5、嘘つき
「あー素敵!本当に楽しかったわぁ!ねぇ、こういうの毎日やりなさいよぉ!」
ぐったりとした私やカイ・ラシュとは対照的に大変お元気なご様子の女神メリッサ様。ダンスホールで踊り続けていたのを何とかカイ・ラシュの休憩室まで引っ張ってきた。
さすが女神様は疲れ知らずなのか、まだまだ踊り足りないらしい。けれど一先ずは私を元の姿に戻して頂いた。
「低い視界が今は落ち着く~」
「元々君の視界はそうだろう」
「まぁ、そうなんですけどね」
私は大人の姿から元の幼女の姿に戻ってほっと息をつく。前世の記憶の長さを考えれば、幼女の視界より先ほどの姿の視界の高さの方が落ち着きそうなものだったが、今ではもうすっかりこの幼女の体と意識に違和感がない。
カイ・ラシュは私の言葉に「また妙なことを言ってるな」と首を傾げつつ、ジュースをごくごく飲んでいるメリッサに視線をやった。
「これが、神……?」
「そうなんです。大神殿レグラディカの……」
「まぁ僕の所は、信仰してないから……いいか」
神聖ルドヴィカの敬虔な信者の方が見たら、崇めるべき女神様のこのお姿をどう思うのだろうか。まぁ、レグラディカの神官のおじいちゃんたちはそんなに気にしていなかったから大丈夫だろう。
「ところでシェラ……イブラヒム殿のことなんだが」
「あー……ど、どうしましょう」
「……僕が連れていったことになったから、僕の、というか、母上の侍女だと思われるんじゃないか」
「そうなりますよね」
春桃妃様になんとか口裏を合わせて頂けないだろうか。
私は考えながら、一緒に踊った際のイブラヒムさんのことを思い返していた。
ひ、人が……恋に落ちるとあんな顔になるんだー、と、誠にもって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
まぁ、もう大人の姿になることはないし、イブラヒムさんもパーティーでちょっと一緒に踊っただけの女の存在など、時間が経てば忘れてくれるだろう。
「それにしても……大人の姿か。自分の未来の姿、というのは、想像できないな」
「カイ・ラシュも興味あります?」
「あぁ。おい、ルドヴィカの女神、僕にもシェラにかけた魔法を使ってくれないか」
「へ? いやぁよ、なんでこの女神たるあたしが信徒でもない、それもアグドニグルの王族の言う事を聞かないといけないのよぉ」
女神の奇跡はそんなに気軽じゃないのよ、と、メリッサにしてはまともなことを言う。
「それに大人の姿の自分、なんて知らない方がいいわよ。その姿に影響される愚か者の方が多いし、あくまで可能性の一つってだけだもの」
「シェラには使ったじゃないか」
「それはいいのよ。シェラは自分がどんな姿になろうがなんだろうが、気にしないし」
「いや、気にしますが??」
さすがに自分が将来とってもふくよかになると今からわかっていたら食生活をかなり気にするようになると思いますが。ただたんに私をパーティーに連れ出すために使っただけだろうに正当化しようとしているのでは。
私が突っ込むと、メリッサは笑った。「そういうんじゃないわ」と短く言って、長椅子で寛ぐ。
「シェラ、そろそろおばあさまがご到着される時間だ。……僕と一緒で、いいだろうか?」
「もちろん」
「……僕が、シェラに対してしたことは宮中の誰もが知ってる。だから、こうして僕がシェラと一緒にいる姿を公式の場で明らかにすることは……僕のためなんだ」
それは私も理解してる。
けれど今更言うべきことでもないんじゃないだろうか。
「……」
「僕は、」
私が黙っていると、カイ・ラシュは顔を顰めた。
「……シェラとは違う。僕にとって都合がいいから、シェラと一緒にいるんだ」
「それは……別に、良いんじゃないですか?」
何を悩んでいるのかと思えば、そんなことか。
私は首を傾げた。
誰だってそうだろう。
「私だって、今、カイ・ラシュが一緒の方が都合がいいから一緒にいるんですけど? 私一人で会場には来れませんでしたし、かといってイブラヒムさんかスィヤヴシュさんのどちらかだったわけですが……今考えると、カイ・ラシュじゃないとこの女神様騒動に対処できなかったと思いますし……同年代の友達がいてくれた方が、アグドニグルで過ごすのに都合もいいです」
「シェラと僕じゃ意味が違う」
「難しく考えすぎです」
