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気がついたら女子短大生(JT?)になっていた  作者: 変形P
昭和四十四年度(短大一年生・夏休み編)
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八話 明日香との再会

英研に入部してからが大変だった。毎日のように部員たちから似顔絵占いをしてくれと頼まれる。毎日の家事もあるし、試験勉強もしなくてはならないので、一日に二、三人のデッサンを描いて、下宿で家事と試験勉強の合間に色を塗る。けっこう大変だった。


似顔絵描きは当然ながら上級生から順に描いていった。一番手は長浜前部長だ。


ささっと鉛筆でデッサンを描き、それを見て満足げに長浜前部長は言った。


「美奈子の言ったとおりね。素敵な絵だわ」


「どうも」


「それで占いの結果は?」


「何を占ってほしいのですか?」


「とりあえずは就職がうまくいくかどうかね」


四年生だけあって、恋愛や結婚よりも目先の就活のことが気になるようだ。俺は自分で描いた絵を見つめながら、頭に浮かんだ言葉を言った。


「志望先の会社に就職できます」俺が言うと長浜前部長は嬉しそうに微笑んだ。ちなみに第一志望と言わないのは、そこまで自信がないからだ。第二志望でも、第三志望でも、滑り止めでも、志望先と言って間違いではないだろう。


「ただ、人間関係で苦労しそうですね」と俺が言うと長浜前部長が顔を曇らせた。


「どういうこと?」


「会社にはお局様つぼねさまがいます」


「お局様って?」


「江戸時代の大奥を牛耳っていた春日局かすがのつぼねのように、新人女性社員をいびったりするやや年配の先輩女性社員のことです」大河ドラマが語源かな?


「私もいびられるって言うの?」


「いいえ。民子さんは同期の新入社員と励まし合っていじわるに対抗するとともに、そのお局様にうまく取り入って、いびりをやめさせられます」


「なんか大変そうね。・・・それに端から見たら、蝙蝠こうもりみたいと酷評されそう」


ここで言う蝙蝠こうもりとは、獣と鳥が喧嘩をした際に、獣たちには自分は獣の仲間ですと言い、鳥たちには自分には羽があるから鳥の仲間ですと言っているうちに、双方に取り入っていたことがばれて総スカンを食らうという寓話の蝙蝠こうもりのことだ。お局様からも同期の社員からも信用を失いかねないと危惧したのだろう。


「英研の部長をしていた民子さんなら、うまく人心をつかめますよ」と根拠のない保証をしておく。


そのほかの先輩方にも不安を吹き払うような占い結果を話しておいた。当たるかどうかわからないけど。


そんなときに女子高の同級生だった翠さんから葉書が来た。知り合いの医者が妖怪らしきものと出会ったけれど、本物の妖怪なのか?という内容だった(「アフターストーリーズ」四十七話参照)。


俺は一読して、妖怪ではなく犯罪の可能性を考えて急いで速達で返事を送った。杞憂であればいいのだけれど。


そして金曜日、つまり、久しぶりに実家に帰って、明日香に会いに行く日の前日になった。そしたら突然杏子さんが言い出した。


「私たち、私と明日香とマキちゃんはゴールデンウィークにドレスを受け取ったの。明日はそれを着て美知子さんを出迎えるつもりよ」


「楽しみです」


「それでできれば美知子さんにもドレスを着てほしいって明日香が言ってたわ」


「え?そんな急に?」


「先週の土曜日に明日香が言ってきたから、急ではないわよ」


「でも、私が聞いたのは今日ですよ。もう少し早く教えてください」と文句を言った。俺のドレスはちゃんとしまってあるのだろうか?


「しょうがないわね、杏子は」と話を聞いていた祥子さんが言った。


「祥子さんも来るんですよね?」


「ええ。一応明日香からお誘いは受けているわ」


「祥子さんはドレスを買ってないですよね?当日はどんな格好をして来ますか?振袖でも着られるんですか?」


「そうね。・・・もう暑くなってきたから振袖は勘弁ね。浴衣でも着てこようかしら?」


「それもいいですね」とか、そんな話をしているうちに当の土曜日になった。


午前中の講義が終わり、学生食堂で昼食を食べてからマンションに帰る。杏子さんと祥子さんが帰るのを待って、荷物を持って一緒にマンションを出た。そのまま三人で駅に向かい、電車に乗り込む。


