突然始まる時代劇
「あの、私は神殿で生活する気も……聖女になる気もないです」
「おや、左様でございますか。では魔女として焼かれますか?」
どうしてこう。いつでもどこでも|デッドオアアライブ《Dead or alive》?
モーリアスさんの理想の聖女様にはなれません、と、きっぱり断る私にモーリアスさんは小首を傾げて問うてくる。
「聖女様でなければ魔女である。当然ですね」
「え、えぇえぇ……」
ま、まぁ、なんとなく理屈はわかる。わかりたくないが、わかる。
私の前世の知識の中で、中世、お金持ちだったり美しかったりした女性が周囲の妬みや羨みから「魔女だ」とされて殺され命や財産を奪われた、なんて話をぼんやり思い出す。
聖女とは賢く、人にとって便利な女。
奇跡や祝福を管理する神聖ルドヴィカにとって、自分たちに協力的なら聖女、そうでなければ魔女として焼いておかなければ、私利私欲からどんな被害が出るかわからない、と。
男性の祝福者に対してはそんな厳しくなさそうなのに……。
「いや、あの、でもほらそもそも……聖女もなにも、私は……バルシャおねえさんみたいな癒しの能力は持ってませんし……」
今のところ自分で自覚している「祝福」は前世知識を引っ張り出してこれる知識と、その場の会話に困らない自動翻訳っぽい能力くらいなはず……。
あんまり役に立たないですよー、と目で訴えるが、モーリアスさんは優しくにこり、と微笑んだ。
「御心配には及びません。人は誰しも、自分が何者であるのか、理解していない事の方が多いものです。ご自身の価値を御理解されていない方にじっくりと教育してさしあげる……貴方様のご成長を一番近くで見守り、正しく聖女として導く事こそ、私の使命でしょう」
違います。
ハレルヤ!とでも叫び出しそうな程、大変楽しそうなモーリアスさんをどうすればいいのか。
うん、いや。ここで流されてはいけないことだけはわかる。
イブラヒムさんは……なんか、モーリアスさんの若紫計画に「その手が……いや、しかし、中身はあの姫ッ!」と苦悩されてるので頼りにならない。
レイヴン卿は私がお願いしたらこの場で剣を抜いてでも脱出してくれそうなんだけど……レンツェの騎士だったという彼が、アグドニグルでどの程度暴れても許されるのか……。色々不利になりそうなので、あんまり頼ったら悪い気もする。
うーん。
「あの、モーリアスさん」
「はい、何でしょう。私の聖女様」
もう確定事項ですか、怖いよ。
「え、えっと……わ、私の将来を決める大切なことですし……私は、自分の意思で自分の道を選んで、納得したいと言いますか……」
「すべては神の思し召しですよ」
えー。人間に選択することを許さない神とか滅べばいいんじゃないかと思うけど、それを言ったら即魔女認定だろう。うん。
「モーリアスさんが、信頼できる人か……納得したいので、さっきの約束……守って貰えますか?」
「……女神メリッサ様に、という話ですね?」
「はい」
私は内心今すぐ逃げ出したいくらい、なんかもう全面的にモーリアスさんが怖くて仕方ないが、なんとか笑顔を浮かべて頷く。
……っていうかこれ、夢十夜の件、考えてみると、毒を盛った主犯、モーリアスさんじゃないですか???夢の中でお名前を知れた、イレギュラー……献上されたあの牛乳が呪いのブツですね???
一度や二度じゃ効果ないけど、夢を繰り返して私が毎晩寝る前にホットミルクで飲んでたので、呪いが重ねられたとか、そういうオチだったんですね……??怖っ……。
私は脳裏に陛下のニヤニヤとした、大変楽しそうなお顔が浮かんできた。
……つまり、これは陛下の遊……じゃなかった、試練、試験?まぁ、そんな感じのものなんだろう。ここでモーリアスさんを何とかして説得あるいは追い返さないと私はルドヴィカに狙われ続ける。
「メリッサに会うのが私がここに来た目的で、彼女は私にとって大切な存在です。彼女に会わせてくださったなら……私の中でモーリアスさんの評価がうなぎ上りです」
「ウナギノボリ……?」
「えっと、大変嬉しくなって大好きになる、という意味です」
「なるほど、ウナギノボリ」
面白いですね、とモーリアスさんはにこにこしてくれた。
よし!!
*
「モーティマー!!どうだ、あの陰険な賢者を追い返せ……なぜ一緒にいる!!?」
と、いうことでモーリアスさんが案内してくれたのは、神殿の内部にある祭壇。私もお馴染みの、聖杯があるお部屋だ。
そこには見慣れない、ゴテゴテした派手な……金とか真っ赤な配色の立派な法衣を着た……なんか、貧弱な体格の男の人が、神官さんたちを侍らせて待っていた。
誰……?