私はぐいっと、カイ・ラシュの眉間によった皺を指で伸ばした。まだこんなに小さい内から悩んであれこれと複雑にしてしまってはカイ・ラシュの心が持たないと思う。
この辺のメンタルケアを、ジャフ・ジャハン殿下はされなさそうだし……春桃妃様もご懐妊ということではご自身の事で手一杯だろう。
王族の教育とか大丈夫なのか。まぁ、私が心配する必要……カイ・ラシュは友達だから、心配だなぁ。
「……シェラ」
「はい?」
ぎゅっと、カイ・ラシュが私の両手を握った。
「僕は、シェラにとって一番便利な男になれるように、なりたい」
「……何がどうしてそうなるんです?」
「今のままじゃ、僕が一方的に、シェラを利用してるだけだと思うんだ」
いや、そんなことないと思いますが……。
「だから、僕がシェラにとって一番、一緒にいて都合がいい男になったら……僕は、シェラと対等なんだ」
「う、うーん?」
それって、つまり一緒にいたいってことで……納得できる理由がカイ・ラシュは欲しいってことじゃないだろうか……。
……イブラヒムさんといい、なんだろう、今日は……モテ期?
私は握られた手を見つめ、うーん、と悩む。
「あの、私はですね、」
「わかってる。シェラは……ヤシュバル叔父上と結婚するって」
いや、それはそうなんだけれど、それよりも私は言いたい事があるのだが、カイ・ラシュは私が何か言おうとするのを止める。
「さぁ、行こう。おばあさまより遅れて入っては悪目立ちしてしまう」
*
大広間の高い天井から吊るされるシャンデリアは皇帝陛下御自慢の一品だそうだ。
なんでも水の都ヴィネティアという所はガラス細工が盛んで、彼ら独自の技術は門外不出。何百年も独占されている技術だとか。軍事力はほぼない、自警団に少し毛が生えた程度の武力しかないヴィネティアは、当然だが技術や利益を欲する周囲の国に攻められた。ヴィネティアを囲む四国が「どの国があの技術を手に入れられるか、競争ですな」と奪い合う中、包囲網を命がけで脱出した職人はアグドニグルの保護を求めた。
『皇帝陛下にこの世で最も美しく巨大なシャンデリアを献上致します』
身一つでのたまう職人。
その為には、ヴィネティアの都の工房が必要です、とそう進言し、皇帝陛下はそれを聞き入れられた。
ヴィネティアを救うためにあっという間に四国が征服され、ヴィネティアをつまみ食いするはずだった四国は大陸の覇者に呑み込まれたそうだ。
「国の大小関係なく、乞われれば救う、のではなく、対等であろうとする姿勢を陛下は評価されたのだろう」
今もヴィネティアは属国ではなく、同盟都市。
説明するカイ・ラシュの声は平時通りのものだけれど、繋いだ手は少し震えていた。
大広間へ、再度進み出るカイ・ラシュ。第一皇子殿下の長子として堂々とした姿。だけれど、改めて、こんなに年端もいかない子どもが親の名代でこんな場に一人で出て行かなければならないのは、どうなんだろうか。
思えばお付きの人もいない。一緒にいるのは私だけだが、白い髪に砂色の肌の少女。
「あれが……噂の、レンツェの姫」
「……鞭打たれたと聞いたが、もう体の方はいいのか」
「なぜカイ・ラシュ殿下と?」
こっそりと噂の声。
私の耳に聞こえるくらいなのだから、獣の耳を持つカイ・ラシュにだって聞こえているだろう。
「まぁ、なんて貧相な」
「あれで王族だなんて」
と、嘲笑する声さえある。
「……」
カイ・ラシュの眉間にまた皺が寄った。私はぎゅっと、繋いだ手を握る。ちらりとカイ・ラシュが私の方を見たので、私は微笑み返した。
少しして、皇帝陛下のご到着を知らせる使者の声があり、中央階段の踊り場に颯爽と現れる背の高い、赤い髪の女性。
「えっ、陛下……えっ、こういう場でも軍服なんですか……!?」
ご登場されたのはレンツェで見た時と変わらない軍服に、少し派手な毛皮の外套を肩にかけただけというクシャナ皇帝陛下。
ヒラヒラしたドレスを着るイメージこそなかったが、さすがに驚いてこそっとカイ・ラシュに聞くと、立場上はお孫様であるカイ・ラシュは真顔で頷いた。
「……やはり、そう思うか? 他国のシェラの基準で考えて……あれはやはり、ちょっと変だよな……? 僕らも常々、おばあさまには式典用の礼装をとか、お願いしてるんだが……おばあさまは『私は軍服が一番似合うからこれでいい』と……」
「陛下ぁ……」
確かに軍服は大変お似合いでいらっしゃいますもんね……。
頷いてしまいそうになる、が、まぁ……陛下がいいなら、いい、のか?
