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駄作文

屋上にて

作者: 東風

気軽に読んでください。

「腹減ったなぁ……」


 ぼんやりと青い空を眺める。

 白い雲がゆっくりと青い空を横切っていく。


「それにしても、本っ当に暇だなぁ」

「暇なんじゃなくて、カズが授業に出ないからでしょ。まったく、不良生徒はこれだから」

「そんなこといってるお前は何なんだよ。もうとっくに午後の授業は始まってるぞ。不良生徒さん」

「カズと一緒にしないでよ」

「同じだろう。俺と一緒に屋上にいるんだから」

「まー、そうだね」


 皐月はそう言って俺と同じように空を見上げた。


 俺と皐月がいるのは学校の屋上だ。

 別に俺は授業とか学校とかどうでもいいのだが、お袋はうるさく言ってくるし、幼馴染の皐月は俺をひっぱって学校に連れて行こうとする。二人の圧力が俺に掛けられ、俺は仕方なく学校に来ているわけだが、どうでもいい所に来ても特にやりたいことなどない。だから、こうして屋上にいるのだが……


「なあ、前々から聞こうと思ってたんだけどさ」

「なーに?」

「俺はともかく、なぜお前まで授業を休む必要があるんだ?」


 まったくもって分からないことがそのことだった。

 皐月は幼馴染である俺が言うのもどうかと思うんだが、容姿端麗、気配りもでき、学年首位を守りつづけ、部活も陸上部に入っていてる。部活ではなかなかの結果を残していると言う。(というか、自慢される)


 そんな皐月は一応真面目で授業なんてサボる理由がどこにも内容に思うのだが、何故か午後の授業になる少し前の時間から俺と屋上にいる。


 もしかして俺に気があるのか……とそれらしく聞いてみたのだが、


「うーん。ないね。それは絶対にない。幼馴染を通り越して家族っていうのかな? あ、ちなみにカズが家族だとしたら弟ね」


 だそうだ。喜んでいいのやら悲しんでいいのやら。

 何とも言えない、複雑な気持ちになった。


 けれど、じゃあ何で皐月は、屋上にやってくるのだろう。

 俺が悶々と考えている中、皐月は静かに話し出した。


「ここにいる理由かぁ。うーん。もしかしたら、安心するから、かなぁ……」


 屋上を駆けていく風のように穏やかで、優しい声音だった。


「あたしはさ、小さい頃からいろいろ習ってたじゃん? ピアノとかヴァイオリンとか。英語やそろばんも。

 勉強に関しては、家庭教師を少なくとも三人はいた。月曜日はピアノと算数。火曜日は生け花と国語。水曜日は……って。

 塾と言う塾を全てこなしていた感じだった。面倒くさくなるときもあったけど、発表会でいい演奏をしたときや、テストで満点を取ったときはお母さんやお父さんはあたしを誉めてくれた。すごいね。よくできたね。今の演奏とてもよかったよって。そんなふうに誉めてくれると、面倒くさいけどまだやろうかなって思ったんだ。

 だから、あたしは不満を言うことはあったけれど、塾を抜け出すことや親に反発することはなかった」


 確かに小さい頃から皐月はいろんな塾に通っていた。曜日ごとに通う塾が変わり、休む暇などなかった。もちろん、友達と遊ぶなどと言う時間もなかった。けれど、それでも皐月は全てをこなしていた。嫌な顔を一つせずやっていた。毎日毎日、忙しいのに楽しそうに笑っていたんだ。

 俺らが遊んでるときも一生懸命ピアノを弾いていた。真剣な表情で楽譜とにらめっこをしながらピアノを弾いていた皐月の姿が脳裏に蘇った。


「いい成績を残せば、その上の成績を残さなきゃいけない。そこで前回よりいい成績だったら、またその上の成績を残さなきゃいけない。上へ、上へ、上へ……

 勉強も塾も部活も。あたしには結果の上を目指し、目指すことしか許されない。

 あたしを誉めていたお父さんもお母さんも、特別にいい成績を残さないと誉めてくれないようになった。だから、あたしは頑張った。

 お父さんが誉めてくれるように。お母さんが誉めてくれるようにって」


 ふと、小さい頃に聞いたことがあった。「毎日塾とかでお前は楽しいのか?」と。けれど皐月は笑顔で言ったのだ。


「もちろん楽しいよ。けれど、お父さんとお母さんが誉めてくれるから、そんなことはどういいの。お父さんとお母さんがさつきのことを誉めてくれればそれでいいの」


 小さい子供が親に誉めてもらいたいと思うのは特別な感情ではないと思う。小さい頃の俺だって、お袋に誉めてもらうといろいろやったが全て空回りして怒られて経験がある。あんな頃もあったなぁ、懐かしむこともできるが、皐月の中にあった感情は、俺らは抱く感情とは少し違っていたと思う。


