シンデレラは空を飛ぶ
エラは馬小屋に着くとポムを撫でて、お留守番よろしくねと思いっ切りハグをします。
それをし終えるとポムに手を振り、置いてある箒を手に取って馬小屋から出ました。
そして、庭から出て家から離れました。
ヴィオルのことはガン無視してそのまま真っ直ぐ進んで行きます。
家が自分の身長より小さく見えたぐらいのところで止まりました。
エラは、両手でしっかりと箒を握ってから、箒に跨り大きな声で「空を飛べ! ビビデバビデブー」と叫びました。
すると、急加速で上に上がり、あっと言う間に地上から100メートル、200メートル、300メートルとぐんぐん上がっていきます。
ヴィオルは少しずつ飛んでいたので、まさかこんなに高く飛ぶと思わなかったエラは大変驚き「元に戻れ! ビビデバビデブー」と再び大きな声を上げました。
すると今度は300メートル、200メートル、100メートルとどんどん下がっていきます。
空気抵抗に耐えきれなくなったエラは、地上100メートルぐらいの高さで箒から思わず手を離してしまいました。
頼るものがない体はあっと言う間に落ちて行きます。
しかし、すぐに体は浮遊し、少しずつゆっくりと下りていったのでした。
「何やってんだ! 死ぬ気かよ!」
ヴィオル掴んだ手を先程よりも強く握り、大声で言っているため本気で怒っているのだと分かりました。
「その……えっと……空飛ぼうと思って……。死ぬつもりは1ミリも無かったわよ……。まさか落ちるとは思わなかったし……」
先程落ちた恐怖とヴィオルの威圧に対する恐怖で大きな声で言い返すことが出来ないのでした。
「いや、何で落ちないと思ったわけ? そんなの落ちるに決まってるだろう」
「え、どうして? ヴィオルは落ちる気配なんか全く感じさせず空を飛んでるじゃない」
ヴィオルはエラの拍子抜けた返答に呆然としてしまいます。
「あのな、俺が落ちないのは単純に長い間箒に乗り続けているからだ。最初の方は箒から手が離れて落ちるところをじいちゃんが拾ってくれてたよ」
「さっきのように?」
「ああ、そうだよ」
ヴィオルがここまで上手なのはちゃんと練習してきた賜物なのだと知り、感心しました。
「そもそもエラだって弓を幼い時から完璧に出来ていたわけではないだろう?」
「えっと……そう言えばそうね。最初は2回に1回程度に成功する程度だったかしら? 百発百中になったのは12歳ぐらいからだったと思うわ」
「え? 最初から2回に1回は成功していたの? さり気なく凄いことをサラッと言わないでよ」
ヴィオルは現在弓の的中率は3回に1回程度と命中率は大変悪いです。
それを幼少期から2回に1回程度も的中していたとは驚くのも無理はありませんでした。
「取り敢えず、慣れてもいないことを1人で勝手にするのはやめてくれる?」
「いや、それは無理」
エラはヴィオルの忠告を受け入れるどころか完全に否定しています。
「どうしてだよ!」
「だってそうしないとヴィオルを追いかけられないじゃない」
「は? 何が言いたいわけ?」
ヴィオルはエラの言っていることが全く理解出来ませんでした。
「だから、私も一緒に戦うと言っているの」
「はあぁぁ?」
ヴィオルはエラのしたいことにはいつも驚かされますが、ここまで驚いたのは初めてでした。
「エラ、俺の言ったことを理解している? これから戦争が始まる可能性があるから危険だと言ったんだけど。そんな危険な場所に好き好んで行くやつが何処にいるんだよ? 俺はただ王族の任務として、また魔法使いの任務として行くだけだよ」
「私だって好き好んで行くわけじゃないもん」
ヴィオルの怒りにエラは反発してしまいます。
「私はこの国が負けるのも嫌だし、それにヴィオルが死ぬのも嫌だもの」
エラはヴィオルに真っ直ぐと面と向かって大声を上げます。
「ヴィオルが王族として、魔法使いの任務として行くのなら、私には王族の婚約者として、魔法保持者として戦う任務があるわ」
エラの眼差しは真剣そのものでした。
「そもそも戦争なんて攻撃も守備も両立しなければ負けるでしょう。ヴィオルが守備をすると言うのならば、私は攻撃をする。お互いに戦い守り合いましょうよ」
エラは手を差し出して結託しようと意思表示をします。
「いやいやいやいや、言っていることが無茶苦茶だよ。思わず流されそうになった」
ヴィオルはエラの手を取らず、エラの両肩に手を置きました。
「攻撃は騎士団が行うし、俺は守備に特化する。お互いにそれぞれの役割に集中した方が良いだろう。それに俺は自分の身を自分で守ることが出来るけど、エラは自分自身で身を守ることが出来ないだろう。俺がずっとエラを守れるとは限らないのだから」
ヴィオルも同様にその眼差しは真剣そのものでした。
「それは覚悟の上だわ。自身の身は自分で守る」
今度はエラがヴィオルの両肩に手を置きました。
「危ないことだとは分かってる。でも、もし何もせずにこの国が負けてしまったり、ヴィオルが死んだりしたら私は一生後悔する。間違いなく後悔するわ。何もせずに待つだけなんて私には出来ない。ヴィオルが私を連れて行かなくても勝手に箒に乗って付いて行くから。」
エラは一呼吸置いて続けます。
「ヴィオルの邪魔はしないし、寧ろ助けてみせる。約束するわ」
エラは右手の小指を突き立てて右手を前に出します。
ヴィオルはため息をつきながらも右手の人差し指を突き立てました。
「分かった。でも、一緒にいるのが条件だ。これだけは絶対に守ってくれ」
「分かったわ。約束する」
ヴィオルはエラの小指を自身の小指と絡め、2人は指切りをして約束をしたのでした。




