五十四話 大学祭の準備あれこれ
月曜日の放課後、塚田さんからさっそく手伝いを頼まれ、教室の教壇横に立った。
「みなさん、先週お話ししたように私たちのクラスは大学祭で『接待付きフルーツパーラー』のお店を開くことになりました」とクラスメイトたちに宣言する塚田さん。
「接待付き」というフレーズが頭についているのがなんか嫌だ。
「クラブと違って部費がないので、みなさんから軍資金として二百円ずつ集めたいと思います。ご協力をお願いします」
「二百円くらいなら出せなくもないけど、後で返してもらえるの?」と佳奈さんが聞いてきた。
「もちろんです。儲けの中からみなさんに二百円ずつお返しし、さらに余ったお金で打ち上げを行います。よろしくお願いします」
クラスメイトたちが塚田さんの前に出て二百円ずつ渡し、俺がそれをノートに記録する。後で払った、払わないと主張が食い違ってトラブルが起きないようにするためだ
クラスメイトは五十人で一万円が集まった。小銭ばかりの軍資金を巾着に入れると、その足で塚田さんと一緒に粉末ジュースとビスケットを買いに行く。
「何個買うの?」と俺は塚田さんに聞いた。
「お客さんが何人入ってくれるかよね」と考え込む塚田さん。
「まだ見積もってなかったの?」
「何せこんな商売めいたことをするのは初めてだから」塚田さんの父親は普通のサラリーマンで、塚田さん自身もお店の売り子のバイトすらしたことがなかったらしい。
「藤野さんも考えてみて」
「そうねえ。・・・教室の机を二台ずつ並べてテーブルにするとしたら、五テーブル並べるのが関の山ね。各テーブルにお客さんが二人ずつ座り、その横に私たちウエイトレスがひとり、いいえ、二人ぐらい着いて歓談しながら粉末ジュースとビスケット二枚を食べさせるとしたら・・・。十五分ぐらいで帰ってもらうとして、九時から十七時まで開店してもお客は総勢三百二十人くらいかな?」
「多めに見積もって三百五十人分も用意しておけばいいわね」
粉末ジュースは駄菓子屋で探し、店の人に言って在庫を出してもらって箱買いした。一個五円なので、三百五十個で千七百五十円になった。
「ビスケットはどれにする?」と俺は塚田さんに聞いた。
「ひとり二枚ずつ出すとしたら、七百枚必要ね。森永ビスケットのマリーというのが二十八枚入りで百二十円だから、二十五個買って三千円だわ」
「粉ジュースとビスケットを合計して四千七百五十円か。残りは五千二百五十円だけど、けっこう余るわね」
「まだ、コップを揃えないといけないわ」
「コップ?ガラスコップなんてそんなにたくさん買えないわよ?何個か買って使い回すの?」
「ガラスコップは誤って割ったら面倒よ。それに割れずに残ったとして、コップを誰が引き取るかでもめるかもしれないわ」
「そうねえ。二百円出してコップがもらえるなら、みんな欲しがるかも。じゃあ、何人かに家から持って来てもらう?」
「コップの形がばらばらだと、見栄えが悪そうよ。誰かから贈答用のコップでも十個くらい提供してもらえたらいいんだけど、割ってしまう危険があるから頼みにくいわねえ」
「それでどうするの?」
「紙コップを買って来たらどうかしら?」と塚田さんが言って俺は驚いた。
平成時代なら使い捨ての紙コップやプラスチックコップはよく使っていた。百均で買えるので安いし、入手もしやすい。この時代にも紙コップはあったかな?・・・そう言えばジュースの自動販売機に紙コップがついていた。上部にドーム型のガラス容器が逆さまに備え付けられており、その中でジュースが噴水のように噴出している自動販売機だ。
「どこで売ってるの?」百均はこの時代にはまだない。
「道具屋街に行けばあるんじゃないかしら?」
そこでその日は買った粉末ジュースとビスケットを入れた段ボール箱を俺の下宿で預かることとし、紙コップは別の日に探しに行くことに決めた。
「後はウエイトレスが着るエプロンね」
俺は下宿にはエプロンを置いておらず、家事は普段着で行っていた。
「私は持っていないから、エプロンを持っている子にウエイトレスを務めてもらおうかしら?」
「それでいいんじゃない?エプロンならどんなのでも、何だったら割烹着でもいいと思うわ」と塚田さんが答えた。