私が驚いていると、皇帝陛下に続き未婚の皇子殿下たちが登場される。
「あ、ヤシュバルさま」
現在未婚の皇子殿下は第四皇子殿下であるヤシュバルさま。それに第二皇子殿下、第六皇子殿下の三名。
第二皇子殿下は医術に明るい方だと聞いた記憶がある。
金色の髪に輝くような笑顔を浮かべた大変美しい男性だ。
第六皇子殿下は、まだ十代だろうか。私の位置からもわかるそばかすの散った顔に、海藻のような……ぐちゃぐちゃとした黒い髪。神経質そうに爪を噛んで俯いていらっしゃるが、ヤシュバルさまに注意されて顔を上げ、また俯かれた。
皇帝陛下はまず、レンツェとの戦いによる戦死者へ黙とうを奉げた。陛下の言葉に会場の誰もが沈黙する。
論功行賞については既に別の場で行われていて、ここでは勝利を祝う言葉や民への労いの言葉が陛下から下された。
「全ての民が知る様に、余は我が国を、そして余を侮る小国を滅した。かの国の狂気は針の先程も我が国を害することは出来ず、また、余の身もこのように万全である。かの国、大罪を犯したレンツェの者たちについて、余は考えた。かの愚かな国にはヴィネティアのような技術もなく、また価値もない。あるとすれば、純粋な労働力のみである」
……きた。
皇帝陛下はレンツェの王族を処刑したこと、国民は全て奴隷とする用意があることを語られる。
参加する有権者たちは、皆が口々に「当然だ」「そうすべきだろう」「レンツェの国民は百年、自分たちの行いを悔いるべきだ」と陛下の言葉に賛同した。既に噂でレンツェの奴隷化の話は流れていて、どのように使用するかと早くも考えている人たちさえいるようだった。
「が、レンツェの王族。王宮にて虐げられた異形の姫を、我が息子ヤシュバルが救い出した」
レンツェに滅ぼされた少数民族の族長の娘が、王に献上され子を産み殺された。子供は周囲に虐待されながらも生き延びて、偶然第四皇子に助け出されたと、そういう話。
私の母親がどこぞのやんごとなき方、というのはもちろん作り話だが、奴隷、娼婦の子よりこちらのほうが「いい」のだろう。
「その姫は余に取引を持ちかけた。国民全員の奴隷化を防ぐために、このアグドニグルの皇帝にものを申したのだ」
私は無言で階段の真下に進み出て、頭を下げる。
「あれが……」
「レンツェの姫?」
「まだ子供じゃないか」
「あんなに小さい子供が……」
カイ・ラシュは隣にいられない。私は一人で、会場のいろんな視線を浴びて、皇帝陛下の前に跪く。
大勢の前で、一人だけ小さく這い蹲る。
憎悪。敵意。嫌悪。異物を見る目。好奇。値踏み。侮蔑。
改めてこの場で、私はアグドニグルの皇帝陛下に毒を盛った、敵国レンツェの生き残り。アグドニグルの誰もが憎んで嫌って恨んで罵倒して「いい」存在なのだという、扱い。そういう目を向けられる。
……恐いなぁ。
緊張、とか、そういうのとはまた違う。
体の内側がざらついて、口から内臓がドロドロと溶けて出てきてしまいそうな不安感が押し寄せてくる。
「シュヘラ」
立ち上がって、レンツェの話をしなければならないのはわかっている。けれど、膝に力が入らない。
