六十二話 年末年始
年内最後の家庭教師(映画鑑賞)が終わると俺は実家に帰った。去年は受験勉強で忙しかったから、今年はのんびり過ごそうと思う。
とはいえ年末は大掃除やおせち料理の準備で今年も忙しかった。それでも大晦日の午後七時前にはご馳走の準備を終え、家族と一緒にちゃぶ台の前に座った。
大晦日だからテレビを着ける。さっそく見たのが「第11回日本レコード大賞」だった。今年はレコード大賞を大晦日に放送することになったらしい。
この一年で何度も聴いた歌謡曲が披露される。最終的にレコード大賞に輝いたのは佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」だった。
最優秀歌唱賞が森進一の「港町ブルース」で、最優秀新人賞はピーターの「夜と朝のあいだに」だった。ピーターは今年デビューしたばかりの歌手兼俳優で、女性っぽい容姿と衣装ながらあっという間に女性人気が出てアイドルスターになった。
大衆賞は水前寺清子の「三百六十五歩のマーチ」と「真実一路のマーチ」、そして明日香が好きな森山良子の「禁じられた恋」も受賞した。水前寺清子のショートヘアを見ると、女子高時代の杏子さんを思い出してしかたがない(今はセミロング)。
新人賞は、俺が三月に歌ったはしだのりひことシューベルツの「風」、そして杏子さんが歌った内山田洋とクール・ファイブの「長崎は今日も雨だった」などだった(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」二百三十三話参照)。
そして九時になると毎年観ている「紅白歌合戦」にチャンネルを変える。白組司会の坂本九を見ると、確かこの人十五年後の日航機事故(一九八五年八月十二日)で亡くなるんだよなあと思い出し、何とも言えない気持ちになった。
この年は紅組の優勝で終わり、午前0時になると俺は両親に「あけましておめでとうございます。昨年はこれまで以上にお世話になりました」と新年のあいさつをした。
「ああ、おめでとう」「おめでとう、美知子。今年は・・・じゃない。昨年は短大に入学して頑張ったわね」と両親もあいさつを返してくれた。
「父ちゃん、いや、お父さん、お年玉をちょうだい!」と弟の武が催促した。小学生の頃は夜中まで起きていることができなかったが、さすがにもう中学二年生だ。今年は年が変わる瞬間を経験することができた。
「それは朝になってからだ!本当の新年は太陽が昇ってからだ!」と言い返す父。俺も感覚的にはその考えに賛成だ。
「武、そろそろ寝ましょう。お休みなさい、お父さん、お母さん」と俺は言い、武を誘って子ども部屋に引っ込んだ。
除夜の鐘が鳴っている時間だが、あいにく俺の部屋からは何も聞こえなかった。
布団に潜り込みながらこの一年のことを思い返す。三月までは受験勉強で大変だった。何とか合格し、短大に進学することができた。そして短大での勉強と部活、東北旅行や合宿や家庭教師など、初めてのことをいくつも体験した。充実した一年だった。・・・それ以外にもどこかで長く何かをしていたような気がするが、思い出せない。
来年は、いや、もう今年か。まず万博に行って、それから就職活動もして・・・。何とかなるかな?
そんなことを考えながら眠りに落ち、気がついたら既に明るくなっていた。
顔を洗って着替え、両親が既に起きている居間に行く。武も(お年玉目当てで)起き、髪がぼさぼさの状態で俺について来た。
畳の上に正座し、「改めて、あけましておめでとうございます」と両親にあいさつをする。
「あけましておめでとー」と気の抜けたあいさつをする武。「お年玉ちょうだい!」
「二人ともあけましておめでとう。お年玉は朝食の後だ!」と武は怒られ、俺は母と一緒にお雑煮の準備をした。
朝食が済んでからお年玉をもらう。武は去年と同じで五百円だったが、俺の方には千円札が入っていた。武に気づかれないようにそっとしまう。
「これから初もうでに行ってもいい?」と両親に聞く。誰かと会う約束をしているわけではない。
「俺も。だけど別々に行く」と武。
「美佐子ちゃんと一緒に行くの?」
「行くかも」と武は答をはぐらかした。
俺はコートなどを着込んで先に家を出た。いつもの神社に行くと、さっそく見知った顔に出会った。
最初に見つけたのは雛子さんとその旦那さんだ。三人の妹も連れている。雛子さんが雪子ちゃんと月子ちゃんと手を繋ぎ、旦那さんが蕗子ちゃんを抱っこしている。ちなみに五人とも普段着の上にコートを羽織った格好だ。
「みなさん、あけましておめでとう」と近寄ってあいさつする。
「あ、みちこおねーちゃんだ、おめでとう」「おめれとう」とすぐにあいさつを返してくれる雪子ちゃんと月子ちゃん。
「美知子さん、あけましておめでとう」と雛子さんと旦那さんもあいさつをしてくれた。
