*番外*新春アグドニグル【SOSUKE編】
皇帝陛下のおわす、アグドニグルの首都ローアン。絢爛たる朱金城のその一角にて。色鮮やかな屋外用の屏風があちこちに設置され、国中から招かれた貴人たちが集う。
アグドニグルでは十二の月で一年としている。
大寒冬の終わった一の月の始まりの日には街中の要所にて皇帝陛下の「新年の挨拶」が映像として映し出される。常日頃、陛下の御姿を見ることのない平民たちは「動いて喋っている陛下が観れる」ということで、ローアンで新年を迎えようと赴いた。
活気づく街の雰囲気は朱金城の内部にいても感じるもの。白梅の描かれた屏風の内側で、寒くないようにと毛皮で包まれ、火鉢を前にしながら、白梅宮の主人であるシュヘラザード姫は頭を抱えた。
「なんかこう、思っていたのと大分違うんですが……ッ!!!!!」
向かい側に立てられた、シェラ姫用にと用意された丸い鏡の中には、少し離れた会場の様子が映し出されている。
*
『さぁ、今年もやって参りました。脳筋たちの祭典!アグドニグル新年名物!その名もSOSUKE!絢爛たる朱金城の一角、皇帝陛下のおわす瑠璃皇宮を使った巨大運動遊具攻略戦!!』
スポットライトを受けて、舞台の上で朗々と声を張るのは長い髪に美しい容姿の青年。
毎度おなじみ、司会と実況は特級心療師スィヤヴシュである。
その隣には解説者として第二皇子ニスリーン殿下が静かに椅子に座っていらっしゃるが、「その貌だけで三国を滅ぼした」とされるニスリーン殿下。
公の場にて、皇帝陛下の隣だとその美貌が陛下の御威光により陰ってくれるので隠す必要がないらしいが、今は仮面で顔を隠している。
今年は兎の仮面のようだ。昨年は虎の仮面で、これは毎年皇帝陛下自らが選ばれているのだという。法則性は誰にもわからない。
『おじ……じゃなかった、第二皇子殿下。今年のSOSUKEは誰が攻略できるでしょうか!僕としては初参加のカイ・ラシュ殿下が活躍すると期待しています』
『そうだねぇ。厳しい予選を勝ち抜いた武人たちはともかく、推薦枠で強制参加させられる気の毒な文官たちには怪我なく生き残って欲しいと思っているよ。皆、年始早々、無茶はしないようにね』
『はいカメラ!映像ずらして!!第二皇子を映さない!!仮面越しだからって油断したら去年みたいに「微笑む声だけで失神した事件」が起きる!!映像切り替えて!!!!!』
軽く放送事故が起きそうになるが、それはそれ。毎年少なからず起きるものである。
素早く映像が参加者の待機場所に切り変わり、若々しい見習い心療師たちが選手紹介や今回の巨大アスレチックの説明を行う。
「はい、こちらアスレチック前の解説担当アマーリエ見習い医師です」
薄い桃色の髪の可憐な少女が寒さでやや頬を好調させながら微笑む。昨年は聖女から婚約者を略奪した女というスキャンダルもあったが、闇に葬られた聖女やその婚約者と違い、留学続行中のこの少女。競争率の高いSOSUKEリポーターの座を勝ち取って、華やかな晴れ着を身に着けている姿はまさに聖女のような美しさである。
「今年は開始地点から、SOSUKE名物五段跳びが設置されています。二年前から多くの選手を苦しめた、池の方向に傾いた板を交互に四つ飛び越えて進まなければならない難問が、開始早々あるわけですね……落ちれば即失格、そのうえ、下は冷たい氷のはった池です。あ、心臓麻痺が起きても、優秀な医療班がおりますので選手の皆さんは安心して落ちてくださいね」
にっこりと、愛らしくアマーリエが微笑めば、普段女性と接触のない武人たちがへらり、とだらしなく顔を歪ませた。
「そして、五段跳びを無事越えられた選手は、続いて水の都、職人たちの聖地ヴィネティアの方々がこのSOSUKEの為に一年かけて製作された巨大オルゴールの一部になって頂きます。具体的には左右二本のレールの上に丸太のような太いものがありますので、しがみついてゴロゴロと転がって頂きます。転がるとレールの上の凹凸に丸太の凹凸がかみ合って美しい音楽が流れるそうです。素晴らしい仕掛けですね」
音楽は昨年最も評価された音楽家がこのSOSUKEの為に書き下してくれた新曲だそうだ。
このあたりで客席のシェラ姫が「才能の使いどころがあらゆる方向で間違ってる!」と叫んだが、他国からいらっしゃったばかりの姫なので、きっと文化の違いだろうと誰も取り合わない。
*
なぜだ。
どうしてこうなった。
アグドニグルの誇る三賢者の一人、最も若く賢き者と皇帝陛下の覚えもめでたい賢者イブラヒムは今、寒空の下、周囲の注目を一身に浴びていた。
「え、えぇえぇええ……え、イブラヒムさん!?えぇえええ……なんで、えぇえええ……絶対即落ちるじゃないですか……!棄権した方がいいですよ!?怪我しますよ!?」
スタート地点には観客が集まっている。中でも王族は望めば最前列の観戦が可能で、レンツェの姫こと、シュヘラザード姫も、暖かい屏風の内からこちらへ席を移動させたらしい。
おそらく次に出場するヤシュバル殿下やカイ・ラシュ殿下の応援のためだろうが、前座というか、完全に当て馬、茶番のために「文官指定枠」で強制出場されたイブラヒムを見て驚いている。
「フン、余計なお世話ですよ」
イブラヒム。こういう性格なので敵も多い男である。それゆえ、ちょっとした嫌がらせでこの場に出されたのだという自覚があった。普段偉そうにしている賢者を笑いものにしたい者の思惑通りにいってなるものかという意地がイブラヒムにはある。
「角度は四十五度ッ!私の体重、飛び出すことが可能な速度、力学により計算される最適な高さ、すなわち……運動は筋肉だけで行うのではないと証明してやりますよ……ッ!!」
眼鏡をくいっとかけなおし、賢者イブラヒムは勢いよく飛び出した!!
