9、これが逆ハーレム、か……
「なるほど!つまり君は我が息子カイ・ラシュを側室にすることで此度の一件を許そう、ということか!」
「違いますねぇ」
「ワッハハッハッハハ!アグドニグルの王族を二人も娶ろうなどと中々に豪胆な女子よ!」
豪快に笑い飛ばされる黄金の獅子の獣人ジャフ・ジャハン第一皇子殿下。
子ども2人が仲良く手を繋いで「仲直りしました!」報告に来たのに、どういうわけかその発想。なにがどうしてそうなるのか、全く以て理解できない。
ヤシュバルさまとジャフ・ジャハン殿下は紫陽花宮の中庭にて歓談されていた。私の否定の言葉が聞こえないなどその大きな耳は飾りですかと聞きたくなるが、まあ、無視されるんだろう。
一見明るいカラッとした人好きのする笑みを浮かべながら、このジャフ・ジャハン殿下は始終ずっと私のことを「人格のある対等な存在」とは欠片も思っていない。私がレンツェの王族という理由ではないだろう。ご自分のご子息であるカイ・ラシュ殿下に対してもそのような目をしている。
「ヤシュバルさまは誤解なさっていませんよね?」
「私は君の後見人だ。君が好ましいと思う男性がいるのなら、応援しよう」
「えぇええ……」
私のお婿さん予定のヤシュバルさまは一妻多夫OKなんですか?いや、まぁこの世界の権力者はそういう倫理観なのかもしれないけれど。
「カイ・ラシュ殿下も、側室なんて嫌ですよね?」
「殿下はつけなくていい。その、僕も、シェラと呼ぶわけだし……なんならカーラでも……」
もじっと、何故か頬を赤くしてカイ・ラシュ殿下が言う。
カーラ、というのはどこから来たのか。
そっと私の教育係でもあるシーランが耳打ちしてくれた情報によれば、アグドニグルでは女性であるクシャナ陛下が皇帝となられている。そのためか、女性が当主になることについて他国のような偏見や差別はない。伴侶が男性になるのだが、女性的な名前を愛称としてつけられる習慣があるそうだ。
え、それは嫌がらせじゃないのかと心配になるけれど、それを受け入れる男性側は深い愛情を示す証となり、女性側はその真心に報いるよう誠心誠意男性を愛し守ることを誓うそうだ。
「……いや、え、あの、カ………カイ・ラシュで。カイ・ラシュは」
ジャフ・ジャハン殿下のご長子であらせられるのに、敗国の王族の……それも側室という立場でいいのか。
いいわけないよね?
普通に考えて、アグドニグルの王族というだけで降る様に良い縁談があるはずだ。ヤシュバルさまはもう私のものなのでいいとしても、カイ・ラシュだって私のところじゃなくてちゃんとした家のお嬢さんをお嫁さんに迎えるべきではないのか。
うーん、と私が悩んでいると私の隣に立っていたカイ・ラシュが握る手の力を強くした。
「……」
「……」
少し震えている。顔こそ、父親であるジャフ・ジャハン殿下の前で笑顔を浮かべているものの、つないだ手から、あまりよろしくない感情が伝わってきた。
(あ、成程)
こうして二人で戻ってくるまでは、カイ・ラシュも私にただ「好意を持たれた」「これから交流を続けてよいか」と、そういう話をするだけだったに違いない。
けれどジャフ・ジャハン殿下。私たちが何か言う前に、ただのこの表面的な情報だけわざと受け取って、切り捨てやがった。
(……私は、カイ・ラシュの家庭環境のことは、全く知りませんけど)
躾目的、なんて愛情深いものではなかったのか。
明らかに獅子ではない獣人の特徴を持ったご長男。肉を食べず母親を困らせる子供。あげく、皇帝陛下の前で醜態を晒して周囲の評価を、敗国の姫より下げた息子。
いらないのだ。
獅子の獣人の特徴を持たぬ子。
肉を拒否し弱々しい子。
王族としての自覚乏しく、器無しと蔑まれた子。
勇猛果敢な黄金の獅子たる第一皇子殿下には、いらない子なのだ。
(で、私に押し付けますか)
カイ・ラシュもそれを理解した。私より早くに理解して、捨てられた子供。ここで私が断れば、どうなるか。
