四十九話 大阪万博の話題
佳奈さんはさらに雑誌の記事を広げて大阪万博のことをいろいろと教えてくれた。
「大阪のどこに会場を作ってるの?」と聞く芽以さん。
「吹田市ってところ。私の家からは近いわよ」
「歩いて行けるの?」
「さすがにそこまで近くはないわ。万国博覧会の開催までに、電車の駅が会場前にできるみたいだから電車を乗り継いでも行けるし、当然バスも走るでしょうね」
「博覧会って、何を博覧するの?最新の科学技術で作ったものなの?」
「そうねえ。・・・詳しいことはまだよくわからないけど、世界中の国がパビリオンという建物を作って、中に各国の特徴ある展示物を置くみたい。もちろん日本国も、日本の有名企業もパビリオンを作るみたいよ」
「確か、『太陽の塔』というのが作られるのよね?」と俺も口を出した。
「そう、そう。万国博覧会会場の中央にある『お祭広場』ってところに建てられるみたい」
「塔?東京タワーみたいなのかしら?」と聞く芽以さん。
「違うわよ。芸術家の岡本太郎が作る芸術作品よ。とても巨大な」と俺は言った。
「岡本太郎?・・・知ってる?」と佳奈さんに聞く芽以さん。
「聞いたことがないわ。有名な人なの?」と俺に聞く佳奈さん。
「私もよく知らないけど、世界的に有名な芸術家らしいわよ。・・・『芸術は爆発だ!』っていう名言を聞いたことない?」
「聞いたことないわ」と二人に即答されてしまった。まだこの時代では広まっていないのかな?それとも、まだそんな言葉を言っていないのかもしれない。
「どんな芸術作品なの、太陽の塔って?」と芽以さんが佳奈さんに聞いた。
佳奈さんは雑誌の特集ページを開いて、概要図を見せてくれた。
「何?・・・この変なの」というのが芽以さんの最初の感想だった。大多数の人の素直な感想だろうと俺も思う。
「左右に両手が伸びて、怪獣みたい」と芽以さんの酷評が続く。
「特にこの真ん中にある変な顔!」・・・確かに独特な、左右不対象な顔だけど、岡本太郎の象徴的な芸術作品なのだろう。
「この太陽の塔には四つの顔がついているらしいわ」と佳奈さん。
「この中央の変な顔が『太陽の顔』、てっぺんについているパラボラアンテナみたいなのが『黄金の顔』、そして背中に黒い太陽の顔が作られるんだって。それぞれが現在、未来、過去を表しているという話よ」
「顔がたくさんあるなんて、ますます怪獣ね。・・・四つ目の顔は?」
「よくわからない。・・・どこか別のところに展示されるのかな?」
「塔の中にも入れるの?」と俺は佳奈さんに聞いた。
「入れそうね。『生命の樹』という生物の進化を表す展示物が作られるみたい」
太陽の塔は万博が終了した後もずっと残されていたはずだ。間近で見たことはないけれど。
「ほかにはどんな建物・・・パビリオンがあるの?」と聞く芽以さん。
「たくさんあるけれど、やっぱり目玉なのがアメリカ館ね。七月に話題になったアポロ宇宙船の月着陸船が展示されるみたい」
「本物なの?」と聞き返す芽以さん。
「本物だけど、アポロ十一号の月着陸船は地球に戻って来てないから、使っていない実物ってことなんじゃないの?」
「アポロ十二号か、その後のアポロ計画で使われる予定のものかもね」と俺も言った。はっきりと覚えていないが、確かアポロ十一号の後も何回か月に着陸したはずだ。
「ひょっとしたら月の石も展示されるかもしれないわ」と佳奈さん。
「月の石?・・・どんなのかしら?満月のように、銀色に光り輝く石かしら?」とうっとりした目でつぶやく芽以さん。
月の石はそんなキラキラしたものではなかったと思うが、俺もあまりよく知らない。
「アメリカ館以外に注目されているパビリオンはあるの?」
「当然見ておかなくてはならないのが日本館ね」
「何か目玉の展示物があるの?」
「詳細はまだわからないけど、日本の昔と今と未来がテーマだそうよ」
「そのほかには?」
「国別だとやはりソ連館でしょうね。展示物の詳細は不明だけど、おそらくアメリカに対抗して宇宙開発関連の展示があるのでしょうね」