華麗に!!
完璧な計算に基づく速度と高さ!!
タンッ!!
最初の板に足がついた!!
「(筋力で飛び跳ねる必要はない!必要なのは反動を上手く利用し反対の板に反対の足を上手くつける事!!その力を交互に伝動させれば、理論的には私の筋力でも通過できるッ!!)」
タンッ!!
『おぉっと!これは意外、あ、ごめん。うっかり本音出ちゃった。賢者イブラヒム!二枚目の板に反対の足がついた!!そして素早く、最初の足を三枚目の板に向ければ残るはあと一枚の筈だった!!!!だけれどやっぱりイブラヒム!イブラヒムなのか!!足が出ない!!出ないで……あ~~~!!落ちたーーー!!!やっぱり落ちたー!!!!!!!!わかっていたーーー!!』
「やかましい安全圏から吠えるなスィヤヴシュ!!!!!!がぼっ、がぼっ……!!」
『池の中に沈みながらイブラヒム!実況者への悪態は諦めない~~~~!!』
残念ながら、スタート地点から僅か一メートルで脱落となった賢者イブラヒム。
泳げないわけではないはずだが、着衣のためかボガボガと溺れ沈んでいく。
「わー!!イ、イブラヒムさーん!!なんで行けると思ったんですかー!!なんで行けると思ったんだこの賢者ー!!」
『あっ、客席のシェラ姫ー!?え、いいのに、放っておいてもそのうち浮かんでくるのに、賢者イブラヒムを助けに入ったー!池の端に座り込んで手を伸ばしているー!健気!ぐいっと掴んだ!溺れる賢者の服の端を掴んだー!!あっ、一緒に落ちたー!!そりゃそうだよね!!救護班ーーー!!』
国営放送アグドニグル通信、年始早々の放送事故その2である。
『さて気を取り直して、次の選手は……毎年SOSUKE楽々クリアで正直面白味の欠片もない、だけど必ずクリアしてくれる絶対の信頼!!僕らの第四皇子ヤシュバル殿下ー!』
うぉぉおおぉおお、パチパチパチー!と、どこからともなく盛大な拍手と雄々しい歓声が上がる。アグドニグルの軍人たちからのものだ。
『七つの頃からアグドニグルの軍籍に身を置き、アグドニグルへ絶対勝利を奉げ続けた第四皇子ヤシュバル殿下!氷の皇子!銀の灰との二ツ名はSOSUKEには関係ないけどね!!その抜群の運動神経、人間辞める一歩手前!!さぁ、今年は何秒でクリアとなるか!!注目するのはそのくらい、……って、あれ?』
スタート地点に身を置いたヤシュバル殿下。なぜかそこから走り出さない。
運動音痴の賢者殿ではあるまいし、五段跳び程度がかの人にとって難関であるはずもなく、誰もが華麗に淡々と進むだろうと思われた。のに、走り出す様子が皆無だ。
「……」
『あれー?ヤシュバル殿下、何か考える素振りを見せている……これは……池を見ている……解説のニスリーン殿下、これは一体……』
『うん。そうだねぇ。彼は……自分もこのまま池に落ちたら、シュヘラザード姫が心配して助けようとしてくれるのか、と考えているんじゃないかな』
『はっはは、伯父上、そんなばかな話……あったー!!!!!!!!ヤシュバル殿下、まさかの池に飛び込んだー!!!!!うっそだろお前、泳げないじゃん、馬鹿ー!!?』
『うんうん、放送事故だね。スィヤヴシュ。口が滑っているよ。カメラさん、ちょっと映像止めてくれるかな』
ブツンッ、と、途切れる映像。
そして変わりに流れるのはふわっふわな真っ白いポメラニアンがぽんぽん、と飛び跳ねている映像。
治めているのがあの皇帝陛下であるアグドニグルの鍛えられた国民は、こうしたアクシデントに慣れ切っているので「ちょっと今のうちにトイレにでも行くか」と席を立つ者、屋台で飲み物を買いに行く者など、手慣れたものである。




