【番外編】◯◯しないと出られない部屋!inクシャナ&コルヴィナス卿!②
「有耶無耶になる回じゃないのか……ッ!!!!!!!!!!!!!!」
誰に叫ぶわけでもなく、クシャナは叫び、悔し気にドン、と壁を叩いた。
普通はあれだろう。
ここはあれだろう。
良い感じにオチが付いたということで、次からはいつも通りの日常が戻ってきているとかそういう展開じゃないのかと、クシャナは神を呪いたい。
しかし状況、場所は変わらず妙な密室にコルキス・コルヴィナスと二人きり。
時間にするとすでに半日以上が経過しており、コルキスは机に食事を並べ始めている。ここに侍従や他の者がいないのであれば陛下のお世話をするのは当然だろうという顔だ。シェラ姫の作った料理に罪はなく、そして自分ひとりがむしゃむしゃと食事をするのはコルキス相手でもさすがに嫌だった。
「……」
「……よろしいのですか」
「戦地でも必要であればお前と食事を共にしているだろう」
「……」
もちろん軍議の片手間の栄養補給で、こうして同じ卓につき、手の込んだ料理を時間をかけて食べているわけではなく、コルキスの視線もそうした意味からクシャナに確認をしていた。
「私一人が姫の手料理を食べたら『え、陛下……人でなし?』とドン引かれるゆえ」
「陛下のなさることに間違いはないかと」
「姫の心証の話をしている。いいか、コルキス。私はシェラに嫌われたくない」
「……」
嫌われるようなことをしている自覚はないのか、とさすがのコルキスも突っ込みたそうな顔をしたが、しかし有能な英雄卿は黙った。
ぶすっとクシャナは不貞腐れる。食事の用意をさせたので、コルキスのカップにとくとくと水をそそぐ。アルコールの類なら「なんか入れてるんじゃないかあの腐れ神」と警戒するが、水はあの神の権能に含まれておらず、生命維持を担う水に妙なものを入れるのを水担当の神は許さないだろう。
黙って食事をしながらクシャナはコルキスを見る。
相手の好きな所を10個♡など阿呆が考えたルールについても仕方ないので考える。
まず、大前提としてクシャナはコルキスに対して好きな所など1つもない。
簡単に外見の話をすれば「顔が整っていてむかつく」し自分より背が高いことも気に入らない。クシャナは自分の赤い髪を好んでいるが、コルキスの月の雫のような銀髪は見るだけで毟りたくなる。なお「お前の〇〇が嫌いだ」と、それを言えばコルキスはっ顔を潰すし足を切るし髪も剃るだろう。そういうところがさらに嫌いである。
「……本当に、お前はつくづく奇妙な男だな」
「……はい?」
あれこれと考えて、クシャナは自分がこの男に対して好ましいと思うことは未来永劫ないとわかっている。そして下手な期待をさせるような性分でもなく全力で「お前が嫌いだ」とここまで、ある意味この男には誠実に伝え続けているのに、コルキス・コルヴィナスという男はそれでもいつも黙ってクシャナの後ろをついてくるのだ。
それを気の毒とは思わない。なぜそんな阿呆な道を選ぶのかと呆れはするが、そうしたいのだろうと、決めているのもわかっている。他人の行動を支配できるのが皇帝だが、クシャナはこの男を支配しようとするだけの熱を持つ気すらないのだ。
「貴方は」
「うん?」
「多くの者を救うためにご自身の全てを薪にして燃やされている。貴方の炎により国は栄え、人々の生活は守り続けられていくのでしょう。――自身を温める炎を貴方が一切必要としていないと知りながら、貴方に降りそそぐ雨や雪や矢や、棘の何もかもを払いのけることを夢見続ける男がいてもよろしいのではないでしょうか」
さらりと、自身の日課の散歩のルートを語るような何気ない口ぶりでコルキスは淡々と告げる。
だがその目は真っすぐにクシャナを見ており、さすがのクシャナもひくり、と頬を引きつらせた。
コルキスには今この場でクシャナを口説き落とす、という意図はない。だがよくよく考えて見れば、普段謁見の時間すら与えてもらえない年中失恋し続けている男が、密室で、しかもクシャナが折れない限り無制限に二人っきりである。黙り続けてもいいのだが、それはそれとして、コルキスは「あの姫が関わっているのなら、そう大事にはなるまい」と、神々が関わっていてもある程度の余裕を感じる心がある。折角だからこの時間をもう少し味わってもいいのではないかと、そんな考えになってきた。
そしてそれを感じ取ったアグドニグルの皇帝にて、竜の魔女と名高いクシャナ・アニス・ジャニス陛下。顔面宝具の一途な男の妄言をひたすらに浴び続けるか、改宗するかのどちらかを選ぶしかないのかと、彼女にしては珍しく絶望して天井を仰いだ。
続いたんですねこれ。
7/10に「千夜千花物語~呪われた王弟殿下と飛んで火にいる夏の悪女」の1巻が発売します。
こちら陛下のご先祖様のお話になりますので、ご興味のある方はぜひお手に取ってくださいませ!