(うわ、嫌なひと~)
私の鞭打ちの原因となった人物を、普通にお婿さんに迎えると思うのか?それともあえて側室という身分に落とし込んでやることで溜飲を下げろと言う事か。
つまり、ジャフ・ジャハン殿下の中で私とカイ・ラシュの価値は……私の方が、高いと判断されたのだ。
ヤシュバルさまがどこまで話しているのか知らないが、私は祝福を受けた存在らしい。
レンツェの王族、敗国の奴隷姫。
しかし、祝福を受けた者で、皇帝陛下に「利用価値あり」と存在することを許され、将来的には祖国の統治すら、条件付きで許可を頂けている。
その私に、「お前を傷付けたものを好きにしていい」権利を与えてくださり尚且つ、カイ・ラシュが親に見捨てられた存在と気付かせて「お前の所為だ」と、私に罪悪感を覚えさせてくれやがろうとなさっている。
そして更に、自分の息子が嫁ぐのだからと、私に支援を申し出てくるルートまで見えた。
そうなるとレンツェでアグドニグルの王族の権力争い勃発だ。ヤシュバルさまと、ジャフ・ジャハン殿下、どちらがレンツェの実権を握るか。私というトロフィーを手に入れるか。
ひとの国で止めて欲しいし、そもそもレンツェは今は何の価値もないはず。なのに第三皇子といい、どうして皇子たちはレンツェにちょっかいをかけてくるんだろう?
まぁ、それは今はいいとして……。
「…………私に、カイ・ラシュを?」
「どうだ?同世代で、同じ苦労を分かち合う者同士であれば孤独も少ない。息子はきっと姫君の役に立つだろう」
私も親に不要と見捨てられた王族だからですね?
つまりジャフ・ジャハン殿下は私の身の上についてもご存知というわけだ。
……まぁ、見捨てられたうんぬんにそれ以後のことについてはあくまで私の推測。本当はただ『息子を気に入ってくれたのか!婿にどうだ!弟が先約か!なら側室で!』と何も考えずに提案してきている可能性も、ゼロではない。
私は空いている方の手で額を押さえ、前世でよく会社員のひとが口にしていた言葉を返した。
「この件は一旦持ち帰らせてください」
「だめだ、今結論を出せ」
提案じゃないね、脅しだね!ジャフ・ジャハン殿下!嫌いになりそう!
*
「…………」
私の前に山と積まれた肉、肉、肉、肉。
「どうだ、シュヘラ姫よ!これなるはリブ山を駆ける大角羊に、重蹄牛、兜鰐の肉もあるぞ!」
清涼なるヤシュバルさまの紫陽花宮に……充満する、肉を焼くにおい。
集められた使用人たちはほぼ獣人で、紫陽花宮の人もいるにはいるが、暑苦しい筋肉と火の中に投げ込まれる肉の、あまりに原始的な調理方法に完全に戸惑っていた。
「その、すまない。シェラ。これは、その……」
「いいえ……いえ、なんていうか……豪快で、話を聞かない方ですね……お父君は」
「すまない……」
なぜ第一皇子殿下とその配下の方々が、紫陽花宮で勝手に原始人のような焼肉パーティを始めているのかといえば、簡単だ。
私に考える時間をくださったんだって!優しいね!
こうして一緒にお肉を食べて騒げばきっとカイ・ラシュ殿下のことを受け入れようって思えるそうだよ!なんで!?
「シュヘラ、この肉なら君も食べられそうだ」
「ありがとうございますヤシュバルさま!って、そうじゃなくてー!」
「わたあめ君も、こうした肉は珍しい。食べられる機会は少ないから食べておきなさい」
「キャワーン!」
唯一の頼みのヤシュバルさまは何故かこの妙な宴に好意的だ。ご自分の宮が土足で荒らされるのをそんなに気にしないのか、獣人たちが大きな葉にくるんだ肉を投げて炎で焼き、焼けたそれを配るのを黙って見ている。そしてよさそうな肉を見つけては自ら貰いに行って、私とわたあめに食べさせる。
「幼少期はこうして、他の家族と屋外で食事をすることは良い経験になると聞いた」
なるほどー!休日にママ友やらご近所ファミリーでバーベキューするやつですねー!
