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気がついたら女子短大生(JT?)になっていた  作者: 変形P
昭和四十四年度(短大一年生・関西編)
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六十六話 こだまは西へ

昭和四十五年三月十五日日曜日の朝九時過ぎに、俺と芽以さんは東京駅の東海道新幹線のホームに入った。こだま号の自由席に乗るためだ。


こだま号の東京駅発新大阪駅行きは、この時代、六時半から一時間おきに出発する。俺たちは九時半発のこだまに乗ろうと考え、少し早めにホームに入ったのだ。


ホームにはまだ新幹線が入っていなかった。俺たちが自由席の入口前に並ぶと、


「ねえ、駅弁はどうする?ここで買っておく?」と芽以さんが聞いた。


「そうね。東京駅の駅弁は食べたことがないから、買ってみるのもいいわね」


「じゃあ、私が二つ買ってくるから、ここで並んでおいて」と芽以さんが言った。


「わかった。荷物も見ておくから」俺が答えると芽以さんが売店の方に去って行った。


さすがは東海道新幹線だ。日曜日ということもあってか、けっこう人が多い。自由席は早い者勝ちだから、確実に座るためには並んでおかなくてはならない。


しばらく待っていると、芽以さんが二人分の駅弁とポリ茶瓶を持って帰ってきた。


「何を買ったの?」


「チキン弁当よ」二段重ねになっている、なかなか豪華そうな駅弁だった。


「駅弁が二百五十円、お茶が二十円よ」と芽以さん。俺が代金を払っていると、ホームに新幹線が入って来た。先端が丸いドーム状の新幹線0系で、俺たちが乗るこだま一〇七号だ。


荷物と駅弁を手に持ち、目の前のドアが開くとすぐに中に乗り込んだ。目当ては車輛の中程の二人席だ。


座席を確保すると、駅弁を座席の上に置いて、まず旅行カバンを網棚の上に載せた。そして席に着き、前の椅子の背もたれにあるテーブルを倒して駅弁とお茶を置く。ちなみに窓側の席は芽以さんに譲った。新幹線に乗るのが初めてということだったからだ。


俺もこの時代では初めて新幹線に乗るが、平成時代に何度か乗ったことがあるので、通路側の席を選択した。


座ってみて感じたことだが、平成時代に乗ったことがある新幹線一〇〇系や三〇〇系と比較して、けっこう前の席との間隔が狭い。足が十分に伸ばせそうになかった。


芽以さんはそんなことはまったく気にしておらず、俺との雑談を始めながら新幹線の発車を待った。


九時半になって発車する新幹線。こだまは各駅停車だから、次に停まるのは新横浜だ。俺たちは新幹線の窓の景色を見ながら、今までに経験した列車旅を話した。


「私は高校の修学旅行が京都と奈良で、在来線で行ったけど、芽以さんはどこへ行ったの?」


「私は北海道だったわ」と芽以さん


「北海道?すごいじゃない!」と俺はうらやましく思った。ところが、


「ひどい旅行だったわよ。ほとんど列車での移動だったからね」と芽以さんが言い返した。


「え?」


「朝七時に上野駅に集合、八時過ぎの特急列車に乗って、青函連絡船経由で函館に着いたのが夜の九時前。それから夕食やお風呂よ。青函連絡船内でおやつが配られたけど、お腹はすくし体は痛いしで、散々だったわ」


「そ、それは、強行軍だったのね」


「翌朝は駆け足で箱館山や五稜郭を回って、二時前の特急列車に乗って札幌に着いたのが六時半。翌日はクラーク博士像などを見て回ってから三時の急行列車で函館に夜八時半に戻り、最終日は特急で帰るだけで、上野駅に着いた時にはもう夜だったわ」


友だちとおしゃべりやトランプなどをして過ごすとしても長過ぎる移動時間だ。


「飛行機で行けば良かったでしょうけど、飛行機で修学旅行なんて時代じゃないからね」


「将来北海道に旅行をする機会があるなら、もっとゆったりしたスケジュールを組むわ」と芽以さんが言った。


「おみやげは何を買ったの?」


「え・・・と、確かバター飴とわかさいもだったかな?わかさいもってのはイモを使ってない焼き芋に似せたお菓子ね」


「へー、いつか食べてみたいわ」


「京都と奈良はどうだったの?」


「列車に乗って京都に行って一泊、翌日は金閣寺や清水寺などを回ってもう一泊、奈良に行って大仏様を見て一泊、そして帰ったわ」


「京都には行ったことがないから、そっちが良かったかも」と芽以さんは言って残念がっていた。


新幹線が熱海駅を出てしばらくすると、芽以さん側の窓の外に富士山が見えてきた。雄大な山に初めて見る芽以さんは感動していた。


浜松駅を出たのが正午頃だったので、駅弁のチキン弁当を食べることにした。二段重ねで一段目にチキンライス、二段目にからあげとポテトチップスが入っていた。おいしそうだ。


