8、楽しそうな雰囲気だったので
「ほっほっほ、包丁を握るなど、見習い時代以来ですなぁ」
「ごらんなさい、この見事な切り口を。はっは、私は神殿入りしなければ彫刻家になろうと思っていた事があるのですよ」
「おや、それは初耳です」
「ほっほっほっほ、親にも言えなかった昔のことですよ」
神殿の一室で、おじいちゃん神官さんや見習いさん、まぁとにかく、声をかけて来てくれた人たちが集まっている。
何をしているのかと言えば、パフェに盛るための大量のフルーツを切ってくれているのだ。
「姫殿下、果物を漬ける汁はこのくらいでいいかい?」
「シロップです。伝令のお兄さんも手伝ってくれてありがとうございます」
完璧なデザートであるパフェは、下準備が何よりも大切だ。
複数のフルーツをカット、その切り方だって「どう盛り付けるか」を考えてカットしないといけない。
幸い彫刻家とか建築家を目指していたおじいちゃん神官さんたちがいて、現場監督よろしく生き生きと皆にカットの指示を出している。
力のある若い神官さん達にはわたあめと一緒に生クリームをホイップして貰うため、別室に。
わたあめが『キャワワン!!(ぼくの全力の吹雪をくらえ!!)』と頑張っている声が小部屋から聞こえ、若い神官さん達の『わたあめ!頑張れ!頑張れわたあめ!まだ氷一個しか出てない!』と応援する声も続いた。
そうして皆で楽しいレッツクッキング。和気あいあいと作業して、ちまちまとグラスの中にパフェを構築していく。
「そ、壮観~~~!」
「おぉお!!」
「これはこれは、なかなかどうして!」
「まるで春の花畑のような……!」
神殿には透明のグラスがなかったらどうしようと心配していたけれど、伝令さんがひとっ走りヤシュバルさまの所に行ってくれて、三十分もしないうちに水晶の、大小さまざまな形のグラスが……三百個ほど……届けられました。……ヤシュバルさま、私に甘すぎじゃないか????
……ま、まぁ、そうして、盛り付けられたパフェ(三百個は無理)を長いテーブルの上に並べると、そのカラフルさ……かわいらしさが、良い感じ!
基本は、一番下に四角く小さめにカットしたシロップ漬けのフルーツを入れて、次にジャムで層を作る。そこに生クリームをたっぷり入れて、またジャム、生クリーム、パンとかスポンジケーキなんかを入れても可、一番上はここがセンスの見せどころで、くし型や果物の形をほぼ残した大きめなものを飾り付ける。
お庭で育ててるミントをちょん、と載せると良いアクセントだ。
並べられた数々を、神官さん達が口々に褒めながら鑑賞する。
「食べるのがもったいないですなぁ」
「ふふ、我々にもこんなに華やかなものが作れるのだと、神聖本庁の連中に知らせてやりたいものです」
「神殿といえばいつもビスケタだけでしたからねぇ」
「皇子殿下には感謝せねば。このように大量の、高価なものを寄贈して頂けるとは」
おっ、なんかヤシュバルさまの株も上がったっぽい。
よかったよかった。あまり神殿とアグドニグルの関係が……良いようには思えなかったので、お役に立てたのなら良かった。
皆で片付けをして、ひとしきり鑑賞し終えると、さて実食、ということに……なった、はずだが。
「……」
「……」
「なにこれ美味しい~~!えー!やだー!太っちゃう~~!!あまーい!こっちはすっぱーい!!やだー!!美味しい~~!!」
……み、皆で仲良く……た、食べようとしていた……完璧なデザートが……
「……だ、誰……?」
いつのまにか、テーブルの上には……全体的に布の面積の少なくて薄い、オレンジ色の髪の……女の人が乗って、ぱくぱくと、パフェを召し上がられている。
両腕には黄金のブレスレットに、宝石がたくさんついた指輪。
「あのっ、ちょ……あの!?」
何で勝手に、食い散らかしてるんだこの人!?
私が放心状態から立ち直り、女性の方に駆け寄って問いただそうとすると、女性がちらり、とこちらを見た。
「頭が高い」
キャッキャと黄色い声が、重く深い、体の芯を震わせるようなものに変わる。
「……ッ!!」
ザッ、と、その場にいる、私とわたあめ以外の人間が全員その瞬間、平伏した。
「あ、貴方様はもしや……レ、レグラディカ様」
恐る恐る、というように声を発したのは神官長のおじいちゃん。声が震えている。
レグラディカって、この神殿の名前じゃ。
オレンジの髪に黄金の瞳のその女の人は、神官長さんを興味なさそうに一瞥し、またパフェに手を付け始める。
「ちょ、ちょっと待ってください!それは、貴方のじゃありません!」
全部食べつくす勢いの女性。
何者か知らないが、無銭飲食は良くないと思いますが!?
しかもこれは皆で……いつも、私とわたあめに優しくしてくれる神殿の皆で、楽しく食べようと思っていた物……!!
何勝手にしやがりますのこの人!!
「人ではない、神である」
「だったらなんです!?食べたいなら作りますから、とにかくそれはおじいちゃんたちのです!」
いいからさっさとテーブルから下りろ。お行儀悪いぞ!神様ってそういう感じなのか!?
私が憤ると、自称神様という食いしん坊な無銭飲食者は口をすぼめた。
「ふぅーん、そう。じゃあ、いいわ。作ってよ。そうね、たっくさん!」
「へ?」
ぐいっと、自称神様が私の腕を掴む。
「キャワワン!」
わたあめが自称神様に噛み付いた。
「なにこの、弱っちいの」
「キャンッ!」
「わたあめー!!!!!!」
ぺちん、とわたあめは自称神様にデコピンされて吹っ飛んだ。伝令のお兄さんが受け止めてくれたので壁に激突することはなかったけど……。
「さ、一緒に来て!作ってくれるんでしょ!?楽しみー!」
「きゃぁああああああ!!!!!!幼女誘拐事件ーーー!!!!ヤシュバルさまーー!!」
絶対心配するやつじゃないですかー!!
私は自称神様の発光に巻き込まれ、意識を失った。




