魔法使いの練習
ヴィオルは、エラを前公爵夫人のところへ送り出し、義姉と別れを告げると、用意されていた部屋に向かうことにしました。
用意されていたいた部屋は、ベッドと最低限の家具のみ。
疲れたから寝ようと思ってベッドに入ると、布団は厚みはなく、低い枕が1つだけ。
勿論、様々な世界でこのようなベッドの上で眠ることは少なくないため、さほど気になることはありませんが、最近はふかふかの布団で、高さのある枕で寝ておりましたので、少し懐かしく感じます。
その日は、肉体的にも精神的にも大変疲れていたので、そのまま熟睡をしたのでした。
次の日。
周りからは特に何も言われ無かったので、防御魔法の練習をすることにしました。
ヴィオルの中では、得意とする防御魔法ですが、最近は壊れた物を魔法で修理したり、貴重なものを運んだりするなどの魔法を使うばかりで、この魔法を長らく使っていなかったのでした。
その上、膨大な範囲の結界を長時間張り続ける必要があるのです。
最初に王子からシーモア領を守ってこいと言われた時は、今のままでも何とかいけるだろうと高を括っていたのですが、いざ入ってみると想像していたよりも1.5倍ほど大きく、これはヤバいかもと危機感を感じました。
ヴィオルは人がいなくなるだけでここまで感じる広さが変わることに大変驚きました。
そのため、練習をして戦いにしっかりと備えようと思いました。
まずは外へ出て、人気の無いところに移動し、魔法を使って魔法陣を取り出したあと、地面の下に丁寧に魔法陣を敷いていきます。
魔法陣を敷いている間、エラや前公爵夫人の気配を全く感じ無かったため、無の空間で訓練をしていることが分かりました。
多少不安もありますが、きっと前公爵夫人ならエラを良いところまでは導いてくれるだろうと信じて、自分のことに集中することにしました。
それにしても普段は杖か箒を使うので、魔法陣を使うのも大変久しぶりです。
杖、箒、魔法陣がそれぞれの特徴を挙げるとすると、杖は少しの量で効率的にあらゆる魔法に適用出来ます。
箒は主に移動手段として使い、比較的少なめの魔力でとても速く移動出来ます。
魔法陣は、主に2つの使い方があり、1つは瞬間的移動手段として利用されます。
もう1つは、今回の使用目的である防御魔法を使用する際に利用されます。
勿論、杖でも防御魔法を使えますが、守る範囲が狭く、持続性も短いため、防御魔法には不向きです。
魔法陣なら広範囲で、長い持続性のもと使用することが可能なのです。
しかし、どちらの用途にしても、魔法陣を使う際は大量の魔力を消費します。
それも、移動距離が長かったり、守備範囲が広かったりするとそれに合わせて魔力は更に消費されていくのです。
そのため、魔法陣を使うことはあまりなかったと言うことでした。
しかし、今回は広範囲を守らなければならないので、大量の魔力を効率的に利用出来る魔法陣を使う必要がありました。
いざ防御魔法を使ってみるとなると緊張してしまいます。
それでもヴィオルは息をゆっくりと整えて、今回は必要としている1000分の1の魔力で実践してみることにしました。
すると、勿論使うことは出来ましたが、自分が思っている以上に魔力を消費をしてしまったのです。
どうやら感覚が鈍っているようでした。
このままでは、長い間集中して結界を張ることはほぼ不可能でしょう。
これはちゃんと練習しないと本当にヤバいとすぐさま本格的に練習を始めました。
この魔法が得意であったヴィオルでも、この魔法自体が難しい魔法なので、感覚を取り戻すには丸1日もかかってしまいました。
取り敢えず感覚を戻すことが出来たヴィオルですが、念のためと次の日も丸1日かけてしっかりと練習を行い、まる2日かけて練習を終えたのでした。
その次の日は、うろ覚えであったシーモア領の立地を確認して床に就いたのでした。
4日目は何をしておこうかと考えていたところ、ヴィオルの身体に自分の魔力ではない他の人の魔力が流れ込みました。
これは、魔法で連絡を受け取る時の仕組みです。
その連絡に出ると、聞き馴染みのある声が流れてきました。
「ヴィオル。元気か?」
「こんなところに行かされて元気が出るわけないだろう。今様々な意味で疲れてる。アレクシスだって元気ではないだろう?」
「ああ。元気ではないな。こっちはこっちで大変だ」
「お疲れ様」
「ヴィオルもお疲れ様」
ヴィオルは、魔力が流れてきた時点で王子であることは分かっていましたが、実際に声を聞くと、日常的な感覚に陥って少し安心してしまいました。
ただ王子の声が疲れていることが分かり、少し心配にもなりました。
「それにしてもさすがに鳩はここまで飛ばしはしないか」
「いやそれはさすがに鳩が可哀想過ぎるからな。仕方がなく魔力を使って連絡した」
「多少の距離だったら飛ばしていたんだな」
「まあそうだな」
「魔力あまり消費したくないから早く終わらせるぞ。取り敢えず安心しろ。まだこっちは攻められていない」
ずっと王宮のことが気がかりだったので、その言葉を聞き、少し安堵しました。
「でもな、明後日の早朝に敵は攻めてくる。シーモア領に」
「え、明後日の早朝? 少なくとも1週間ぐらいは大丈夫だと言っていなかったか?」
前聞いた情報と異なり、ヴィオルは混乱してしまいます。
「それはあくまでも今までの推測だ。今回は間違いない。あいつらは、自国の建国記念日の次の日に仕掛けようとしている」
「そんな日に? そこも裏をかいてやると言うことか?」
「まあ、そんなところだ」
ヴィオルは、そこまで的確に予測出来るなんて驚いていしまいます。
「この予測って、もしかして例の侍女だったりする?」
ヴィオルは、以前任命を受けた時に王子が話していた話を思い出し、その場で思ったことを尋ねてみました。
「ああ。そうだ。彼女だよ」
王子は少しオドオドしながらも、ヴィオルの質問に肯定をしました。
「彼女は一体何者なんだ?」
ヴィオルは王子がそこまで信頼している侍女とは一体どう言う人なのか気になり、ふと新たに尋ねました。
「凄く優秀な侍女だよ。あまりにも律儀過ぎて全然つれないけどな」
「つれない?」
ヴィオルは王子のある言葉に引っ掛かり、思わずオウム返しをしてしまいます。
「何でもない。取り敢えず、明後日の早朝には攻めてくるから伝えておいてくれ」
王子は慌てて否定し、早口で要件を伝えてすぐさま連絡を切りました。
おい待てよと言うヴィオルの声は届かず、またヴィオルの方から連絡を取ろうとしても全く取ってもらえなかったため、諦めざるを得ませんでした。
ヴィオルは勝手に切った王子に腹を立てながらも、騎士団長のもとへ報告しに向かいました。