いつの間にか私の前にヤシュバルさまが降りて来ていた。
「皇帝陛下への上奏は君自身で行わなければならない」
震える幼女にかけられるにしては、ヤシュバルさまの御声はとても冷たくて氷のようですね。
お立場上当然のことだけれど、私はなんだが笑い出してしまいそうになった。
「偉大なる皇帝陛下」
私は顔を伏せたまま、ゆっくりと息を吐いて言葉を発した。
最初に、レンツェが行った非道に対して、王族として可能な限りの謝罪を。
レンツェの「公式の場での謝罪」は、もう私にしか出来ない事だ。
私はどういう意図でレンツェの王族たちが皇帝陛下に毒を盛ったのか、アグドニグルに敵意を現したのかは全くわからない。けれど、私の体の半分はレンツェの王族の血が流れていて、形だけだと思われても、公式の場で「レンツェの王族がアグドニグルの皇帝に謝罪した」ことは重要なのだ。
次に私はレンツェの王族として、レンツェの国土全てがアグドニグルの支配下に置かれることを承諾した。
これは、現在レンツェで抵抗が行われていても、仮に第二王子の兄が生きていても、アグドニグルは大義を以てそれを鎮圧できるし、他国がこれに乗じてレンツェを侵略してきたら、アグドニグルが「ここ、うちの領土なんだけど」とそれを追い返すことができる。
ここまで私が、レンツェの王族が「アグドニグルに服従」する姿勢を見せたことで周囲の貴族たちは「当然でしょう」と、レンツェへの敵意を僅かに薄めた。
「……そして、皇帝陛下に続けてお願い申し上げます」
「ほう、なんだ?」
「レンツェを、どうかお許しください」
ざわり、と、穏便に何もかも、これでレンツェ攻略が終わったと思われた周囲がざわつく。
この姫は、小娘は、幼女は何を言っているのだと、そういう視線。
「黙れ」
と、鋭く言ったのは皇帝陛下。けれど私に向けての言葉、ではなくて、ざわめく周囲に対してのもの。びくり、と会場に緊張が走った。
「千夜千食の料理を献上すると、そなたを捕らえた際に、かように申しておったが、あれはまだ、本気であったか」
「はい」
「他には?」
……何が?
思わず聞き返しそうになった。
え、何?
何の話?
私はてっきり、ここで、陛下が千夜千食の話を出してくれて、そこでヤシュバルさまとの婚約、レンツェの王族である私を女王に即位させて、実際の支配はアグドニグルの王族であるヤシュバルさまが、と、それで周囲を納得させるのだろうと、そういうお決まりのお芝居をしてくれるのだろうと思っていたのだけれど……何?
「……」
「それだけで、何の得があると?」
「……それは、」
「そなたの料理。ピザ、と申したか。あまり、手に取られているようには見えぬが……つまらぬものを千日出され、付き合う気はない」
皇帝陛下がちらり、と視線をやった先に注意が集まる。
私が、レンツェの王族が皇帝陛下に千日料理を献上する。その話と、そして視線の先にある見慣れない料理。近くを通った者は「あれなんだったんだろう」と記憶にはあったようで、そして「あぁ」と納得する。
私は恐る恐る顔を上げた。視線の合う、皇帝陛下はニヤニヤとしている。
……陛下が楽しそうで何よりですね????
