった。


 電車通学。

「まもなく、2番線に電車が参ります。通過電車です。ご注意……」

 ここで飛び降りたら、死ねるかな。

 怒られずに、済むかな。

 そんなことを考えながら、結局飛び降りることができずに、迎えた週末。

 

 大量の課題が出された。

 おれは、赤点を取ったから、みんなの二倍。

 当然、終わるはずがない。

 そして、先週と同じことが起こる。

 辛い。

 そして迎えた二期考査。

 二期考査は、何とかうまくいった。

 しかし。

 2学期。

 二期考査で、追試を取ってしまった。

 追試を取った人たちだけが集まる教室に続々と人が集まってくる。

「えー、君たちは、努力をしなかった人間です」

 そんなことを言わないでくれよ。

「今までの課題の三倍の量を、追試課題として出します。それを終わらせてください」

 無茶苦茶だ。

 おれは、16:00~22:00まで、市民交流館で勉強をした。

 そして、帰りにエナジードリンクを買って。

 夜の2時まで勉強をした。

 朝は5時に起きて。

 勉強を再開した。

 そして、早く学校の図書館へ行き。

 勉強をした。

 追試課題は、毎日出さなければならない。

 そして、提出をした。

「こんなんで追試受ける気あるのか」

 それが、返答だった。

 それが、毎週のように繰り返された。

 もちろん、週末課題はできるはずもなく。

 先生たちに、毎週謝りに職員室へと向かった。

 そして、一人ずつに怒られた。

 クリスマスも、おれは追試の勉強をしていた。

 そして、高校2年の一学期の途中で。


 おれは、不登校になった。





















第四章

 

死にたいなあ。

 そんなことを思いながら、夜道を歩く。

 死にたい。

 胸が痛い。

 胸がキューってなる。

 この前病院で言われた。

 あなたは、うつ病です、って。

 追い詰めすぎたのかもしれない。

「追試取ったのこのクラスでお前だけだからな、この問題全部答えろ」

 一日12時間勉強したのに。

 追試になってしまった。

 おれは。

 ほかにもいろいろ原因はあると思うけど。

 大量の課題を出され。

 学校に行くとバカ扱いされて。

 わからないけど。

 おれは。

 自己肯定感が低くなってしまったのかもしれない。

 いつからか、学校に行きたくなくなってしまった。

 死にたい。

 今日は星空が綺麗。

 そんなこの世界から、逃げ出したい。

 苦しい。

 つらい。

 悔しい。

 そんなことを考えながら、夜道を歩く。

 家から少し歩くと、海の見える丘がある。

 そこに小さなベンチがあって。

 何か嫌なことがあると、そこに行っておれは、気を紛らわせる。

 うつ病は、本当に、苦しくて、つらくて。

 そんな気持ちをぶつけるかのように、一歩一歩、踏みしめながら、歩いていく。

 丘に着くと。

 一人の女性が、ベンチに座っていた。

 その女性には羽が生えている。

 そして。

 魔法の杖のようなものを持っている。

「・・・あなたは?」

「私は、神だよ」

 神。

 なぜ、神様がこんなところに。

 おれは、前を向いた。

 そこには、大きな海と、その海の上を綺麗に彩る星空が広がっている。

「ルカって呼んで」

「ルカ。なんで、こんなところにいるの」

「ここに来ると、全てのことを、忘れられるから」

 ルカは、ぼーっと海と星空を見つめる。

「隣、いい?」

「うん、いいよ」

「あなたの名前は?」

「おれは、海斗」

「海斗。あなたは、なぜここに来るの」

「おれも、ルカと同じ。全てを、忘れられるから。なんか最近、つらくて。家にいると、胸がキューってなるんだよ」

「私も、おんなじ」

「おれ、うつ病なんだよね」

「私も、うつ病」

「そうなの?」

「うん。」

「神様でも、うつ病になるの?」

「うん、うつ病に、なるよ」

 おれとルシは、二人で海を見つめた。

「つらいよね、うつ病」

「うん。とてもつらい。死にたいなー、って思う。海斗も?」

「うん。漠然と。死にたいなー、って思う。胸が苦しくてさ、何が起こったってわけじゃないのに、悲しかったり、苦しかったり、辛かったりするから。この世界から、逃げ出したいなー、って思ったりするよ」

「私も。毎日仕事してるとさー、たくさんのことを頼まれたりして。いわゆる神頼みってやつ?あれなかなか大変でさ。途中で投げ出しちゃって。それで私は、今、ここにいるんだ。」

「おれもたまに、神頼みやっちゃうかも」

「あ。海斗も神頼みするんだ」

「たまにね、たまに」

 ルカはフフッと笑った。

「うつ病でつらくなった時にここに来るとね、他の人も来たりとかするんだ」

「他の人?」

「うん。天使のお友達とか、悪魔のお友達とか。あと、吸血鬼のお友達とか」

「そんなお友達がいるの?」

「うん。いるよ。でも、ここに来る人は、みんな、心に病を抱えている人たちなんだ」

「そうなんだ。おれも、心に病を抱えているよ」

「じゃあ、おんなじだね、みんな」

 嬉しい。

 ほかに、共感してくれる人がいなかったから。

 おんなじ心の病を持っている人に出会えたことは、おれにとって結構心の支えになる。と、思う。

「心が、痛い」

「ルカ、大丈夫?」

「うう、痛い」

「ルカ……」

 ルカは、胸を押さえて、目を閉じて、苦しそうにする。

 おれは、ルカの背中をさすった。

「大丈夫。大丈夫だよ」

 ルカは、また、普通に戻った。

「ありがとう。ちょっと、うつ感情がいっぱいになっちゃって」

「そっか。おれも、時々あるんだ。うつ感情で、いっぱいになっちゃうこと」

「そっか。海斗にも、あるんだ」

「あるよ」

「そっかそっか。私たち、仲間だね」

「うん、仲間」

「海が、綺麗だね」

「綺麗」

「私の背中に乗って、空、飛んでみる?」

 ルシはそう言って、フフッと笑った。

「飛んでみる!!」

 おれは、ルカの背中に乗った。

 ルカは、空を飛んだ。

 星空が綺麗で。

 海は、月の光が反射してる。

 車とか、電車とか。

 街の風景も、独り占めしているみたいで。

 なんか。

「ねえ、ルカ。おれ、死ななくてよかったかも」

「フフ、私も。結構綺麗だよね〜、この世界」

「うん、綺麗」

「つらいけどね」

「うん。つらいけどね。本当に、つらいけど」

 おれたちは、気持ちを共有しながら、空を飛んで。

 どこまでも、いける気がして。

 楽しい、って思えた。

 目の前に、扉が現れた。


 大きな、扉。

 空に浮かぶ、大きな扉。

「あれは・・・・・・」

「あれはね、異世界への扉だよ。」

「異世界への、扉・・・・・・?」

「うん。あそこをくぐるとね、綺麗なパレードに行くことができるんだ」

「そうなんだ・・・・・・」

「そこに参加しているのはみんな、心に病気を抱えてるんだよ。だから私は、心に病気を抱えた、友達が多いんだ」

「そっか、だから、天使とか、悪魔とか。吸血鬼とか、友達だって言ってたっけ」

「そうそう」

 ルカは、急加速した。

「いこ」

「うん」

 おれたちは、扉の向こうへと入っていった。

 入ると、星屑がザーッと広がった。

 そして、たくさんの出店が浮いている。

 魔法の絨毯とか、箒とかでみんなが飛んでいる。

 悪魔とか天使とか、ロボットとかたくさんいる!!

 そして、おれは、ルカと一緒に、ポテトを買いに行った。

 ポテト屋さんには、天使がいた。

「ラメ!」

「わあ、ルカ!」

「紹介するね、天使のラメエルちゃん、ラメって呼んでるの!」

「ラメっていうの、よろしくね!」

「おれは海斗、よろしく!」

 空に花火が舞い上がった。

「花火が上がると、私たちは、現実世界に戻されるの」

 そう、ルカが言うと。

 おれは、ベッドの上にいた。

 窓から見える星空は満開で。

 綺麗だ。

 心が痛い。

 痛すぎる。

 おれは、精神安定剤を飲んで、心を落ち着かせようと試みた。

 でも。

 心は相変わらず痛くて。

 ダメになってしまっている。

 おれは、睡眠薬と、抗うつ薬を飲んで、目を閉じた。

 眠れない。

 嫌な感情が心を渦巻く。

 幻覚が見える。

 怖い。

 明日が怖い。

 明後日も怖い。

 ずっとこの感情で生き続けるのが、怖い。

 つらい。

 生きているのがつらい。

 おれは、もう一錠、精神安定剤を飲んだ。

 少し、落ち着いた。

 精神安定剤の副作用で、眠くなってきた。

 でも。

 眠いのと寝れるのは別問題で。

 心は相変わらず痛くて。

 眠れない。

 苦しい。

 胸が苦しい。


 いつの間にか、朝になっていた。

 お腹が空いた。

 ご飯でも食べよう。

 でも。

 リビングに行けば、家族がいる。

 学校に行けと言われる。

 家族がみんな出て行ってから、リビングに行こう。

 胸が苦しい。

 悲しい。

 悔しい。

 つらい。

 そんな感情が、おれを渦巻く。

 昨日のことは,なんだったんだろう。

 ルカ。

 ラメ。

 天使と神。

 変わった世界だった。

 楽しかったことは事実として残っているのだけれど。

 それでも。

 苦しい。

 うつ病って、つらい。

 家族が全員出て行ったことを確認して、ご飯を食べる。

 おいしい。

 もうちょっと食べたい。

 そんなことを言っていると。

 どんどん太っていくから。

 ここのあたりでやめないといけない。

 スマホを開いて。

 動画を見る。

 無表情。

 漫画を開いても、小説を開いても。

 何も感じない。

 楽しみが全て奪われた感覚。

 これが。

 うつ病。

 つらい。

 学校にもいけない。

 単位やばい。

 でも怖い。

 学校怖い。

 嫌だ。

 行きたくない。

 ゲームを手に取る。

 負ける。

 つらい。

 勝つ。

 嬉しくない。

 こんなことばっかりしてて。

 おれって、生きてる価値あんのかな。

 そんなことを考えながら、長い長い一日を過ごす。

 精神科の先生が、散歩が体にいいって言ってたから、散歩をしてみる。

 一歩一歩、心を打つ。

 つらい。

 苦しい。

 心が。

 叫んでる。

 つらいって。

 苦しいって。

 悲しいって。

 叫んでる。

 死にたい。

 死にたいいいいい。

 泣きそう。

 心が苦しい。

 泣きそう。

 昨日のベンチについた。

 そこに座ってみた。

 隣を見ると。

 ラメがいた。

「ラメ!どうしてこんなところに」

「人間界に用があってね。ついでにここに寄ったの」

「ここに、寄ったの?」

「そうだよ。ここにくると、私ね、忘れられるの。いろんなことを。いっつもつらくて、悲しくて、苦しくて、つらくて、死にたくて。そんな感情ばっかり渦巻いているからさ。だから、ここにきて、忘れるようにしているんだ」

