五十話 夏休み編の終わり
塚田さんの、俺が炎を操るという爆弾発言に佳奈さんと芽以さんが飛び上がった。
「炎を操る?どういうこと!?」と俺に詰め寄る佳奈さん。
「お祭の縁日で見たことがある火を吹く女ってこと?」と芽以さん。
「さあ、何のことやら」と俺はごまかした。いや、ごまかしたわけではない。俺にも幼稚園で何が起こったのか、さっぱりわからなかったからだ。
「あの人たち・・・あの人は確か藤野さんの高校時代の友だちよね?塚田さん、彼女が何て言ってたの?」
「私もよく聞いていなかったけど、体から炎を吹き出して、悪い人を追っ払ったとか何とか言ってたわ」と答える塚田さん。
「私自身はそんなことが起こったのかほんとうに知らないのよ」と俺は主張した。
「なら、あの人に聞いてみる?・・・なんて名前だったっけ?」と佳奈さんが坂田さんを指さして聞いた。
「坂田さんよ」と俺が答えると、塚田さんが立ち上がった。
「立ち話を聞きかじった者の責任で、坂田さんに直接説明してもらうよう頼んでみるわ」
さすがは塚田さん。クラスの総代をしているだけのことはある。行動力がある。
塚田さんはそのまま坂田さんたちが座っている席に近づいて行くと、坂田さんに何やら話しかけた。
すると坂田さんとその友人たちが定食のお盆を持って立ち上がって、俺たちのテーブルに移って来た。
「食事をしながら話してくれるって」と言って自分の席に着く塚田さん。
俺たちの横に坂田さんたちが座る。・・・坂田さんはともかく、その友人たちは憧憬の眼差しで俺を見ているようだった。
「こんにちは、藤野さん」と俺にあいさつする友人たち。俺も適当に返す。
「わざわざ来てくれてありがとう。それで、さっそくだけど藤野さんのことを聞かせて」とすぐに頼む佳奈さん。
「じゃあ、お言葉に甘えて」と答えてにたりと笑う坂田さん。
「藤野さんは、占いができるだけじゃなく、妖怪ハンターとしても有名なことは知っているわよね?」と佳奈さんたちに言う坂田さん。
「知らないわよ!初耳だわ!」と言い返す佳奈さん。
「妖怪ハンターって、どういうこと?」と聞く芽以さん。
「私たちの周りには妖怪の仕業なんじゃないかって思える不思議なことが起こることがあるわよね?」
「そ、そんなことは今まで一度もないけど、・・・話を続けて!」
「藤野さんは高校生の頃からそんな不思議な出来事の真相を調べて、実は妖怪の仕業じゃなかったってことを何度も暴いてきたのよ」
「そ、そうなんだ・・・。でも、炎を吹き出すとか言ってたって聞いたけど」
「まあまあ、話は順番にね。・・・今年の夏休みに、藤野さんは東北の旧家に出た一寸法師の妖怪事件を解決したのよ」
坂田さんは彼女が知る夏休み中に起こった出来事と俺の活躍を説明し始めた。俺自身何度も聞かされた話なのでここでは繰り返さない。
「・・・そして最後が幼稚園の白粉婆事件よ。本妻に引き裂かれようとする母子を藤野さんがかばったんだけど、そのときに体から炎が吹き出して、本妻を驚かせて追い返したのよ!」
「・・・それってほんとうに火が出たの?近くの物が燃えたり、近くにいた人が火傷を負ったりしなかったの?」と追求する塚田さん。
「燃えたり火傷を負ったりしたことは一切なかったけど、私や近くにいた人たちにはほんとうに炎が出たように見えたのよ。・・・ほんとうの炎ではなく、藤野さんの迫力を炎と錯覚しただけかもしれないけど」
「・・・いずれにしても常人離れしているわね、藤野さんは」と塚田さん。
「今ここで炎を出して見せてよ」と俺に無茶ぶりする佳奈さん。
「そんなことできるわけないじゃない。私は奇術師でも、魔女でも、超能力者でもないんだから」と俺は反論した。