派手な貧弱さんはモーリアスさんと、少し後ろを歩いてついて来たイブラヒムさんを見て大げさなくらい驚くと、ぷるぷると震えて、側の神官さんたちの後ろに引っ込んだ。
「そ、それに、アグドニグルの軍人も一緒じゃないか!!追い返したのではなかったのか!!?どうなってる!モーティマー!!」
「あの、モーリアスさん……あの人はいったい……」
「あまりお気になさらず。ただの枢機卿のお一人ですよ」
「え」
“尋ねる者”の事は知らなかったけど、白皇后のお勉強タイムで、ルドヴィカの簡単な組織形態?は勉強している。
ルドヴィカは聖王様がトップで、大聖女様が三人、枢機卿が二十人くらいいて、と、そういう感じだった気が……。
つまり、お偉いさんでは???
なんだってそんなお偉いさんが……レグラディカなんて寂れた神殿に……あ、ごめんねメリッサ。
ぎゃあぎゃあと、神官さんの後ろで喚く枢機卿の人。
「……枢機卿、ザイール……?あぁ……なるほど」
何が?
イブラヒムさんが納得したように頷く。
だから、何が??
「おい!聞いてるのかモーティマー!!あの邪教徒どもは自分が追い出すとお前が言うから放っておいたんだぞ!!それをなんでこの神聖な場所まで連れて来て……おい無視するな!!全く……これだから平民は……」
ぶつぶつと文句を言う枢機卿さん。
うーん…うーん……。
状況が全くわからないんですが……私はなんとなく、こう……そわそわとしてきた。
目の前には、多分なんか悪い人?小悪党??っぽい枢機卿さん。
うーん。よし。
「ここまでです!!あなたの悪事は全てまるっと御見通しですよ!!」
「なっ、なんだとぅ!?」
びしっと、私は枢機卿さんを指差して、高らかに宣言してみた。
「な、何者……っ、は!?まさか……裏切ったなモーリアス!!」
よくわからないけど、悪事はしてる感じですね??その反応。
イブラヒムさんとレイヴン卿は「何を言い出したんだ……」という顔をしているが、モーリアスさんはにこにこと微笑んで黙っていらっしゃる。
「まさかモーリアスが裏切るとは予想外だが……しかし、ここで貴様らを始末すればいいだけのこと!」
「ザイール様……しかし、モーティマー卿は“尋ねる者”の……」
「元は卑しい平民風情が神の鉄槌者たる“尋ねる者”の局長であることがそもそも我慢ならなかったのだ!身の程を知らせる良い機会だろう!!後の事などどうにでも出来る!!構わん!やれ!!」
側の神官さんたちは枢機卿さんを止めようとあれこれ発言するのだけれど、興奮しきっている枢機卿さんは周囲の言葉など聞く耳を持たない。
多分、小娘に悪党扱いされてるのも気に入らないんだと思います。
「わ、わたあめ!!」
「きゃわん!」
仕方ないと、こちらに殺気を向けてくる見知らぬ神官さんたち(多分、枢機卿さんの護衛も兼ねてる武闘派)に、私は身の危険を感じてわたあめを呼び出した。
「!魔獣を呼んだ!?」
「魔女か……!」
「幼いのになんと邪悪な……!!」
「アグドニグルの魔女の元ではあんな幼女も魔術を使うのか!!」
陛下が神聖ルドヴィカにどう思われてるのか感じつつ、私はわたあめに「殺さない感じで、皆の動きを止められる?」と聞いてみた。
「きゃわわわーん!きゃん!」
頷き一つ、勇敢に駆けだしたわたあめ!
「なんだあのフワフワ!」
「くっ、俺は実家で白い犬を飼っていたんだ!!」
「可愛くて槍で刺せない!なんと卑劣な……!」
「えぇい!お前達、ふざけるんじゃない!殺せ!あれは悪魔だ!悪魔の使いだぞ!!」
怯む神官さん達を叱咤する枢機卿さん。
わたあめのホワホワが効かないとか、さては猫派ですか?
キャラネタ小話
毎度おなじみスターシステム。モーリアスさんの初出は私のデビュー作「野生の聖女は料理がしたい!」のweb版の異端審問官モーリアス・モーティマーさんとして、です(/・ω・)/
ちなみにこの野生の聖女の主人公はクシャナ陛下が「無事に娘を産んだ世界線」の陛下の娘さんです。
書籍の2巻の試し読みで見れる範囲のカラー口絵、猫になった陛下とアグドニグルでの娘さんの姿が見れるので、ご興味あればどこぞでチラ見してみてください。