「……楽しんで頂けると確信しております」
「ほう。なぜ、そなたのような他国の者が、余の心をおしはかれるのか?」
「恐れ乍らわたくしは、凡俗の身でございますゆえに、平凡な者の心はわかります。このアグドニグルにおいて、いいえ、それ以外の国の、平凡な人々にとっても、どんなものに「興味」を持ってしまうのか、わかります」
「大きく出たな? 誰もが興味を持つもの、だと?」
はい、と私は頷いた。
この話は、もっと後にしようと、まだ準備が全く整っていないので先延ばしにしていたのだけれど、この場合仕方ない。
「誰もが関心を持たずにいられないこと、それは、偉大なる皇帝陛下のことでございます」
一応、この国に現在あるのは新聞。
国が管理している新聞社と、民間企業。ある程度の規制はもちろん入るし、ゴシップ誌のようなものもある。
紫陽花宮に入ってくるのは国が管理している新聞だけだけれど、鑑みるにアグドニグルの平民は文字が読める人間が多い、ということだ。
「それはまぁ、当然だな?」
ご自分の人気に関して疑いを持たないご様子の皇帝陛下。さすがです。
「で、なんだ?」
「つまり、これから千日、わたくしが陛下に献上する料理、そしてそれを召し上がられる皇帝陛下のご様子を……翌朝、定時に配布するのです」
「……ほう」
「は?」
「はぁああ!?」
感心したご様子なのは陛下だけで、あとは……あ、いたんだ、イブラヒムさん。
皇子殿下たちに埋もれて気付かなかったけれど、ちゃんと少し離れた場所にいらっしゃった。
私の言葉に待ったをかける、イブラヒムさん筆頭、外野。
「余が聞いておるのだ。黙れ」
しっし、と、陛下は手で払われ、外野の口出しを止める。
「興味本位の噂話や不確定な憶測を好き勝手に描いた記事ではありません。かといって、畏まった公式の広報とも違います。誰もが気軽に、皇帝陛下の日常に触れられるような、そんな記事は、敗国レンツェの王族が千日どんな料理を献上して、それを陛下がお気に召されるか、どうかで、書くことが出来ると考えています」
ようは、有名人のインスタ、あるいはツイッターのようなものだ。
気軽な様子がちらりと垣間見える。
自分の生活圏ではないけれど、それでも関心を持ってしまう存在は王族やセレブ、芸能人。
「そして、陛下の召し上がられた料理を提供する、飲食店をどうかローアンで開かせてください。民衆は、皇帝陛下の最も愛される色である赤を、陛下が我らに譲られた色とこよなく愛しておられます。親愛なる皇帝陛下の日々のご様子の一部を、ローアンの皆々様にお伝えできること、陛下が召し上がられたお料理がローアンで受け入れられるようになりますことは、私の、レンツェの喜びでございます」
一気に提案してしまった感はある。
ついでに、レストランも開きたい、ということだ。
陛下に献上した料理を少し期間をずらして提供する。
……コラボカフェということですね!カフェじゃないけど!
アグドニグルの国民にとって、クシャナ陛下は「最推し」であると言える。スィヤヴシュさんや兵士さんたちの「陛下サイコー!」という言動からも伺える。アグドニグル民は息を吸うように陛下を推す生き物なのだ。
つまり、陛下とレンツェ(わたし)のコラボ!
クシャナ皇帝陛下ほど、良い客寄せパンダに為れる存在はないと思う!
これでどうかな!?
「ふ、ふざけるな……!そのような、陛下の私生活を……!あまりに不遜、不敬極まりない……!」
と、ここで待ったがかかった。
イブラヒムさん、ではない。イブラヒムさんは何か考えるように口元に手をあてている。
なら外野ですね。
私は皇帝陛下の反応を待った。
陛下は沈黙し、とんとん、とこめかみを指で叩かれながら、首を傾ける。さらりと長い髪が揺れて、一度目を閉じられる。
「余は、中々に良い案と考えたが。賢者イブラヒムよ、その方、どう考えた」
「はっ」
こういう時にご意見を求められるのがイブラヒムさんのお仕事だ。
進み出て、イブラヒムさんは一度ちらりと私の方を見る。
「……良い手である、かと」
「賢者様!?賢者様まで……何を!」
外野煩いな。
私は外野扱いしているモブ……と思ったが、うん? 位置的に……もしかして王族だったりするんだろうか?
子どもや女性に囲まれている、なんかキンキン喚いている青年……もしかして、第三皇子殿下だったりしないか?まっさかー。
騒ぐ外野モブをイブラヒムさんはスルーして言葉を続ける。
「わが国では皇帝陛下の代より識字率の向上をはかっております。そして芸術部門、とりわけ絵画の後進育成にも力を入れているので……アグドニグルの芸術文化の発展に……これは利用できる良い手かと」
何を食べたか。どんなものか。どんな色、味、様子かを知らせる内容はそれほど難しい文章にはならない。そして挿絵を様々な絵師に担当させ、多くの人が目にする機会を与える事が出来る。
誰もが関心のある皇帝陛下をネタに、文字を学び、絵の才能のあるものを育成する事が出来る。
さらには料理という、誰にでも身近なテーマは興味を引きやすくそして「作ってみたい」と思われれば、その食材が売れる。
と、簡単にさらりとここまで説明してくれるイブラヒムさん。
さすがイブラヒムさんですね!
私の提案から、いくつも利用価値を見出してくれる……!
