五話 書店巡り
その週の水曜日になると、俺は午後の講義をさぼって短大を出た。佳奈さんと芽以さんの探るような視線が痛かった。
俺は駅に行くと、副都心の駅までの切符を買って改札口を抜けた。ただし電車には乗らず、ホームに立って待つ。
まもなくホームに着いた電車の入口から神田君が姿を現して俺に手招きした。小走りに近寄って電車に乗る。
「お待たせ」と神田君。
「いいえ、ちょうど今来たところでした。・・・今日はありがとうございます」と俺は頭を下げた。
今日は副都心にある大きな書店をいくつか回る約束だ。先週、明応大でSFの話を聞いたときに、書店に並んでいる本を見ながら説明してくれる約束になっていた。
「先日は異世界に主人公が行ってしまうという小説を教えていただきましたけど、それ以外にもいくつか紹介していただけたら助かります。実は・・・」と言って、俺は「自分の好きなもの/ことについて英文で詳述せよ」というテーマで英語小論文のレポートを書かなくてはならないことを説明した。
「私はこれといった趣味がなく、今回紹介していただく過程で何かテーマを見つけられればと思っているんです」
「なら、SF関係以外の書棚も回ってみようよ。僕はそれなりに本を読んでるし」と神田君が言ってくれたので、
「よろしくお願いします」と再度頭を下げた。
電車が副都心の駅に着くとホームから改札口を抜けて駅の構内に進んだ。乗降客がかなり多い駅で、入り組んでいる上に人がデモ行進でもしているかのように多く、すぐに方向感覚を失いそうだった。こんなに人が多いところに来たのは久しぶりだ。少なくとも昭和時代に転移してからは初めてだった。
「すごいですね。道に迷いそうです」
「慣れれば何となく方向がわかるようになるよ」と神田君が言って自信ありげに歩いたので、俺ははぐれないようあわてて後を追った。
どこをどう通ったのかわからないがいつのまにかエスカレーターに乗っていた。この百貨店のような商業施設の上階に目指す大型書店があるとのことだった。
やがて書店に到着すると、通路沿いの雑誌コーナーを抜けてまっすぐに文庫本のコーナーに行った。そのコーナーの一列分の書棚がすべて推理小説とSF関係だった。
「ここなら今の日本に出ているSFの文庫本や新書がだいたいそろっているかな?・・・ここは創元推理文庫とハヤカワ書店関係だね。新潮文庫などはこの書棚の向こう側に並んでいるよ」
「本の数が多くて目が回りそうです」
「時間があるからゆっくり見て回ろうよ」と言って神田君は書架に向かった。
「以前教えてほしいと言ってた精神だけが別の世界に行って活躍するという内容の小説は、前に貸した『天界の王』くらいしか見つからなかった。僕が知らない作品があるかもしれないけどね」
「なかなかおもしろい小説でした。今日持ってきたから後でお返しします。そういう設定に限らず、おもしろいSF小説があれば教えてください」
「たくさんあるけど、『天界の王』の作者ハミルトンの作品で有名なのがキャプテン・フューチャーシリーズかな。脳だけの科学者とアンドロイドとロボットを連れて太陽系内を活躍するスペースオペラなんだ」と言って神田君は『太陽系七つの秘宝』というタイトルの新書を取り出した。
キャプテン・フューチャーは昔NHKでアニメを放映していた気がする。見たことはないけど。
「レポートに書く題材として、もう少しアカデミックなのはありませんか?」
「じゃあ、この『宇宙船ビーグル号の冒険』はどうかな?」
「どんなお話ですか?」
「科学者をたくさん乗せた巨大宇宙船ビーグル号が宇宙を旅しているんだけど、途中で様々なBEM、つまり宇宙怪物と出会って戦うというお話さ」
「へ、へえ・・・」レポートのテーマになるのかな?