誰だヤシュバルさまに妙なアドバイスしたの!
というかヤシュバルさま、完全に子育てについて迷走している気がする。
「キャワン、キャン」
「うん?わたあめ、どうしたの?」
「シェラの魔獣は肉が好きじゃないんだな」
折角ヤシュバルさまから頂いたお肉を、わたあめは嫌がった。
「そういえばわたあめ、殆どキャベツしか食べないですもんね」
「……シュヘラ、それは本当か?」
「え、はい」
時々伝令のお兄さんからジャーキーを貰っていたけれど、それも少し食べてあとは神殿にやってくる野良猫たちにあげていた。
「……」
私が答えると、ヤシュバルさまは目を伏せてしまわれる。
「あの、どうかしました?」
「……本来魔獣というのは、他の獣の肉を食べて力をつける。肉食の獣人族もその特性があるのだが……」
ちらり、とカイ・ラシュの方を気にかけるようにしてヤシュバルさまは説明をしてくださった。
「おそらくわたあめ君は、小さな頃からあまり獣を狩れずに植物ばかりを口にして肉食の習慣がないのかもしれない」
「そうなんですか。わたあめ、お肉食べないと強くなれないんだって」
「クゥーン……」
そうなのか、というような顔をわたあめもしたけれど、お肉を食べよとしてぺろり、と舐めて、顔を顰めた。
「しかしわたあめ君。肉を食べねば、魔力は増えない。シュヘラの魔獣として、力のない者は望ましくないのだが」
「キャワワン……」
「わたあめ」
嫌なものは嫌だろう。私は凹んでいるわたあめの前にしゃがんで、ぽんぽんと頭を撫でる。
「無理しなくていいんですよ」
「キャン!キャン!ケ、ホッ!!」
「わたあめ……」
肉を食べないと死んでしまうならともかく、生きる分には魔獣は基本的には魔力と自然エネルギーで生きているので、問題はないそうだ。ただ強くはならないだけ。それなら、別に無理しなくてもと思う。
けれどわたあめは違うようで、無理にでも食べようとして、むせる。
「肉を食べられぬ者はそうだ。無理に食べても、消化できない」
ケホケホと戻してしまうわたあめに、カイ・ラシュ殿下が水を飲ませてくれた。
「僕もそうだからわかる。まぁ、僕の場合は……牙が違うんだけど」
「カイ・ラシュはお肉が嫌いなんじゃなくて食べられないんですか?」
失礼だが見かけは狼とか犬っぽいのだから、お肉を食べられないわけじゃないと思っていたが。首を傾げると、カイ・ラシュは大きく口を開けた。
「?なんです?」
「牙があるにはあるが、その他の歯はシェラと同じだろう?」
「言われてみれば……」
肉食獣の歯は基本的に鋭い。肉を噛み切れるように出来ているはずだが、カイ・ラシュの牙は犬歯とその下の歯の合計四本は尖っているもののその他は私たち人間と同じように見える。綺麗に揃った、平坦な歯。草を良く噛んで消化できるようにかみ合わせが良くなっているのが特徴だ。
「わたあめも、カイ・ラシュも、つまり食べられるのならお肉を食べたい、という意思があるということでよろしいんですね?」
悩みを抱える一人と一匹に、私は首を傾げて問いかけた。
余談:獣人族は異種族同士で交わった場合、強い方の獣の特性を持つ子どもが生まれます。
なので本来獅子と兎の獣人が子供を作った場合は、必ず獅子の子供が生まれてくるわけですね。
そしてジャフ・ジャハン殿下は「自分は金獅子の純血だ」と公言されています。
春桃妃様が不貞を働いていない場合ジャフ・ジャハン殿下は「自分の中に白狼の遺伝子があり、さらに自分の金獅子の遺伝子が負けた」と宣言することになります。
なので不貞を働かれていた方が獣人の価値感的にはマシです。