私のことがそんなに好きじゃなくても、利用できればきちんとその情報を扱う姿勢。いいね!
……まぁ、うっすらと……イブラヒムさんが、なんか……私の頭の、お花の飾りを見て……どういうことか、問い詰めたいような目をしている件は、あとで考えるとして。
「で、あるか」
イブラヒムさんの援護により、私の提案は穏便に受け入れられることとなった。
そしてあとは、皇帝陛下より私と第四皇子殿下の婚約について発表される。
「千夜千食の料理の後、レンツェ国は我が国の同盟国として扱う。これなる姫を女王とし、我が第四皇子をその王配とする」
実質、アグドニグルの支配はそのままというのは誰が聞いても明らか。
けれどイブラヒムさんの援護で私は一定の「利用価値あり」と、アグドニグルに理解してもらうことが出来るようになり、そして「なるほどこれは、第四皇子に国を持たせるための一芝居か」とそのように解釈する人もいた。
とりあえず、これでなんとか、いち段落。
私はやっと、自分がすべきことがちゃんと出来る舞台が整えられたのだと、ほっと息をついた。
「なぜ、なぜなのよ……ッ! どうして! そんな女を……!」
ヤシュバルさまに話しかけようと顔を上げた私の耳に、聞き覚えのある女性の、悲鳴のような声が届いた。
「え?」
「……なんだ?」
「……今の声」
「何事だ?」
この慶事に、不釣り合いな叫び声。
皇帝陛下も不快げに眉をひそめ、階段から降りてくる。
「へ、陛下……それが…どうも、聖女様が……ボジェット殿と、そのお連れの女性に……ぼ、暴行を……」
慌てて陛下に駆け寄ってくるのは、騒ぎを知らせにきたらしい兵士さん。
ボジェット……誰だっけ?
「バルシャが、婚約者に?」
ヤシュバルさまが首を傾げる。あ、そうでしたそうでした。クルト・ボジェット。バルシャお姉さんの婚約者さんでした。
私はヤシュバルさまと一緒にその騒ぎの方へ向かうと、会場へ続く入り口の階段、その上にバルシャお姉さんが、興奮した様子で目を真っ赤にさせ泣きながら、兵士さんたちに押さえつけられている。
その階段の下には、今まさに突き落とされましたと明らかにわかる……薄い桃色の髪のとても可愛らしい女性が弱々しく倒れ、クルト・ボジェットに支えられていた。
「……あれは、ボジェットと同郷の娘だな。名は確か、アマーリエ、だったか」
「ヤシュバルさま、ご存知なんですか?」
お珍しいこともあるものだ。
貴族や兵士でなさそうな女性をヤシュバルさま覚えていらっしゃるとは。紫陽花宮の女官、というわけでもないのに。
もしかして、あぁいうか弱いタイプの女性が好みなんだろうか……?
「兵士たちの間で話題になっているからな、心優しい女性だと思慕する者も多い」
「へぇ~」
なんでもクルト・ボジェットがバルシャおねえさんの婚約者に決まり、祖国を離れローアンにやってきた時に、同じくしてローアンにやってきた同郷者。医学留学生で王宮の医局で学びながら簡単なお仕事もされていらっしゃるらしい。
「なにがあった?」
「で、殿下……はっ、そ、それが……その……ボジェット氏が、アマーリエさんを伴って会場にいらっしゃいまして……それを聞きつけた聖女様が……その、アマーリエさんを、階段から……」
突き落としたのだと言う。
大勢がそれを目撃していて、いかに聖女といえど言い逃れが出来る状況ではない。
「……バルシャおねえさん……」
「なぜそんなことを……」
「なぜって、ヤシュバルさま、そんなの……」
見ればわかるじゃないですか??