「これは・・・ジャガイモを薄く切って揚げたものかしら?」


「そう。ポテトチップスというのよ」


最初に市販されたポテトチップスは湖池屋の「ポテトチップスのり塩味」(昭和三十七年)だが、量産化に成功したのが昭和四十二年で、昭和四十五年当時では平成時代と違ってまだ市民に馴染みのないスナック菓子だった。普段買い食いをしない芽以さんが知らなくても不思議じゃなかった。


芽以さんと一緒に食べ始める。チキンライスもからあげもおいしかった。個人的にはポテトチップスをご飯のおかずにするのには抵抗があったが、それでもぱりぱりとおいしく食べた。


食べている間に浜名湖を過ぎ、名古屋に着いた。新大阪まであと二時間弱だ。お腹が膨れたのでうとうとしてくる。


一時間経って琵琶湖が見えてきたので、またおしゃべりを始めた。芽以さんは比叡山辺りを指さして、


「比叡山と言ったら織田信長の焼き討ちが有名よね。なぜ信長が比叡山を襲ったか知ってる?」と聞いてきた。


「芽以さんは戦国時代のことに詳しいの?」


「まあね。実はけっこう歴史好きなの」と芽以さん。知らなかった。


「私はよく知らないけど、比叡山延暦寺って当時は堕落していて、朝廷だか公家だかとの繋がりもあって、それで信長が焼き討ちをしたんじゃない?」


「それもあるけれど、ここの地形も関係しているみたいなの」


「地形?」


「滋賀から京都に抜ける場合、左右が切り立った狭い山道を通らないといけないの。当時の戦国武将は誰もが京に上って全国に覇を唱えることを目標にしていたから、信長に敵対する集団は京へ上ることを阻止しようとするはずよね。特にこの地を熟知している比叡山延暦寺は、多数の僧兵を抱える一大武装集団でもあったから、利害が異なる信長を狭い山道で襲ってくる危険が高かったの。そうなると勝ち目がないから、信長は事前に比叡山を落とさなくてはならなかったのよ」


芽以さんの主張に気圧されながら、「そ、そうなんだ。考えたこともなかったわ。さすがね、芽以さんは」と言うと、芽以さんは我が意を得たりという顔を見せた。


まもなく新幹線は京都に通じるトンネルの中に入って行ったので、その「狭い山道」を確認することはできなかったが、トンネルを掘らないといけないほどこの地は道が狭かったんだな、と勝手に納得した。


トンネルを抜けてしばらくすると京都駅に停車した。京都に来たことがない芽以さんは新幹線の窓からしきりにのぞいていたが、街並や、特に寺社仏閣を見ることはできなかった。


「京都は大阪から近いから、時間がありそうなら佳奈さんに京都観光をお願いしてみたら」と俺は芽以さんに言った。


「そうね。信長が倒された本能寺の跡地とか、新撰組や攘夷志士の史跡があれば見てみたいわ」


あ、そっちの方ですか?金閣寺や清水寺よりも興味があるのか、と俺は思った。


京都駅を出発すると、新大阪駅までは三十分足らずで着いた。午後二時半だ。俺たちは荷物を持って新幹線から降りると、在来線への連絡口の改札を抜けた。


自由席特急券は回収されたが、乗車券は大阪市内の国鉄に使えるので返してもらった。改札口を抜けると公衆電話を探す。大阪に着いたことを佳奈さんに連絡するためだ。


新幹線に乗る前に電話して到着時刻を知らせることも可能だが、大阪までの電話料金が高すぎるので、新大阪駅に着いてから電話をかけるのだ。


公衆電話を見つけて受話器を取り、十円玉を投入する。芽以さんが佳奈さんの実家の電話番号を書いたメモ帳を見せてくれたので、それを見ながらじ〜こ、じ〜ことダイヤルを回した。


