2、不思議なメ○モ、あるいはファンシー○ラ
「……カイ・ラシュが一緒で、本当によかったです」
「な、なんだ……突然」
宮一つを丸々使っての大宴会。
正面の大門から花や提灯、飾りの数々が華やかにこの夜を作る。開催時刻は日暮れからというのに、真昼のように明るいのは魔法の灯りが惜しげもなく屋外にも使われているからだった。
着飾った身分の高い、老若男女様々な種族、人種、性別の人たちが次々にやってくるのを私は用意された休憩室の窓から眺めた。
さすが第一皇子殿下の名代としてきたカイ・ラシュのための休憩室は豪華で居心地がいい。二階部分にあり、部屋子までついている。
「……疲れたのか?」
「いえ、そうではなくてですね……」
皇帝陛下がいらっしゃるまでまだ時間もある。レンツェの王女である私がうろちょろして心無い言葉を浴びせられないようにと配慮してくれたのか、会場に着くなりカイ・ラシュはこの休憩室に私を案内してくれた。いつでもここで休める、という説明のすぐ後に私が長椅子にぐったりとしたので、カイ・ラシュは気遣ってくれる。
「こういう場に、全く慣れていないといいますか、どう振る舞えばいいのか……カイ・ラシュはさすがです。全然、違和感もないし、堂々としてるし……」
前世で、突然都内の高級レストランに連れていかれた時の記憶を思い出す。
まだ学生だった子供が、どんなに恰好をマシに繕われたってテーブルマナーも、そういう場でどんな振る舞いをすればいいのかわからず居心地が悪かった。
飲み物一つにしても、今飲んで良いのか、全部飲んだら駄目なのかとか、そういう事を考えてしまって、何もわからない自分が恥ずかしくて情けなかった。
のが、リメンバー。
「はぁ~……」
この休憩室までカイ・ラシュに伴われて歩いて来たのだけれど、私の同伴者は完璧だった。私の歩く速度に合わせて、周囲の視線にさりげなく答え、必要があれば応える。けれど、第一皇子の長子という身分は、誰かれ構わず近づけれるものではなくて、そういう「こちらが声をかける者を選ぶ側」というのをごく当然と受け入れて実行している顔だった。
……我がまま放題で、てっきり根性のない甘ったれ、だと思っていたカイ・ラシュだったのに、横目で見る同じ歳の少年は、ちゃんと高貴な生まれとお育ちのお方だったのだ。
綺麗な恰好をさせて貰った美少女ではあるが、その中身はどうしたって無教養な幼女。レンツェの王女のエレンディラにあるのはその半分流れる王家の血と縋りつく王族の誇りだけで、紫陽花宮のシュヘラザードにあるのは、ヤシュバル様から頂く庇護だけだ。
「シェラは国でも王族としての教育は受けていなかったんだろ?なら、こういう場は、これから慣れて行けばいいじゃないか?」
「慣れますかねぇ~……カイ・ラシュはどれくらいで慣れました?」
「僕は生まれた時からずっとここで育ってるんだぞ。慣れる慣れないの問題じゃない」
「そうでした~」
はぁー、と私はまたため息をつく。
「僕は少し出てくるが、一人で大丈夫か?」
あいさつ回り、という下っ端的な事ではないだろうが、カイ・ラシュはジャフ・ジャハン殿下の代理なのだ。お仕事をしなければならない。私が「大丈夫ですよ」と請け負うと、胡散臭そうな顔をされた「……絶対に、大人しく、ここで待っているんだぞ?」と念を押される。
いや、出て行きませんよ……。
私はすっかり気後れしていたのだ。
豪華絢爛な、アグドニグルの王族主催のパーティー。
上流階級、それこそ国の中心人物たちが揃う場に出席できるのは、セレブ中のセレブ、ということだ。そういう人たちの中に、自分が入って行こうという気にはなれない。
まぁ、私のピザが好評かどうかは、ちょっと気になるけど……。
カイ・ラシュを見送り、私は再び参加者の観察をすることにした。高所から眺めると、このセレブだらけの中でも誰が「格上」で「格下」か、そういうのがわかる。
羽振りのよさそうな商人や、女性たちの尊敬の眼差しを受けているご婦人。見るからに歴戦の勇士というような老武将。それらを囲む、モブ。
華やかな世界だ。戦争があって、一国が滅んだとはとても思えない。いや、勝った国なのだからこの賑やかさも当然か。それに滅んだのは皇帝陛下を害したレンツェである。誰もが勝利とレンツェの滅亡を喜ぶのは、当り前のことだった。
「……あ、バルシャお姉さん」
眺めていて、おや、と私は顔を上げた。
真っ白い衣裳に身を包んだ、いかにも聖職者です!という軍団が入ってきた。レグラディカの大神殿のおじいちゃんたちと、それに聖女であるバルシャおねえさん。皇帝陛下の勝利をお祝いするパーティーなのだから、聖女様がいらっしゃる、ということもあるのだろう。私に気付いてヒラヒラ、と手を振ってくれるバルシャおねえさんに、私も手を振り返そうとして、顔を引き攣らせた。