「天使も、結構、心が。つらいんだね」

「つらい。私でも、今、お仕事結構休ませてもらってるんだ。でもね、私だけ仕事してない感じして、それもつらかったりするの」

「そうなんだ。おれも、学校行ってなくて、みんな学校行ってるのに、おれ学校行ってなくて、つらかったりするよ」

「おんなじだね」

「うん、おんなじ」

 心が痛い。

 死にたい。

 つらい。

 その気持ちは。

 ラメもおんなじ。

 ここからは街全体が見渡せて。

 その先には太陽の光に煌びやかに照らされた海がある。

 心が洗われる感じがする。

 でもつらい。

 苦しい。

 悲しい。

 うつ感情が、おれの心の中を渦巻く。

「大丈夫だよ。海斗。」

「ラメ・・・・・・」

「私は、そう、自分にも言い聞かせてるの。いつもね、大丈夫だよって。だから、多分、海斗も、大丈夫だよ」

「そっか。ラメ、ありがとう。ラメも、大丈夫だよ」

「ありがとう」

 2人で、フフフ、と笑った。

「じゃあね、私、もう帰らなきゃ」

「うん、またね」

 ラメは、大きな翼を広げて、空に消えて行った。

 途端に寂しさが込み上げてくる。

 会話で少し誤魔化していたうつ感情が、顕になって出てくる。

 胸が苦しい。

 悲しい。

 いなくなりたい。

 そんなことを考えながら、ベンチから立ち上がる。

 大丈夫。

 大丈夫だよ、おれ。

 そう、言い聞かせながら。

 家までの道のりを歩く。

 一歩一歩が、つらくて。

 つらくて。

 大変で。

 それでも。

 歩いて。

 歩いて。

 家の玄関を開ける。

 だれもいない家に入って、ベッドの上に寝転がる。

 そして。

 天井を見つめる。

 涙を流す。

 つらい。

 つらい。

 とてもつらい。


 今度テストがあるらしい。

 また、学校に行かなきゃ。

 勉強、しなきゃ。

 ああ。

 学校、行きたくない。


 しんどい。

 つらい。

 しんどい。

 つらい。

 そう言って思っても。

 時間は一分ずつ。

 一秒ずつしか動かなくて。

 全然動いてくれなくて。

 つらい。

 ただ、つらい感情と戦い続けるだけ。

 今日は午後から精神科がある。

 行かなきゃ。

 大変だ。


 それに向けて準備をしなきゃ。


 何を準備すればいいんだっけ。

 まだ午前中だから、そんなこと考えなくてもいいか。

 また。

 心が痛くなった。

 だから、精神安定剤を摂取する。

 それでもあんまり良くならないから。

 コンビニに行って。

 サイダーを買ってくる。

 その甘い味に、心を安定させる。

 それでも全然心が安定しないから。

 おれは今日も。

 動画サイトをつける。

 でも全然集中できないから。

 筋トレをしようとするんだけど。

 すぐにやめてしまって。

 ゲームをしようとするんだけど。

 ゲームも、すぐにやめてしまって。

 マンガを読もうとするんだけど。

 マンガも、すぐにダメになってしまって。

 アニメを見ようとするけど。

 すぐに、心が痛くなって。

 ドラマを見ようとするけど。

 すぐに、心が痛くなって。

 ついには、何もできなくなってしまったおれは。

 ベッドの中に閉じこもって。

 時間をやり過ごそうとする。

 でも。

 時間はぜんぜん経ってくれなくて。

 でも。

 生きてるだけで。

 息してるだけで。

 えらいって。

 自分に言い聞かせる。

 そうすれば。

 おれは。

 今日も。

 生きていける気がする。

 つらいけど。

 苦しいけど。

 どうしようもなく、つらいけど。

 なんでかわかんないけど。

 涙も出てくるけど。

 それでも。

 生きてるだけで。

 えらいって。

 素晴らしいって。

 思えばいい。

 そう思考転換すればいい。

 午後から、診察とカウンセリング。

 それで治ればな。

 すごく、楽なんだけどな。

 でも。

 難しいよな。

 病気を治すって。

 とっても、難しい。

 薬も、効いているのかどうか、よくわからないし。

 つらいし。

 苦しいし。

 今も、誰もおれのことなんて見てないけど。

 とってもつらくて。

 うつ病って。

 死んじゃう人がいるくらい、つらい病気なんだって、病院の先生言ってた。

 本当に。

 つらい。

 時間がぜんぜん経たない。

 ただ、毎日を暮らしているだけのおれに。

 時間なんて。

 必要あるのかな。

 そんなことも、思ってしまったりするけれど。

 それでも。

 時間は平等に与えられていて。

 おれは。

 その時間を。

 ドブに捨てるかのように。

 生活をする。

 今後、いいことがありますようにって。

 願いながら。

 おれは。

 えらい。

 生きてるから。

 えらいんだって。

 思いながら。

 暮らしていく。

 つらい。

 苦しい。

 死にたい。

 ああ。

 死にたい。


 パニック発作。

 起こる。

 おれは、うつ病の他にパニック障害を持っている。

 これは、急に胸がドキドキして、悲しくなって、苦しくなって、すぐに止むっていう、パニック発作が起きる病気。

 つらいの。

 本当につらい。

 つらい。

 時間が経つのが長い。

 一日がとても長い。

 これが何十年も続くって考えるととても怖い。

 お昼ご飯を食べなきゃいけない。

 お昼ご飯はトーストにしておく。

 なんでかっていうと、料理の手間が省けるのと、あと、片付けの手間が省けるから。

 うつ病になると、片付けるのがとてもつらいから。

 もうすぐ一学期の期末テストがある。

 二年にはなんとか進級できたけど、今度のテストはもう終わりだろうな。

 学校行ってないし、勉強してないし。

 何にもしてないし。

 つらいし。

 次は歯磨きをしなくちゃいけない。

 これもとてもつらくて。

 歯磨きってとっても手順が多いから、嫌。

 まあ、やるけど。

 なんか。

 自分がわからない。

 脳と自分が分離してるっていうか。

 前までは、悲しいこととか悔しいことがあったらそういう感情になってたけど。

 っていうか、そういうことがたまたますごくおれは多かったからそうなってたんだけど。

 最近は、そういうのがなくても、苦しくなったり、悲しくなったり、悔しくなったりすることが多い。

 本当にしんどい。

 また、あの丘に行こうかな。

 おれは、散歩をしようと家を出た。
























第五章


 少し冷たい風が吹いた。

 外は、青空。

 綺麗。

 少し歩くと、あのベンチに着くことができる。

 また。

 誰か座っている。

「君は?」

「僕はアレク。悪魔」

「悪魔?」

「そう。悪魔。人間に悪さをする、悪魔だよ」

「悪魔、か。この前、天使と会ったよ」

「ああ、ラメ?」

「うん。知ってるの?」

「知ってるよ。異世界で、一緒になったから」

「アレクも、異世界に行くの?」

「うん、行くよ。よく行く。つらいことが多くてさ。苦しくて。まるで、心と体が違うみたいな感情に襲われるんだよね」

「そっか」

「でも、おれ、もうそろそろ、異世界に行かなくなるかもしれない」

「なんで?」

「うつ病が、治ってきたから」

 ザザッと、波が少し高くなった。

「うつ病が、治ってきたの?」

「うん、治ってきた」

「そうなんだ」

「君は?」

「おれは、海斗。人間だよ。うつ病で、全然治らなくて。異世界にはこの前ラメに連れてってもらったばっかなんだ」

「そうなんだ。うつ病が、全然治らないんだ」

「うん。全然、治らない」

「そっか」

 おれもアレクも、俯いた。

「海斗。おれ思うんだよな」

「どんなことを?」

「生きてれば、何か、いいことが起こるかもしれないって」

「そうなの?」

「うん。おれ、生きてるから、こうして、こんな綺麗な景色を見ることができる」

「そっか・・・・・・」

「海斗にとっては、見慣れた景色かもしれない。でも、おれはこの場所を最近知ったんだよ。そしたら、めっっちゃ綺麗で。びっくりして。おれ、生きててよかったーって思ったんだよね。」

「ここにくると、いろんなことを忘れられるよね」

「うん。そうなの。いろんなことを、忘れられる」

「ねえ、アレク」

「なに、海斗」

「おれね、めっちゃつらいの。今。生きた心地がしなくてね。時間経つのがとっても怖くって。生きてるだけでつらいの。あのね、ずーっと心が潰されてる感覚でね、グサグサ心を突き刺されるような感覚に襲われてね、それでね、涙が止まらなくなったりしてね、それでね、とってもつらいの」

「わかるよ。つらいんだよね。つらいのわかる」

 アレクは立ち上がった。

「おれはさ、思うんだよ。つらい経験も、これからの経験も、これまでの経験も、全部、かけがえのない経験であるって思うの。こういう、過ぎて行く一秒一秒も、つらくても、自分を作り上げている今なんだよ。だから、多分、生きることって、大切なんじゃないかなって思って。」