「それとも、こんなのはどうだい?」と俺の反応を見て神田君が別の文庫本を勧めてきた。
「『二十億の針』ですか?・・・どういうお話ですか?」
「アメーバー型の宇宙人の犯罪者が地球に逃げて来て、それを追って来た捕り手の宇宙人も地球に降りるんだ。その宇宙人は寄生型の宇宙生物で、主人公の少年の体内に入り込むんだ。・・・このあたりはウルトラマンというテレビ番組の第一話の話と似ているね。宇宙怪獣ベムラーを追って来たウルトラマンが誤って科学特捜隊のハヤタ隊員を死なせてしまい、ウルトラマンはハヤタ隊員と同化してベムラーを倒すんだ」
神田君は特撮ファンでもあるのかな?と思った。俺は幼い頃にウルトラマンティガやダイナを観た記憶があるが、昔のウルトラマンについてはあまりよく知らなかった。
「そのアメーバー型の宇宙人が主人公の体の中にどうやって入るのですか?」と俺はそれかけた話を元に戻した。
「その宇宙人の細胞は人間の細胞よりも小さくて、人間の細胞と細胞の隙間に侵入できるんだよね。そして主人公と会話しながら一緒に犯罪者の宇宙人を探すというお話さ」
昔読んだ『寄生獣』というマンガに似ているな。いや、こちらが元ネタかな?と思ったが、平成時代のことを考えてもしょうがない。
「へー、そうなんですね。推理小説の要素もあるんですね」と俺が言うと、神田君ははっとした。
「そうだ!今年の明応祭でミステリ研の機関誌を出すんだ。僕はSFミステリーの書評を書こうと思ってるけど、この『二十億の針』も追加しようかな?」
「明応祭って明応大学の大学祭ですか?おもしろそうですね。私もその機関誌を買いに行きます」
「大学内を案内するから、是非来てくれ」
「チヨちゃ・・・一色さんも寄稿するのですか?」
「うん。彼女はいろいろな事件を推理しているから、そのことについてまとめてもらうことになっているんだ」
「え?一色さんはまだ探偵活動を続けておられるのですか?」
「そう。今や警視庁の刑事さんや法医学教室の先生と一緒に事件を解決しているみたいだね」
「さすがですね、一色さんは。念願だった探偵になれたんですね」
「そう言えば、女子高時代に一色さんと藤野さんは一緒に学園の七不思議を解いたんだよね?」
「な、なぜご存知ですか?一色さんに聞いたのですか?」
「女子高の文芸部の冊子に君が書いた話を読ませてもらったんだ」
「え?あれをですか?」
「みんな感心していたよ。内容と文章に」
「ちょっと恥ずかしいです。・・・ところで、精神じゃなく肉体を伴ってもいいのですが、主人公が時間を越えて過去や未来に行くというお話はどんなのがありますか?」
「時間旅行を題材にしたSFの代表作はやっぱりウェルズの『タイム・マシン』だろうね。過去や未来に行ける乗り物という画期的なアイデアだよ」
「『タイム・マシン』は聞いたことがあります」・・・タイム・マシンは俺の時代では普通に知られていた。代表的なのが『ドラえもん』かな?まだこの世には出ていないけど。
「筒井康隆の『時をかける少女』というのもあるけど、こちらは乗り物ではなく、超能力で時間旅行ができるという内容だね」
『時をかける少女』は有名だな。これからTVドラマや実写映画やアニメ映画が作られることを知っている。
「SFじゃないけど、浦島太郎は知っているよね?竜宮城で楽しく過ごして帰ったら、何百年も時間が経っていたという結末だから、まあ一種の時間旅行だね」
「玉手箱を開けるとおじいさんになるというオチがついていましたよね?あれは長い時間が経過したことを示す比喩なのでしょうか?」
「そうかもしれないね。ところでアインシュタインの特殊相対性理論によると、光速に近いスピードで進む宇宙船に乗って宇宙空間を旅行して、地球に帰ってくると、地球では何百年も経過しているという現象が起こるんだ」
「浦島太郎の物語と同じですね?」
「そう。だから日本ではこの現象のことを『ウラシマ効果』と呼んでるんだ。・・・正式な学術用語ではないし、日本以外の外国ではまず通用しないけどね」
「光速に近いスピードで飛んでいる宇宙船の中の時間が、地球上より遅く進むということですか?」
「そういうこと」
「でも、その宇宙船に乗っている人から地球を見ると、地球が光速に近いスピードで遠ざかって行くように見えるはずですけど、地球上の時間の進みは遅くならないんですか?」と俺は疑問に思っていることを聞いた。
「・・・君はおもしろいことを考えるね。いや、頭がいいんだ」と、神田君が俺を感心して見つめた。
「多分、静止している状態の空間が基準で、その状態では時間の流れも一定だけど、空間を移動するスピードが速くなるとその分時間の進みが遅くなるんだよ。・・・地球も自転や公転をして移動してはいるけど、そのスピードは光速に比べると遅いから、地球上の時間の遅れは極めてわずかなんだと思う」
「空間上の速度と時間の流れが逆相関しているということですね?」
「おおよそそんな認識でいいんじゃないかな」
「浦島太郎のような物語はほかの国にはありませんか?」
「・・・確かアメリカには『リップ・ヴァン・ウィンクル』という小説があったはずだけど」
