七話 英研に入部
六月の下旬にはレポートを書き進めながら、スケッチブックを買ってきて昼休みに佳奈さんたちの似顔絵を描いた。
「ほんとに上手ね!」と鉛筆デッサンを見て感心する佳奈さん。
「それにちょっと美人に描いてもらっているわ」とやや興奮ぎみの芽以さん。
俺は口に指を当てて「静かに!」と二人に注意した。
「ほかの人まで描いてほしいって言いに来たら困るから。女子高のときはそれで大変だったのよ」
「確かに何十人も押しかけて来たらさばき切れないね」と理解してくれる佳奈さん。
「でも、これならお金が取れるわよ。街頭で似顔絵描きのアルバイトをしたら?」と芽以さんが言った。
確かに値段設定によっては家庭教師よりもお金になるかもしれない。しかし、酔っぱらいやあっち系の人たちに絡まれたら大変どころじゃすまないだろう。
「後で色を塗っておくから、完成したらあげるわ」と言ってスケッチブックを閉じようとしたら、二人にスケッチブックを押さえられた。
「なに?」予想外の行為に驚く俺。
「なにじゃないわよ。似顔絵を描いて占ってくれるんでしょ?」キラキラした目で二人に見つめられる。
「そ、そうだったわね。・・・じゃあ、まず佳奈さんから」俺はそう言って佳奈さんの目の前で自分で描いた似顔絵を見つめた。
「・・・短大を卒業したら大阪に帰って、しばらくするといい縁談があって、大きな災難には出会わず、一生幸せに暮らせそう」と俺は当たり障りのなさそうなことを言った。
「あら、いいじゃない!」と感心する芽以さん。しかし当の佳奈さんは不服そうな顔をした。
「それだけ?」
「それだけってどういう意味よ?いい占い結果だったじゃない」と佳奈さんに言い返す芽以さん。
「燃えるような恋愛をして、二人で手を取り合って悪者から逃げ、世界中を渡り歩くってドラマチックな展開はないの?」
「何よそれ!?映画や漫画のヒロインじゃあるまいに!平凡でも穏やかで幸せに暮らせるならそれで十分じゃない?」と芽以さんが佳奈さんに文句を言った。
「えへへ」と頭をかく佳奈さん。
「今度は私を占って」と今度は芽以さんが言ってきた。
同じように芽以さんの似顔絵を見つめる。
「同じように二十代半ばでいい人と巡り合えそう。・・・その後関西の方に引っ越すわね」
「え?・・・まさか借金取りに追われて都落ち?」心配そうに聞く芽以さん。
「ううん。ただの転勤みたいね。大金持ちとは言わないけど、お金には困らなそう」
「なら良かった」と胸をなで下ろす芽以さん。
「どうせなら私のそばに引っ越しなよ」と芽以さんに言う佳奈さん。
「可能だったらね。・・・それにしてもどうしてそんなことが占えるの?」
「な、なんとなくそう思えるだけよ。あまり本気にしないでね」ふと頭に浮かんだことを言ったままで、ほんとうに未来が見えるわけじゃない。・・・口からでまかせ、というわけではないが、でたらめと言われたら返す言葉がない。
「藤野さんの未来は?」と聞く佳奈さん。
「占い師は自分のことは占わないのよ」
「でも、自画像は描けるんでしょ?」
「そうね・・・」自画像は女子高時代に何枚も描いた。だから鏡を見なくても描けるはず。俺はスケッチブックの新しいページを開くと、ささっと鉛筆で描いた。
「あれ?・・・それ誰?」とのぞき込んだ芽以さんが言った。
「まるで外国人の少年みたい・・・」
その言葉に俺は適当に描いた自画像を見なおした。確かに自分とは全然違う顔だ。着色していないが、日本人離れした顔つきの、十代前半の少年のように見えた。
「適当に描いたら変になっちゃった」と俺は舌を出してスケッチブックを閉じた。
七月に入るとようやくレポートが書き上がった。ワープロなんてない時代なので、当然のことながら全部手書きだ。パソコンを使えば修正が楽だし、同時にスペルチェックもできるのだが、この時代では望むべくもない。
それでも一応完成だ。ほっとするとともに、いろいろと教えてくれた神田君にお礼を渡そうと考えていたことを思い出す。
「どんなお礼がいいと思う?」と、短大で以前に相談した坂田さんにまた尋ねてみた。
「そうねえ。・・・いろいろ考えてみたけどねえ。・・・明応大商学部の一年生で、読書好きって言ってたわよね?」
「そう。読書以外の趣味はないみたい」
「社会人ならネクタイとかあげればいいと思うけど、まだ学生じゃあスーツを着る機会はあまりなさそうね」