「じゃあ、その一秒一秒が、全てつらかったら?」

「大丈夫だよ、海斗」

 アレクは、フフッ、と笑った。

「必ず。必ず、楽しいって、嬉しいって、思える日が来るから。君のうつ病は必ず治る。悪魔だからわかる。だから、耐えるんだよ。大丈夫。大丈夫だよ、海斗」

「アレク・・・・・・。ありがとう」

「おれはもうそろそろ行かなくちゃ」

 アレクは、空へと旅立った。

 また。

 寂しさに襲われた。

 でも。

 アレクに少しだけ、救われたかもしれない。

 こんな、絶望的な日々も。

 つらいつらいって思ってる一秒一秒も。

 もしかしたら、意味のあるものなのかもしれないって。

 思い始めてきたから。

 アレクと話した意味も、あったのかもしれない。

 アレク、ありがとう。

 おれは、海のさざなみを見ながら。

 そう、思った。

 ベンチを立つと、少し涙がこぼれた。

 やっぱり、うつ病って地獄だ。

 つらい。

 つらいことが、多い。

 そう思いながら、帰り道を一歩ずつ歩く。

 それでもおれは。

 また。

 死にたいなあって思う。

 そう思うこの時間も。

 大切な時間であってほしい。

 将来のためになる時間であってほしい。

 そう思いながら、家までの道のりを辿る。

 樹木が綺麗だったり。

 日光が少し強いなあとか。

 空はいつもよりなんとなく青いな、とか。

 通りすがる人たちに平和を感じたりとか。

 同じ高校の制服の人が見えると。

 ああ、もうそろそろテスト週間だなぁとか。

 感じたりする。

 そう思いながら、家について。

 すぐに支度をして。

 また、家を出て、精神科に向かう。






第六章


 電車を待つ時間は怖くて。

 何もできないし。

 後ろも列できてるし。

 こんなところでパニック発作なんて起きたらどうしようなんて思って。

 怖くて。


 小学生のころ。

「お前、顔がきもいんだよ!」

 よく、殴られていた。

 そして。

 先生が呼ばれるんだけれど。

 基本的に、泣いているのはおれだから。

「泣いてちゃわからん」

 の一言で、片付けられ。

 何度も何度も、殴られた。


 中学生のころ。

 何度模試を受けても、大修高校への道のりは長くて。

 全然、合格圏に行くことができなかった。


 もちろん、受かった時はうれしかったけど。

 でも。

 それまでの過程が、とても大変すぎた。

 そして、高校でのおれの仕打ち。

 パニック障害、うつ病を発症するには十分な条件だった。

 それを、カウンセラーさんと、医師の先生に話した。


「必ず、よくなっていきますから。そこは、自信を持ってください」

 先生がそう言った。

 それなら。

 死ぬ必要は。

 ないかもしれない。

 たくさんの不思議な出来事がたくさんあったけど。

 これからも、あるのかもしれないけれど。

 生きる。

 生きてみせる。

 と思うけど。

 なかなかそれも難しいことで。

 一日が経つのが長すぎて。

 不安感が強まってしまう。

 自分だけ、取り残されているような感覚。

 自分は、世界に存在しているのに、なんか、他の人から取り残されているような感覚がする。

 そんなことを考えながら、帰り道を歩いていた。

 いつもの丘に言った。

 そうしたら、ラメがいた。

「おれさ、今までが大変すぎて、うつ病も、治るって言われたけど、なかなか大変なんだよね」

「そっか。私もね、今まで、大変だったんだよ。それで、治るかわからないんだ。私も」


 天使は、人を助けることが仕事。

 でも、私は、天使として、誰かを助けるということがあまり得意ではなかった。

 好きではなかった、というと正しいだろうか。

 笑顔を振りまいて、誰かを助ける仕事が天命に与えられた仕事だったけど。

 それでも。

 耐えられなかった。

 なんでだろう。

 誰かを助けるって、素晴らしいことなのにな。

 心の中に、悪魔が潜んでいたのかもしれない。

 私は、今、休職をしている。

 天使の仕事は、お休みをもらっている。

 人間界に、たまに遊びに行く程度で、ほとんど、何もしていないのが現実。

 そうなると、なんか、社会から取り残されているような感覚が大きく生じて。

 つらい。

 仕事をしなくなってから、一日がとても長く感じる。

 やることもないし。

 この丘に来て、海をぼーっと眺めるくらいしか、やることがない。

 本当に、つまらない。

 それでも、私は、誰よりも頑張って仕事をしたっていう経験は、私の中に残っていて。

 それは、消えない努力の結晶だと思う。

 うつ病は、真面目で責任感のある人がなりやすい病気らしい。

 私は、いい人なのかもしれない。

 でも、それが裏目に出てしまったのかもしれない。

 毎日、なんかすごくつらくて。

 なんか、めっちゃつらくて。

 私は、生きてる意味あるのかな、なんて思うときも多かったりして。

 それでも、こんな風に綺麗な景色が見れる、それだけで幸せを感じてもいいのかな、なんて思ったりもするけれど。

 でも。

 つらいことは、つらくて。

 ずーっと、生きてる時間、つらくて。

 どうしようもないくらい、つらくて。

 休んでいるっていうだけで、こんなにつらいんだって、思った。

「・・・・・・ラメ。ラメ」

「ん?」

「はい、これ」

「これは・・・・・・?」

「精神安定剤。人間の世界でもらえる、心を休ませてくれる薬だよ。水もあるから、一錠、飲んでみな」

 私は、海斗にもらった精神安定剤を飲んだ。

 なんか、落ち着く。

 心が、落ち着く感じがする。

「すごいでしょ」

「すごい……。人間の力って、すごいんだね」

「そうなんだよ。結構ね、人間の医学の進歩ってすごくて。それでも」

「うん」

「おれも、なかなか、それでも、よくならないんだ」

「そっか。私ね、天使として、誰かを助ける仕事を今までしてきたんだけど、それが結構つらくてね、いま、お休みしているんだ」

「そっか。おれも、学校が結構つらくて、今、お休みしている。おんなじだね」

「うん、おんなじ」

「ねえ、ラメ。異世界って、どうしたら行けるの」

「異世界への扉はね、心の病気を持った人の前に、夜、開かれるの。だからね、多分、今日の九時くらいかな、部屋に、扉が現れると思うよ。この前は一緒に行ったけどね。多分、今度は、部屋に開かれると思う」

「そっか」

「うん」

「ありがとう、ラメ」

「海斗も、ありがとう」

「じゃあ、また、異世界で会おうね」

「うん」

 ラメは、天空へと姿を消した。

 そうして、丘から自分の家へ帰る途中。

 たくさんの、小学生や中学生、高校生とすれ違った。

 制服を着ていないおれと、いちいち比べてしまう。

 おれは、さぼっている。

 学校を、さぼっている。

 無理していきたくないけど、でも。

 さぼっている。

 そんなことを考えながら、家に逃げ込んだ。

 でも、家に帰っても何も楽しいことなんてなくて。

 テレビを見ても、動画を見ても、漫画を読んでも、何も感じなくなってしまって。

 無感情ってやつかな。

 おれは、こんなんで生きていていいのかな、なんて思ってしまうくらいのところまで来ていた。

 精神科の先生の、必ず治りますから、という言葉を、ただ信じるしかなくて。

 それでも、つらくて。

 棚にある、数学や理科の教材を見ると先生に怒られまくった経験や、中学の頃の経験がフラッシュバックする。

 そして、怒られた気分になる。胸が、キューってなる。

 






第七章


夜になると、自分の部屋に、おれがちょうど入れそうな扉が一つ、現れた。

 おれは、それに入ってみた。

 すると。

 星屑が目の前にザーッと広がって。

 たくさんの、天使とか、エルフとか、悪魔とか、ゾンビとか、ロボットとかが、踊ってる!

 みんな、心に病気を抱えているのかなあ。

 ルカが、ビュン、と、飛んできてくれた。

「海斗、来てくれたんだ!」

 ルカの後ろには、箒に乗ったエルフがいる。

「彼女は私の友達のカリファ。エルフのカリファだよ」

「こんばんは。私、エルフのカリファ!」

「おれは海斗! よろしくね!」

「よろしく!」

「私の後ろに乗って!」

 カリファは、箒の後ろに乗せてくれた。

「よく捕まっててね!」

 ビュン、と、おれたち三人は飛んだ!!

 幻想的な世界が、広がっている。

 たくさんの出店が出ていて、ステージでは、ラメが踊ってる!

 こんなに楽しい世界が、あったんだ!

「ねえ、カリファは、なんでこの世界に来たの?」

「私も、うつ病にかかってしまってね」


 私は、長生きをしていた。

 私は、他のエルフに比べて、記憶力がよかった。ただそれだけだった。

 もちろん、長く生きている分、たくさんの経験をする。

 しかし、普通は、忘れていく。嫌な思い出は、どんどん忘れて行って、新しい、素晴らしい思い出を求めて、脳はアップデートされていくはずだった。

 しかし、私は。

 嫌な思い出も、全て、覚えていた。

 私は、少し、成績が悪かった。

 魔法を使うのが、下手だったのだ。

 それで。

 悪口を言われたりした。

 友達から。

 それでも、それも、今思えば、深い意味はなかったのだと思う。

 ただ、カリファは成長が少し遅いね、とか、たまに、この魔法もできないの、とか言われたりした。

 その人にとっては、何の気もない会話だったのだと思う。

 しかし、そういう思い出が積み重なっていくだけで。

 何十年も、何百年も、積み重なっていって、それを覚えている。だから、とても、つらくなる。

 昔の思い出が複合的に積み重なってかかったうつ病は、治りが遅いらしい。

 それなら、私のうつ病が治るのは、いつになるのだろうか。

 そして、不思議なことに、いい思い出はあんまりないんだ。

 自分が、それをいい思い出だと。

 友達と遊んだ思い出を、いい思い出であるととらえてないからなのかもしれない。

 嫌な思い出ばかりが、私の脳を駆け巡っていく。

 それでも私たちは、今。

 この綺麗で素敵な世界を飛んでいる。

 私たちは、綿あめ売り場で降りた。


 綿あめ売り場でカリファの箒から降りた。

 そこには。

 おれと同じ、人間が、いた。

 人間・・・・・・。

「ルシと、カリファ、そして、君は・・・・・・?」

「海斗っていうの!」

「海斗!私は、AIのマミ。よろしくね」

「よろしく。AIなの?」

「うん。人間にすごく似せた、AIとして生まれたのが、私」


 私は、AIとして生まれた。

 人間から、たくさんのことを学んできた。

 でも。

 嫌なことも、いいことも、全て、覚えている。

 カリファと同じ悩みかもしれない。

 AIの頭脳は今やクラウド化されていて、他のAIが覚えた記憶も自動的に頭の中に入ってくるようになっている。

 そして、他のAIがいじめを受けた思い出も、嫌な思いをした思い出も、全て、私の頭の中に入ってくるのだ。

 だから、AIはきつくて、とても、いやかもしれない。

 そう、思った。

 でも。

 こうやって、友達がやってきてくれると、とても嬉しくて。

 だから、こうやって、この世界で、生きている。

 この異世界で過ごすことだけが、私の楽しみなのかもしれない。

 そう思いながら、私は。

 この異世界で。

 綿あめを打っている。

「へえ、すごい!」

「へへ、AIだよ」

「今話題のAIじゃん!初めて、出会ったかも!」

「ほんとに!?嬉しいなあ」

 こうして、友達が増えていくのも、とても楽しくて、いいことに思える。

 ルカは、私に提案をした。

「ねえ、マミ。私たちと一緒に、ラメのライブを見に行かない?」

「いいね!」

 

 マミは、店を閉めると、おれ達と一緒に、ライブを見に行くことになった。

 マミは、指笛を使い、ピィー、と大きな音を鳴らした。

 すると。

 魔法の絨毯が、やってきた!