何度かの呼び出し音の後、受話器が外れる音がして、「はい、丹下です」と女性の声がした。


佳奈さんかと思ったが、家族かもしれないので、


「私、佳奈さんの短大での友人の藤野美知子と申します。佳奈さんはご在宅でしょうか?」と、改まった口調で話しかけた。


「え、藤野さん?いつもと違う話し方で誰かと思ったわ」笑い声とともに佳奈さんの声が返ってきた。


「よその家に電話する時は丁寧な話し方をするのに決まってるじゃない。それより、今、芽以さんと一緒に新大阪駅に着いたわ」


「これはこれは、大阪へようこそ。すぐに迎えに行くから待っててね。今、どこにいるの?」


「在来線への連絡口を通ったところの公衆電話があるところよ」


「わかった。そのあたりで時間をつぶしてて。じゃあね」と言って佳奈さんは電話を切った。


「迎えに来てくれるそうよ」と俺は芽以さんに伝えた。


新大阪駅もけっこう人が多い。俺たちは改札を抜ける人たちの邪魔にならないよう、端っこの方で佳奈さんを待った。


三十分くらい経つと佳奈さんが手を振りながら現れた。俺たちはすぐに佳奈さんに駆け寄った。


「ようこそ、わざわざ大阪まで」と改めて言う佳奈さん。さっきの電話口での歓迎の言葉を芽以さんが聞いていないからだろう。


「お世話になります」と殊勝に頭を下げる芽以さん。


「こっちこそ大歓迎よ。五時間も新幹線に乗って疲れたでしょ。我が家に案内するわ」


俺と芽以さんは佳奈さんの後について東海道線(京都線)のホームに降りた。


「大阪駅までは一駅だからすぐよ」


まもなく普通電車が来て、俺たちは電車に乗った。


車内はそこそこ混んでいた。周囲から関西弁の言葉が波のように押し寄せてくるかと思ったが、車内の様子は東京辺りと変わらなかった。


まもなく大阪駅に到着する。俺たちは佳奈さんの後について電車を降り、大勢の人混みにもまれながら改札を抜けてさらに歩いた。


「人が多いわね」と悲鳴を上げそうな芽以さん。


「大阪駅周辺には国鉄以外に阪急電車、阪神電車、市営地下鉄が通っているから、平日でも休日でも人が多いわよ」と佳奈さんが答えた。(作者註、阪急電鉄の昭和四十五年当時の正式な社名は京阪神急行電鉄だが、公式の略称は阪急だった)


どこをどう歩いているのか見当がつかないが、やがて俺たちは阪急電車の梅田駅というところに着いていた。


「豊中までの切符を買ってね」と佳奈さんに言われ、切符売り場で切符を買う。そして改札を抜け、ホームに上がると臙脂色に塗装された宝塚行きの阪急電車が入って来た。


電車が発車して十五分ほどで目的地の駅に着く。俺たちは電車を降り、改札口を抜けて、住宅街に通じる道を歩き始めた。住宅が両側に建ち並ぶ通りをしばらく歩くと、外観が白くてきれいな一軒家の前に着いた。


「ここが私の家よ」と佳奈さんが言い、玄関を開けて中に入った。


「ただいま〜!友だちを連れて来たよ〜!」と中に向かって叫ぶ佳奈さん。すると家の奥から中年の男女とおばあさんが現れた。


「遠くからよく来てくださいました。どうぞお上がりください」と佳奈さんの母親らしい中年女性が招いてくれた。上品そうな女性だった。


それに対して佳奈さんの父親らしき中年男性は、禿げても太ってもいない、にこにこと愛想のよさそうな普通のおじさんだった。


おばあさんは白髪で、痩せてはいるがお元気そうだ。


「お世話になります。佳奈さんの友人の嶋田芽以と申します」


「同じく、藤野美知子です。よろしくお願いします」と俺もあわててあいさつした。


「さあ、上がってよ」と佳奈さんが言い、ご家族にも勧められて俺たちは玄関に上がった。


まず通されたのが居間だ。洋室ではなく八畳ほどの和室で、大きな座卓が置かれ、まわりに座布団が敷かれている。壁際には旅行土産らしいものがガラスケースの中に飾られていた。


「今、お茶を淹れますから」と母親が俺たちに座るように勧めた。俺たちは壁際に旅行カバンを置き、言われるままに座布団の上に座る。


「私の両親とおばあちゃんよ。あと、今は外出しているけど、大学生の兄がいるの」と佳奈さんが家族を紹介してくれた。


「しばらくお世話になります」と俺たちは言って、二人で東京駅で買った手土産を差し出した。芋ようかんだった。


登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。

嶋田芽以しまだめい 秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。

丹下佳奈たんげかな 秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。


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