「雪子ちゃんたちも一緒なのね。良かったわね」と俺が言うと、
「あのね、おねーちゃん、あかちゃんがいるの」と雪子ちゃんが暴露した。
「こらっ、雪子!」顔を赤くしながら注意する雛子さん。コートを着ているのでわかりにくいが、なんとなくお腹がふっくらしているように見える。
「赤ちゃんができたの?おめでとう!」
「ど、どうもありがとう」と雛子さん。旦那さんも頭をかいている。
「予定日はいつなの?」
「四月頃なの」
「そう、楽しみね。体を大事にしてね」
「ありがとう」
家族団らんを邪魔するのもなんなので、手を振って別れると、すぐに翠さん一家に出くわした。
旦那さんの三澤先生(開業医)とお姑さんも一緒だ。
「あけましておめでとうございます」と丁寧にあいさつする。
「やあ、藤野さん、あけましておめでとう」「新年おめでとうございます」とあいさつを返してくれる三澤一家。
「昨年はいろいろお世話になったね。はい、これ、少ないけど」とポチ袋を出す三澤先生。
「い、いえ、受け取れませんよ」とあわてて固辞する。
「いいから、いいから。僕たちの気持ちだから」
半ば強引に手渡されたが、お姑さんもにこにこしているので、遠慮なくいただくことにした。それにしても、お正月とはいえ、三澤先生が妙に機嫌がいい。
「翠さん、何かいいことがあったの?」と翠さんに小声で聞く。
「まあね。家族仲良くやってるわ」とそっけなく答える翠さん。
「そうそう、さっき雛子さんに会ったけど、おめでただそうよ」と耳打ちすると、
「え?雛子もそうなの?」と翠さんが驚いていた。
「雛子もって、まさか翠さんも?」と聞くと、顔を真っ赤に染めた。
こちらもおめでたで、それで三澤先生とお姑さんも機嫌がいいようだ。
予定日は五月ということだった。家族団らんを邪魔しないよう、翠さんたちとも手を振って別れると、今度は齋藤さんと佐藤(孝子)さんに会った。
「あけましておめでとー」と適当にあいさつを交わすと、
「新年早々藤娘全員と出会えるなんてね」と俺は言った。
「雛子や翠にも会ったの?」と聞く齋藤さん。
「元気だった?どこにいたの?私たちも会いに行こうかな」と佐藤さん。
「二人ともおめでたみたいよ」と二人に耳打ちするととても驚いていた。
「雛子も翠ももうすぐ母親か。・・・私たちは未来の旦那様とまだ出会ってもいないのに」と嘆く齋藤さん。
「美知子さん、去年は結婚相手と出会えなかったわ。今年こそ何とかしてよ!」
「私に言われても・・・。私じゃなく神様にお祈りしなさいよ」と言い返す。いいかげん、俺の占いを盲信しないでほしい。
「それもそうね。一緒にお参りしよっか」と言って三人で神社の賽銭箱の前に向かった。
「一色さんももうすぐ結婚するのかなあ?」と佐藤さん。
「お相手の先生には私も会ったわよ。だけどすぐに結婚って雰囲気じゃなかったわ」と俺は教えた。
「でも、お相手がいるのがうらやましいわ」と齋藤さん。
「大丈夫よ。心配する必要はないわ」と俺は慰めた。保証はできないが。
拝礼の列に並んでようやく賽銭箱の前に着くと、全員でお賽銭を投げた。齋藤さんはご縁があるようにと五円玉を投げたが、佐藤さんは小銭を何枚か投げていた。
拝礼をすませた後で、「孝子はお賽銭をいくら入れたの?」と聞く齋藤さん。
「始終ご縁がありますようにって意味で、四十五円投げたわ」
「ご縁が始終なくてもいいじゃない。良縁に一回で巡り合えればいいんだから」と言い返す齋藤さん。
「一度に良縁がいくつも来たら、いいのを選べるじゃない!」と言い返す佐藤さん。
「そんなにたくさん来るわけないじゃない!」と齋藤さんが言い返してしばらく言い合っていた。
そんな二人をなだめつつおみくじを引く。今年は「大吉」だった。幸先がいい。齋藤さんと佐藤さんも「大吉」だったようで、二人とも満足していた。
「美知子さんはこれからどうするの?」と聞く齋藤さん。
「黒田先輩にお世話になっているから、新年のごあいさつに伺おうかと思って」
「そう言えば同じ下宿に居候しているんだったわね」
「確か水上先輩とも一緒じゃなかった?」
「そうなのよ。杏子さん・・・水上先輩の家には三日にお邪魔するつもり」と俺は答えた。
「ところで美知子さんには出会いがあったの?」と目をギラギラさせて聞く齋藤さんと佐藤さん。
「出会いって・・・結婚相手になりそうな男性のこと?今のところは特に」と俺は答えた。神田君や兵頭さんなど、男子学生と知り合う機会はあったが、交際に発展させる予定はない。
「年度末に噂になった人とも?」
森田さんのお兄さんのことかな?「会ってないわよ」とそっけなく答える。
「今年は就職先を探さないといけないし、男性と交際する暇はないかな」
「いっそのこと永久就職しなさいよ」と齋藤さん。結婚のことか?