「メ、メリッサー!!?」
バルシャおねえさんの一歩後ろに控えているのは……小柄な、お世話係の神官見習い、とかそういうのではなかった。
私と目が合うとニンマリ、と笑う、大神殿レグラディカの神である女神メリッサは口をパクパクさせて私に告げて来た。
『来ちゃった♡』と。
*
「おーほっほほほ!来てあげたわよ!この女神たるあたしが!態々!」
「えぇええ……なんでいるんです?なんで来たんですー?ここアグドニグルの本拠地ですよ?信仰心なんて得られませんよー?」
「不敬!ちょっとは喜びなさいよ!友達でしょ!」
バルシャおねえさんたちを放置し、とっとと私のいる休憩室まで入ってきたメリッサは私の向かいの長椅子に腰かけて不満そうに口を尖らせた。
「あんた、この前死にかけたっていうのに、全然神殿に来ないし?別に、心配だったわけじゃないけど?でも、折角治したのに死なれたら困るから?会いに来てやったのよ」
「それは、どうも……ありがとうございます」
「なのにあんたったら!その顔色!お化粧でごまかしてるけど、ちゃんと食事してる?睡眠はとれてるの?!神の目はごまかせないわよ!あんたの精神、ボロボロじゃない!」
「まぁ、一回全部バラバラに、更地にした方が新しく建てやすいってこともありますよ」
「何の話!?人間の話をしてるのよ!?あたし!!」
私の周りのひとたちは皆、私を大切にしてくれてるなぁ、と微笑ましい気持ちになりつつ、私はメリッサに手を伸ばして頭を撫でた。
「心配してくれて、ありがとうございますメリッサ」
「ベ、別に……心配してるわけじゃないって言ってるでしょ!不敬!神の言葉を疑うなんて不敬!」
「そうですね、でも、ありがとうございます」
何度もお礼を言うと、フン、とメリッサが鼻を鳴らした。照れてしまった彼女はこれで、もう私のことをあれこれ言ってこないだろうと私は頷く。
「折角ですから、メリッサ。表に出てパーティーを楽しんで来たらどうです?」
「はぁ?この女神たるあたしが俗物どもに交ざって?」
「美味しい料理が沢山出てるって話ですよ。私も料理を提供しました。ピザっていうんですけど、とっても美味しいですよ」
「ふ、ふーん……はっ、駄目よ!あたしは今日……あんたの側を離れないって、決めてるんだから」
「私の?なんで?」
心配だから、というだけの理由ではないような口ぶりだ。そう、なんだか、私の身に何か起きると予感していて、そのために側にいると、決意しているような。
「別に、いいじゃない!あたしの勝手でしょ!」
「うーん……でも、私はレンツェの……今回の戦争の原因となった国の王女なので、あんまりあちこち出歩くつもりはないんですよ。メリッサも、折角来たのにこの部屋に閉じこもりっぱなしでいいんですか?こんなに賑やかな宴、神殿にいたら滅多に参加できませんよ?」
「う、うっ……」
「メリッサ、お祭りとか好きそうですし。もったいないですね」
「うぅっ……で、でも、それなら、そ、そうよ!あんたが、一緒に出られればいいんじゃない!」
人の話聞いてた??
私は出ないって言ってるんですけど、メリッサはぽん、と手を叩く。
「あの、メリッサ」
「時の神のクロスト・ノヴァ様、どうか奇跡をお与えください」
「は?」
女神であるメリッサが、お祈りするように両手を胸の前で汲んだ。すると、淡い光が私を包み込み、僅かな痛みの後に、視界が一気に高くなる。
「……?」
「あら、あんた、白髪じゃなくて、本当は銀髪だったのね?つまり何かあって真っ白になってたってこと?まぁいいけど」
きらきらと視界の端に映るのは見慣れた白い髪ではなくて、メリッサが言うような銀色の髪。
「……???」
「ドレスはサービスよ!感謝しなさいね!」
「……状況の説明をしてくれませんか???」
「?簡単じゃない。あんたの時間を十年、進めたのよ」
ワッツハプン。
さらり、と言われた言葉に私は立ち上がり、部屋に備え付けてある姿見の前に立つ。
「……え、えぇえええええ!!?」
鏡に映っているのは、砂色の肌に見事な銀髪の美しいお嬢さん。すらりと伸びた四肢と、触れれば壊れてしまいそうな華奢な体。残念なことに胸部の肉付きの方は限りなく平坦に近いが、女の価値は胸部の脂肪ではない。
メリッサの言うサービスのドレスは青と白の、アグドニグルのデザインのものだった。
「こ、これが……私」
と、とんでもない美女じゃないか……。
「ねぇ、これで一緒に出られるでしょ?これなら誰もあんたをチビのシェラだって思わないわ!」
驚く私を気にせず、嬉々としてメリッサが腕を引き、連れ出した。