「これに乗って、みんなで見に行こう!」

「いいね!」

 おれたちは、みんなで魔法の絨毯に乗った。

 そして、星空の下を、ずーっと、飛んでいく。

 すごく楽しい!

 風を切って、進んでいく!

 ライブ会場に着いた。

 アレクとラメが、悪魔と天使が、踊って歌ってる!

 めっちゃかっこいい!

 おれたちは、ライブ会場に降り立ち。

 大勢の中で、みんなでジャンプをしながら、ライブを鑑賞した。

 めっちゃ楽しい!

 二人の背中から羽が生え、空を飛んだ!

 ライブ会場を自由に飛び回にながら、二人は歌う!

 すごく、幻想的に思えてくる。

 おれが、悩んでいたことも、今の時間だけは、忘れられる気がする。

 おれが、悩んでいたこと。

 週末課題が終わらなくて、怒られたこと。

 追試で、めちゃくちゃ勉強したこと・・・・・・。

 思い出したら、急に涙が出てきた。

「海斗、大丈夫!?」

 ルカがすぐに気づき、ハンカチを渡してくれた。

「うん。ありがとう」

 そう言って、ハンカチで涙を拭いた。

 すると。

 カリファも、泣きだした。

「ごめんね、私、たくさんのことを急に思い出して。ライブ、楽しいのに、急に、思い出すんだよね。嫌なことを」

 おれは、ハンカチをカリファに渡した。

 すると、ルシも泣きだした。

「私、つらかった。たくさんの仕事があって、神頼み、真面目にみんな受け入れていて。無理だった、私の力では。無理だった」

 おれたちは。

 心に病気を抱えている。

 その傷は、なかなか癒えることがないのだ。

 そう。

 それが、うつ病。


 ラメとアレクが、おれ達を空から見つけてくれた。

 そして、手を振ってくれた。

 おれ達も、手を振り返した。

 悲しいことはたくさんあるけれど。

 生きていれば、楽しいこともたくさんある。

 そう、感じさせてくれる彼らのライブは素晴らしくて。

 おれ達を、虜にした。

「次の曲で最後です」

 アレクはそう言うと、少し涙ぐんでいた。

「僕は、悪魔として誰かに悪さをする。それは、すごくつらいことです。そんなつらさを歌った曲」


 ライブが終わると、会場に大きな花火が打ちあがった。

 そして、おれたちは、元の世界へと戻された。
























第八章


 おれは、ベッドの上。

 机に、抗うつ剤と、精神安定剤、睡眠薬が並んでいる。

 それらを口に含み、寝ようとするも。

 眠れない。

 外は、満天の星空で。

 なんとなく、みんなとの思い出が忘れられずに。

 夜の2時。

 まだおれは、眠れていなかった。

 おれの目の前に、吸血鬼が現れた。

 おれは、バッと自分の身を隠した。

 吸血鬼は、泣きだした。

「ど、どうしたの?」

 おれは聞いてみた。

「おれ、君が寝ていると思って。でも、こんなこと、したらいけないって、わかっているのに。」

 吸血鬼はたくさん泣いた。

「君、名前は?」

「ロベル。吸血鬼の、ロベル。あれ、君は、さっき、ルシたちと一緒にいた・・・・・・」

「おれのことを見かけたの」

「うん、パレードで」

「ってことは、君も、うつ病なの?」

「うん。おれも、うつ病なんだ」


 おれは、吸血鬼として生まれた。

 もともと、吸血鬼というのは、人の血を吸わなければ、生きていけない種族である。

 しかし。

 おれは。

 人を。

 傷つけたく、ない。

 その思いがあるから。

 こうして、人間の血を吸いに来ては、泣いてしまう。

 ダブルバインド。

 人間の血を吸いたいけれど、吸ったら自分が傷ついてしまう。

 つらい。

「ロベルもつらいの?」

「うん、つらい」

「おれも。急に胸が苦しくなったりとか、悲しい気分になったりとか」

「おれも、それある。すごく、つらいよね」

「うん。すごく、つらい」

「でもさ、こうして共感してくれるってだけで、ロベルが共感してくれるってだけで、おれは嬉しいよ」

「おれも。それで、嬉しい」

「また、明日から、おれは、長い長い一日が始まるんだよ。とても、つらいなあ、って、思うの」

「おれも」

 そうして、また次の日が、始まった。

 朝、起きて。

 散歩をして。

 何もやることがなくて。

 毎日、怒られたことを思い出しては、つらくて。

 思い出さないようにしても、悲しい気持ちやつらい気持ち、苦しい気持ちは消えなくて。

 一分、二分、三分と、過ぎ去る時間を見つめながら。

 ぼーっとしている。

 全然、夜は来てくれなくて。

 だから。

 昼は、ずーっと地獄で。

 お昼ご飯も、作ろうとすると洗い物のことを考えてしまうから、面倒くさくて作れなくて。

 昨日入ってなかったお風呂に入ろうとするも、なんか気が乗らなくて。

 ずーっとベッドにいて、地獄で。

 散歩に出ようと思っても、足が重くて。

 もうそろそろ、二期考査の時期かな。

 たぶんもう、今期は何もできないから、高校は留年になるのかな。

 つらいな。

 下の学年の人たちと一緒に授業を受けるようになるの。

 やっぱり、不登校ってつらい。

 本当に、社会から置いてきぼりになっているみたいで、つらい。

 少し、外に出て、カフェにやってきた。

 飲み物を飲んでみた。

 おいしい。

 こういう感情が、大事なのかな。

 窓には観葉植物がなっていて、その奥には人が行き来する様子が見られる。

 太陽の光が差し込んで、綺麗。

 昼下がりのカフェ、一つ、いいところを見つけた気がする。

 それが終わったら、また、あの丘へと向かった。

 あの、海が見える丘へと。

 そこには、昨日おれを襲いに来た、ロベルがいた。

「ロベル」

「ああ、海斗か。昨日はごめんな」

「いいよ。ロベルも、ここによく来るの」

「うん。よく来るよ。ここに来ると、全てを忘れられる気がするから」

「やっぱり?」

「うん」

「ロベルは、ここで、誰かと会ったりした?」

「おれは、アレクと会ったよ」

「アレクと、会ったんだ」

「あいつ、うつ病、治るみたい。もう、治るみたい」

「そうなんだ」

「うつ病が治ると、もう、異世界には行けないんだ」

「そうなの?」

「うん。花火が上がったら、現実世界に戻されるじゃんね」

「うん」

「それで、もう、扉が、開かなくなる」

「そうなんだ」

「アレクは、自分がやっていることは悪いことで、その思い出はたくさんあるけれど、でも、それは、自分の宿命であって、あと、生きていれば楽しいこともたくさんある。そんなことに、結構早く気づいていた。あとは、時間が解決してくれたみたい。もう、急に悲しくなったり、悔しくなったり、消えてしまいたい、死んでしまいたい、って思うことはほとんどないらしいよ」

「そうなんだ。じゃあ」

『次の曲で最後です』

「あの、次の曲で最後、の意味って・・・・・・」

「もう、異世界に行けない、っていう意味だったのかも、知れないね」

 そこへ、ラメが飛んできた。

「私、アレクともう会えなくなるの、寂しい」

「ラメ・・・・・・」

「でも、ここに来たら、会えるかもしれないよ」

 おれはそう、ラメに告げた。

「たしかに、そうかもね。私はさ、アレクみたいな考え方が、どうしてもできなくて。自分の宿命に抗って生きていきたいって、どうしても思ってしまうんだよね」


 天使の世界では、人を助けることが当たり前。

 人助けが天使の仕事の全て。私は、そう、思い込んでいた。

 でも。

 たくさんの人間を見ていて。

 友達を作ったりとか。

 部活動をしたりとか。

 そんな人たちを見ていると。 

 いつしか私は。

 人間に憧れるように、なっていた。

 だから、実は私にとって、海斗は憧れで。

 本当は、海斗のようになってみたいと、そう思っているのだった。

 もし人間になったら。

 朝、学校に行って。

 友達と話して。

 授業を受けて。

 休み時間、友達同士でご飯を食べたりとか。

 放課後、部活動に参加したりとかして、楽しいんだろうな。

 休みの日は、遊園地に遊びに行ったりとか。

 カフェでゆっくりしたりとか。

 学校にみんなで忍び込んで遊んだりとかして。

 楽しいんだろうな。

 そんなことを思いながら。

 海斗を見る。

 でも、海斗は、そんなことがなさそうで。

「ねえ、海斗。私ね、海斗のことが憧れの存在なの」

 海斗は少しほほを赤らめた。

「そ、そうなの?」

「うん。人間に生まれたらさ、たくさんのことができるじゃん。遊園地に遊びに行ったりとかさ、旅行したりとか。私ね、人間界が大好きなの。だから、たまに、人間になりたいな、なんて思ったりして」

