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二人しか知らない物語

「ごめん。親が遠くに引っ越すらしくて、この町を出ていかなくちゃならなくなったんだ。だから、


 ……もう、会えないかもしれない。」

 和樹は泣くことを我慢しながら、悲しそうに言った。


 私も悲しかった。でも、和樹には見えなくても、和樹には、泣き顔を見せたくなかった。私は涙をこらえて、和樹を抱き寄せた。私と同じくらいの身長になったのだなあと思った。和樹の成長を感じながら、和樹と過ごした日々を走馬灯のように思い返した。


「遠くに行っても、絶対忘れないから。」

 和樹はそう言って、私の抱擁を剥がすと、走り去っていった。和樹の背中が遠くなっていくたびに、果てしない孤独を思い出した。


 それから二年程過ぎたある日、私が人柱となった橋は、取り壊されてしまった。


 すると、橋の近くまでしか動くことができなかった私が、自由に動くことができるようになった。


 私は見慣れない橋の近く以外の景色に心躍った。橋の近くの景色や和樹との会話で分かっていたが、私が生きていた時代の景色とは全く違っていた。


 私の死は、この景色を少し変えたのかな。


 私は近くの景色をある程度見渡すと、和樹のことが気になっていた。和樹は今どこで、何をしているだろうか。


 

 私のことを忘れてはいないだろうか。


 

 私は私の感覚に導かれる方に、向かっていった。橋の周りしか動くことができなかった日々じゃ、ありえない程歩いていた。私は死に方も選べなくて、自由に動けなくて、ひとりぼっちで暮らしていたことなんて全て嘘で、今、生きているんじゃないかって思うようになってきた。


 今、感じているこの感覚、この感情が生きているってことなんじゃないかって。


 


 しばらく歩いていると、見覚えのある姿を見かけた。和樹だった。


 和樹は二年で、かなり変わっていた。身長は私が見上げるくらい高くなっていて、あの幼かった顔は、大人らしくなっていた。彼は和樹だと分かっているはずなのに、別人のようだった。今まで和樹に抱いていた気持ちとは、違う気持ちが芽生えていた。


 

 私はこの感情を知っているけれど知らない。まだ、知ったことのない感情。


 

 私が生きていれば、知っていたかもしれない心熱くなる感情。


 

 私はこの感情を確かめるように、和樹の近くに近寄ってみた。


 しかし、和樹はいつものように私を見つけてくれない。和樹の近くを歩いてみるが、全く気付く様子はない。私は和樹の家までついていったが、和樹は私にかまうことなく、家の扉を閉めた。


 和樹はもう私のことを見つけてくれないのだろうか。


 私は悲しかった。でも、不思議と涙はでなかった。和樹はきっと私のことを見つけてくれると信じていたからだ。


 私から触りに行くこともできるが、私は和樹に私のことを気づかれたかった。そう思った私は、和樹への手紙で私のことを気づかせる作戦を考えた。


 和樹とは、いつも文字で会話していた。その時の記憶を覚えていれば、気付いてくれるはずだ。さらに、和樹の家のどこかに手紙を入れれば、きっと見えない私のことを思い浮かぶはずだと思った。


 私は手紙を用意して、和樹が家に入る瞬間を見計らって、家の中に入った。そして、私は和樹に気づかれる妄想をしながら、手紙を書いて、机の引き出しにその手紙を入れた。

 

 しかし、和樹は気づいてくれなかった。和樹は不思議がったり、怖がったりして、私の存在を考えもしていない様子だった。


 私はその後、何通か手紙を出したが、和樹は私のことを思い出すことはなかった。


 私はもう諦めかけていた。和樹はもう私を見つけてくれる和樹ではないのではないかと思うようになった。あの橋で走り去っていった和樹は、もう帰ってこない。そう思った。


 私は和樹とお別れすることにした。


 何か奇跡が起こって、あの時の和樹が帰ってこないかと希望を込めて、最後の手紙を書いた。




 俺は両手で触れている肩の感触で、いつも一緒に遊んでいた彼女のことを思い出した。なぜ今まで忘れていたんだって思うくらい大事な記憶だった。


 俺は自然と涙が目から溢れ出ていた。


 俺は思わず、肩に置いた手を彼女の背中に回し、抱きしめた。最後に彼女にあった時よりも、彼女は小さくなっているような気がした。いや、俺が大きくなったのか。そう考えると、俺は彼女と離れていた時間の大きさに気づかされた。


 彼女の顔がかかる右肩は少しずつ濡れていくのが分かった。彼女も泣いているのだろう。


 俺はそんな彼女を感じながら、ある言葉を発した。




「菊、みいつけた。」


 

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