「いつもTシャツとか、ラフな格好をしているわ」
「本が好きなら栞とか、ブックカバーとか。・・・でもたいてい紙製だろうから、ちょっと安っぽすぎるかも」
俺の時代には金属製の栞が売られていた記憶がある。そういうのならちょっとしゃれているのかもしれないが、あいにくこの時代では見かけたことがない。
「布製のブックカバーを作ってあげたら?」と坂田さんに提案された。
「手芸は不得意だけど、そのくらいならできるかな?」
そう思って時間が空いているときに手芸の店に行き、星柄のキャンバス布を買った。紺色の地に黄色や白の小さな星が印刷された柄で、夜空、と言うか、神田君の好きな宇宙空間に見えるだろう。
大きさは文庫本サイズで、少し厚めの文庫本も入れられるよう、大きめに作っておく。縫うところは上下の端だけなので、手芸が苦手な俺でも簡単に作ることができた。
マンションで縫っていたので祥子さんと杏子さんにいろいろ聞かれたが、思いつきでブックカバーを作ってみたとだけ言っておいた。
「それより、レポートができたんなら、そろそろ英研に入ってもらえないかしら?」と祥子さん。
「何よ、祥子。美知子さんはこれから落研の活動に本腰を入れるんだから」と文句を言う杏子さん。
何となく喧嘩になりそうな雰囲気になってきたので、俺はあわてて「祥子さん、英研に入ります。もちろん落研の活動にも参加しますから、杏子さんも落ち着いてください」と二人に言った。
合間の平日に俺は明応大学に行って神田君と会った。
「いろいろとSFの話を聞かせていただけたおかげで、レポートが完成しました。ありがとうございました。これはつまらないものですが、使ってください」と言って手製のブックカバーを渡した。
「好きなSFの話を思う存分できたから、楽しかったよ。また書店を巡ったり、今度こそ映画を観に行かないかい?」と神田君に誘われる。
「あいにくですが、そろそろ期末試験が始まるので、しばらく試験勉強に専念したいんです」
「そうかい?残念だね」と神田君はほんとうに残念そうに言った。前に一色さんと話したとき、神田君が女子学生二人と遊び歩いていたことがあったと聞いたので、見かけによらず男女交際には不自由していないと思ってしまったが、そうではないのだろうか?
とは言え試験勉強をしなければならないのは事実なので、再会を約束して神田君と別れた。
そして翌日、祥子さんとの約束通り、正式に英研、つまり英語研究会に入部することになった。なお、自己紹介の後に歓迎会を開くことが決まっているそうだ。
「杏子さん、申し訳ありませんけど夕飯は適当に摂ってください」と朝、短大に行く前に杏子さんに言っておいた。
「わかったわ。その代わり明日は落研の飲み会に出てね」と言われ、約束した。ちなみに落研の部員は上谷部長と杏子さんと俺しかいない。
放課後になって坂田さんと一緒に入試のときに入ったことがある英研の部室に行くと、三十人近くの部員が集まっていた。部室内がぎゅうぎゅうだ。話に聞いたところでは、部員全員が集まることは、夏休みなどに行う合宿や大学祭を除けばあまりないそうだ。
合宿では、街頭で外国人に話しかけたりする活動を行うらしい。大学祭では、屋台と英語劇をするらしい。
俺は部室の一番奥で、現部長の天野さんの隣に立ち、部員全員の注目を浴びながらあいさつをした。
「このたび入部することになりました、短大英語学科の藤野美知子と申します。どうぞよろしくお願いします」
俺が頭を下げると部室内に拍手が響いた。
「入部を歓迎するわ。よろしくね」と天野部長に言われる。
「ようやく入部してくれたのね。二月にはお世話になったわ」と、近くに立っていた前部長の長浜さんが俺に話しかけてきた。お世話になったというのは、入学試験の日に紛失した合格電報代を俺が見つけた件だ(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」二百二十一話参照)。
「あのときはお世話になったわ」と先輩の田端さんが頭を下げてきた。紛失事件の当事者だった人だ。
「いえ、どういたしまして」と適当に返事を返す。あの後少しごたごたがあったので、あまり思い出したくなかったのだ(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」二百三十話参照)。
