5、言葉にすればそうなんだけど
「あ、あの……あの、頭を上げてください……!」
休むようにと案内されたのは、当然だが離宮に行くまで使っていた部屋。そこの部屋に入った途端、部屋の中にいた人物に土下座された。
何者か。
兵士さんの一人だ。離宮で私を抱えて逃げようとして、私が一人で逃げるようにとお願いした兵士さん。
そばかすの散った顔に、茶色い髪の兵士さんは今はじっと、身じろぎもせず土下座して動かない。
「申し訳ありませんでした」
「いや、え、なんで……兵士さんが謝るんですか!?」
状況がわからず混乱する。
「皇子殿下より、姫君の護衛を任されておきながら、私は貴方を置いて逃げました」
「それは私がそう頼んだからですよ!?」
あの場ではそれが最適解だったと、私は今でも思っている。
アグドニグルの皇帝陛下に情報を伝える為にも、兵士さんが殺されないためにも……。
「……それに、元々離宮に行きたいと言ったのは、私です。私の所為で……もう一人の兵士さんは……」
私が顔を顰めると、いやいや、と兵士さんが手を振った。
「いや、あいつ、実は生きてるんです」
「……はい?」
「生きてるんです。致命傷だなぁって思ったんですけど……生きてまして、ちゃんと保護されて、治療中です」
「え、え?」
「血が大量に出てたし、本人も死にそうな感じだったんで、諦めたんですけど……死んでなかったんですよね……まぁ、それはいいとして」
「いや、よくないと思いますけど??????」
そんなことってあります??と、私は嬉しいはずの情報についていけない。
……もしかして、レイヴン卿は最初からアグドニグルの兵士を殺そうとはしていなかったのか?私が一緒にいるのを見て、死なせると私の立場が悪くなると、手加減してくれた?
ふぅ、と、顔を上げた兵士さんは困惑したように眉を寄せている。真意はわからない。ただ、事実があるだけだ。
「で、まぁ、殿下に処罰されるまえに、お姫様にちゃんと謝ろうと思いまして」
「……う、うぅん?」
「お姫様、俺は貴方を見捨てたんです。天秤にかけました。アグドニグルのことと、貴方の命を天秤にかけたんです。あの場で、貴方が死ぬことより、俺が死んで王族生存の情報を伝えられないほうが『問題だ』と、俺はそう判断したんですよ」
何も間違っていないと、私は頷いた。
あの場では抜け道の事も知らず、二人が今後どうするつもりかわからなかった。逃がして再起を図られた場合のアグドニグルの損害を、兵士さんが未然に防ぐために行動したのは何も間違いではない。
私はなぜ謝られるのか、どうして、酷いことをしたという顔をしているのか理解できず目を丸くした。
「俺は、子供を見殺しにする選択をしたんです。これ以上の、恥ずべき行いはありません」
大義名分があったとて、その行為は「外道の行い」だと、兵士さんは言った。
私を見捨てたことを、人として許されないという兵士さんだが、私はこの問題がどういう種類のものかわかった。
道徳的ジレンマ。トロッコ問題。五人死なせるか、一人死なせるか。どちらが正しいか。
私は私の判断とこれまでの経験則から、追ってくるレンツェの騎士が私を死なせる者ではないと判じた。けれど兵士さんにその判断ができるだけの情報や理解はなく、「レンツェの姫と自分も死ぬ」か「アグドニグルの大勢が死ぬか」をテーブルの上に出すしかなかった。
私は私の命がテーブルの上に載っていたから「見捨てられてもOK!」だと、そう思える。兵士さん一人を死なせてしまった自分だから、ここでもう一人の兵士さんまで死なせたくはないという思いもあった。
もちろん、結果的に、私は死んでいないし、もう一人の兵士さんも無事だった。
最も反省すべきは二人を危険な目にあわせた私だと、兵士さんは何も悪くないと言おうとして、その前に兵士さんが口を開く。
「アグドニグルには『道』と『徳』という考えがあります。俺の行動は、道徳的ではありませんでした」
……あぁ、そうか。
私は初めて、腑に落ちた。
スィヤヴシュさんや、殿下がどうして親切にしてくれるのか、とても不思議だった。私は敵国の、アグドニグルの憎悪の対象で、私に親切にして得などない。なのに二人とも、私を心配してくれて、私が痛いことなどないようにと願ってくれている。出会ったばかりの、私がどんな人間かもわからない、もしかすると、性格の悪い嫌な人間なのかもしれないのに、親切にしてくれている。
その理由が、わかった。
アグドニグルの人たちは「子どもは守るもの」という考えがあって、私は彼らにとって(私がどんな人間であれ)守るべき対象なのだ。
それは、そうあるべきだという、道徳心。
そして、そうでありたいという、道徳心。
(……皆、すごいなぁ)
アグドニグルとは、どんな国なんだろう。
兵士さんたち、一人一人が「人として正しく、そうあるべき」という思いを持って生きている。それは、皇帝陛下がそう国民に望んでいるからだろうか?それとも、陛下ご自身がそうであるから、国民がそうなっていったのだろうか?
私は……千日、千の料理を皇帝陛下に献上したその先、レンツェの国を手に入れて、レンツェの人たちの前に、どんな王族として出るのだろうか。
……レンツェの人たちは、今、どんな考えや、道理を持っているのだろう。
私はこの話を、連載してる長編が「シリアス続いてきつい無理……みんな都合よくハッピーになるッピ」となったので書き始めました。




