五十三話 大学祭と松葉祭の演し物
その日の朝、俺たちのクラスの総代をしている塚田志津子さんが声をかけてきた。
「藤野さん、今日の放課後、大学祭で私たちのクラスが何をやるかみんなに提案したいと思うの。一緒に前へ出てくれるかしら?」
「わ、わかりました。何をやるつもりなんですか?」
俺たちのクラスは秋花女子短大の英語学科一年だ。英研のように英語劇でもしようというのかな?
「ところであなたは英研の英語劇にも出演するらしいわね?」と塚田さん。
その言葉を聞いて友だちの芽以さんと佳奈さんが寄って来た。
「え?藤野さんが演劇に出演するの?何の役?」とさっそく聞いてくる佳奈さん。
「英研で『オルレアンの少女』、つまりジャンヌ・ダルクの演劇をするんだけど、私は国王の愛妾というちょい役なの」
「愛妾?・・・何かはしたない演技をするの?」と追求する芽以さん。
「そんな演技はないわよ。私は国王が舞台に上がる時に、その横で微笑むだけの役なの。セリフもないわ」
「なんだ」と残念がる芽以さんと佳奈さん。一方、俺の言葉を聞いて塚田さんは喜んだ。
「それなら英語劇にあまり時間は取られないわね?私たちがすることに専念できるわね」
「何をするの?」と佳奈さんが塚田さんに聞いた。
「腹案はあるけど、みんなが賛同するかわからないから、放課後まで待ってね。何かアイデアがあるのなら歓迎するわよ」
「アイデアと言っても・・・」と困惑する佳奈さん。
「英語学科だから、英会話の相手をするとか?」と芽以さんが言った。
「そんなの私にはできないわよ!」と反論する佳奈さん。俺も同意見だ。
その日の授業が終わり、先生が教室から出て行くと、すぐに塚田さんが立ち上がって教壇のところに移動した。俺もあわててその横に向かう。
「みんな、相談したいことがあるから少しだけ待って!」と塚田さんが声を張り上げて言った。何事かといぶかしむ学生たち。
「十一月の大学祭で、私たちのクラスも何かしたいと思うの」と塚田さんが言った。
「何をするの?」「私はクラブで忙しいんだけど」などといろいろな声が教室内を飛び交う。
「クラブに支障が出ない範囲で協力してほしいんだけど」と再び塚田さん。
「わかったわ。それで何をするの?」と女子学生のひとりが聞いた。
「これはひとつの提案で、ほかにいい案があるのなら変えてもいいんだけど・・・」少し自信なさげな塚田さん。
「いいから言ってよ!」と佳奈さんが発破をかけた。
「私の案は、教室でフルーツパーラーを開くことなの」塚田さんの言葉に教室内がざわついた。
「フ、フルーツパーラーって、ジュースやフルーツを提供する喫茶店みたいなところね?」と芽以さんが聞いた。
「簡単な飲み物やお菓子、あるいは屋台料理などを出す店は今までもあったけど、フルーツパーラーって大丈夫なの?お代をいただくにしても採算が取れるのかしら?」
「私の考えでは、飲み物は粉末ジュースを出すの」と塚田さん。
「粉末ジュースって、駄菓子屋で売っている水に溶かすやつよね?」
「粉のままなめることもあるけどね」と佳奈さんが口をはさむ。
「食べるものはどうするの?」と別の女子学生が聞いた。「フルーツの切り身でも出すの?」
「果物は腐るから、ビスケットを一、二枚添えようと思うの」と塚田さん。
「それでいくらとる気?」
「五十円だと安いかしら?」
「粉末ジュースと市販のビスケット二枚だと、二十円もかからないわね。水道は短大のを使うし、私たちの人件費はただよ。暴利じゃない?」と佳奈さんが突っ込んだ。
「そのかわりお客様が来たらあなたたちが一緒に席について会話してあげるのよ」と塚田さんが言って、教室内がさらにざわついた。
水商売に近いな、と俺は思った。その時、俺は平成時代にはやったメイドカフェを思い出した。
「ねえ、ただのウエイトレスじゃなく、接客の仕方を変わったものにしたらどうかしら?」と俺は提案してみた。
「変わった接客?どういうの?」と聞く芽以さん。