「でも、人間って、すごく地獄だよ。たくさんの週末課題をやらなくちゃいけないし、頭が悪いと先生に集中狙いされて、当てられるし」

「それならさ」

「うん」

「ルカにお願いして、頭よくしてもらえばいいじゃん!」

「そんなことが、出来るの・・・・・・?」

「ルカは神様だから、出来るかもしれない。多分、うつ病を治すことはできないけど、でも、ルカだったら、頭をよくすることだったらできると思うよ!」

「そっか」

「そして、もしかしたら・・・・・・。」

「もしかしたら・・・・・・?」

「いや、何でもない。」

 ロベルは、フフッ、と笑った。

「二人とも、いいな、なんか。希望が持てて」

「ロベルって多分さ、人間の血を吸っているときに罪悪感を覚えると思うんだと思うけど」

「うん」

「でもさ、同時に快感も持てるんじゃない?」

「……うん。」

「じゃあさ、そのままでもいいんじゃない?」

 そのままでも、いい。

 おれは、その考えはなかった。

 すっと、自分の宿命を変えたがっていた。

 でも。

 そのままでもいいのなら。

 おれは、まだ。

 生きる希望が、あるかもしれない。

「二人とも、ありがとう。おれ、自分の世界に戻るよ」

 そう言って、ロベルはマントを広げ、空へと飛び立っていった。

「私ね、人間になりたい」

 そう、ラメは口にした。

「人間に、なりたい・・・・・・?」

「うん」

「人間、でも、すごく、つらいよ」

「でも」

 ラメは、フフッ、と笑った。

「海斗と一緒なら、やっていける気がする」

「・・・・・・どういうこと?」

「やっぱ、なんでもなーい」

 海斗は、鈍感。

 というか、気づくはずもないか。

 私は、人間になったら、どんな人生を歩みたいかな。

 でも、楽しければ、それでいいかも。

 ふふ。

 

 ラメは、天界へと戻っていった。

 おれは、そのまま家に帰った。

 家に帰る道は、やっぱりさみしくて。

 木とか、いろいろ綺麗だけど。

 なぜか今日は、道に落ちているごみとかばっかりに目が行ってしまう。

 楽しかった。

 みんなで話して、楽しかった。

 その事実は、あるかもしれない。

 もしかしたら。

 高校にもう一度行ったら。

 楽しいかもしれない。

 ルカに、頭脳をみんなとおんなじレベルにしてもらう。

 そんなことが可能ならば。

 おれは。

 この高校で。

 やっていけるのかもしれない。

 その日の夜。

 異世界への扉が開いた。

 魔法の絨毯に、ラメが乗って、迎えに来てくれた。

「ルカのところに行こ」

 ルカは、ロベルがやっているリンゴ飴やさんでリンゴ飴を買っていた。

「ルカー!」

 ルカは振り返った。

「ラメ、海斗!」

「あのね、ルカ」

 おれは、ルカにお願いをした。

「おれに、おれと同じ高校の人たちと同じくらいの頭脳を、つけてほしいの!」

 ルシは、おれの顔を見て、全てお見通しである、って言わんばかりの顔をして、言った。

「つらかったんだね。勉強についていけなくて。よく、神頼みされるもの。勉強に、ついていけますように、って」

「神様は全てお見通しってわけか」

「そうよ。お見通し。本当に、つらかったんだね」

 おれは、いろいろなことを思い出して、涙が出てきた。

「つらかった。集中的に当てられたりとか、高校受験の時も、何時間も勉強したりして。でも、うちの高校に入ってくる人たちは普通の勉強時間で入れるような人たちばかりだから、おれは、なんか少し恥ずかしくて、寂しくて。そして、悲しくて。今も、つらかったり、悲しかったりするんだよ。追試を取って、大変だったの。そろそろ、二年の2期考査があるんだけど、それでうまくいかなかったら、追試で、多分留年で。いま、不登校だから、もうそろそろ出席も足りなくて、留年になりそうで。でも、みんなで楽しい高校生活が送れるのなら。それなら、すごく、自分の日々が充実したものになるんじゃないかな、って、思ったんだ」

