ハルカの夏;修了と夏
「夏休みとは……何だと思う、お前たち。」
修了式を終え、1学期最後の帰りのHRで担任のなっちゃんが不意に真顔でそう問いかけてきた。
先生に言われたからではないが『夏休み』について考えてみる。
学生にとってはただの長期休暇だが社会人にしてみればいつもと何も変わらない。
だがそのぶん課題を与えられ片付けなければならない。
休みが明けても授業スピードについて行く為だ。
正直全て理解していれば課題などやる必要が無ければ、出す必要も無い。
「よく聞けよ!それはな…………」
固唾を呑むクラスメート。
どうやらこの固唾の中には『期待』が含まれているみたいだ。
1学期のシメの言葉だからだ。クラスメートの異性同性全てが目の前の教壇に立つなっちゃんを見つめる。
「それは遊ぶ為だ!!」
『………………………』
一瞬何言ってんだ、コイツ?的な空気が流れたが、その空気をブチ破ったのはまたしても誠だった。
「さっすがだぜ!なっちゃん!!わかってる。」
この声にクラスメート達は次々に賛同していき、いつの間にかレッツパァーリィ状態だ。
客観的に語っている僕からしてみれば……
(あぁ、いいなぁ〜)
僕も一緒に騒ぎたい。
だが、一応女の子だしバカみたい騒ぐわけにもいかないよな。
周りを見ても男しか騒いでいない。女の子は騒ぐと言っても近くの席の子と座りながら話しているだけだ。だから僕は騒ぐ訳には………
「なっちゃん最高だぜぇ!遊びまくりだぁ!!」
興奮のあまり声を張り今の感情を直球にしている子夏がいた……………ッッって子夏が!?
子夏は席を立ちあがって此方にやってきて満点の笑顔ではきはき楽しそうに話しかけてきた。
「これから楽しい事が待ってんだぜ?何でそんなにシケてんだよぉ!!」
確かにその通りだ。
ここで騒がなかったらいつ騒ぐんだって言う話だ……
現に今こうして子夏に先導した様な形となって周りの女の子は男子の席に行って会話したり、仲の良い者同士話しあったりし始めた。さながら放課の様だ。
「悠!夏休み何処行く?てか海行こうぜ、海!!」
今度は誠がハイテンションで話しかけてくる。この会話を聞いていたと思われる周りの男子が誠を取り囲んで無言のまま『フルボッコ・タイム』が訪れた。
僕は気付かないうちにいつの間にか顔が綻んでいた。
勿論誠がやられて喜んだからじゃない。今のこの教室の空気が温かくて、居心地が良くて自然に笑ってしまうんだ。
「うん、いいよ。海。楽しそうだしね。」
「うおおおおおおおおおおおおお!!!」
誠は僕の返事を聞くなり唸り始めて、周りの男子を蹴散らして僕の席にまで辿り着いて満面の笑みでよっしゃっと言う。
その後ろで蹴散らされた男子が「コイツは連邦の化け物か…」やら「ダダンダンダダン」や「ターミネートされた」など弱弱しく言っていた。
「………」
そんな中、隣の席の彼女、柊沙希は一人だけは違っていた。
長方形のメガネにはクラスメートは映っておらず、手に持っている文庫本のみを見ている。ましてやこの会話すら聞いてないと思う。
「柊さん……」
「………」
「夏休み楽しみだね!」
「そうね………」
「………」
「………」
文庫本から目を離すことなく、僕との数少ないコミュニケーションが終わった。
「いやいやいや!そうじゃなくて、楽しもうよ!夏を!!」
「はぁ~」
ため息で返されても困るんですが…
やっと文庫本から顔を上げたと思ったら軽く此方を睨んできた。
「読書の邪魔……」
「まぁまぁ、たまには一緒に話したりしようよ。この前みたいにさ。」
「あれは貴女から勝手に話しかけてきただけじゃない。」
「確かにそうだね。でも僕は柊さんともっと話を、もっと仲良くなりたいんだよ。」
「うっ///」
「だめかな?」
「わ、私は独りが好きなの!だからあまり話しかけないで!!」
「……そっか、ごめんね。邪魔しちゃって。」
「えっ……」
拍子抜けした様な顔を見せすぐに何か困った様な顔を見せる。
何て言うか、忙しい人だなぁ。
今度は「あっ、その、ちが…そうじゃなくて……」とおどおどした口調でこちらの態度を窺う《うかがう》ように接してきた。がーーー
「ふ、ふん。そのとうりよ………。お願いだから、…独りにさせて……」
そう言い残すと柊さんは急に暗い表情を見せ、再び文庫本のページを開いた。
「おい、まだ連絡事項が残ってるんだ、席に戻って静まれ!!」
早く終わらせたいのかクラスメートもおとなしく自分の机に着席していく。全員が着席したところでなっちゃんが満足気に「よしっ!」っと先生としての今学期最後の生徒に対しての連絡事項を口にしようとした……のだがーーー
「沙希!!迎えにきたぞーー!!!」
全員の視線を独占して登場したのは柊さんの父親だった。
なかなか良い筋肉を夏っぽい甚平で包み、より男らしさを見せつけている。
だが眼は少年のように真っすぐで曇りが無い綺麗な眼だ。
勢いよく扉を全開にしたせいなのか軽く扉のガラスに亀裂が走った……
「おっと、まだ終わってなかったのか。こいつぁ~失礼したぜ。」
ハッハッハと何もかも笑い飛ばしてしまう快活な表情を浮かべる。
その一方ではため息を吐き捨てるなっちゃんがいたり、赤面してチラチラ柊父を見ている女生徒や、赤面してがっつり視てる女生徒や、「誠×柊父……」などと不吉な単語をボソボソ呟いてる女生徒や、「柊父×誠もアリだろ」などと不吉な単語を大きな声で豪語する男子生徒が………んん!?!?男子生徒が!?!?
