1、安心してほしい、出来れば信頼してほしい
「あ、あの……」
私は騎士さんに抱きあげられた状態で王宮の中を移動していた。時折すれ違う人たちは皆騎士さんに気付くと頭を下げ敬意を示す。
どこへ行くんだろ?
王宮の中は入ったことがないエレンディラ。私にわかるはずもなく、スタスタと速足で連れて行かれたのは、白い服を着た人たちが多くいる場所だった
「おや、皇子殿下?」
「スィヤヴシュ、この子を診てくれ」
迎え出たのは髪の長い女性のような……男の人?だと思う。いや、どっちだろう。
スィヤヴシュと呼ばれたその人はちらり、と騎士さんの腕の中にいる私を見て首を傾げた。
「あぁ、こちらが……殿下が一目惚れなさって、御母上に逆らってまで娶ろうとされているというレンツェの姫君ですか」
「言い方……ッ!言い方ッ!違います!!」
なんだその誤解は!?
思わず声を上げる私をスィヤヴシュさんは無視し、再び騎士さんに顔を向ける。
「一見して栄養失調と睡眠不足、軽度の凍傷ですね。私は忙しいので、急患でなければ、」
「スィヤヴシュ」
私は別に怪我はしていませんが!?
確かに手足は雪で凍傷寸前だったっぽいけれど、今はきちんと動く。それより、制圧した王宮の……おそらくここは治療エリアとして扱われている場所なんだろう。
見ればアグドニグルの装備の人だけじゃなく、レンツェの兵士のような人たちもいた。
……奴隷にするのに死なれたら困るとかそういう心で治療されてるんだろうかとか、それはわからないけれど……優先すべきはそっちだろう。
「あの、私は……」
何も問題ありません!元気です!ほら!と、騎士さんの腕から飛び降りてアピールしようとするのだが、騎士さんは頑なに降ろしてくれない。
こ、これは……スィヤヴシュさんが受け取るまで断固離さないつもりか……!
「……」
「……殿下の命であれば仕方ありません」
ふぅ、と溜息一つ、スィヤヴシュさんは私を受け取った。
……この人もアグドニグルの人なんだから、レンツェの王族の私のこと……そりゃ、診たくないよね。しかも別に怪我をしてないんだもの……。
なぜ騎士さんが頑ななのか私にはわからないが、スィヤヴシュさんは私を別室に連れて行った。
騎士さんとはここでお別れかな?
「…………それで君、あぁ……なるほど、そういう……」
私の着ていたボロボロの服を脱がせて、スィヤヴシュさんは片手で顔を覆った。
?
「あの、何か?」
「……勘弁してくれよ……こういうの……なんだよ……本当……」
「えっと、あの……すいません、お忙しいのに……」
やってらんない。しんどい。レンツェ滅びろ。などとブツブツ言いながらスィヤヴシュさんは首を振っている。
わ、私が何かしてしまったんだろうか……。そ、そりゃそうだ。レンツェの王族憎しで起きたこの殺戮……アグドニグルの兵の治療に専念したい中、無傷の敵の王女の診察なんかさせられて、嫌な気持ちになるに決まっている。
申し訳ない、と私が頭を下げるとスィヤヴシュさんは私の頭をぐいっと押さえて下げさせない。
「いい、君は、そういうことをしなくていい。……いつから、いや、その体中の傷はいつからまともに治療されてない?」
「え……」
言われて私は自分の体を見下ろす。
……いつからって、そりゃ……最初からだ。
エレンディラの、私の体。
あちこち、服の下は痣だらけ、ナイフの傷だらけ、押し付けられた火の……火傷の跡だらけ。
「あ、あの。みかけは酷いですけど、今はもう痛くもなんともないんですよ」
「やめて、そういうこと言わないで。はぁー……もう……滅びろレンツェ。あ、もう滅びたか。陛下サイコ~!さすが僕らの皇帝陛下~!」