 その違いは何かと聞かれれば具体的には言えないのだが、何と言うか、皐月は誉められることで存在理由を作っていたように思う。


 皐月は親に誉められることで存在することができ、皐月が親に誉められなければ存在する意味はない。そんなふうに、皐月は無意識のうちに思っていたのかもしれない。


 誉められることこそが皐月がいる理由。だから、皐月は頑張った。親に誉めてもらえるように。誉めてもらい、存在る理由をなくさないように。


 今まで皐月はそうして生きてきたのだろう。

 少なくとも、俺の足りない脳みそで思ったことだが……。


「けどね、何だか途中から辛くなってたんだ。いつからなのかは、もう分からない。気づいたらいつの間にか海の底に沈められてた……みたいな。重い錘と一緒に海の底に沈められてたみたいに体は重くて、足掻いても光なんて見えなくて、とっても息苦しかった」


 声をやっと出したような掠れた、弱々しい声だった。風が吹いてしまえば消えてしまいそうな声だった。見ると、皐月は膝を抱き、そこに顔をうずめていた。そのせいで、皐月は今、どんな表情をしているのか知ることができなかった。


 そんな皐月の姿を見て、俺はショックを受けていることに気がついた。

 別にこんな弱々しい皐月を見て、今までのイメージを壊されてショックを受けているんじゃない。

 俺は、こんなにも近くにいたのに、皐月の弱いところを見ることができなかったことにショックなんだ。いや、皐月の弱いところに気づけなかった自分にショックなんだ。


 幼馴染だとか言っておきながら、一番大事なところに気づいてあげられなかった。何だかそれが、妙に腹立たしかった。


 幼馴染ならそう言った場所を一番理解し合っていて、お互いに勇気をつけるような言葉をかけるのが普通だろ。なのに、気づいてあげられなかった。自分を嫌いになりそうだ。

 苛立ちが募る中、皐月は言った。


「ここにいる理由は正直自分でも分からない。たぶん、じぶんがここにいると安心するからかもしれないね。

 授業をサボってまで屋上に来ると、何だか何もかもがどうでもよく感じられる。

 完璧にこなさなきゃいけないっていう、変な使命感も覚えなくてすむ。まあ、ただの逃げなのかもしれないけどさ」


 はにかむように、仰向けになって皐月は言った。


“逃げ”確かに、皐月がやっていることは逃げなのかもしれない。けれど、それは他人が決めることじゃないように思う。皐月が歩む道は皐月が決める。ならば、皐月がやっていることに対していろいろ言うことはできないと俺は思う。


「けど、ここにはカズがいて、空があって、雲があって―――」


 俺、空、雲の順に指を指していく。


「そして、あたしがいる」


 最後に自分を指して皐月は笑った。


「ここはあたしがあたしでいられる場所。だから、いつもここにいる」


 錯覚かもしれないけどね。


 皐月はそう言って微苦笑した。


 そんなことねぇよ。


 そっと心の中で呟いた。

 青い空を飛行機雲が横切っていく。

 白い雲が穏やかに流れていく。

 鳥達は鳴きながら飛んでいく。

 遠くで車や人間のざわめきが聞こえる。


 けれど、どれもここにいるととても遠く感じて、日頃の現実がまるで夢のように感じる。


 それは俺自信も感じていたことだった。

 だから俺はここにいたのかもしれない。


 皐月がここにいるように、俺が俺であることを確信するために、俺はこの屋上に来ているのかもしれない。


 現実を生きることが辛くなって、どうしようもなくなったから逃げとしてここにいるのかもしれない。

 だからと言って、完全に現実から切り離されるわけがない。


 チャイムが鳴り響けば、夢は一気に現実味を帯びて、俺はまた口うるさいお袋がいる家に帰らなければいけない。皐月は部活をするために行かなくてはいけない。


 全てが現実から切り離されることはない。絶対にないのだ。


 だからこそ、この屋上にいるこの時だけ現実から遠のいて、自分が自分であることを確かめるのだ。そのくらいの“逃げ”はあってもいいのではないのか。俺はそう思う。


 そよそよと風が吹いてくる。そう言えば、もうすぐ午後の授業が終わる頃だ。ああ、またあのお袋のいる家に帰らなければならないのか。ふと、今日の朝言われたことを思い出した。


「あんた、頭はいいし、運動だってやればできるんだから、部活とかなにかやってみたらいいんじゃないかい?」


 珍しく同情味の帯びた言葉だった。今までだって聞いたことはあったが、何だか今更になって思い出すとちょっと気恥ずかしい気もする。


 お袋の言う通り、何か部活でもやってみようか。そうすれば、このくそつまらない日常も変わるのかもしれない。


 何となくそんな事を思いながら、俺と皐月はぼんやりと青い空を見上げていた。

                                                            【END】

ここまでありがとうございます。

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