その傍らで誠が「俺はノーマルなんだが!!」と弁解するようにより大きな声で訂正する。
「柊さんのお父さん、良いですか?迎えに来るのは結構なのですが、せめて今の空気を読んで下さい。」
「いやぁ~、すいませんね、先生殿!娘の事となると俺は色々アウト・オブ・眼中になっちまうもんで!」
言い方が何か古臭い!
「それはそれは、大変ですね。でもマジで空気読んで下さいね。生徒も私も早く終わりたいと思っているので……」
あっ、なっちゃん怒ってる……
パチンパチンと片手で指の関節を鳴らし始めた!
「沙希、今日の晩御飯はカツ丼にしてくれよ!」
「………」
なっちゃんを軽くスルーしてみせる柊父。凄い…やり手だ。
クラスメートも一言も発しないで再び固唾を呑んで状況を窺っている。
「お父さん……いい加減にして教室を出て行ってもらってもよろしいですか?終わらないので!」
「ん?もしかして先生殿……『チョベリバ』って奴ですかい?」
「くぅ…………」
古臭い通り越してもう死語にまで手を出し始めた。
「おい…」
「それより沙希、カツ丼を……」
「こっちを向けっての!!!!」
なっちゃんがキレて柊父の肩を掴もうとする。その刹那、ーーー
「俺に勝手に触るな……」
「!!……そんな眼もできるのか、貴様……」
なっちゃんの手首を握っている柊父ーーー
その眼は鋭く、まるでゲームとかでよく見る”狩人の眼”だ……
それを視たなっちゃんは一瞬たじろいだが、口元をつり上げ答えた。
この先生は世界史と日本史担当なのに現役体育教員や運動部の人間全員を遥かに凌駕する戦闘力を持つ、所謂”最強”なのだ……
狩人の眼の柊父、最強のなっちゃんがお互いを意識して睨みあう。
なんかこのままだとバトル系の小説になっちゃうんじゃないか…?
静かになった教室にポンッと何か軟らかい音が聞こえた。
柊さんだ……
彼女は読んでいた音源を机上に置き、柊父に少し怒ったような口調で
「お父さん、邪魔だよ。HR終わらないじゃない。」
そう言うと鋭い目つきを一変させ、さっきの少年の眼に戻る。
「いやぁ〜、わりぃわりぃ。終わったら迎えにくるぜ。先生殿も悪かったな!」
掴まれていた手首を解放してハッハッハと笑い、なっちゃんの肩をポンポンと叩く。
なっちゃんはどこか納得していない様な感じを出しながらも扉を開けて教室からの退去を促した。
柊父はまたもハッハッハと言い、豪快に扉を閉めて去っていった。
そのとき亀裂が再度走りガラス部分が砕け散った。
最早誰もそれに対してはツッコミを入れなく、なっちゃんですらスルーしてHRを進める。
「いいか、遊びまくるのが夏休みだが、一応課題だけはやっておくようにな。」
「私も教師としての立場上言っておかないといかんのでな…」
キーン、コーン、カァーン、コーン…
「あと一つ、くれぐれも事故は起こすなよ!何かやれば私がお前達に会いに行かないといけなくなる。つまり、私の夏休みが潰れる………解るよな?」
「「イエス ユア ハイネス!」」
男子が全員熱く頷くと、
うむうむ、と何かを納得して満足そうな表情を浮かべる。
すると男子が立ち上がってなっちゃんに質問を投げ掛けた。「なっちゃんに夏休みに逢いたかったらどうすれば良いですか?」
何を言っているのか、その意図が読めないなっちゃんは不思議そうに質問を質問で返した。
「担任なんかと会ってもウザったいだけだろ?何でそう思うんだ?」
「逢いたいからです!!」
その答えは単純かつ簡単なものであった為即答だった。
「私は基本休みは酒しか飲まない。だから、会えないだろうな。」
「じゃあ、一緒に飲みに行きますか?」
「アホなのか?」
「じゃあ、俺の家で飲みましょう!」
