開戦日の未明
「おはよう、エラちゃん」
澄んだ綺麗な声で起こされ、エラは目に入ってきた前公爵夫人におはようございますと挨拶をしました。
目覚めはバッチリで、頭も冴え、体も軽いのでした。
今は、深夜と早朝の間である未明。
戦いが始まると言う早朝に対して構えるために、早く起きます。
そして、前公爵夫人から出されたパンと紅茶を飲んで体力をつけていきます。
練習をする前は、朝ご飯や昼ご飯なんて食べやしなかったのに、今では食べるようになりました。
と言うか前公爵夫人が食べさせていただけなのですが。
最初は一口から始まり、約1週間かけてようやく3分の1程度まで食べられるようになりました。
あとは紅茶を1杯飲んで完食です。
それに対して、前公爵夫人はいつも通りパン2つも食べていました。
エラは最初の頃にどうしてそんなに食べられるのか尋ねたところ、これぐらい普通じゃないと返答されました。
継母や゙義姉達、知り合いの方にも女性ではそこまで食べている人は聞いたことはないので、ただ普通の人よりは大食なのだろうと思いました。
こんな前公爵夫人なので、今ですらもっと食べなさいと促されていましたが、これ以上は無理と追加して食べることはしませんでした。
前公爵夫人はベッドやテーブルを片付けて、魔法陣を取り出し準備をします。
その姿を見て、エラはそろそろこの空間とはお別れなのだと少し感慨深く思いました。
最初こそ違和感を感じましたが、過ごしているうちに居心地の良い空間となっていたのです。
「エラちゃん、魔法陣に乗って。乗らないと置いて行くわよ」
エラは前公爵夫人の声を聞き、慌てて魔法陣の上に足を置きました。
前公爵夫人はその様子に思わず笑ってしまいます。
「そんな慌てなくても置いていきはしないわよ。この空間に閉じ込めるなんて酷いこと出来ないわ」
「閉じ込める?」
何だか時間の対価の話の時と同様に言葉が引っ掛かったので、思わず声に出してしまいます。
エラは何だか嫌な予感がしたのでした。
「ここを出るには魔法陣を使うしかないわ。でもエラちゃんは持っていないでしょう。だからそのまま取り残されたら誰かが迎えに来るまでこの空間から出れることはないわ」
やはりエラの嫌な予感は的中です。
魔法は包丁と同様に、便利な面も恐ろしい面も持ち合わせているのだと実感しました。
しかし、それだけでなく更に恐ろしいことを言い始めました。
「実際に犯罪道具としてよく使われていたから、今では簡単には手に入れられないの。色々決まりとか手続きとかがあって面倒だわ」
前公爵夫人は、平然と言いましたが、エラは恐ろしくてたまりません。
それ以上聞いたらもっと恐ろしいことを聞かされそうだと思い、話しを中断させて移動するよう催促しました。
前公爵夫人は、本当ねと言って慌てて杖を構えます。
呪文を唱えて、もとの世界へ戻ってきたのでした。
エラはもっと騒がしいと思っていたので、思った以上に静かで拍子抜けしてしまいました。
確かに館からも外からも音はするのですが、決して騒がしくはありませんでした。
2人は箒に乗って領地に向かいました。
向かっている間も相変わらず騒がしくはありません。
まだ戦いは始まってはいないのだと分かり、エラは少しだけ安心するのでした。
暫くして騎士達を見つけました。
彼らはとても緊迫した状態で少しだけ離れたところで、それぞれ違う向きで待機をしていました。
どうやら広くは分散させていないみたいでした。
予想が間違っていなければ、リンネ国方面から攻めてくるのです。
そのため、わざわざ分散させる必要もなく、騎士は集まって戦った方が強いのに決まっているので当然と言えば、当然でした。
また、今度はヴィオルも見つけました。
端の方で、大きな魔法陣を敷いて待機しているようです。
2人はそっと降下して、ヴィオルの側で箒から降りました。
「ヴィオル、お早う」
「お早う、エラ」
2人は少し小さめな声で挨拶をします。
実際に会うのは約1週間ぶりでした。
エラは、ヴィオルが少し痩せ細くなっていることに気づきました。
「ヴィオル、大丈夫なの?」
「久しぶりに防御魔法を練習していたし、色々あって少し疲れているけど、体力的には大丈夫」
ヴィオルの言っていることは事実で、体力的にはすでに回復しておりますが、様々な心配もあり疲れていました。
また、ヴィオルはエラの肌の血色が少し良くなっているのに気づきました。
「エラはなんか元気になってる?」
「どうなのかしら? まあ、最近は少し朝と昼も食べていたからいつもよりは元気かもしれないわね」
エラがあれだけ食べたくないと言っていたのに、食べていたことには驚きです。
ヴィオルは少しとは言え、食べるようになってくれて良かったと思いました。
「何を食べていたの?」
「えっと……朝はパンを少しと……」
「こらこら。私がいるの忘れてないかしら。2人の世界に浸らないでちょうだい」
前公爵夫人は2人がそのままずっと話しそうな勢いだったため、見ていられなくなって止めに入りました。
また、これから戦いが始まると言うのに、これ以上リラックスされても困りました。
2人は前公爵夫人の言葉にハッとなり、会話が途切れました。
前公爵夫人はヴィオルに頼んだわよと言ってエラを連れて立ち去ろうとしました。
「私が貴方を守るから任せておいて」
立ち去る間際にエラは胸を当ててヴィオルに宣言しました。
ヴィオルはエラの言葉に笑みを浮かべてしまいます。
本当にエラは頼もしいなと感じました。
「俺も貴女を守るからこっち方は任せておいて」
ヴィオルもエラと同じく宣言します。
エラもヴィオルの言葉に笑みを浮かべてしまいました。
その様子を見ていた前公爵夫人は、これは終わってからが楽しみねと微笑ましく眺めていました。
でも、それより前にこの戦いを終わらせなければと、緊張が高まります。
エラも同様にしっかりしないと、と気持ちを切り替えて緊張が走りました。
また、ヴィオルも負けるわけにはいかないと、心を落ち着かせました。
全員の心も準備も出来たところで早朝と呼ばれる時間が迎えたのでした。