なぜか皇帝陛下を称え始めるスィヤヴシュさん。
若干鼻水が出てきてるような声なのは、感極まっているからだろう。
「……僕でもいっぺんには治せないけど、一個ずつ、少しずつ治していこうね」
スィヤヴシュさんはゴソゴソと棚を漁り、私に清潔な白いシャツを被せてくれた。
「君の服はきっと殿下が用意するだろうけど、さっきの服よりこっちの方がまだいいだろ」
言って、カルテ?らしきものにあれこれと何か書き始める。『最初は……うーん、でも、骨がなぁ』など、ぶつぶつと、熱心なご様子。
私がごほり、と咳をするとハッとして顔をあげ、ぐるん、と診察台らしいベッドの毛布をひっぺがして、私をぐるぐると包む。
「とにかく今は休眠が必要!君の部屋は……えーっと、これまでどこで過ごしてたんだっけ?」
「えぇっと、離れの宮です。場所は……」
口頭で簡単に説明すると、王宮の地図が頭の中にあるのか、それとも一通り回って見ていたのか、スィヤヴシュさんは目を見開いた。
「はぁ?!あの……荒れ放題の……廃墟!?あんなとこ、人の住めるところじゃ……滅びろレンツェ。あ、もう滅んだわ。陛下サイコー」
と、また陛下を称えスィヤヴシュさんは咳払い。
「あんなところに戻らなくていい。寝る場所なら、そうだ。僕のベッドを貸してあげるよ。どうせ暫く馬車馬のように働くんだし。遠慮しなくていいよ」
「……あの」
「何?」
「……どうして、騎士さんも、お医者さんも、会ったばかりの私に親切にしてくれるんですか?」
純粋な疑問。
皇帝陛下への提案もそうだった。どうして騎士さんは、あんな申し出をしてくれたんだろう。どうして私を助けてくれたんだろう。
「……」
スィヤヴシュさんは黙った。私のことを最初、鬱陶しいと思う心を隠さなかったことを気にしているような、バツの悪そうな顔だ。
何か答えようと口を開き、閉じる。そういうことを繰り返して暫く。
ぐぅ、っと私のお腹が鳴った。
「あ、あの。すいません」
「いや、いいよ。そうだよね、お腹も空くよねー」
「普段はっ、こんなに早くお腹は空かないんですよ!昨日はちゃんと食べましたから!」
プリンを作って少し味見したので、空腹を感じやすくなってしまったのだ。恥ずかしい。卑しいこだと嫌がられないか。
王宮では、私が、エレンディラが「お腹が空いたんです」と訴えると誰もが顔を顰めた。
私がものを食べることが卑しい、疎ましい、贅沢だと、厚かましいと詰られた。
「……え、普段……え?昨日はって。普段、食事は……?」
「離宮のお庭に野菜を育てようとしていたんですけど、この雪で全部枯れちゃって……ちゃんと、厨房でお手伝いをすれば、ご飯を貰えていました」
親切にしてくれてる人に呆れられないかと私は慌てて言い訳する。
さすがに残飯をもらっていました、生ごみから食べられそうなものを漁っていました、などと言うのは、みじめすぎるので言わない。
雪の~の、辺りでドンッ、と壁が叩かれるような音がした。怪我人が暴れたりしているのかもしれない。ここでお医者さんらしいスィヤヴシュさんを独り占めしてしまっているのが申し訳ない。
スィヤヴシュさんは片手で両目を覆い、天井の方に顔を向ける。働き過ぎて目が疲れたのだろう。本当に私がベッドをお借りしていいものか。
「いや本当……マジ無理……つらっ……滅べレンツェ。あ、もう滅んだわ。陛下サイコー」
逐一レンツェへの憎悪と陛下を称えるのは、それだけこの国が憎くて仕方ないのだろう。
うんうん、申し訳ないと私は心の中で何度も謝罪した。