ソ連・・・ソビエト連邦か。俺の時代にはとっくに崩壊して、ロシアとウクライナなどの国々に分裂していたな。
この時代ではソ連はアメリカに先んじて人工衛星を打ち上げたり、有人宇宙飛行を行ったりしてアメリカに対抗していた。まだ月には行ってないようだけど。
「ほかには?」
「オーストラリア館は円形のホールを上から釣り上げているような設計みたい。・・・展示物はまだわからないわ」
「ほかには?」
「国別だと、今の時点ではその程度しかわからないわ。日本の有名企業のパビリオンだと・・・」と佳奈さんが話し始めたときに先生が講義室に入って来た。
「講義が始まるわ。続きはお昼休みにね」
俺たちは席に着き、教科書とノートを開いて後期最初の講義を聞いた。休みボケのせいか、講義の内容があまり頭に入らない。そこでぼーっとさっき聞いた大阪万博について考えを巡らせた。
一九七〇年の大阪万博・・・EXPO’70か。日本で開催される最初の国際博覧会で、国民の関心がとても高いように感じる。
大阪万博の後には沖縄の海洋博、つくばの科学万博、大阪の花博、それに愛知万博などが開かれたはずだが、これほど全国的な注目を浴びたのだろうか?
俺の時代よりも未来への期待が大きい時代なのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えているうちに時間が過ぎ、午前の講義が終わってしまった。俺は佳奈さんや芽以さんと一緒に学生食堂に移動した。
定食を頼んでテーブルに着くと、すぐに佳奈さんが話し始めた。もちろん万博の話題だ。
「企業のパビリオンで注目度が高いのは三菱未来館ね」
「目玉の展示が何かわかっているの?」と俺は聞いた。
「ええ。通路上の空中に巨大なサメの映像が映し出されて、観客に襲ってくるそうよ」
「空中に?」俺は意味がよくわからなくて聞き返した。
「そうよ。何もない空中・・・それも私たちの身長ぐらいの高さに映像が映し出されるらしいわ」
何もない空中に映像が映し出される?そんなSF的な技術は、俺の時代でも実用化されてなかったぞ。・・・3Dのテレビとか映画ならあった。映像が目の前に飛び出してくるように見えるけど、実際はテレビ画面やスクリーンに映し出された映像が特殊なメガネをかけることにより立体的に感じられるだけで、ほんとうに空中に映像が映し出されているわけではない。
「どうやったらそんなことができるの?」と芽以さんが佳奈さんに聞いた。
「空中に煙のスクリーンを貼って、そこに映像を映し出すらしいの」
「その煙のスクリーンに人の体が当たったらどうなるの?」
「すり抜けるだけなんじゃない?」
ほんとうにそんな技術があったらすごいなと思うけど、実際に三菱未来館に行って見てみなければどんなものかはわからない。でも、おもしろそうだ。
「ほかにはどんなのがあるの?」
「日立グループ館には飛行機の操縦席があって、そこで飛行機の操縦をすることができるらしいわ」
「え?飛行機に乗って空を飛ぶの!?」と驚く芽以さん。
「ほんとうに空を飛ぶわけじゃないの。パイロットが練習に使う機械なんだって」
シミュレーターってやつだな。操作すると画面に映し出される映像が動いて、ほんとうに飛行機を操縦しているように感じられるやつだ。
「おもしろそう。・・・飛行機を操縦したいなんて思ったことはないけど」
確かにおもしろそうだけど、観客が大勢押し寄せて来たら、順番待ちが長くて実際に体験することは難しそうだ。
「ほかには?」
「まだあまり情報がないけれど、ロボット館ってがあって、楽器を演奏するロボットとか、いろいろな動くロボットが展示されるみたい。・・・正式名称はフジパンロボット館だわ」と佳奈さんが雑誌を見ながら教えてくれた。
「ロボットが楽器を演奏するの?すごいわねえ」と感心する芽以さん。
自動演奏ピアノは俺の時代にもあったが、人の形をしたロボットが普通のピアノで演奏するわけではない。ドラムくらいならロボットでも叩けるだろうが、お寺の鐘をつくような感じならともかく、ロボットがテンポよくドラムを叩き続けることなど想像できない。
