1、復讐するは我にあり
レンツェというのは、しがない西の端っこの小さな国。
細々と交易やら地味に取れる鉱物でなんとかやりくりできているような、特に目立った特産も有名人もない、物語ならなんとなく名前が出てくるかなー、程度の存在。
それでも実際に国が存在していれば文化があり、人がいて、そして王族がいるのがこの世界の基準。
そのレンツェの王族の一人が私、エレンディラ。
国王陛下が何をトチ狂ったのか奴隷に手を出して産ませた子。
黄金の髪に青瞳を持つ王族の中で、明らかに違う風貌。
真っ白い髪に砂色の肌。
レンツェ王家の“恥”のエレンディラ。随分と酷い名前を付けたものである。
(そんな中でも、一生懸命生きていました。数分前まではな……!!)
突き落とされた冬の池の中からはい出た私はガダガダと震える体を何とか乾かそうと、雪の中を進んで離宮に戻る。戻ったところで使用人の一人も与えられず育児放棄&冷遇されたエレンディラであるので、暖炉に薪はなくこのままでは凍死まっしぐらだ。
(既に溺死?してるからなぁ……もっかい死んだらどうなるんだか)
手足の感覚はない。しかし私は七歳のエレンディラではない。
いや、確かに私はエレンディラだ。ただし、正確には前世の記憶を取り戻したエレンディラ。前世は日本という国に住んでいた、アイアムジャパニーズ。
寒かろうがひもじかろうが、私には今、意地があった。
(ネグレクトしやがった国王と散々虐めくさった異母兄姉とそれに参加した使用人ども全員の死を見るまで、絶対に死んでなるものか……ッ!!)
こんな小さな子を、雪の積もる中、引きずり出して犬に襲わせて池に落としたのは三番目の兄……ッ!
それをケラケラ笑いながら眺めていたのは六番目の姉……ッ!
池の中でもがき苦しみながら助けを求めたエレンディラを冷めた目で眺めて去って行ったのは二番目の兄……ッ!
エレンディラが唯一持っている母の形見の粗末な外套を「きゃ~よく燃える~くさ~い!」と火をつけたのは七番目の姉……ッ!!
普段からエレンディラは離宮の隅っこで、兄姉たちに見つからないように健気に生きて来た。それを、時折「暇だから」「なんか嫌なことがあったから」「特に理由はない」とクソ王族どもはちょっかいをかけにくる。厨房で必死に使用人たちに頭を下げて、生ごみの中から食べられる物を探してなんとか生きて来たエレンディラが……犬に追いかけられどんなに怖かったか……氷の張った冬の池がどんなに寒く、肌を刺すようだったか。
私は思い出し「この子をこのまま、誰にも顧みられず死んだままにはさせない」と強く決意する。
「……君、そこの……待ちなさい!なぜこんなところに……子供が……」
私は前世平凡な食堂のアルバイトだったが、この復讐心で絶対に全員地獄に突き落としてやるからなッ、ジャパニーズの勤勉さを思い知らせてやるからなッ!と震えながら誓っていると、背後から驚いたような男性の声がかかった。
見たことのない騎士だ。
この国の甲冑とは少し作りが違う。背の高い、黒い髪の騎士は私の方に駆けより、自分の外套を外して私に素早くかけるとそのまま抱き上げた。はだしで雪の中を歩いていた足はガチガチと硬い。
「……この身なり……奴隷の子か?」
「お、おぉ、おお、じょ……です……これでも、お、おぉ、じょ」
ママンは奴隷だったが、血筋的には王族である。
親切な騎士さんだ。私が王家の恥のエレンディラだと知らない……新人さん?まぁそれは今はどうでもいいとして、このままでは凍死間違いないので、ここで人肌&濡れていない布はありがたい。
「……王女……まさか」
騎士さんは信じられないものを見る目をした。えぇ、そうですよね。どこの王国にこんな鼠以下の扱いをされているプリンセスがいるというのでしょう。いるんだな!ここに!!イッツミー!!
人の好さそうな面には見えないが、寒空の下、エレンディラを顧みてくれた唯一の人!お願い助けて!扶養してとは言わないが、今は助けて!
ブルブル震えつつ必死に目で訴えると、騎士さんはなぜか辛そうに眉間に皺を寄せた。
「殿下!――この区域の制圧は完了しました!」
私たちが無言で見つめ合っていると、ガチャガチャと騎士が増える。
知らない甲冑……知らない旗を持っている。なんか、赤い布に、金色のでっかい鳥が描かれている立派な旗だ。レンツェのものではない。レンツェの国旗は青布に白い百合の花だ。その見知らぬ旗を掲げた騎士団……が、捕らえている金髪の人たち。
「お、おぉ、ねえ゛、さまだぢ……」
後宮で贅沢三昧な暮らしをされている側室や王女の方々が、必死に抵抗し暴れながら連れて来られていた。
え、何?どういう状況……。
「エレンディラ!お前……お前だけ逃げようったってそうはいかないわよ!」
私が騎士さんの腕の中にいるのを気付いた姉の誰かが叫んだ。
「……」
「殿下、その子供のことじゃありませんか?聞いた事があります。レンツェには奴隷の子の王女がいると。その娘も連れて行きましょう」
私の存在を正しく認識した騎士の一人が、目に強い憎悪を浮かべて進言してきた。ぐいっと、私の髪を掴み、騎士さんの腕から引きずり降ろそうとする。
「っ、」
「手荒な真似はするな」
「!?しかし、レンツェの王族ですよ!?この恥知らずな連中が我々に何をしたか……っ!」
「レンツェの愚か者どもが我々に行った無礼をそのまま返すのは、我らが品位を落とす事」
もう一度、騎士さんは「手荒な真似はするな」と、騎士たちに命じてくれた。
……なんだろう。
どういうことだろう。
一体全体、状況がわからない。ただ、私は騎士さんの腕から降ろされ、連れて行かれる他の姉たちと一緒にされた。
連れて行かれながら、姉たちのヒステリックな叫び声と、鳴き声。
呟く言葉から、察するに……。
この国は大国アグドニグルに喧嘩を売ったか何かして、報復され、一日で王宮が制圧されたらしい。
王族は全員一か所に集められ、これから処刑されるのだという。
……待って!?
王族全員もれなく死ね!とは思ったけど、願いが叶うの早いね!やったー!