「ウエイトレスは普通お客さんが来たら『いらっしゃいませ』、お帰りになる時は『ありがとうございました。またのお越しをお待ちしています』とか言うわよね?私たちはエプロンを着けて、お客さんのメイド、つまりお手伝いさんのようにふるまうの。つまり、お客さんが来たら自宅に戻って来たご主人様を迎え入れるお手伝いさんのように、『お帰りなさいませ、旦那様、奥様』と言って席に案内し、店を出る時は『行ってらっしゃいませ、旦那様、奥様』と言って送り出すの」
俺の提案を聞いてクラス中が静まり返った。次の瞬間、さっきよりも大声で騒ぎだした。
「何言ってるのかわからない」「そんな接客、喜ぶ人がいるかしら?」などの意見が飛び交う。しかし塚田さんだけは手を叩いて喜んでいた。
「おもしろいわ!おもしろいじゃない!?」塚田さんの声にあっけにとられるクラスメイトたち。
「よそと同じことをしても話題にはならないわよ!若い女の子が接待するだけじゃなく、さらに虚栄心をくすぐる!さすがは私が見込んだ藤野さんね!これならひとり百円はとれるわ!」
塚田さんの興奮する様子を見て逆に冷静になるクラスメイト達。
「・・・そ、そんなに儲けてどうする気?」と佳奈さんが聞いた。
「もちろん、大学祭が終わってからみんなで豪勢に打ち上げをするのよ!」
塚田さんの言葉を聞いて興味を持ち始めたクラスメイトたち。何となくその方向でまとまりそうで、俺は自分の発言を後悔した。
その週の土曜日の夕方に実家に帰ると、母が「マキちゃんが明日来るって」と言ってきた。
「マキちゃんが?何か用かしら?」
「松葉祭の演し物について相談があるんだって」
松葉女子高も文化祭の時期だ。去年は明日香と真紀子はミュージカルの『ラ・マンチャの男』の英語の歌曲を歌って評判になった(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」百九十四話参照)。
今年は明日香と真紀子が別のクラスになったから、苦労してるだろうなと拝察する。
翌日、お昼前に真紀子が我が家を訪れた。
「おはよう、みっちゃん」「おはよう、マキちゃん」あいさつを交わす。真紀子も高校二年生になって、前よりも大人びていた。
「お邪魔じゃなかった?」
「大丈夫よ。特に用事はないから」
「良かった、実は松葉祭の演し物のことで、今年もクラスで合唱にしようと思ったんだけど、何を歌ったらいいのかなかなかまとまらなくて困っているの」
真紀子は二年二組の委員長だ。しっかりはしているけど、あまり押しが強くない性格だから、みんなの意見をいろいろ聞いて決めかねているのだろう。
「松葉祭での合唱は、歌謡曲はだめだったわね。文部省唱歌か、外国の民謡か、例外的に映画やミュージカルの曲は英語歌詞なら許されているのよね」
「そうなの。歌謡曲ならそれなりにあるんだけどね、文部省唱歌は月並みだし、映画音楽やミュージカルもめぼしいものを思いつかないし。歌だけじゃなく、少し工夫が必要だと思うの。・・・みっちゃんのクラスは去年は映画音楽の歌に合わせてダンスをしていたわね?(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」百九十六話参照)その前は何をしたの?」
「私が一年生の時は讃美歌を英語で歌ったわ(同三十五話参照)。二年生の時は、クラシックのメロディーに歌詞をつけて合唱したわね(同百十九話参照)」
「女子高の第二校歌になっている歌ね?(同百二十話ほか参照)さすがね、みっちゃんは」
「明日香ちゃんは何をやるか言ってた?」
「去年と同じようにミュージカル映画の歌をメドレーで歌うみたい。『サウンド・オブ・ミュージック』だったかしら?」
「なるほど、いい選択ね」『サウンド・オブ・ミュージック』のメインテーマは去年の松葉祭で俺たちも歌ったが、「エーデルワイス」や「ドレミの歌」などいい曲がほかにもある。