「だからアホなのか?未成年に酒を煽る教師にしたいのか?」
「じゃあ、な、なっちゃんの家って事ですか!?ヤッベ、テンション上がってきたぁぁぁぁあ!!」
『なっちゃんの家』と聞いた他の男子が次々に「俺もお邪魔します」等と大声を張り上げる。
「成程な……、そんなに夏休み中私に会いたいのか…」
「「「「「「「はい!!!!」」」」」」」
今『はい』と言った男子は全員夏休みに補習が行われることが決定した。
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HR終了のチャイムから約10分位経って、ようやく僕達のHRが終わった。
クラスメート達といつもの他愛ない会話をした後に『元気でな』や『また新学期に』と御決まりと言っていっても過言でない、その場限りの気遣いをお互いにし合う。
そして気遣う必要がない――よく行動をともにする友達と一緒に教室を退室した。
教室を出ても僕達の話題は尽きる事なくそのまま校門を目の前にして友達の一人、誠が急に立ち止まって真顔になる。
開口一番に「あいつら………何してやがる……」だ。
あまりにも急な反応だったのでその場にいた彼方、桜、子夏、マリアは少し驚いていた。
誠の視線の先には校門で立っている星陵学園の女生徒。
その子は腰まで長い金髪を伸ばしていて、落ち着いた雰囲気をより強調するメガネを着けている僕の新しいクラスメートの柊沙希だった。
彼女は知らない男二人と話してる。
柊さんはいつもの通り落ち着いているが、それとは対称的に男達は怒っていた。
遠くから見ていて良く分からないが柊さんの傍には小さな女の子がいた。
その子を柊さんが片腕で抱き寄せている。
校門に近付くにつれて彼らの会話はより鮮明に耳に入って、それを理解することが出来た。
「だから、何回も謝ってるじゃないですか……」
「はぁあ?何いってんだぁ、あぁ!?そこのガキが余所見して俺の靴踏みやがって、おかげで靴が駄目になっちまったじゃねぇかよ!!!」
「嬢ちゃんよ〜、弁償。できる?まぁ、できるよなぁ〜、できなかったらマジ許さねぇがな。ギャハハハ!」
「それによぉ〜、俺は金髪のカワイコちゃんに聞いてんじゃ無いんでね、さっさと消えてくんねーかな?」
「貴方達は恥ずかしく無いのですか?」
「あぁ?」
「ギャハハハ、何言ってんだぁ?」
「良い歳した男が二人して子供をイジメて何が楽しいのですか?」
「ギャハハハ、何言い出すかと思えばコイツ、あぁ〜ウケる〜」
品の無い笑い方をする男を他所に片方のサングラスをかけた男は子どもを諭す様に、だが表情にはイラつきが募っているようだ。
「いいかい?カワイコちゃん。俺達はただ大人の謝り方を何も知らないガキに教えてやってたんだよ。苛めてるとは訳が違うぜ……」
「イジメですね。仮にそうだとしても度が過ぎてます。逆に貴方達がこの子に謝るべきです。それに悪気があった訳ではありません。」
彼らは校門で話しているだけあって人目につきすぎている。だが、校門を出入りする生徒は皆空気の様にそれを扱う。
『元々そこには何もない』と各々そう思っているだろう。
そんな中、僕と誠は『何もない』所に走り出した。
不思議と怖いとは感じなかった。
それは隣に相棒がいるからかも知れない………
「早く謝って下さい。」
「チッ……うるせぇ嬢ちゃんだな……」
「犯っちまう?ギャハハハ!」
「おい!何してんだ、てめえら!!」
僕と誠が声を張り上げて男達と対峙する。
しかしサングラスをかけた男はドスの利いた声を出し威嚇をしてきた。
黙ってろと言わんばかりの態度を見せられたが、ここで退くわけにはいかない……!