「問題はウエイトレスをやりたがる人がいるかどうかね」と俺が言うと、
「きれいな格好でお客さんに愛想を振りまくウエイトレスはフルーツパーラーの花形よ。男性客と知り合いになる機会もできるし、やってもいいという人がいるんじゃない?ひたすら粉ジュースを溶かす裏方よりもましだと思うわ」と塚田さんが気楽に答えた。
俺は塚田さんと別れて下宿に戻った。「これは大学祭用です。食べないで」と書いたメモを添えて戸棚に隠しておこう。
翌日の放課後、私は下宿に戻ると衣装ダンスからたとう紙で包んだドレスを取り出した。
女子高生の時、幼馴染の恵子に作ってもらった赤いドレスだ。それを持って再び短大に行く。
英研の部室に入ると英語劇の芝居をする部員たちが英語で書かれた台本の読み合わせをしているところだった。テーブルに向かい合って座り、感情を込めながらセリフを読んでいた。
俺の役(国王の愛妾)にはセリフがないので読み合わせには呼ばれていなかった。そのため気軽に部室に入ったら、目ざとい祥子さんが俺に気づいた。
「美知子さんがドレスを持って来たみたい。読み合わせを少し休憩して、ドレスを見せてもらわない?」と祥子さんが提案する。
「いいわね。じゃあ、台本は休憩」と天野部長が言い、読み合わせをしていた部員たちが一斉に立ち上がって俺の方に寄って来た。
「さあ、ドレスを見せて」と天野部長に頼まれ、俺はたとう紙をテーブルの上に置いて中からドレスを取り出して見せた。
「なかなかいいじゃない。着てみせてよ」と天野部長。
「えええ〜」と思いながらもみんなの熱い視線に負けて、部室の隅で着替えをした。
「なかなか映えるわね」俺のドレス姿を見て満足そうな天野部長。
「ほんとうに素敵です。でも、脇役の愛妾の衣装がこれだと、ほかの役者の衣装もそれなりに揃えないと釣り合わないですよ」と、同じ英研部員の坂田さんが言った。坂田さんにもセリフのある役はないが、興味があると言って読み合わせの様子を見に来ていたらしい。
「ジャンヌ・ダルクや騎士の鎧や兜はボール紙で作って、色を塗ったらいいんじゃないですか?折り紙の金紙や銀紙を要所要所に貼れば、見栄えが良くなるわよ」
「そうね。キラキラ光ればごまかせるかもね。・・・藤野さん、あなたはセリフがないんだから、みんなの衣装を作るのを手伝ってね」
「は、はい。わかりました・・・」どのように作ればいいのか、何人分必要なのか、いろいろ苦労しそうだ、と思ったが、セリフがある役者を演技に集中させるため、俺たちが頑張らざるを得ないな、と考えてあきらめた。
「家政学科の坂田さんたちに手伝ってもらおうと思います」と俺が言ったら、坂田さんがしまったというような顔をしたが、言い出しっぺだ。しっかり手伝ってもらおう。
その時、部室のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、どうぞ」と天野部長が答えると、ドアが開いて塚田さんが顔を出した。
「あの、こちらに短大英語学科の藤野さんはいますでしょうか?」
そう言ったとたんに塚田さんは俺を見つけて目を見張った。
「ふ、藤野さん、そのドレス、すごいじゃない!」
俺は顔を赤らめながら、「ど、どうも。・・・それより、何か用なの?」と聞き返した。
「フルーツパーラーの件でちょっと相談があったんだけど、・・・そのことは後でいいわ。後で教室に顔を出してくれる?」
「わ、わかったわ」と答えると、塚田さんは笑みを浮かべながら部室を出て行った。
「どなたなの?」と私に聞く祥子さん。
「英語学科のクラスの総代なの。クラスでも演し物をしようと相談していて、そのことだと思うけど」
「何の演し物をするの?」と天野部長。
「クラスでフルーツパーラーを開こうと計画しています。教室を喫茶店のようにして、ジュースとビスケットを有料で振る舞う予定です。交代で接客や厨房を担当すれば、一日中教室にいなくてもいいはずなので、英研の演し物に影響はありません」
「厨房?」と坂田さんが聞き返して来た。
「厨房と言ってもジュースとビスケットの用意をして、ウエイトレス役の同級生に渡すだけよ。私は厨房担当になると思うわ」