「どんなお話ですか?」
「山の中で妙な人たちにお酒をふるまわれたリップ・ヴァン・ウィンクルが一眠りして町に戻ると、同じように何年も経っていたというお話だよ」
「浦島太郎とそっくりですね。乙姫様はいませんが」
「それから中国の民話に爛柯というお話があるんだ」
「どんなお話ですか?」
「木こりが山奥で・・・仙人だったかな?・・・が囲碁をしているのを見物して、気がつくと柯、つまり斧の柄が爛れていて、里に帰ると同じように何年も経っていたというお話さ」
「これもそっくりですね。国によって夢中になっているのが乙姫様、お酒、囲碁と違っているのが興味深いですが」
「そうだね。女か酒か遊戯に夢中になって時間を忘れるというところが人間っぽくていいね。もっとも囲碁が一番知的に聞こえるけど」
「文学的でおもしろかったです。このあたりを題材にレポートが書けるか考えてみます」
俺たちはその書店を出ると、駅から少し離れた別の書店に向かった。そこも大きな書店で品揃えが良く、洋書もたくさん置いてあるという話だった。
「英語でレポートを書くなら、英語の本を読んで文章をそのまま引用した方が書きやすいんじゃないかい?」
いわゆるコピペだな。最も手で書き写さないといけないので面倒だ。引用元をはっきり記載しておけば、盗用にはならないだろう。とりあえず神田君の心遣いには感謝だ。
道路沿いに神田君とその書店に向かって歩く。
「そう言えばこの先に名画座があるんだ」
「名画座?昔の名作映画を公開している映画館ですか?」
「そう。今、何を上映しているのか知らないけど、SF映画の名作をしていたら観に行こうか?」
「そうですね。おもしろそうです」
目的の書店について、英語の書籍をいくつか見て回った。
「英語の本の背表紙のタイトルは、横書きで縦方向に印字してあるので読みにくいですね」
「そうだね。その点日本語は便利だね」
そんな話をしながら何冊か本を買い、その書店を出た。
帰り際にさっき話に出た名画座に寄ってみる。
「今日は吉永小百合の映画しかしていないみたいだね。来週は黒澤明監督作品か。・・・ちょっと残念だ」
「そうですね」と俺は話を合わせたが、俺が知っているSF映画は『スター・ウォーズ』や『スター・トレック』くらいだ。この時代にはどんなSF映画があるんだろう?と考えた。
「今日、夕食を一緒にどうだい?」と神田君が誘って来た。
「ごめんなさい」と俺は謝った。「下宿に戻って同居人の夕飯を作らなくてはならないの」
「それは残念」と神田君は言い、そのまま駅に向かった。
「今日はどうもありがとうございました」と俺は神田君に改めてお礼を言った。
「今日教えてもらったことを参考にしてレポートを書いてみようと思います。わからないことがあったら、また教えてもらいに来てよろしいでしょうか?」
「もちろん。同じ曜日の同じ時間ならいつでもいいからね」と神田君は快く応じてくれた。
五話登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
丹下佳奈 秋花女子短大英文学科一年生。
嶋田芽以 秋花女子短大英文学科一年生。
神田一郎 明応大学商学部一年生。
一色千代子 美知子の女子高時代の同級生。明応大学文学部一年生。
書誌情報
エドモンド・ハミルトン/天界の王(早川書房、1969年4月30日初版)
エドモンド・ハミルトン/キャプテン・フューチャー 太陽系七つの秘宝(ハヤカワSFシリーズ、1966年2月28日初版)
エドモンド・ハミルトン/キャプテン・フューチャー 謎の宇宙船強奪弾(ハヤカワSFシリーズ、1966年7月31日初版)
エドモンド・ハミルトン/キャプテン・フューチャー 時のロストワールド(ハヤカワSFシリーズ、1967年1月15日初版)
A・E・ヴァン・ヴォークト/宇宙船ビーグル号の冒険(創元推理文庫、1964年2月5日初版)
ハル・クレメント/20億の針(創元推理文庫、1963年8月20日初版)
岩明均/寄生獣(講談社アフタヌーンKC、第1巻:1990年7月23日〜第10巻:1995年3月23日初版)
H・G・ウェルズ/ウェルズSF傑作集1(『タイム・マシン』所収、創元推理文庫、1965年12月3日初版)
筒井康隆/時をかける少女(鶴書房盛光社、1967年3月20日初版)
ワシントン・アーヴィング/スケッチ・ブック(「リップ・ヴァン・ウィンクル」所収、新潮文庫、1957年5月20日初版)
TV番組情報
NHK/キャプテンフューチャー(1978年11月7日〜1979年12月18日)
TBS系列/ウルトラマン(1966年7月17日〜1967年4月9日)
TBS系列/ウルトラマンティガ(1996年9月7日〜1997年8月30日)
TBS系列/ウルトラマンダイナ(1997年9月6日〜1998年8月29日)
映画情報
原田知世主演/時をかける少女(1983年7月16日公開)
仲里依紗主演(声)/時をかける少女(2006年7月15日公開)
漫画情報
藤子不二雄(藤子・F・不二雄)/ドラえもん(小学館の学年誌、1970年1月号〜1994年9月号掲載)




