カンタレラ
(なんというか、申し訳ない気持ちはある)
これはまぁ、前世現世に関係なく、私はどうも他人に悪意を向けられることに慣れている。何せ前世はコードレスバンジーするまで追い詰められ、と、まぁこれはもうどうでもいいのだけれど、今生にしても凍死or餓死の二択しかなかったような半生だ。
私に対して嫌悪、悪意、無関心、あるいはとにかく負の感情を抱いていらっしゃる上での加虐は味わい尽くしている、ので。
周囲の神官さんたちが私に対し憐憫を、そして対照的にカーミラさんに対しては敵意をもったこの状況の中で、私はたぶんただ一人「あ、これ、私が悪かったんだろうな」と理解した。
「……」
冷たい目で私を見下ろすカーミラさん。金の髪の美しい女性。客観的には、幼い子供にむごい仕打ちをした加害者に見えなくもないのだけれども、その瞳は私への敵意に光り輝いているのだけれども、他人に憎まれ疎まれることに慣れている私には感じられる、僅かに、この女性の中にある何か、妙な色。
私の作った素晴らしいロールケーキを叩き落としました。これはまずいでしょう。食べ物を粗末にするのは、よろしくないでしょう、と、その問答は今は良いとしても。
何か妙な色。
適切な言葉が浮かばないが、なんとなしに、カーミラさんと目が合った私が反射的に思ったのは「ごめんなさい」と、まるで、私が彼女を殴った、あるいは傷つけたと、気づいたかのような、謝罪の言葉。
「……聖女の奇跡を?ほほ、なんとも、ほほほ、まぁ。傲慢なこと。自分はその価値があると思い上がれておるのか、のぅ」
真っ赤な唇は相変わらずふっくらとしていて、柔らかそうだ。ぼたぼた血を流して私の唇も真っ赤だと思うけれど、その赤さを比べようという気にはならない。
カーミラさんは私を冷たく見下ろし、ふん、と鼻を鳴らした。
「そなたが勝手にしたこと。いっそ喉まで飲み込んでしまえば、これ以上そのくだらない声が我が神殿で響くこともなかろうな」
と、そのようなお達し。つまり、私に聖女の祝福を授けて傷を治すことはしない、とその意思表示。ざわり、と神官さんたちが動揺し、何かわめく声もあったけれど、私はなんというか、まぁ、なるほどな、と頷いた。
*
「キャワン、キャワワン!」
「そう。私もすっかり忘れていたのですけれど、こんな時に役立った……バルシャお姉さんの聖水!」
ごくりと一瓶飲み干せば、あら不思議、あんなにズキズキ痛かった口の中の傷があっという間に元通り!
「キュンキューン!キャワン!」
「え?何です、わたあめ。攻撃的な目……鋭い爪をアピールしたいのでしょうけど、わたあめの爪はアンが丁寧にカットしてるので攻撃力は低いと思いますよ」
この北の地で私の唯一の味方、という自負でもあるのだろうか。わたあめは黒い目をきりっ、とさせて自慢の前足を見せてくるが、ぷにぷにとした肉球の愛らしさしか伝わらない。
さて、バカな自傷行為をしたという扱いの私は、コルヴィナス卿が用意してくれた砦の一室に……案内されていないのです。神殿側が必死になって私を引き留めました。
まぁ、それもそうでしょう。
表向きは、神メルザヴィア様へ捧げたロールケーキが神に受け入れられるかの判断が下るまで、神殿で大人しくしている。実際のところは、できる限り口内の傷を治して何もなかったようにしたい、というところ。
「ひ、姫君……聖水を、お持ちだったのですか?……さ、さすがはアグドニグルの方は……違うのですね」
私があっさり自分で治療をしてしまったので、ラルク君は驚くやら拍子抜けするやら、なんという表情を浮かべていいかわからない、という様子だ。
「口の中が痛いままだと味見とかできませんし……私も自分の体を大切にする、ということを学んだのですよ」
「キャワン!」
ふふん、と自慢げに言うとわたあめが抗議の声を上げた。意訳してあげたいところだが、私にわたあめの言葉はわからない。ごめんね。
「しかし……姫君が大神官様に害されたことは事実です!姫君が抗議されれば……大神官様だって……!」
「え?しないですよ」
「……え?」
「え?」
あれ?と、ラルク君が私を見つめる。
私は用意されたふかふかのベッドの上に飛び込んだ。その真横にぽーん、とわたあめが飛び乗ってくる。
「そもそも最初に、コルヴィナス卿は私が卿に(一応)保護される存在だって知らせてます」
厨房での頭を撫でる、などの一連の奇行は神殿に向けてのデモンストレーションであった、と考えた方が自然だ。
カーミラさんとコルヴィナス卿が愛人関係であったとして、それでもコルヴィナス卿が陛下よりカーミラさんを大切にするわけがない。ので、陛下関連で重要な私とカーミラさん。卿の中での優先順位を、カーミラさんは理解したはずだ。
その上で、私を威圧するために、あるいはご自身の権威を示すために、自分が格上だと躾けるために、ロールケーキを足蹴にするだろうか。
ご自身の体を使ってのし上がった、というのがどこまで本当か知らないけれど、処世術に長け出世された、というのなら、あまりにありえない行動なのだ。
そもそも私は放っておけば神殿から出ていく一時のお客さん。それをあのように、周囲に大勢いる前で、ある種の醜態を晒す。そこまでして私を脅す、理由がない。
「と、なると。考えられるのは……私に対してのけん制、嫌がらせ、躾け、ではなくて」
「……な、なんだと……いうのでしょう?」
「さぁ、そこまでは??」
わかりませんよ、と、私は笑ってごろり、と寝返りを打つ。
そして私が子供らしく神殿の夜ご飯はなんだろうか、とか、はしゃいだ様子で言うので、ラルク君は困ったように眉を寄せる。けれど私のお世話係、である彼は私がくつろげるように、と、部屋の確認や、食事は食堂ではなくて部屋に持ってくるようにします、など、自身の職務を全うすることに専念してくれた。
まぁ、たぶん、後で上司にあれこれ報告に行くんだろうな、とはわかるけど。
(なんだか面白そうで、好きになれますね、神殿メルザヴィア)
ローアンで、私の周りにはやさしい人ばかりだった。……第三皇子関連は、ちょっと意地悪ではあったけれど、それはまぁ、些細な棘程度でしかない。
ここには私が寒くないように何度も何度も部屋の温度を確認しにくる人もいないし、私が少しでも思った通りの料理を作れるように、商人組合に圧をかけてる人もいない。
夕食の時間まで寝ていようと目を閉じると、微かな歌のようなものが聞こえた。
外は吹雪だ。雪の音が歌にでも聞こえるのか。
わたあめやラルク君は何も言わない。
私は目を閉じてその歌のようなものに耳を澄ませた。
ブクマ、感想ありがとうございます('ω')
返信が出来ずに申し訳ありません。日々の励みになっております。
それはそれとして、11月1日、千夜千食物語2巻発売です。
……お願い!試し読みとかで、口絵だけでもいいから見て!!!!!!と、イブラヒムさん好きな人に大声で言いたいです。