俺自身は家に帰るのはおよそ一か月ぶりだ。土日はレポート書きにいそしんでいたからだ。


ターミナル駅で乗り換え、一時間ほど電車に揺られていると、実家がある町に着いた。


「それでは後で」と言い残して杏子さんと祥子さんと別れる。そのまま懐かしい(と言ってもせいぜい一か月ぶりでしかないが)実家にたどり着いた。


「ただいま」と玄関戸を開けながら声をかけると、すぐに母が出て来た。


「お帰りなさい。久しぶりね。元気だった?」と懐かしい声をかけてくる。


「うん、元気よ。レポート書きもようやく終わったから」と言って玄関に上がる。


「葉書で連絡したように、今夜は明日香ちゃんの家に行くから」と断りながら自分の部屋に荷物を置く。


その間に母がお茶を淹れてくれたので、お茶の間のちゃぶ台の前に座ってお茶をいただく。


「お母さんたちも元気だった?」


「ええ、みんな元気よ。武なんか元気が有り余っているくらい」


「そうでしょうね。部屋が雑然としていたわ」と俺はさっき荷物を置いた部屋を思い出した。そこは俺と弟の武が一緒に寝起きしている部屋だ。部屋が二室しかないので、個室など望むべくもない。


今日久しぶりに武と一緒に寝ることを思うと、ちょっと憂鬱になる。


「いつも掃除はしてるんだけどね。あなたがいないからすぐに散らかっちゃって」と申し訳なさそうに母が言った。


「そうそう、今日またドレスを持って明日香ちゃんの家に行くことになったんだけど、ちゃんとあるかしら?」武がいたずらしていないといいんだけど。


「大丈夫でしょう。武はドレスなんか興味ないし」


「お母さんもドレスを縫うって言ってたけど、どうなったの?」


去年、幼馴染の恵子に俺のドレスを作ってもらったとき、母が気に入ってしまって、自分でも作ろうと考えてピンク色の生地を買ったのだ。その生地の一部は友人の妹たちのワンピースを作るのに使ってしまったが・・・(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」百六十話参照)。


「結局夏用のワンピースを作ったわ。この年でピンクなんて恥ずかしいけど」


「まだ全然大丈夫よ」とほめておく。八百屋や魚屋に着ていったら目立つかもしれないが。


お茶を飲み終えたので、部屋に戻ってたとう紙に包んだまましまっておいたドレスを出して確認した。問題はなさそうだ。しかし、さすがにこれを着て外を歩けないので、風呂敷に包んで持って行って、明日香の家で着替えるつもりだ。


家を出ようとしたときに武が帰って来た。


「お、姉ちゃん、お帰り~」と武。


「ただ今、久しぶりね。ちゃんと勉強してる?美佐子ちゃんと仲良くしてる?」


「どっちもそこそこだよ」とちょっと照れながら部屋に入って行った。


追及する時間的余裕がなかったので、俺は母に断って家を出た。


しばらく歩いて明日香の家に着く。ドアホンを鳴らすと、すぐにドレス姿の明日香が出て来た。


「会いたかったわ、お姉様」俺に抱き着く明日香。


「明日香ちゃん、私も会いたかったわ」と言って背中をポンポンと軽く叩くと、そっと明日香の体を引き離した。


「明日香ちゃんのドレス姿をじっくり見せてよ」と言うと、顔を赤らめながらスカートをつまんでポーズを取ってくれた。


「素敵じゃない!私なんかよりよっぽど似合っているわ」


「それほどでないけどね」と照れる明日香の後ろに、同じくドレス姿の真紀子が立っていた。


「マキちゃん!・・・マキちゃんも似合っているわ」


「えへへ」と照れ笑いする真紀子。


「明日香、玄関先だと恥ずかしいから、早くみっちゃんに中に入ってもらおうよ」


「それもそうね」と明日香が言って、俺の手を引いて家の中に引き入れてくれた。


「美知子さん、いらっしゃい」と、さっき別れたばかりの杏子さんもドレス姿で現れた。


「杏子さんも素敵ね。ますます私が霞んじゃうわ」


「そんなことないから、とりあえずお姉様も着替えてよ」と明日香の部屋に引っ張り込まれた。


しかたなく持ってきた風呂敷包みを広げて、ドレスを取り出す。


なぜか明日香と真紀子と杏子さんの三人の視線を浴びながら服を脱いでドレスに着替える。もちろん合格祝いにもらったコサージュや手袋などの小物も付ける。・・・手袋はちょっと暑いかなと思ったが、明日香と真紀子からのプレゼントだから、はめないわけにはいかない。