一方で………
「ギャハハハ!おら、おら、どうしたんだよ!?」
「ちょッ!?放して下さい!」
品の無い笑い方をする男が柊さんの腕を掴む。
ギャハハハと周りに撒き散らせ抵抗する柊さんの反応を楽しんでいる。
見下げ果てた野郎だ……
下衆にも程がある。
怒りという感情が僕を支配し始め、拳に力が籠った。
その刹那、一陣の風吹き荒れ、事態が急変した……
さっきまで五月蠅かった《うるさかった》笑い声が消え代わりに悶える声を発する。
地面に顔を埋め《うずめ》何が起こったか理解出来ず辺りを横目で確認する。
まず目に入ったのは素足に草鞋を履いた良い形をした男の足だ。
その男の数メートル後ろには柊さんやサングラスの男と僕達がいる。
つまりこの男はその数メートル吹っ飛ばされたことになる。
「ゴホゴホ!………ハァ、……はぁ、て、てめ………」
やったやつは草鞋の男だろうと思う。
今持てる全力を片手に籠めて足首を握る。
効いている様子はなく簡単に振りほどきサングラスの男に近寄っていく。
「貴様もか……?沙希を襲おうとしていた輩は……」
「ウッ……、テメェ何もんだ!!関係ねーだろうが!!」
動揺しているがそれを隠すためにわざと虚勢を張り威嚇をする。
しかし、そんなことは彼ことーー柊父には通用するはずもなかった。
サングラス男の質問に答えず無言のまま距離を詰める。彼らの目にはお互いが映っているが、映している眼が違う。
サングラスの方は怯えたような眼を、柊父は狩る眼をしている。
「このやろー!!」
サングラスは拳を握り、勢いをつけた乱暴なストレートパンチ。
柊父はその場でファイティングポーズをとり迎撃するつもりだろう……
相手の腕が伸びる。拳はまっすぐに柊父の顔面をめがけて伸びていく。だが、彼は拳が目と鼻の先にあるにも関わらず避けようとはしない……
サングラスも絶対にこれは当たると思っているだろう。
しかし結果は違った……
拳をくらったのはサングラスの方だった!
柊父はサングラスのパンチをギリギリの所で避けクロスカウンターをかましていたのだ!!
サングラスがパンチで砕け散り男はただのチンピラの男になった。
チンピラ達は「おぼへとけ!!」と言って姿を消した。これで一件落着だーーー
「テメェーらもあいつらの仲間か?」
「「……え??」」
その場にいた僕と誠に聞いてくる柊父。
しかも狩人の眼でだ………
「俺達はただ柊さんを助けようと……ええぇっと、まず落ち着きましょうか、お父さん?」
誠はありのまま話したのだが柊父の耳は聞く耳を持っていないのか、それとも既に言葉の意味が解らない状態なのかは判らないが大声を張り上げる。
「落ち着いてられっかよ!!!!!」
「「ぎゃああああああ〜〜〜!!!」」
拳を振り上げこちらに走ってきた。
僕達は無惨にもその辺に散らばってるゴミになってしまうと一瞬のうちに想像してしまい、ゴミの気持ちが理解しまった……
そして、いくら想像してもこの状況を打破することは出来ない………
神様に祈る間もない――
既に彼の拳は真っ直ぐに誠の頬を捉えている。
……あっ、僕はまだ祈る間はありそうだから祈っておこう………
(お願いします、神様。どうか僕をこの状況からお救い下さい……)
「悠だけ!!?俺の分も祈って――ブゲギヤァァァァ!!!!!」
………誠の分を祈り忘れてしまった。じゃあ、
(神様、誠も助けてやってください。)
「って、………ついでみたいに言い…やがって、しかも、殴られた後に、祈るって……遅すぎだ…ろ……」
誠が殴られた後に傍らにいた柊さんが柊父に落ち着いた口調で話す。
「お父さん。その人は私のクラスメートで助けてくれようとした人よ……」
「………な、んだと??」
狩る眼をしていた柊父はだんだん少年の眼に変わっていき、顔色もだんだん暗くなっていく。
きっと、自分が何をしたのかを理解してしまったのだろう。
「す、すまねぇ!沙希の友達を殴っちまうなんて……、どうか、許してはくれねぇーか?」
「………(ほぼ虫の息で倒れてる誠)」
「許してくれぇ~~~~!!」
「………(体を激しく揺さぶられてる誠)」
「どうか、どうかぁ~~!!!」
「………(胸倉を掴まれ、宙で振られてる誠)」
「頼む、マジ頼むよ!!」
「お父さん。やめてあげなよ。彼、そろそろやばいから。」
柊父は誠を抱え校門に登っていた。
次に何をするか大体予想かついてしまう………
柊父は誠の状態に気付き下に降ろした。
柊さんは申し訳なさそうに、落ち着いた口調で話す。
「ごめんなさい、助けてもらったのにこんな目にあって……」
「大丈夫だよ、気にしてないから。」
少なくとも僕は気にしてない……
「いえ、私が気にするのよ……よかったらして欲しいこととか、何か欲しいものとかない?」
え、なんで?
と聞くと彼女は借りを作るのが嫌いとだけ答えた。
僕はそれを聞いて欲しいものなど今言われても思いつかなかった。
だが、して欲しいことはあった。なのでそれについて話してみた。
「よかったら夏休みに、僕達と遊ばない?」
今回も投稿遅くなり申し訳ありません
次回は海に?行く または、なんかサマーバケーションによくありそうな話をよていしてます