「残念ねえ。・・・もっともほんとうに火が出て、短大が火事になったら大変だけど」
「とにかく何か困ったことがあったら、藤野さんに相談してみるといいわよ」と坂田さんが勝手なことを言った。
「何かないか、ほかの人にも聞いてみるわ」と佳奈さん。依頼を募っているわけじゃないから、あまり話を広げないでほしい。しかしほかの人たちも同意してうなずいていた。
「あ、相談するときは私を通してね。私が藤野さんのマネージャーだから」さらに勝手なことを言う坂田さん。何か事件らしいことがあったら、首を突っ込みたいだけだろう。
その後は部活の話とか、普通に談笑して昼食を終えた。妖怪ハンター云々の話を聞いても佳奈さんたちの態度が変わらなかったので安心した。
その日から俺は普通に短大で勉強し、下食のマンションで祥子さんと杏子さんのために家事を行った。英研の部活があるときには参加し、大学祭の演し物の企画に参加した。また、空いている日には杏子さんと漫才を見に行くこともあった。
妖怪関係の相談が来ることはなかった。そうそうそんな事件はないからだ。
「そう言えば、明日香が是非松葉祭を観に来てねと言ってたわ」と、ある日杏子さんが俺に言った。松葉祭とは俺の母校、松葉女子高校の学園祭のことで、杏子さんの妹の明日香は高校二年生だ。
「今年は明日香ちゃんたち、どんな演し物をするの?」と俺は聞いた。
「それは教えてもらってないけど、楽しみにしてと言ってたわ」
「マキちゃんとは別のクラスだったわね。マキちゃんは何か言ってた?」マキちゃんは同じ松葉高校の二年生で、明日香の家に同居しているが、今年は別のクラスになっていた。松葉祭の演し物も違うはずだ。
「マキちゃんも美知子さんに松葉祭に来てほしいって言ってたけど、やっぱり演し物は内緒だったわ」
去年の松葉祭では明日香とマキちゃんがミュージカル曲を歌った。とても素晴らしい歌声だった(『五十年前のJKに転生?しちゃった・・・』百九十四話参照)。今年も二人の歌声が聞こえるかな?
「絶対観に行くからって、二人に伝えてね」と俺は杏子さんに頼んだ。
毎週水曜日には英子さんの家庭教師に行き、中間試験対策の指導をした。
「とりあえず教科書の試験範囲の英文をノートに書き写してごらん」と俺は、女子高のときに喜子さんに教わった勉強方法を指導した。
「訳を考えながら書き写してね」
「とても面倒くさいわ」と文句を言いながらも俺の指導に従う英子さん。でも、その甲斐があったようで、十月に受けた中間試験で、英語と英文法のテストはいずれも九十点近い高得点だった。
「さすがは秋花女子短大の英文学科の学生さんだわ!藤野さん、ありがとう!」と英子さんの母親にも熱烈に感謝された。
「お礼にお寿司を取ったから、食べていってね」とありがたい申し出があり、遠慮なくいただくことにした。
「英子さんも英語に対する苦手意識が薄れたようで、これからはいい点を取り続けられますよ」
「先生がいないと不安だわ。だからこれからもよろしくね」と俺に言う英子さん。
「そうですよ。これからも英子のことをよろしくお願いしますね。少なくとも大学受験まで」
来年は就職活動で忙しいかもしれない。しかしこれだけ感謝されると、途中で見放すわけにはいかないので俺は二人にうなずいた。
来年の春休みには大阪へ旅行して、佳奈さんたちと一緒に大阪万博を見て回る予定だ。その旅費を稼ぐためにも、家庭教師はやめられない。
それにしても夏休みにはいろいろなところへ旅行した。年末年始は家に帰って年越しの手伝いをしなければならないだろうが、来年の春休みや夏休みには、大阪以外にも、いろいろなところに行く機会があるだろうか?