「わかったよ。フフ、簡単。私に任せて」

 ルカは、杖を振りかざした。

 たくさんの知識が、頭の中にぶわあーって、入ってくる。

「ありがとう!!」

「フフ、こんな感じで、うつ病も治せたらいいのにね」

「そうだね」

「私の魔法も、出来ること、出来ないことがあってさ。例えば、今みたいに記憶を追加することはできるけど、消去はできないとか。時間を戻せないとかさ」

「そっか」

 そのあと、ラメは、耳打ちで、何かをルシにお願いした。

 ルシは、またフフと笑って、ラメに杖を振りかざした。 

 ラメに、何の変化もない。

 でも、何をお願いしたんだろうか。

 どうせ、おれには教えてくれないから、いいんだけど。

 異世界から、ベッドに戻ってきた。

 いつものように、机の上には、抗うつ剤と精神安定剤、睡眠薬が置いてある。

 おれは、それを飲んだ。

 ふと。

 スマホを見ると。

 塚田から。

 連絡が来ていた。

「なあ、おれも成績悪くて辛いけどさ、多分、お前でも、変われるよ。学校、来いよ。明日の時間割、教えるからさ」

『なあ、岩田、ここだけの話な』

『うん』

『おれ、クラス順位がビリ2だったんだよ』

『マジか。おれなんて、ビリだったぞ』

『マジか!!』

『おれ達、仲間だな』

『ああ』

『赤点は?』

『数学A。』

『おれも、数学A。』

『おんなじだな』

『ああ、おんなじだ』


『じゃあ、この問題とこの問題とこの問題、岩田。この問題とこの問題とこの問題、塚田なー。お前ら、赤点だったから』


 そうだった。

 おれにも。 

 仲間がいた。

 高校に。 

 仲間が。 

 友達が。

 おれは、うつ病になって、不登校になってしまったけど。

 塚田も、おれとほぼ同じ状況だったのに。

 頑張ってるんだな。

 そんなことを思いながら。

 おれは。

 時間割通りに。

 教科書を入れて。

 カバンをきちんと用意して。

 制服もきちんと用意して。

 薬を飲んで。

 寝た。


























第九章


 朝ご飯を食べて。 

 制服を着てみた。

 なんか。 

 社会に。

 溶け込んでいる感じがする。

 今までずっと、取り残されてきたから。

 だから。

 制服を着るだけで。

 社会に認められている感じがして。

 少し。

 嬉しい。

 玄関を開けた。 

 太陽の光が眩しい。

 おれは今から。 

 学校に行く。

 学校への道は、しっかりと覚えているかな。

 ていうか、塚田、二年になっても同じクラスだったな。

 嬉しいな。 

 一期考査は参加することが何とか出来たから。

 赤点は、数学B。

 今回は、数学Bの追試を回避しなければならない。

 一歩一歩進んでいくたびに、怖さを感じる。 

 また、怒られるのではないか。

 その、恐怖感。

 強い、恐怖感に襲われる。

 また、出てきた。

 うつ感情。

 胸がドキドキする。

 苦しい。

 悲しい。

 悔しい。

 そんなことを考えながら。

 駅に着いた。

「まもなく、2番線に、電車が参ります。黄色い線までお下がりください。通過電車です。ご注意ください」

 やっぱり。

 少しだけ。

 飛び降りたくなる。

 うつ感情って、怖い。

 電車に乗った。 

 パニック発作が出たらどうしようか。 

 怖い。

 そう思いながら、すぐにイヤホンを取り付けた。

 イヤホンを付けているときだけは、自分の世界の中に入れる気がする。

 車窓を眺める。 

 海が見える。

 太陽の光がキラキラと反射して、綺麗だ。

 学校の最寄りの駅に着いた。

 同じ制服の人がたくさんいる。

 久々の学校。

 緊張する。

「お、海斗じゃん」

「勇気・・・・・・」

 勇気は、申し訳なさそうな顔をしている。

「ごめんな。中学の頃とか、お前が受かるわけないとか言って」

 勇気は、それを謝ってくれた。

「正直、マジですごいと思ったよ。お前が、大修高校に受かった時。マジか、って思って。でも、不登校になっちゃって。おれ、悪いことしたかなって思って。」

 学校に、二人で進んでいく。

「そういえば、おれ達、同じクラスだったよな。一年の頃は違ったけどさ。お前の席、ずーっと空いてたけど」

 勇気は、同じクラスだった。

「そうだね。ありがとう、おれの気持ちを考えてくれて」

「はは、当たり前じゃん。だって、おれ達、友達だから」

 そっか。

 おんなじ塾で。

 おんなじ中学で。

 一緒の高校を目指した仲間だった。

 おれにとって勇気は。

 大切な存在。

 大切な、友達だったんだ。

 学校に着いた。 

 みんなに見られる。

「おお、久しぶり!来てくれたんだな!」

 真っ先に、塚田が声をかけてくれた。

「岩田ー、お前がいなくて、寂しかったんだぞー。」

 おれは、また、涙が出てきた。

 おれのことを大切に思ってくれている人が、こんなにも。

 自分が殻に閉じこもっていた時には、気づきもしなかった。

 おれは、誰かにとって、大切な存在なんだってことに。

「それより、今日、転校生が来るらしいぞ」

「転校生?」

「どんな子かなあ、気になるな」

「えー、席に着け」

 先生の点呼により、席に着いた。

「今日は、転校生を紹介する」

 そして。

 右のドアから出てきたのは。

 制服を着た。


 ラメだった。


「始めまして、天野ラメです。よろしくお願いします」

「じゃあ、お前は・・・・・・岩田の隣だ」

 ラメは、隣の席に来た。

 なんで、ラメが、人間で、ここにきて。

 でも。


 嬉しい。


 ラメ、人間になりたいって、言ってたから。

 友達の願いが叶うって、こんなにも、嬉しいんだな。


 ホームルームが終わり、一時間目が始まるまでの時間に、尋ねた。

「なんで、人間になれたの、ラメ・・・・・・」

「ルシにやってもらったの。人間の姿にして、頭脳も人間のを頂戴って。でも、私」

「うん」

「うつ病が治ったら、また、天使に戻っちゃうの」

「そうなの?」

「うん」

「そっか」

「だから、その間だけ、私、海斗と一緒にいろんなところに遊びに行きたいな、って思って」

「嬉しい」

 おれのことを、こんなに思ってくれている人がいるなんて、全然考えたこともなかった。

 それもすべて。

『間もなく、2番線に電車が参ります。黄色い線までお下がりください。通過電車です・・・・・・』

 生きていたからだ。

 だからおれは。

 今。

 こんなに幸せで。

 みんなに囲まれて。

 その日の授業は。

 たくさん当てられたけど、全て答えることができた。

 それもすべて、ルシのおかげだ。

 授業が終わった。

「ねえ、海斗」

 ラメが、おれの方を見つめた。

「一緒に、帰ろ」

「いいよ」

 おれとラメは、一緒に帰った。

 一緒に、おれがよく行くカフェに行った。

「うーん、おいしい!これは?」

「カフェモカだよ!」

「カフェモカ!おいしい!」

 西日が差して。

 観葉植物の奥には雑踏を感じて。

 綺麗で。

 ラメも、綺麗で。

 おれたちは、カフェを出て、いつもの丘へと向かった。

 おれたちは、ベンチに座った。

「私、やっぱり、ここに来たら、全てを忘れられる気がする」

「おれも」

 海が、西日を反射させてとても綺麗。

「私ね」

 ラメが、こちらを向いた。

「海斗のことが、好き」

 ニコッと笑った。

「おれも。ラメのことが、好き」

 二人で、フフっと笑いあって。

 キスをした。

 海の音が、ザザーンとさざめく。

「ねえ、海斗」

「何、ラメ」

「私の背中に乗って」

「うん」

 すると、ラメの背中からバサッと大きな羽が生えた。

 街の上を、二人で飛び回った。

「綺麗だねー」

「ねー、本当に、綺麗」

 街にはたくさんの家屋があって。

 それらを、独り占めしているかのように。

 おれたちは、自由に。

 空を、飛んだ。

「あ、カラオケだ!カラオケ、行こ!」

「ラメ、人間の曲、わかるの?」

「フフ、その辺の記憶も、全部、ルシに入れてもらったから、完璧だよ!」

「そっか!」

 そして、二人でカラオケに行って。

 歌いつくした。

「やっぱり、人間って、楽しい!」

「たしかに、人間って、もしかしたら、楽しいのかもしれない」

「もしかしたらじゃなくて、本当に、楽しいんだよ!」

「そうか・・・・・・。そうだね!本当に、楽しい!」

 カラオケを出ると、夜になっていた。

「ねえ、一緒に異世界に行こ!」

「いいよ!」

 おれたちは、また、あの丘に行き、時間になるのを待った。

「星が綺麗だねー」

 空いっぱいに広がる星を二人で見つめる。

「本当に綺麗」

 ここに来ると、本当に、たくさんのことを忘れられる気がする。 

 いつもの、つらい気持ちや。

 悲しい気もち。

 悔しい気持ちとか。 

 どうしようもなく、いなくなりたくなる気持ちとか。

 そういうたぐいのものを、全て、忘れられる気がする。

「そろそろかな」

 ラメは、おれにそう言った。

「背中に乗って」

 おれは、ラメの背中に乗った。

 夜景に照らされた町は、綺麗で。

 夜空もきれいで。

 空から見る景色は、やっぱり綺麗。

 少し進んだ先に、大きな扉がある。

 そこをくぐると、異世界に行けた。

 その先では、たくさんの出店が出ていて。

 一緒に、チキンとポテトを買って食べた。

「おいしいね」

「うん、おいしい。本当に、おいしい」

 ふふ、と二人で食べ歩いていると、カリファの綿あめの店に着いた。

「二人、やけに仲いいね。どうしたの」

「私たち、付き合うことになったの」

「付き合……ええ?そうなの?」

「うん。そうだよ」

「あ、よく見たら、ラメ・・・・・・。」

「そう、ルカに、人間にしてもらったの」

「そうなんだ!よかったじゃん、一つ、願いが叶って」

 フフ、と、カリファは笑う。

「本当に、よかった」

 そう言って、ラメは、空を見上げる。

「それでも」

 ラメは、涙を流す。

「やっぱり、悲しみとか悔しさとか、胸がキューってなる感じとか、いなくなりたくなる感じは定期的にあってね。すごく、悲しかったりするの」

「そっか・・・・・・」

 カリファは俯く。

「やっぱり、うつ病を治すことは、そんなに簡単じゃないんだね。アレクは、本当にすごい」

「そうだね。本当に、すごい」

 空に、大きな花火が上がった。

「じゃあね」

 おれたちは、現実世界に戻された。 

 気が付くと、ベッドの上にいた。

 花火が上がると、ここに転送される。

 じゃあ、ラメは。

 人間の姿で、天界に帰っているのかな。

 いじめられて、ないかな。

 あれ。

 おれも。 

 誰かのことを。

 大切に思えている。

 昔、いじめにあっていたからかな。

 自分も、共感をすることができる。

 だから、ラメとは気が合うのかな。

 同じ、うつ病同士だから。

 気が、合うのかな。

 あれ。ラメって。

 うつ病じゃなくなると。

 人間の姿に、戻れなくなるんだっけ。

 だったら。

 そっか。

 うつ病が治ったら。

 異世界にも、行けなくなるんだっけ。

 そっか。

 そしたら。

 もう。

 あの、丘でしか。

 会うことが、出来なくなってしまうのか。

 そう思うと。

 悲しいな。

 悲しいっていうか。

 本当に。

 友達を。

 恋人を。

 失うことになるってわかって生きるのって。

 つらいな。

 そんなことを思いながら。

 お風呂に入る。

 なんか。 

 お風呂に入っている時間も、なんとなくつらくって。

 お風呂って、たくさんの工程を踏まないといけないし。

 それが、つらかったりして。

 歯磨きをして。

 精神安定剤と、抗うつ剤と、睡眠薬を飲んで。

 今日も、眠りにつく。

 夜空が綺麗。 

 とても、幻想的。

 幻想的な、夜空。

 ああ。

 やっぱり、一人の夜は。

 駄目だ。

 怖い。

 明日が、怖い。 

 悲しい。

 胸が苦しい。

 辛い。

 来た。

 うつ感情。

 うつ感情に、夜は支配されるから、とてもつらい。

 ぐるぐるマイナス思考に、支配される感じ。

 フクロウの声がする。

 そういう自然の声に、耳を傾けながら。

 意識を逸らしながら。

 だんだんと、意識がなくなるのを待つのだ。

 待って!

 課題!

 やらなきゃ!

 久々に学校行ったから、忘れていた!

 睡眠薬が効かないうちに、課題をやってしまおう。

 嬉しい。

 ルカのおかげで、すらすらと解ける。

 課題を終わらせて、眠りについた。

 朝起きて、制服を手に取り。

 カバンを手に取って。

 学校へ向かう。

 これだけで。

 おれは。

 もう。

 この世界の住民だって。

 実感できる。

 今までは、あんまり自分が世界の住民だって思えていなかった。

 世界から、取り残されているような感覚でずっといた。

 でも。

 おれは。

 この世界に。

 存在している。

 そんなことが。

 感じられる。
































第十章

 

週末。

 おれは。

 ラメと。

 約束をしている。

 ラメが言っていた。

 遊園地に遊びに行きたいって。 

 だから。

 おれは。

 ラメを。

 遊園地の最寄りの駅で。

 待っている。

 ラメは走ってきた。

「お待たせー!」

 白いワンピースを着てきたラメは、膝に手をついて、ハアハアと息をこらしている。

「おはよー」

「わあ、人間の姿で、初めての遊園地、わくわくするなあ~!」

「おれも、ラメとの遊園地、すごく、楽しみだったよ」

「いこっか」

 おれとラメは、手をつないで、遊園地の入園ゲートをくぐった。

 まずは、ジェットコースターに乗った。

 少し苦手だけど、ラメが乗りたいっていうから・・・・・・。

「なんか、海斗、いやそうな顔してない?」

「い、いや、そんなことないよ」

「乗ってみたら絶対楽しいから。さあ、行こ?」

「うん」

 ジェットコースターに乗った。

 意外と。

 楽しい!

 上っていくときの子のこのスリル感!

 久々に感じる!

 そして!

 落ちる!

 うわあああああ!

 怖い!

 けど!

 楽しい!