「明日香に勝とうと思わないけど、あまり見劣りするのもどうかと悩んでいるの」
「・・・ちょっとしたアイデアを思いついたけど、どうかなあ?」と俺がつぶやくと、真紀子がすぐに食いついてきた。
「どんなアイデアなの!?」
「馴染みのある童謡の歌詞を変えて歌ってみるのよ」
「替え歌ってこと?先生に止められないかしら?」
「女子高の日常を綴った歌詞にすればいいのよ」
「具体的には?」
「例えば『♪静かな湖畔の森のかげから・・・』って歌があるわよね?」
「曲名は『静かな湖畔』ね?・・・♪静かな湖畔の森のかげから もう起きちゃいかがとカッコウがなく カッコウ カッコウ カッコウ カッコウ カッコウ」と真紀子が歌ってみせた。
「それを例えばこう変えるの。♪包丁の音する台所から もう起きちゃいかがと母が呼ぶ まだ 無理 あともう五分」
俺の即興の替え歌に笑い出す真紀子。「おもしろいけど、ふざけてるって先生に言われないかしら?」
「今の歌詞は冗談だけど、もっと学校生活を盛り込むのよ。例えば、
♪授業が始まるおしゃべりやめて 先生の話を聞きなさい
この問題 わかる人挙手
手を挙げずうつむいているあなた 古文の活用言いなさい
けけ ける ける けれ けよ」
真紀子はお腹を抱えて笑っていた。
「べ、勉強にもなるからいいかもね」
俺もだんだん調子に乗ってきた。
「♪おおブレネリ あなたのおうちはどこ?
わたしのおうちはスイッツァランドよ
きれいな湖水のほとりなのよ
という曲は、
♪女生徒さん あなたの学校はどこ?
私の学校は松葉女子高
可憐な乙女の学び舎よ
とか歌うのよ」
「おもしろいのを通り越して感心するわ。みっちゃん、よくそんなに頭が回るわね?」と真紀子が俺を褒めて?くれた。
「まあ、ちょっとふざけた歌詞だったけど、クラスのみんなで考えればもっといい歌詞ができるわよ」
「そうだといいけど」
お昼になったので真紀子も俺の家で一緒に昼食を食べることになった。最初は遠慮していたが、まだ何か相談事があったみたいで、最後には折れてくれた。
と言っても、コロッケと漬物ぐらいしかなかったので、母が気を遣って目玉焼きを焼いてくれた。弟の武はおかずが増えて大喜びだった。
目玉焼きって、なぜか朝食のおかずのイメージがあるなあ、と思いながら、俺もおいしくいただいた。
「学校はどう?明日香ちゃんと離れてうまくやってる?」
「何とかね。親しい友達もできたし、大きな問題はないわ。明日香みたいな統率力はないし、頭も良くないけど」
真紀子は謙遜しているが、成績順位は学年でいつも一桁代だ。二年生の時の俺より頭がいい。
「実は生徒会長の古田さんがね、来年から生徒会長を全生徒の投票で決めることに変えたの」
「へ~。実行委員になる人は大変ね」今までは生徒会に所属する二十人余りの投票で決めていた。
「候補者を決めて、全生徒の前で選挙演説をさせなくちゃならないわね」
「そうなの。どんな準備が必要か、明日香と一緒に今から頭を抱えているの」
「あなたたちも候補者になるだろうしね。表に出ながら裏方も務めるのね」
「どうせ明日香が生徒会長に決まると思うけどね」
「マキちゃんだって可能性は低くないんじゃない?明日香ちゃんは見るからに優秀だけど、マキちゃんの物腰の柔らかさに魅かれる女子生徒も多いと思うわ」と俺が言ったら、顔を赤くして必死に否定した。・・・やっぱりかわゆい後輩だ。
登場人物
藤野美知子(俺、みっちゃん) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
塚田志津子 秋花女子短大英文学科一年生。クラスの総代。
嶋田芽以 秋花女子短大英文学科一年生。
丹下佳奈 秋花女子短大英文学科一年生。
内田真紀子(マキ) 松葉女子高校二年生。美知子の後輩。明日香の家に同居。
水上明日香 松葉女子高校二年生。美知子の後輩。
古田和歌子 松葉女子高校三年生。生徒会長。