そんなことを考えつつ、英子さんたちと楽しく語らいながらお寿司をいただいた。
その日の夜、下宿に帰ると、祥子さんと杏子さんの二人に夕食の準備が遅れたことを詫びながら、手早く料理を作った。今夜はハムステーキ+目玉焼きのキャベツの千切り添えとお味噌汁のお手軽メニューだ。
俺はお腹いっぱいだったので、二人が夕食を食べるのを見ながら英子さんの英語の試験が上がったことを報告した。
「良かったわ。美知子さんの努力と工夫が実ったのね」と俺を褒める祥子さん。
「がんばったのは英子さんだけどね。・・・今後はこの成績を維持させるのが課題だけど、やっていけるかしら?」
「美知子さんなら大丈夫よ」と根拠なく保証してくれる杏子さん。
夕食後、食器を洗い、お風呂に入って、いつものように就寝した。いい一日だった、と思い返しながら。
そして眠っているときに不思議な夢を見た。誰か知らない人物が、自分の前に立っている夢を。
その人物の体は淡く輝いているだけで、顔の造作などはまったくわからなかった。衣服もよく見えず、男なのか女なのかもわからない。・・・すぐにただの人間じゃないと悟ったが、怖いとは思わなかった。
「元気でやっているようだね?」と、意外にも人間らしい問いかけをするその人物。
「はい、おかげさまで」その人のおかげなのかよくわからないけど、感謝したい気分だったのでお礼を言った。
「あなたはどなたでしたっけ?」
「私はいくつかの世界を管理している者だ。あらかじめ言っておくが、神様ではないぞ」
「そうですか・・・?」よくわからない自己紹介だ。
「君の体の中には男性だった頃の記憶と、その体の持ち主の女性の記憶が混在しているだろう?」
「はい。・・・俺は元々平成時代に生きていて、なぜか突然昭和時代に戻って、この美知子の体の中にいました」
「つまり、二つの魂を持っているのだが、それは突発的な事故によるものだ。人は同時に二つの魂を持つことはできない・・・持つべきではない」
「え?・・・じゃあ、俺の意識は美知子の体の中から追い出されるのですか?」
「以前にそうしてもらったことがある。君には別の世界の人間になってもらっていた」
「え?そうですか?記憶にありませんが・・・」
「別の人間として生まれ変わったとき、普通は前世の記憶を失っている。だから覚えていないのが正常だ」
「俺が別の人間になったと言うなら、なぜ俺はまた美知子の体の中にいるのですか?」
「別の人間になった君に、その世界を救ってもらったことがある(『公爵令嬢は♡姫将軍♡から♡降魔の巫女♡になる』参照)。その人間の体が失われたので、代替措置として元の体に戻ってもらったのだ。・・・君へのお礼という意味もある」
その人物の説明に俺は疑問を持った。「・・・その事情を俺に話しているのはなぜですか?」
「君にまた別の世界に行ってもらいたい。君なら今度もその世界を救えるはずだ」
「え?俺が別世界の救世主になるのですか?そんな度胸も技量も、経験もありませんが。・・・経験はあるのかな?でも全然覚えていませんけど」
「君なら多分大丈夫だ」
「『多分大丈夫』と言われても、まったく安心できませんけど」と俺は文句を言った。
「それに俺はこの世界でまだやりたいことがあるんです!大学祭の英語劇の手伝いをしたり、松葉祭を観に行ったり、来年には大阪万博にも行きたいんですよ!」
そう言って、別世界に行きたくない理由としては弱いかな?と自分でも思ってしまった。
「仕事が終わったら、またこの世界に、その体の中に戻してあげよう」とその人物は言ってくれた。何の保証もないが、なぜかその言葉は信用できる気がした。
「それでどのくらいそちらの世界に行かなくてはならないのでしょうか?大学祭まで、あまり日数がないのですが」
「時間とは相対的なものだ。向こうの世界で何年、何十年過ごしても、こちらの世界の明日の朝に、君は普通に目覚めるだろう」
ほとんど時間のロスがない?それなら安心だ。
「わかりました。お役に立てる自信はありませんが、その世界に行ってみます」
「感謝する」その言葉とともにその人物の姿が消えた。
それと同時に俺の意識の中の俺の体が二つに分かれた。分かれた自分と向き合う俺。
「じゃあ、行ってらっしゃい」と俺の分身が言った。
「美知子なのか?」その分身に問いかける。
「そうよ。元は別々の魂だったけど、もうあなたと私は分かれたままではいられなくなっているの。戻って来たら一緒に大学祭を楽しんで、一緒に万国博覧会を観に行きましょうね」
「そうだな。必ず戻って来るよ」俺がそう言うと、俺の魂は美知子の魂から離れて、どんどんと暗い深淵の底へ落ちて行った。
どのくらい闇の中を落ちて行ったのだろう。やがて下の方から光が漏れてきて、俺の魂はその中に吸い込まれて行った。
次章、秋冬編および次々章大阪万博編の構想を練るためにしばらく投稿をお休みします。その間に異世界を救うために奮闘する少女の物語『王太子から婚約破棄された女辺境伯ミスティは世界を救うべく十勇士とともに旅立つ』を連載します。
五十話登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
塚田志津子 秋花女子短大英文学科一年生。
丹下佳奈 秋花女子短大英文学科一年生。
嶋田芽以 秋花女子短大英文学科一年生。
坂田美奈子 秋花女子短大家政学科一年生。
黒田祥子 美知子の同居人。秋花女子大学二年生。
水上杏子 美知子の同居人。秋花女子大学二年生。
水上明日香 松葉女子高校二年生。杏子の妹。
内田真紀子(マキ) 松葉女子高校二年生。明日香の家に同居。
眞鍋英子 若草女子高校二年生。美知子の家庭教師先の教え子。
山際喜子 美知子の女子高時代の同級生。明応大学教育学部一年生。