不思議そうにするヤシュバルさまに、私は「正気か」と聞きたくなった。
「もう、もう、うんざりだ……!」
聖女様が、まさかの暴力行為、いや、殺人未遂になるのだろうか。周囲の動揺も激しかった。しかし、未だ興奮している聖女様にどう行動していいか誰もがわからずにいると、クルト・ボジェットが何か、突然叫び出す。
「いつもいつもいつも……どうして、どうして君はそうなんだ!バルシャ!俺に近付く女性を、どうしていつも、攻撃するんだ!!」
「クルト……!どうして!?だって、貴方は、私の婚約者なのよ!?なのにどうして、他の女と一緒にいるの!?」
「君は聖女で、僕は同行できないだろ!それなら、こうしてパーティーに憧れる女性を俺の同伴者として、参加させてあげるくらいいいじゃないか!!アマーリエはこういう場に来たことがないんだ!聖女だなんだとチヤホヤされる君と違って、彼女はいつもこういう場を見上げていることしかできなかったんだ!!」
「ただの同行者!?親しげに体を密着させて!?愛を囁くような距離で!?嘘をつかないでよクルト!その女……その女が、あなたを、私から奪ったのね!?」
その女、と指差されたアマーリエさんは可愛らしい顔を悲し気に歪めて、ぽろぽろと大粒の涙を流している。
「ごめんなさい、ごめんなさい……バルシャさん……あたし、そんなつもりじゃ……クルトにお願いしたのはあたしなんです……クルトは悪くないんです……」
めそめそと泣かれる様子は、見る者の心を締め付けるくらいに健気で気の毒だった。周りの人たちは感じ入ったように同情的な目を向ける。
見上げるとヤシュバルさまも同情するような眼差しを向けて……おや、いらっしゃらない??
「……ヤシュバルさま?」
「うん?」
「いえ、なんか、あのお姉さん……可哀想ですね?」
「皇帝陛下のこの祝賀会に、なぜ招待されていない者が参加しようとしたのか……バルシャが突き飛ばさずとも、見咎められれば腕を切る、くらいの処罰が下っただろう」
「え」
「あ、いや。そうだね。気の毒な女性だ」
真顔で恐ろしいことをおっしゃったヤシュバルさまだったが、私が顔を引き攣らせると取り繕うように微笑まれる。
……そういえばこの人、アグドニグルのためにレンツェの国一個まるまる凍結させようとしたんだったっけか。
私に甘い顔ばかり見慣れた所為か忘れそうだったが、侵略国家アグドニグルの王族、才ありと養子に迎えられた第四皇子殿下である。
……もしかしてヤシュバルさまのお優しさって私にしか向けられてないんじゃないかと心配になってくる。
「第四皇子殿下にお願い申し上げます!! どうか、殿下の御名で、この女との……聖女とは名ばかりの、この性根の卑しい女との、私の婚約を、どうか破棄・解消してください!!」
さてどうしようかとヤシュバルさまが黙って考えられていると、クルト・ボジェットが私たちの方に気付いて叫ぶ。
「クルト!?」
「もう俺は限界なんだ!君の所為で、国から離されてこんな遠くまで連れて来られた……!聖女の安寧!?お前のような女は周囲がどれほどものを与えたって、大事にしたって、足りない足りないと騒いで求めて喚くみっともない女だ!付き合い切れない!どうして俺がお前のような女のために一生を犠牲にしないといけないんだ!」
どうか、王族の名と力で聖女との婚約を破棄させてくださいと、クルト・ボジェットが必死に頭を下げる。
ボジェットは自分がいかに、バルシャおねえさんの所為で人生を、将来を、家族を友を、故郷を諦めなけれなばらなかったか語った。
聖女の伴侶に選ばれるということはこういうことだと覚悟はしていたが、それにしても聖女の性格が悪すぎた。何をしても満足しない。愛を欲しがる求める、足りないと周囲から奪おうとすると、そういう女と一緒にいるのは疲れたと、叫ぶ。
「そりゃ……そうなるよな」
「男だって、我慢の限界ってものがあるだろ」
クルト・ボジェットの訴えを聞いた周囲は、やはり同情的だった。
神殿の奥にいる聖女がどんな性格か、彼らはよく知らない。だけれどクルト・ボジェットのことは知っていて、アマーリエさんのことも知っている。だから、二人がこんな可哀想な目にあっているのだから、聖女バルシャは、やはり心根のよろしくない女なのだろうな、とそういう印象。
「……ヤシュバルさま」
どう判断されるのかと、私が不安になって見上げると、ヤシュバルさまは周囲の反応を見て首を傾げられた。
「……三人処刑するのはまずいのだろうか?」
まずいと思いますね。
私はとりあえず、待ったをかけた。
私はFGOというソシャゲを愛しているのですが、今回推しを引くためにファイブジャパニーズ万エンが消費され血反吐を吐きそうでした。
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