#1 transmigration
ああ、最悪な人生だった。
今思えばもっとやりようはあった筈。
悔やんでも悔やみきれない。
最たる後悔は、努力を怠ったことだ。
武力、経済力、社会的地位の欠如。
最も優れている学力でさえ、追及の余地はいくらでもあった。
劣悪な家庭環境。
この弱点には幼少期から気づいていた。
だというのに、この愚物は言い訳だけを重ねて、リスクを回避するための行動を起こさず、惰性のままに人生を送ってきた。
それこそ、早期から家庭から独立するための収入源を確立し、父の暴力から身を守るための技術を習得し、次なる生活の拠り所となる集団を見つけていれば、死ぬことは回避できたのだ。
だが、俺には、対策を講じる覚悟も実行力もなかった。
輪廻転生という思想を信じている訳ではないが、次の人生では、必ずや自身を強固なものに鍛え上げてみせる。
この後悔は、忘れまい。
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気づけば暗闇の中に横たわっていた。
重力のお陰で、自身の姿勢をぼんやりと認識できている。
現状を把握できる要素に乏しく、五感から得られる情報は触覚のみだ。
もっとも、温度や重力、謎の反発など、かなり限定されているのだが。
体を動かしてみるが、泥の中にいるようにままならず、立つことさえ叶わない。
ある程度手足を伸ばすと、先程述べた謎の反発に阻まれるのだ。
ここが死語の世界なのか?
暗黒の寂しさを紛らわせようと、蹴りに対する反発を楽しみ、眠りについた。
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あれから何度、この暗黒世界で寝起きを繰り返したか。
僅かに聴覚を取り戻してきた頃に、異変が生じた。
謎の反発が生じる距離が縮んできたのだ。
お陰で、情報を足で探り易くなり、反発の正体が「弾力に富んだ壁」であることがわかった。
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あれからも変化は続いた。
聴覚が復活してからというものの、耳鳴りのような音を耳にするようになったのだが、最近になってその頻度が高まっている。
さらに、どこか苦悶に満ちた響きのものが現れるようになった。
異変はそれだけに留まらない。
周囲を覆っている壁が、自分を下へ下へと押しやるようになった。
お陰で最近はめっきり上下逆転生活だ。
頭に血が上る感覚が無いのが、せめてもの救いかな。
苦悶の耳鳴りの件も合わせて想像を巡らせると、地獄へ落とされている最中のように思えてくる。
閻魔の裁きを受けたりした訳ではないが、あれは伝承なのだから、実際の地獄行きとは異なるのは至極当然だろう。
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近頃、壁の運動が激しい。
耳鳴りが唸り声のように聞こえ、身震いする。
低く響く声に合わせて、俺の体が落とされていく。
畜生、地獄になんて落とされてたまるものか!
生きている間が辛かったんだから、死んだ後ぐらい良い思いをさせろよ!
抵抗すればするほど、唸り声は苦しみの色を増していく。
そして遂に、抵抗虚しく、壁から滑落してしまった。
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うわ、誰かが腹を掴んでやがる。
俺のことを引きずり下ろした獄卒か?
地獄のくせに、案外明るいな。
もっと暗いところだと思っていたけど。
明るい?
そう感じたってことは、どうやら視覚も戻っていたみたいだ。
壁の中が暗かったのか。
視界は光で満たされているし、地獄ではなく天国なのかもしれないな。
あれ?
突然胸が苦しい!
何故だ何故だ何故だ?
ここはやっぱり地獄なのか?
生きようとする意思が働いたのか、俺は意識することなく息を吸いこんだ。
肺が膨らんでいく感覚が、心地いい安心感とともに全身を巡った。
弛緩しそうになる思考を切り替え、再び始まった耳鳴りを無視しながら、現状理解に努める。
まさか、今まで呼吸していなかった、ということか?
次の瞬間、眼前に現れたものに驚愕するあまり、疑問が崩れ去る。
一言で形容するなら化け物!
水彩画で描かれた人物の顔に水滴を垂らして滲ませたような、奇怪な面相をしている。
これまた奇妙なことに、怯える心に反して、本能が「目の前にいるのは母親だ」と強く訴えているのだ。
見知らぬ母親......もしや、死に際に願った次の人生が始まったのではないか?
「uuu…….uma……let…yo」
果たして、この謎言語を発する謎の|人型生命体<ヒューマノイド>が母親なのだろうか。
当初に予想した通り、地獄の生物だと考える方が自然ではなかろうか。
いや、待て!
生まれ変わった先が地球ではない、と仮定すれば!
暫定母親を見るに、人外転生の可能性があるのだが、この際構うまい。
ラノベで読んだような心踊る冒険が俺を待っている!
ビバ、異世界転生!
初連載となります。
楽しんでいただけると幸いです。
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