10、一番の手柄って何でしょうね
食堂は大騒ぎとなった。
当然だろう。
敵国憎悪の対象レンツェの“恥”のエレンディラ、それも幼女。
を、大国アグドニグルの皇帝陛下のご子息が「妻に」とそのように望まれた。
……???なんで??
何がどうしてそうなるのか。
家臣の人たち、イブラヒムさんを筆頭に「何を考えている!?」「殿下がなぜ!」「その子供に同情なさったのか!」「そんなことをなさる必要はない!」と、説得&説得の嵐。
しかしそれらの暴風の中にいるのに、騎士さんは無表情。
じっと私が見上げる視線に気づいて一度ちらり、と顔を向けて目を細めてきたくらい。
「はぁー、笑った笑った。よもやレンツェの宮殿でかように笑うとは。思いもよらぬことが起きるもの。――ヤシュバル、その方、中々世帯を持たぬからそういう主義なのかと思っていたが?」
「アグドニグルの王族として、婚姻とは国に利益を齎すものでなければと考えております」
「なるほど?それではこれまで、私やイブラヒムの勧めた姫君らの齎す利より、そこの幼女の方が有益と、そのように判断したか?」
「はい」
よどみなく答える騎士さんに、私は「何言ってるんだこの人」と信じられないものを見る目を向けてしまう。
「ははっ、そうか。ではその利とはなんだ?おい、イブラヒム、そなたが考えつくレンツェの姫を迎えた利を申してみよ」
「……」
「ないか?思いつかぬか?我が息子は「ある」と申しておるが?」
「……」
青白い顔に神経質そうな目つきのイブラヒムさんは、嫌そうに顔を顰めた。丸い眼鏡を何度か押し上げ、息を吐く。
「……レンツェを吸収するために、レンツェの王族をアグドニグルの王族、あるいは貴族と結婚させるという手は、確かにございましょう。我らが皇帝陛下の御威光は凄まじく天地に轟く稲妻の如きお力にございますが、人の心というものは恐怖だけでは支配できませぬ」
「ふむ。なるほど」
「それなるレンツェの王族は宮中で顧みられなかった末の姫。これまで冷遇されていた事実はアグドニグルの国民からの憎悪を同情心へ変換できなくもありません。失礼ですが、その外見もまた、レンツェの王族とかけ離れているゆえに」
砂色の肌に白い髪をイブラヒムさんは眺めて言った。
「ですが」
「うん?」
「我が国はレンツェを平和的に支配する必要がございません。レンツェの国力など吹けば飛ぶものであることは今宵証明されました。国民は全て労働力とし、資源とする。我が国において、レンツェに対して報復と制裁を与えることこそ、国威を示すために必要なこと。――レンツェの王族が命じ、ツィッシアの街にレンツェの者どもが行った非道を許す事はできません」
ツィッシアの街?
…… アグドニグルの街だろうその場所で何があったのか。
「まぁ、そうであろうな。で、どうだ?ヤシュバル。そなたの考える「利」とはレンツェを平和的に支配する前提で有効な、これであるか?」
「いいえ」
「はぁ!?で、殿下!適当に申されているのであれば……」
「我がヤシュバル・レ=ギンの名にかけて申し上げます。陛下、どうかご再考ください」
どんな利か、騎士さんは言わないつもりらしかった。
そ、それは……無理なんじゃなかろうか。どんなメリットがあるのかもわからず「あることを信じろ」というのは……それは、無理なんじゃないだろうか……。
あわあわと私が狼狽える中、沈黙する皇帝陛下と騎士さん。
「レンツェの国民全てを千の組に分け、奴隷とする」
暫くの後、皇帝陛下が立ち上がった。背筋を伸ばし、床に突き刺した剣の柄を両手で押さえ言葉を続ける。
「本国に帰還の後、レンツェの末の姫に毎夜料理を一品、献上させる。余が「可」と認めれば、一組ずつレンツェの国民の奴隷を解放しよう。一夜とて料理を献上できず、または「不可」となれば今後百年、アグドニグルはレンツェを許さぬ」
千日、という私の望みは聞き入れられた。
が……少なくとも、最後の組は約三年……奴隷として生きなければならないのか……。
あまりに長い。
エレンディラが何か口を挟もうとしたのを、私は抑え込む。
譲歩されているのはこちらだ。
皇帝陛下の御言葉は続いた。
「千日後、全ての奴隷が解放された暁には、我が息子ヤシュバル・レ=ギンを王配とし、レンツェの末姫にレンツェの自治権を与え、女王に即位させよう。息子よ、それで良いか」
最後の口調は柔らかく、気遣いが感じられるものだった。
……つまり、形式上これは「ヤシュバル殿下のお願い」を、皇帝陛下が譲歩され聞き入れた形になる。
母親が息子の願いを、とそういうもの。恩情。
騎士さんはどうして、レンツェの味方をしてくれるのか、私にはわからない。
けれど皇帝陛下の決定に深く感謝の意を示し、私を振り返った騎士さんはただ一言。
「何も心配しなくていい」
とだけ、私におっしゃった。
「いえ、あの……プリン、温くなるので……はやく、召し上がっていただけないか心配で仕方ないです」
優しい眼差しと言葉だが、私は思わず反射的に返してしまった。
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