着替え終わって明日香たちにチェックしてもらってから、いつも宴会を開いている部屋につれて行ってもらった。


「美知子さん、お久しぶりね。いつも杏子たちの面倒を見てくれてありがとう」と、その部屋で待っていた明日香たちの母親にあいさつされた。


「お久しぶりです。こちらこそお世話になっています」とあいさつを返す。


「杏子から聞いた話だと、お勉強を頑張っているそうね?」


「はい。レポートが多くて。それにこれから試験も始まりますので、なかなか気を抜けないんです。時々杏子さんに演芸鑑賞に引っ張り出されますから、気晴らしはしています」


「杏子、あまり美知子さんに迷惑かけるんじゃないわよ」と、杏子さんが母親にたしなめられていた。


「美知子さんは最近やる気を出してきたから大丈夫よ」と杏子さん。


「祥子の英研にも入部させられて、しかも似顔絵を何枚も描かせられてるそうよ」


「また似顔絵を描き始めたの?」と真紀子が聞いた。


「女子高の同級生だった坂田さんって人が英研の部員に話しちゃってね、部員全員分描くはめになっちゃったのよ」


「祥子姉さんは何をしているのよ」と明日香が文句を言ったときに、浴衣姿の祥子さんが入室して来た。


「何?私が何をしたの?」と明日香に聞き返す祥子さん。


「お姉様が英研の部員に迷惑をかけられているって話よ」


「そのことは美知子さんには気の毒だと思うけど、最初だけだからね。・・・ごめんなさいね、美知子さん」と祥子さんが俺に謝った。


「来週中には終わると思うので、問題ないわ。それに英語の勉強のために入部したので、最終的には自分の得になるのよ」と明日香をなだめた。


「みっちゃんはやっぱり勉強熱心ね」と真紀子が感心する。


「夕食までまだ少し時間があるから、みんなで記念写真を撮ったら?」と母親に言われたので、明日香の父親のカメラを借りて、玄関前に出て順に写真を撮り合った。家の前の道を歩く人々がドレス姿の俺たちに驚いて、しばしばガン見されたので、ちょっと恥ずかしかったが。


再び家の中に入って、松葉女子高校の近況を聞く。


「明日香ちゃんが二年一組、マキちゃんが二組で分かれたのは残念だけど、二人とも委員長をしているから会う機会があるわね。マキちゃんは委員長になってどう?」


「明日香がいないから不安で緊張もしてたけど、最近何とか慣れてきたわ。副委員長の森田さんが物おじしない人だから、そういう点では助けられているの」


俺は森田さんの性格を思い出して苦笑した。


「明日香ちゃんは、生徒会の書記の仕事はどう?」


「生徒会の方は古田さんが主導してくれるから問題ないけど、来年が大変だわ。生徒会長選挙を全校生徒の投票で決めることになりそうなの」と古田生徒会長の選挙改革を教えてくれた。


「来年生徒会長になるのは明日香ちゃんかな?マキちゃんの可能性もあるわね」


「生徒会長になりたいわけじゃないけど・・・」と明日香。


「私も無理だわ」と真紀子も言った。


「でも、お姉様の跡を継ぎたいという気持ちもないわけじゃないし・・・」


「明日香がなるのが順当だと思うわ。協力はするからね」と真紀子。


「マキが生徒会長になったら、私も全力で応援するわ」と明日香が言い返した。


八話登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺、お姉様、みっちゃん) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。

長浜民子ながはまたみこ 秋花しゅうか女子大学四年生。英研前部長。

坂田美奈子さかたみなこ 美知子の女子高時代の同級生。秋花しゅうか女子短大家政学科一年生。英研部員

三澤 翠(みさわみどり) 美知子の女子高時代の同級生。新婚の主婦。

水上明日香みなかみあすか 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。

水上杏子みなかみきょうこ 同居人。秋花しゅうか女子大学二年生。落研おちけん部員。明日香の姉。

黒田祥子くろだしょうこ 同居人。秋花しゅうか女子大学二年生。英研部員。

小柴恵子こしばけいこ 美知子の幼馴染。駅前の洋装店ブティックに勤務。

藤野 武(ふじのたけし) 美知子の弟。市立中学二年生。

芳賀美佐子はがみさこ 市立中学二年生。武の彼女。

内田真紀子うちだまきこ(マキ) 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。

森田茂子もりたしげこ 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。

古田和歌子ふるたわかこ 松葉女子高校三年生。生徒会長。


TVドラマ情報


NHK総合/春日局(1989年1月1日〜12月17日放映)


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