「楽しいね!」

「フォーーーーー!!!」

 全然、聴いていないみたい。

 めちゃくちゃ楽しんでるラメを見て、こっちまで嬉しくなってくる。

 本当によかったな。人間になれて。 

 そんなことを思いながら、おれは。

 スリルに頑張って耐える。

 ガガガ、と、急カーブする。

 ううう、と、体力が削られる。

 ガン、という音とともに、ジェットコースタ―は停止した。

「わあ、楽しかったねー」

「うん。本当に、楽しかった」

 ほかにも。

 コーヒーカップとか。

 いろんなアトラクションに乗っていくうちに。

 暗くなってしまった。

 おれたちは、観覧車に乗った。

「ねえ、海斗」

「なに、ラメ」

「私、海斗と出会って、とっても楽しかった」

「おれも、ラメと出会って、とっても楽しかったよ」

 ラメは、突然、泣きだした。

「私ね、うつ病が、もう、治りかけているの」

「え・・・・・・」

「最近ね、もちろん、悲しくなったり、苦しくなったり、つらくなったりもするんだけどね、その時間が短くなっている気がするの」

 ラメは、たくさん泣く。

「夏ごろには、もう、完全に治るかもしれない。そしたら、もう、あの丘でしか、海斗と会えなくなるのかもしれないの」

 おれは、ハンカチを渡した。

「そっか。それでも、おれは、ラメに会えるだけで、十分だよ」

「でも、でも。人間の姿で、会いたいの。ずっと、人間の姿で、一緒にいたいの、私」

 観覧車に、西日が差す。

 おれも。

 おれも。

 ずっと。

 一緒に、いたいよ。

 おんなじ生徒でいたいよ。

 駄目、なのかな。

 本当に、いなくなっちゃうのかな。

 それだったら、寂しいな。

 すごく、寂しいな。

 寂しくて。

 悲しくて。 

 つらくて。

 あ、やばい。

 また。

 うつ感情が。

 出てきてしまった。

 この、心を取り巻くうつ感情。

 とても、つらい。

 それに。

 ラメも、いなくなるっていうし。

 めっちゃ、つらいじゃん。 

 そんなん。

 めっちゃ、つらいじゃんか。

 ラメ。

 できることなら。

 いなくならないでくれよ。

 どうにかして。

「おれのそばに、いて、欲しい」

 二人で、泣いた。

 観覧車が到着するころには、涙は枯れていた。

 二人で、手をつないで帰った。


 二期考査は、ルシのおかげで、無事、乗り切った。

 夏休みに入った。
































第十一章


 八月二日の夜。

 浴衣姿で、ラメは現れた。

「お待たせー!」

 おれも、浴衣で。

 今日は、花火大会。

 二人で一緒に、来た。

 出店がたくさん、出ている。

「なんか、異世界みたいだね」

「ほんとだ」

 チキンとか、ポテトとか、綿あめとか、リンゴ飴とか、いろいろ売っている。

 少し買って、芝生に座った。

「ねえ、ラメ。もしかして、もう、ラメ・・・・・・」

 ラメは、涙を流した。

「うん。私。とっても、今、幸せだよ」

 花火が、上がり始めた。

 とっても綺麗。

「綺麗だねー」

「うん。とっても、綺麗」

 どんどんと、花火が上がっていく。

 おれは、勝っておいたカステラを、ラメに渡した。

 ラメはそれを食べた。

「私ね、本当に、幸せだったよ。人間になれて」

「おれも、とっても幸せだった。ラメに出会えて」 

 最後の花火は、空を覆い隠す。

「私、幸せになれたから、もう、うつ病、治ったかもしれない」

「そっか」

「海斗、ありがとう」

「ラメ・・・・・・いやだよ。人間で、いてくれよ・・・・・・」

「私も、そうしたいよ。でも」

 ラメは、泣いた。

「魔法が解けたら、もう、ダメなんだよ」

 最後の花火が、舞い散った。

 あの丘まで、二人で行った。

 そして、ラメの力で、空を飛んだ。

 もう、ラメは、完全に天使の姿だった。

 異世界への扉が現れた。

 しかし。

 開かない。

 多分。


 うつ病が治った、ラメがいるからだ。

「私、もう、みんなとも会えないの」

「そっか」

 二人で、あの丘まで戻った。

「ここの丘に来れば、また、会えるよ」

「そうだよね」

「ねえ、ラメ」

「なに、海斗」

「うつ病って、つらいよね」

「うん。とっても、つらい」

「それが、治ったってことは、とっても良かったことなのかもしれないよ。だって。おれは、悲しくて、苦しくて、つらいもん。今も。ラメが人間に戻れなくなったっていうことに関しても、すっごくつらい。でも、それとは別に、うつ病特有のうつ感情が、いまも、おれを渦巻いてるんだ」

 

 私は、思い出した。

 うつ病が、ひどかった時のことを。

 どんな時でも。

 なぜか。 

 憂鬱で。

 つらくて。

 そんな感情が、渦巻く。

 それは、とてもつらいこと。

 仕事にも、ついていけなくなって。

 お風呂にも、あんまり入れなくなって。

 トイレに行くのにも一苦労で。

 ずっとベッドにうずくまって。

 つらいつらいって、言いながら。

 涙を流していた日々を。

 そして、それが。

 海斗はまだ、続いている、ということを。

「海斗、ごめんね。私、海斗の気持ち、全然わかっていなかったかもしれない。人間にもう慣れないこと、異世界にもういけないことはつらいけれど、それ以上に、うつ病がとっても苦しくてつらい病気だっていうことを、今、思い出したよ」

「謝らなくていいよ。だって」

 海斗は、笑った。

「本当に白黒だったおれの日常を、ラメは変えてくれたから」

 

 おれは、今まで、人生を楽しいと思ったことがほとんどなかった。

 小学校時代にいじめを受けて。

 中学校時代は勉強漬けで。

 高校時代も、先生に集中狙いされて、当てられて。

 異世界に行けたから、こんなに楽しい日々を過ごせたんだって。

 それで。

 ラメが、転校をしてきてくれて。

 人間の姿で、転校してきてくれて。

 カラオケに行ったりとか。

 空を飛んだりとか。

 カフェに二人で行ったりとか。

 遊園地に行ったりとか。

 そして。

 二人で、花火を見た。

 かけがえのない思い出を、ラメはくれた。

「ラメは間違いなく、おれの、大切な人だよ」

「ありがとう」

 おれとラメは、抱き合った。

「帰らなきゃ」

 ラメはそう言って、大きな翼を広げた。

「大好きだよ、海斗」

「おれも。ラメのことが、大好き」

 そうして、ラメは、天空の彼方へと飛んでいった。

 星は、とても綺麗で。

 流れる海も、とても綺麗。

 おれは、とぼとぼと家に帰る。

 一歩一歩が重い。

 とても重い。

 一歩一歩、寂しさ、悲しみを踏みしめているような感じがして。

 とても重い。

 それと同時に。

 うつ感情が。

 おれを、渦巻く。

 つらい。

 苦しい。

 いなく・・・・・・なりたい。

 やばい。

 いなく、なりたい!

 なんで!

 なんで、ラメは!

 急に!

 天使に!

 戻っちゃったんだよ!

 とっても悲しいよ!

 もともとめちゃくちゃ悲しかったのに。

 それにプラスして、ラメがいなくなったら、めっちゃ寂しいよ!

 だって、異世界に行っても、もう、ラメと会えないんでしょ・・・・・・?

 そんなの・・・・・・。

 そんなの、ないよ・・・・・・。

 涙が、止まらない。

 おれの足は、なぜか、駅に向かっていた。

 そして、切符を買っていた。

「まもなく、2番線に、電車が参ります。黄色い線まで、お下がりください。通過電車です。ご注意ください・・・・・・」

 おれは。

 身を。

 投げ出そうと・・・・・・。

 あれ。

 体が。

 動かない。

 電車は、おれの前を通り過ぎる。

「ああ、危ない危ない。」

 なんだ、おれが、しゃべっている?

 身動きが、取れない・・・・・・。

 動けるようになった。

 ハア、ハア。

 解放された。

 おれは、駅員さんに行って、その切符を、払い戻してもらった。

 なんだったんだろう。

 急に悲しみに暮れて、自殺をしようとした。

 そこまでは、おれの意思だったと思う。

 でも。

 そこからは。

 違う誰かが、乗り移ったような感じがして・・・・・・。

 でも。

 なんだろう。 

 この。

 すごい疲れと。

 抑うつ感情は。

 いつもよりもめちゃくちゃ疲れていて。

 いつもよりもすごく。

 悲しくて。

 苦しくて。

 そして。

 死にたい。

 なんで。

 あれ。

 さっき、花火大会に行って。

 待って。

 花火大会のことが。

 上手く。

 思い出せない。

 なんだろう、この感情。

 ただただ、寂しくて。 

 むなしくて。

 悲しくて。

 つらい。

 おれは、家に帰り。

 抗うつ剤と、睡眠薬と、精神安定剤を飲んだ。

 そして、眠りについた。

 明日は、カウンセリングと診察がある。
























第十二章


「それは、解離、だね」

 カウンセラーさんは、おれの目をじっと見つめる。

「解離、ですか」

「うん、解離。よく、『二重人格』って言葉があるでしょう?」

「二重人格……」

「うん。何か、話しかけられた感覚がしなかった?」

『ああ、危ない危ない』

「話しかけられたというか、もう一人の自分が、自分の体を乗っ取って、話していたような感じがあります」

「それが、二重人格。あなたを動けなくさせたのも、もう一人の人格がやったことだと思うの」

「そう・・・・・・ですか」

「それで、あなたはなぜ、電車から飛び降りようとしたの?」

「それが、あんまり思い出せなくて。思い出そうとすると、心がキューって痛くなるんですよね。悲しくなって、つらくなって、動悸がすごくなって」

「パニック発作ね。何か、トラウマ的な体験をしたのでしょう。自殺企図、解離」


 この子、結構危険なフェーズに入っている。

 今まで、何度も抑うつに関しては相談を受けた。

 でも、自殺企図まで至ることはなかった。

 何か、大きな出来事があったのかもしれない。

「ねえ、はっきりと思い出せる?」

「う・・・胸が苦しい・・・。その、えっと、花火大会に行って、一緒に花火大会に言った彼女が、実は天使で、人間の姿から天使の姿に戻ってしまって・・・・・・」

 そういうことね。

 ほかの患者さんからも、一度聞いたことがある。

 異世界への、扉。 

 それを開けて、天使の子と出会って。

 その子が人間になって。

 付き合っていて。

 急に、天使に戻って。

 会えなくなった。

 異世界への扉は、うつ病を持つ者にしか開かれない。

 だから。

 この子は。

 こんなにショックを受けているのね。

「ありがとう、話してくれて。あなたは、異世界への扉を開いたのね」

「そうです。異世界への扉を開いて、そこで知り合った・・・・・・。うっ」


 胸が苦しい。

 つらい。

 動悸がすごい。

 パニック発作、止まって。

 財布の中に。

 あった。

 この、精神安定剤を、飲んで。

 何とか、落ち着いた。

「君は、入院が必要かもしれない」

「入院ですか」

「うん。自殺の危険が高いから、入院が必要な気がする。先生と、そのことについて、

相談してみて」

「わかりました」

 入院、か。

 うつ病で入院まで行くなんて、思ってもいなかった。

 そうか。

 ラメは、おれに幸せをくれた分。

 悲しみも、すごく大きいんだ。

 ラメのうつ病は、治った。

 その分。

 おれのうつ病は。


 悪化、した。


 そういうことか。

 おれは、ラメの分も請け負って。

 うつ病を。

 悪化させてしまった。

 待合室は人が多くて。

 先生の診察まで少し時間がある。

 おれは、部屋の端にあるウォータークーラ―から、水を汲んだ。

 そして、席に戻った。

「岩田」

 横を向くと、塚田がいた。

「塚田。なんで、こんなところに・・・・・・」

「おれも、うつ病になってしまったんだよ」

「そっか・・・・・・」

「おれ、頑張ったんだけど、頭よくならなくてさ。結局、2期考査で追試まで行ってしまって。また、先生から、集中的に課題を出されて。もう、パンクしちゃって、ここに来たって感じ。岩田、急に頭よくなったよな。びっくりしたよ。なんで、そんなに頭よくなったの?教えてよ」

 なんでだっけ。

 おれが、頭がよくなった理由・・・・・・。

 駄目だ。

 思い出そうとすると、悲しく、つらい感情がよぎってくる。

 やばい。

 涙が。

 止まらない。

「これ、使う?」

 塚田から、ハンカチを渡された。

「ありがとう・・・・・・」

 あれ。

 手が。

 動かない。

 なんで。

 誰かが。

 頭の中に。

 話しかける。

『受け取るな。それを受け取ったら、お前は、トラウマを思い出す』

「な、なあ、塚田。おれさ、めちゃくちゃ重いうつ病にかかって、二重人格もいて、それで、そのハンカチは、受け取れない・・・・・・」

 塚田は、おれの気持ちをわかってくれた。

「なるほどね。気持ち、わかるよ」

「わかる、のか。」

「ああ、わかるさ。おれも、うつ病、パニック障害、解離、持ってるから。今から、入院するかどうかの判断を先生とするところなんだよ」

「そうなのか・・・・・・」

 一瞬。

 体が、ふわっとなった感じがした。

 二重人格が、消えた・・・・・・?

