2、つまり私が異世界主人公
神の祝福。
この世界は善なる神ヤゥヴェ様と悪しき神アンラ=ユマン様がいて、それぞれに従う使徒様たちが人間にあれこれちょっかいをかけ守ってくださったりなんやりしているらしい。
人間の中で時々、神様の祝福を受けた者が現れて、その祝福はヤシュバル様の氷とか雪の能力だったり、とそのような説明をしてくださった。もちろん魔法もあって、魔法は人間が神様や悪魔の力を『誰でも知識があれば引き出せる』ように発明されたもの……ただし引き出すためのエネルギーに魔力を使用するので、魔力がない者は使えない……とか、なんとか……。
この世界で生きる者なら誰でも知っている常識らしいが、エレンディラは知らなかった。なので『祝福持ち』と言われても『ワッツ?』と首を傾げることしかできなかった私にヤシュバルさまが簡単に教えてくださった。
「……つまり、私も…………ミラクルメイデン」
「めい……?」
「あ、いえ、なんでもないです」
軽口に慌てて首を振ると、ヤシュバルさまは幼い子供の言葉遊びか何かだと思ってくださったようで、怯えて平伏している神官さんたちに顔を向けた。
「間違いないのか」
「はっ……はい!左様にございますッ、こちらの門をお通りになった際に……祝福者の数がわかります。通行記録にも残っておりますので……どうか、そちらもお調べくださいませ……!」
「何の祝福を受けているのかはわかるのか?」
「……い、いえ……事前に登録されております殿下や賢者さまであれば、氷や知の祝福者が通った、ということは確認できますが……そ、そちらの……御令嬢?」
「姫君だ」
「姫殿下は未登録でございますので……お力を使っていただくまでは……我々では確認のしようがございません」
「……」
ふむ、とヤシュバルさまが口元に手をあてた。そして抱き上げたままだった私を床にそっと下ろすと、頭をくしゃり、と撫でる。
「あ、あの……ヤシュバルさま?」
「すまないが、祝福の力を引き出してくれないか」
「……そ、それは、どうやって…………?」
「……どうやって?」
きょとん、とお互い首を傾げた。
「掌を上に向けて、力を込めればいいだけだが」
「……掌を上に向けて、ちからを……ふぉおぉおおおおぉおおおおお!!!ごぉおおおぉおお!!!」
言われた通りにやってみたが、何も出ない。
またヤシュバルさまが首を傾げた。
イブラヒムさんが眼鏡をくいっと持ち上げて、ため息をつきつつ突っ込みを入れる。
「殿下。祝福者は誰もが殿下のように生まれついてその能力を自在にコントロールできたわけではないのですよ」
「そうか」
「そうです」
「ではレンツェの姫、焦らずゆっくりやりなさい」
優しいお声だが、ゆっくりやってできるもの、じゃないと思う……。
ははぁん?さてはヤシュバルさま……人にものを教えるのが苦手だったり、人がどうして出来ないのか理解できないタイプですね?
ゆっくり待ちの姿勢を見せてくるヤシュバルさまだが、お待ちいただいても出来る気はしません。
しかし神官さんたちもイブラヒムさんもそれに対して突っ込むことができないのか、殿下の天然行為を指摘できずに、妙な沈黙が流れた。
「……」
この場にいる大勢に注目されている。
緊張感、はやく出来なければという焦りと焦燥。
そして湧き上がる……出来なかったら、失望されるんじゃないかという恐怖はエレンディラのもの。
お優しいヤシュバルさまが待ってくださって、出来るだろうと思っていてくださるのに、できなかったら?がっかりされるんじゃないか、という、子供の心。
いやいやいや、ヤシュバルさまはそんな人じゃないだろうと私はわかっているけれど、子供の恐怖心はいったん浮かぶと中々こびり付いて離れない。
「……ぅっ……ぅ」
「どうした?」
「うわぁああぁん!!」
そして緊張感と自身への不甲斐無さで、ついに泣き出した幼女の体。
慌ててヤシュバルさまが私を抱き上げてあやそうとするが、そう優しくされるともっともっと、自分が惨めで申し訳なくなって涙が出てくる。幼女、よく泣く。
「ど、どうした……これは……なぜ、泣きだしたのだろうか」
「……お、おそれながら殿下……このようにお小さい御子でございます。大勢の大人に囲まれて、恐ろしくなったのやもしれませぬな……」
ヤシュバルさまに怯えつつも、幼女が泣き出したので意を決して、というふうにおじいちゃん神官さんが立ち上がり駆け寄った。泣きじゃくる私の顔の前に袖から出した何か……神官さんアイテムのような、祭具的なものを見せてフリフリと振ってくれる。いやいや、赤ちゃんじゃないので、それで泣き止むわけないじゃないですか。
「神官長、神官長、そんなので泣き止まないですよ。ホラホラ、お姫様ー、怖くないですよー」
「門をくぐってただでさえ体調が悪いのに、無理させたら駄目ですよね」
「私どもも大変失礼しました。てっきり、殿下が保護された祝福者であれば既に力の制御が出来ているものと思い込んでおりました」
ワラワラと私に集まって、あやしてくれる神官集団。
子どもが怖がらないようにと、顔を隠していた四角い布をぺろっと持ち上げて、見せてくれる顔は皆平凡な、どこにでもいそうな人たちだった。