「あなたたちより先に結婚する気はないの」と言ってはぐらかす。
その後もしばらく雑談していたが、お昼近くになったので二人と別れた。
さて、祥子さんの家に行くと言ったが、昼食どきは外した方がいいだろうな、と考える。去年のようにおせち料理やお屠蘇を勧められたら大変だ。がっつり食べるわけにもいかないし、酔っぱらう事態は絶対に避けなくてはならない。
そこでいったん家に帰って昼食を摂ることにした。まだ武は帰っていなかった。そこで自室に入り、三澤先生にもらったポチ袋をそっと開けてみたら千円札が入っていた、にまにましながらポケットにしまう。
昼食は餅を焼き、醤油を付けて食べた。海苔などがなくても十分においしい。小腹を満たすと母に祥子さんの家に新年のあいさつに行くと言って再び家を出た。
黒田家に着き玄関のドアホンを鳴らすと、薄紫色の生地に松竹梅の模様が入った色留袖を着た祥子さんの母親が顔を出した。ちなみに俺は朝から普段着の洋服だ。
「美知子さんね。新年あけましておめでとうございます」
「あけましておめでとうございます」と俺も頭を下げた。その時、玄関に男物の皮靴が二足並んでいるのに気づいた。
「お世話になっているのでおじさまにごあいさつをと思いましたが、ご来客でしたらまた後日にします」
「そんな気を遣わなくていいわよ。とりあえずお上がりになって」と言われ、断り切れずに靴を脱ぐはめになった。
母親の後についてそのまま客間の前まで案内される。母親は少しだけふすまを開け、
「美知子さんが来られてますが」と中に話しかけた。
「そうか。中に入ってもらえ」と祥子さんの父親の声がした。
「どうぞ」と母親に言われて客間に入ると、豪華なおせち料理を並べた大きなテーブルの前に紋付きはかま姿の父親と、きれいな振袖を着た祥子さんと、二人の男性が座っているのが見えた。
中に入ると急いで正座をして、「おじさま、新年あけましておめでとうございます。祥子さんもおめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。今年もどうぞよろしくお願いいたします」と言って頭を下げた。
「美知子さん、いつもお世話になっているのはこちらの方だよ。さ、頭を上げてこちらに来なさい」と父親に言われた。
「はい」と答えて頭を上げ、さりげなく二人の男性に目をやる。二人とも高そうなスーツに身を包んだ二十代後半ぐらいの男性で、ひとりは彫りの深い(平成時代で言われていたソース顔)の男性で、俺の方を気難しそうな顔で見た。もうひとりは対照的な(いわゆる)しょうゆ顔で、微笑みを浮かべている。祥子さんは父親とともに二人の相手をしているようで、「どういう関係?」と俺は思った。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
藤野 武 美知子の弟。市立中学二年生。
芳賀美佐子 市立中学二年生。武の彼女。
加藤雛子 美知子の元クラスメイト。旧姓斉藤。
斉藤雪子 雛子の妹。小学一年生。
斉藤月子 雛子の妹。幼稚園年少組。
斉藤蕗子 雛子の妹。二歳くらい。
三澤 翠 美知子の元クラスメイト。旧姓須藤。
齋藤美樹 美知子の元クラスメイト。家事手伝い。
佐藤孝子 美知子の元クラスメイト。家事手伝い。
一色千代子 美知子の元クラスメイト。明応大学文学部一年生。
黒田祥子 美知子の同居人。秋花女子大学二年生。
水上杏子 美知子の同居人。秋花女子大学二年生。
神田一郎 明応大学商学部一年生。ミステリ研部員。
兵頭 崇 明応大学経済学部三年生、ミステリ研部長。
森田茂子 松葉女子高校二年生。美知子の後輩。
TV番組情報
TBS系列/第11回日本レコード大賞(1969年12月31日19:00〜20:56放映)
NHK/第20回NHK紅白歌合戦(1969年12月31日21:00〜23:45放映)
レコード情報
佐良直美/いいじゃないの幸せならば(1969年7月15日発売)
森進一/港町ブルース(1969年4月15日発売)
ピーター/夜と朝のあいだに(1969年10月1日発売)
水前寺清子/三百六十五歩のマーチ(1968年11月10日発売)
水前寺清子/真実一路のマーチ(1969年10月1日発売)
森山良子/禁じられた恋(1969年3月25日発売)
はしだのりひことシューベルツ/風(1969年1月10日発売)
内山田洋とクール・ファイブ/長崎は今日も雨だった(1969年2月1日発売)