ほんとうにそんなロボット技術があればすごいけど、俺の時代では見たことがなかったことが気になる。
「ほかにはどんな企業が出ているの?」
「まだ詳しいことはわからないわ。・・・パビリオン以外だと、会場の北側に大きな日本庭園が作られるみたい。それに南側には、エキスポランドという遊園地が作られるわ。エキスポランドの中にさっき言ったフジパンロボット館があるのよ」
エキスポランドか。・・・万博終了後も遊園地として残っていたが、俺の時代に閉園したような記憶がある。
「話を聞けば聞くほど万国博覧会に行ってみたくなるわ」と芽以さんが興奮ぎみに言った。
「だから芽以も藤野さんも、春休みにでも私の家に泊まりに来てね。一緒に万国博覧会を見物しましょうよ!」
「いいわね!でも、一日で全部を見て回るのは難しそうね」
「そうね。めぼしいパビリオンを見て回るだけでも二、三日はかかるでしょうね」
そんな話をしていたら、坂田さんが数人の家政学科の友人たちと一緒に近くを通りがかった。俺に気がついて手を振る坂田さん。
俺も手を振り返したが、そのとき、坂田さんの友人たちが俺を見てひそひそと話し出した。また妙な噂話でも吹き込まれたのかな?
「注目されているわね、藤野さん」と、彼女らに気がついた芽以さんが言った。
「また何かやらかしたの?」
「そんな人聞きの悪い」
「おおかた占いができることが広まって話の種にされているのよ」と佳奈さん。
「そうだと思うわ」と俺はごまかした。
そのとき、坂田さんたちの後に別の女子学生が立っているのに気づいた。坂田さんたちの話を立ち聞きしていたようで、その女子学生は坂田さんたちから離れると、まっすぐ俺たちの方に向かって来た。
「藤野さん、ちょっといいかしら?」とその女子学生、塚田志津子さんが俺に声をかけてきた。
塚田さんは俺たちのクラスの総代をしている。総代というのはクラスの代表で、先生方からの連絡事項を俺たちに伝えたり、試験範囲を聞いて来たりしてくれる役目の人のことだ。
高校の委員長のような正式な役目ではなく、クラスの学生が自主的に頭がいい、あるいは面倒見が良さそうな人に頼んで決まったまとめ役だ。
「何かしら、塚田さん?」と俺が聞くと、
「私が総代をしていることは知っていると思うけど、藤野さん、あなたに総代の補佐をお願いできないかしら?」
「総代の補佐?」
「ええ。私がクラスのみんなと先生方との橋渡しをしているんだけど、試験前だとけっこう大変なの。夏休み前に誰かにお手伝いを頼もうと考えたのよ。だから藤野さんにお願いしたいと思って」
「それはかまわないけど。・・・なぜ私に声をかけたの?」既に数人に断られて、仕方なく俺に声をかけてきたのかな?
「高校生のときに生徒会長をしていたそうじゃない?こういう仕事に慣れていると思ったのよ。それにいろいろな不思議な力を持っているそうだし」
後半の理由は総代補佐の仕事と関係ないような気がするが、総代の仕事が大変なのは事実だろう。
「わかった。お手伝いするわ」と俺は承諾した。
「ありがとう、助かるわ。これからよろしくね」と感謝する塚田さん。
「・・・ところで、今聞いた噂話によると、あなたは炎を自在に操れるそうね?」
四十九話登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一
丹下佳奈 秋花女子短大英文学科一年生。
嶋田芽以 秋花女子短大英文学科一年生。
坂田美奈子 秋花女子短大家政学科一年生。
塚田志津子 秋花女子短大英文学科一年生。
書誌情報
手塚治虫/鉄腕アトム(少年、1952年4月号〜1968年3月号連載)
手塚治虫/長編冒険漫画 鉄腕アトム(光文社版単行本、1巻: 1956年6月1日〜8巻: 1960年7月25日初版)
手塚治虫 /鉄腕アトム(小学館ゴールデンコミックス、1巻: 1968年10月30日〜20巻: 1970年3月20日初版)