「一応部員を紹介するけど、人数が多いからおいおい覚えてもらえばいいわ。・・・祥子と美奈子はご存知よね?」
「はい。祥子さんとは同居していますし、坂田さんは女子高の同級生でした」
「二人からいろいろ聞いているわ」・・・何を聞いているのだろう?不安だ。
「この部ではファーストネームで呼び合っているの。先輩には『さん』付けで、同学年と後輩は呼び捨てにしているから、あなたのことは美知子と呼んでいいかしら?」
「もちろんです。え・・・と、天野部長?」
「私の名前は有美子よ。部長と呼んでもいいけどね」
「わかりました。部長さん、よろしくお願いします」俺はもう一度頭を下げた。
「じゃあ、歓迎会に行きましょう」部員の紹介が終わると天野部長が言って、全部員で外に繰り出した。英研なので英語が飛び交うのかと思いきや、みんな普通に日本語で話していた。
大学近くの居酒屋に入る。厨房に面したカウンター席の反対側に畳の席があり、六人掛けのテーブルに奥から順番に座って行った。
一番奥のテーブルには天野部長、長浜前部長、祥子さんらが座り、俺は二番目のテーブルに着かされた。同じテーブルの五人で俺が見知っているのは坂田さんだけだった。
手慣れた部員がすぐに注文を集める。
「みんな、ビールでいい?」と聞かれ、「お願い」と答える部員たち。
「あの、私はソフトドリンクで」と俺は言った。まだ未成年だからだ。
「ソフト・・・?」意味がわからなかったようだ。「ビールじゃなく、炭酸飲料水がいいってこと?コークでいいの?」
「は、はい。それでお願いします」コークとは、確かコカ・コーラのことだったな。
「焼き鳥と枝豆とモロキューをそれぞれ六人前ね。ほかにほしいものある?」
「お新香の盛り合わせもお願いします」と一人の部員が言った。
仕切っている部員が店員に注文している間、俺は部員たちに質問攻めになった。
「祥子さんと一緒に暮らしてるんでしょ?」「どういう関係?」「うらやましいわ」
俺は祥子さんと従妹の杏子さんの両親に頼まれて、家事を手伝う代わりに同居させてもらっていることを説明した。
「え~、食事とか掃除とか洗濯をしてあげているの?大変ね」
「掃除は各自でしてもらっています。料理や洗濯は自分の分と一緒にするので大した手間じゃないです。毎日のメニューを考えるのが一苦労ですが」
「偉いわねえ」感心する部員たち。
「それほどでも・・・」と謙遜したときに俺の前にコーラが置かれた。
「ありがとう」とお礼を言って口につける。・・・普通のコーラより辛い気がする。
「お料理もお食べなさいよ」と、ひとりの部員が小皿に焼き鳥を取ってくれたので、またお礼を言いながらかじる。
「ところで美奈子から聞いたんだけど、美知子って似顔絵占いができるんだって?」と別の部員に聞かれ、俺は驚いて坂田さんの方を向いた。
両手を合わせて謝るそぶりをする坂田さん。どうやら俺のことを聞かれて、つい話してしまったようだ。
「私も占ってよ」「私も」と口々に頼まれて、「今度スケッチブックを持って来ますから」と約束させられてしまった。
とんだことになったと思いながらまたコーラを口にする。さらに部員からの質問攻めにあり、コーラの味を気にしている余裕はなくなっていた。
その後俺はぐでんぐでんに酔っぱらって祥子さんにマンションまでつれ帰ってもらったらしい。歓迎会の後半では何をしゃべったのか覚えていない。
俺が飲まされたのは、コーク・ハイというウィスキーのコーラ割りだった・・・。
七話登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
丹下佳奈 秋花女子短大英文学科一年生。
嶋田芽以 秋花女子短大英文学科一年生。
神田一郎 明応大学商学部一年生。読書好き。
坂田美奈子 美知子の女子高時代の同級生。秋花女子短大家政学科一年生。英研部員
黒田祥子 同居人。秋花女子大学二年生。英語研究会(英研)に所属。
水上杏子 同居人。祥子の従妹。秋花女子大学二年生。落研部員。
上谷葉子 秋花女子大学の落研の部長。多分四年生。
天野有美子 秋花女子大学三年生。英研部長。
長浜民子 秋花女子大学四年生。英研前部長。
田端泰子 秋花女子大学二年生。英研部員。