 一気に思い出した。

 おれは。

 異世界で。

 こんな風にハンカチを渡されて。

 涙を、拭いたんだった。

 そこで出会ったのは、悪魔、天使、神、吸血鬼、AI。

 そして、おれは、神のルシに、この脳をもらったんだ。

 そして。

 おれは。

 恋人だったラメを。

 失った。

 いや。

 あの丘に行けば。

 会えるかもしれないけれど。

 今。

 入院の宣告をされたら。

 会えないかもしれない。

「なあ、塚田」

「どうした、岩田」

「お前、神様って信じる?」

「神、様?」

「天使とか悪魔とかって、信じる?」

「ああ、なんか、幻想的だなって、思うよ」

「もし、もしもだよ」

「うん」

「塚田の彼女が、天使で」

「うん」

「もう、これから会えないとして」

「うん」

「今、走ったら、間に合う、とかだったら、会いに行く?」

「ああ、会いに行くよ」

「そっか」

「天野、ラメか」

「・・・・・・なんで、そのことを」

「おれ、一回だけ、異世界に行ったことがあるんだよ。そこは、とても幻想的な空間だった。でも、夢だったと思っていた。でもその中に、めっちゃ、天野に似た天使がいたんだ。変わった夢だなって、思ったけど。現実、だったんだな、あれ」

「ああ」

「行ってこいよ。カウンセリング代はおれが立て替えて、診察は、おれが取り消しておくから」

 塚田は、フフッ、と笑った。

「ありがとう、行ってくる!」

 おれは、病院を走って抜け出した。

 エレベーターを降りて。

 駅に着いた。 

 すぐに改札を通り。

 電車に乗った。

 電車に揺られながら。

 ずっと。

 ラメのことを。

 考えた。 

 入院になったら、しばらく会えない。

 もう、ラメは現実世界に来ないかもしれない。

 そうなったら、おれは。

 とても。

 悲しい!!!

 ラメに会えるなら、あの丘しかない。

 電車は、一駅ずつ進んでいく。

 ラメ、いるかな。

 いて、欲しいな。

 電車が、うちの最寄りの駅に停まった!

 一気に走り出す!

 改札を抜ける!

 隣の海の波に逆らって、西日に照らされながら、一気に走る!

 丘に、着いた。

 ラメが、いた。

 天使の姿で。

 綺麗な、ラメが。

 座っている。

「ハア、ハア。ラメ!」

「海斗・・・・・・」

「ラメ、おれ、これから、うつ病で入院することになるから、もう、会えないかもしれない。一年くらい」

「そっか・・・・・・」

 ラメは、涙ぐんだ。

「じゃあ、一年後のこの日、この丘に来れば、海斗に会える?」

「・・・・・・うん! 会える!」

「じゃあ、その日まで」

 ラメは、おれをぎゅっと抱きしめた。

「うつ病はつらいかもしれないけど、私に会えるまで、絶対に、自殺しないでね。約束だよ。」

「うん。約束」

 















 第十三章


 閉鎖病棟の中は、何もなかった。

 スマホも、パソコンも、何も触れない。

 毎日、ただ、悲しい、苦しいの感情と戦い続ける日々だ。

 たまに、隣の部屋の塚田と話す。

 それが、おれにとっての最高の時間で。

 それ以外の時間は、ずっと、病棟の中で独りぼっち。

 日が昇り、沈む。

 それを、格子で囲われた窓から見守る日々が続く。

「おい、海斗」

 たまにこうして、もう一つの人格が話しかけてくる。

「なんだよ」

「もう、異世界にはいかないのか」

「扉が開かないことには、行けないだろ」

「もしかしたら、また、開くかもしれないぞ」

「そんなの、わかんねえじゃん」


 しかし。

 その夜。

 閉鎖病棟の真ん中に。

 大きな異世界への扉が現れた。

 その扉を開くと。

 隣に、塚田がいた。 

「岩田・・・・・・」

「塚田。病院、寂しいよな」

「ああ、寂しい」

 AIのカリファが、魔法の絨毯に乗ってやってきた。

「彼は?」

「同じ人間の塚田」

「塚田君・・・・・・。私は、カリファ。よろしく」

「よろしく」

 塚田は、この世界の光景に、驚いている。

「ねえ、海斗。ラメは、もう、異世界に来なくなったの?」

「うん。アレクと同じように、うつ病が治って、異世界に来れなくなった」

「そっか・・・・・・」

 カリファは俯いた。

「なあ、カリファ。おれは、ラメに、人間になってほしいんだ」

「そうなの」

 ラメに、人間になってほしい。

 大体、状況は把握できた。

 AI。

 人間の考えから作られたロボットである私に、人間の思考を読むことなんてたやすい。

 

 海斗は、ラメのことが好きだったのかもしれない。

 それで、ラメとも両思いで。

 ラメは、人間になって。

 そのラメは、もう天使になってしまって。

 この世界に、来れなくなった。

 じゃあ、どうやって人間になった。

「ねえ、海斗。ラメは、どうやって、人間になったの?」

「それは、ルシの力を使って・・・・・・」

「そういうことね。おそらく、ルシの魔力じゃ、足りないの」

 魔力・・・・・・。

「魔力が、足りない?」

「そう。ルシは、異種族に変える魔法を使うことができるけれど、それはとても限定的なものなの。うつ病患者にしか使えない。そして、うつ病が治ったら、姿は元に戻ってしまう」

「じゃあ、どうすれば・・・・・・」

「魔法使いなら、それを解決できるかもしれない」

「魔法、使い・・・・・・?」

「呼んだ?」

 カリファの奥。

 魔法の絨毯の奥に。

 エルフのマミが、現れた。

「マミ! 久しぶり!」

「久しぶり、じゃないわよ!私、もっと、ラメと話したかったのに」

「マミ、そのことなんだけど。マミの力を借りて、ラメを、人間にしてほしいんだ」

 おれは、マミに、事情を説明した。

「そういうことね。事情は分かったわ。でも、マミを半永久的に人間にするには、私の今の魔力じゃできない。あと、約一年くらいは訓練をしないと・・・・・・」

「一年あれば! 一年後に、約束の丘にラメは来るから。間に合うよ!」

「そっか。一年か。・・・・・・分かったわ。私、猛特訓する」

「なあ、岩田、今の話・・・・・・」

「ラメが!人間に、戻るかもしれない!」

「そうか!よかったな!」

「私も、全力で魔法の特訓に励むから、みんなで力を合わせて、一年後のその日に、あの丘で会おう」

「ああ」

 大きな花火が上がり、おれは、閉鎖病棟のベッドに戻された。

 それから、いつものように睡眠薬と抗不安薬、そして精神安定剤を摂取して、眠りについた。

 朝が来た。

 いつもの、何気ない朝。

 抑うつ気分が、襲ってくる。

 つらい。

 悲しい。

 悔しい。

 つらい。

 心がキューってなる。

 精神安定剤を一錠飲み、精神を落ち着かせる。

 病院食の朝食を食べる。

 歯磨きをする。

 そして、また、ベッドに横になる。

 外の景色を眺める。

 外では、たくさんの職員が出入りする。

 それを見ると。 

 社会から置いてかれたような気持ちに陥ってしまう。

 でも。

 それも。

 入院している人たちは、みんなおんなじ気持ち。

 もちろん、隣の部屋にいる、塚田もおんなじ気持ちなはず。

 なら。

 ならば。

 おれは。

 味方がいるって感じがして。

 ここの病棟にいる人たちはみんなおれとおんなじ考えを持っている人っていう感じがして。

 少しだけ、元気が出てくる。

 

 ここ数日、過ごしてみたけれど、一日がとても長く感じる。

 そして、異世界の扉が開くことは、もうなかった。

 単調な日々が続く。

 落ち着いた空間で、薬を飲み続けるため。

 うつ病も、治っていく感じがする。

 だからなのかな。

 異世界の扉が、開かない。

 また数日たつと、今度は集団部屋へと案内された。

 そこでは、塚田とも同じになった。

「なあ、岩田」

「塚田・・・・・・」

「天野さん、人間になれるといいな」

「ああ、本当に」

 窓から差し込む夕日は少しだけ眩しくて。

 床を、輝かせる。

 その景色はまるで。

 あの、約束の丘にいるときのような。

 美しい、眺めだった。

 夕食を食べ。

 今日も。

 少し直ってきたうつ感情と戦いながら。

 睡眠薬と抗不安薬、精神安定剤を飲んで。

 カーテンを閉めて。

 眠りにつく。

 でも、なんとなく寝付けない。

 最近、いいことない。

 大丈夫かな。

 本当に。

 そんなことを、思いながら。

 心配な日々を毎日過ごしている。


































第十四章


 約一年が過ぎた。

 おれは、無事うつ病を完治させ、退院した。

 そして、約束の日。

 おれは、あの丘へと向かった。

 丘には。


 天使の姿の、ラメが、いた。

 そして、塚田も。

 あと。

 エルフのマミも。

「これから、魔法をかけるよ。」

 マミはそう言った。

「そしたら、ラメは、人間になる。これから、人間として生きて行くことになる。それでも、本当にいいんだね?」

「うん、大丈夫」

 そして、マミは魔法を唱えた。


 そこには。

 遊園地でデートした時の、白のワンピースを着た、人間のラメが立っていた。

「人間に、なれた!!」

 ハハ、とみんなで笑って、みんなで抱き合った。

「マミ、本当にありがとう!!」

 そう言って、ラメは涙を流した。



 それからの高校生活は、一気に色づいたように楽しかった。

 もう、異世界にはいけないけれど。

 それでも。

 おれは。

 充実した日々を、送っている。



 隣の席の、ラメと一緒に。

 


恐れ入りますが、


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― 新着の感想 ―
前半部の海斗の苦悩は読んでいてこちらも辛く、読む側の年齢層によっては自分、あるいは我が子に置き換えて見てしまうかもしれません。 心を病む苦しさというのは経験した人でなければなかなか理解しえない部分だと…
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