「ただ飲み物とお菓子を出すだけなの?ありきたりね」と天野部長が言ったので、
「いえ、ウエイトレス役の子がお客さんの話し相手をするということで、男性の集客をもくろんでいるようです。・・・さっきの塚田さんが」と答えた。
坂田さんはおもしろがっていたが、祥子さんは「風紀を乱さない程度にね」と苦言を呈した。
見せ物が終わって俺はドレスを脱ぎ、普段着に着替えた。ドレスをたとう紙に包み直し、あいさつをして部室を出る。そして教室に寄ると、塚田さん以外に芽以さんと佳奈さんも私を待っていた。
「藤野さん、ドレスを持って来てるって?私たちにも見せてよ!」と私を見るなり頼んでくる佳奈さん。
俺はしかたなく机の上にたとう紙を置くと、広げて中のドレスを見せた。
「触ってもいい?」
「いいわよ」と答えると、芽以さんが立ち上がってドレスを伸ばした。
「藤野さん、なんであなたがこんなドレスを持っているのよ!?ひょっとしてどこかのお嬢さんだったの?」と聞く佳奈さん。
「違うわよ。これは女子高時代の友だちが、一度作ってみたいからって私の体に合わせて作ってくれたものなの。その子は今、ドレス作りが認められて洋装店で働いているわ」
「プロのお針子になる子にただで作ってもらったの?得したわね?」と塚田さんも言った。
「そのせいで、これを来て女子高の文化祭のステージに立つことになったんだけどね」と俺が言ったら佳奈さんたちが笑い転げた。
「英研の英語劇にもこれを着て出るの?」と聞く塚田さん。
「そうなるみたい・・・」
「舞台が終わったら着替えるの?」
「もちろん。こんな格好で学内を歩けないわよ」
「それはもったいないわ!」と塚田さんが叫んで、みんなが彼女に注目した。
「いちいち着替えなくてさ、その姿のままでうちのフルーツパーラーの宣伝をしてくれない?」
「はあ!?」と俺は思わず聞き返した。
「なるほど!プラカードでも持って構内を歩いてもらえば、目立っていい宣伝になるわね!」
「いいアイデアだわ!」と佳奈さんと芽以さんも乗り気になった。
「いやいやいや、そんな、恥ずかしい・・・」ステージの上だけならそのための衣装だと言い訳できるが、ステージ外で歩けば変人扱いされてしまう。平成時代ならコスプレで通せるかもしれないが、コスプレという概念は、おそらく昭和四十四年にはないはずだ。
「笛や太鼓の演奏ができる人と一緒に歩いて宣伝してみたら、チンドン屋さんみたいに?」と調子に乗る佳奈さん。
チンドン屋とは数人で和服を着て楽器を鳴らしながら商品や店舗の宣伝を行う広告業のことだ。平成時代には差別用語になっていなかったかな?
「そんなことになったら、あなたたちにも派手な格好をして演奏してもらうわよ!」と俺が言い返したら、二人は肩をすくめていた。
「ところで相談ってなあに?」と俺は塚田さんに聞いた
「えっと、藤野さんが前に言っていた接客のしかたを伝授してもらおうと思って」
「接客のしかた?」
「ええ。客が入って来たら『お帰りなさい、旦那様』とか言うんだったわね?」
「男性なら旦那様かご主人様、女性なら奥様か、お嬢様ね」
「要するに、自分のお屋敷に帰ってきたご主人様をお手伝いさんが迎え入れて、おくつろぎくださいって言うわけね?」と佳奈さん。
「『旦那様、お帰りなさいませ。どうぞ居間でおくつろぎください』ぐらいの説明があってもいいかも」
「そうね。他に類を見ない接客方法だからね」と塚田さん。
「若い女性ならお嬢様の方がいいかもね」と芽以さんも言って、どういう口上がいいか三人と一緒に頭を悩ませた。
登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
塚田志津子 秋花女子短大英文学科一年生。クラスの総代。
丹下佳奈 秋花女子短大英文学科一年生。
小柴恵子 美知子の幼馴染。洋装店に勤務。
黒田祥子 美知子の先輩・同居人。秋花女子大学二年生。英研部員。
天野有美子 秋花女子大学三年生。英研部長。
坂田美奈子 秋花女子短大家政学科一年生。
嶋田芽以 秋花女子短大英文学科一年生。




