四十二話 一寸法師の再来(一色千代子の事件簿二十七、美知子の妖怪捕物帳・什弐)
「ところで宿題のスカートができたそうね?」と俺は話を変えた。
「ええ。試着して来るから待っててね」と言って、明日香と真紀子は部屋から出て行った。真紀子の部屋で着替えてくるようだ。
しばらく待っていると、「じゃじゃ〜ん!」と言って二人が部屋に入って来た。一学期に作った白いブラウスとともに、明日香は青色のプリーツスカート、真紀子は緑色のプリーツスカートを履いていた。
「あら、素敵ね!上手じゃない!」と俺は近寄って二人のスカートを見た。・・・少なくとも俺が縫ったスカートよりもいい出来だった。
「お母様に指導してもらったからね」と明日香。
俺は恵子に教わりながらほぼひとりで縫ったっけ。とにかく早めに終わらせようと、簡単なフレアスカートですませてしまった。
少しだけ後悔するが、すんでしまったことだ。特にあの後のことは思い出したくない(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」百八話参照)。
「美知子さんが来てるの?」そのとき、杏子さんが部屋に入って来た。明日香の姉で、祥子さんと同じく下宿の同居人だ。
「英研の合宿に行ってきたそうね?」
「はい。今朝帰って来ました」
「なら、今度は落研の合宿をしましょうか?」
「・・・どこへ行くんですか?」
「浅草で漫才や落語を観るのよ」
「今まで時々やっていたことじゃないですか」と指摘する。
「じゃあ、大阪へ漫才を観に行こうかしら?」と杏子さん。
「金銭的にもう無理です」と断らざるを得なかった。
翌日、約束のお昼過ぎに一色の家に寄り、一緒に駅前に行った。駅前の喫茶店で一色のお相手の立花先生と刑事さんに会うとのことだった。
俺は立花先生がどんな人か気になった。十歳近く年上らしいけど、落ち着いた紳士なのだろうか?齋藤さんや佐藤さんが印象を聞きたがるかもしれないな。
それに現職の刑事さんには会ったことがない。怖そうな人なんだろうか?
駅に着くと、立花先生と刑事さんらしき二人が駅前に立って待っていた。一色が手を挙げて声をかけると、二人は親しげな微笑みを浮かべて歩いて来た。
離れたところから見た印象では、立花先生はすらりとしてそこそこ背が高く、優しげな顔だちだった。頭もいいんだろうが、性格も優しいのに違いない。
もうひとりの刑事さんは四十代くらいの男性だけど、気のいいおじさんにしか見えなかった。しばしば犯罪者と対峙する刑事さんは職業柄顔が険しくなりやすく、特に暴力団を相手にする捜査第四課の刑事さんは顔つきが暴力団員みたいになると、根拠のない噂を聞いたことがあったが、この刑事さんは例外のようだった。
「先生、ようこそ。島本刑事もわざわざ来ていただき恐縮です」と二人に話しかける一色。
「いやいや、こちらから会ってくれとお願いしたんだから、ここまで来るのは当然だよ」と島本刑事が答えた。
「こちらがあの似顔絵を描いたミチ・・・藤野さんだよ。女子高時代の同級生なんだ」と一色が俺を紹介した。
「藤野美知子です。初めまして」と俺は頭を下げた。
「藤野さん、来てくれてありがとう。島本です、初めまして」と刑事さんが頭を下げた。
「あなたの噂はよく聞いています。明応大学医学部法医学教室の立花です」と立花先生もあいさつしてくれた。
「ここでは何だから、この前行った喫茶店に入ろう」と島本刑事。そこで四人で俺も行ったことがある喫茶店に入った。
「君たちは昼食はすませたかい?」と聞く島本刑事。俺たちがすませたと答えると、好きな飲み物を頼むように言われた。
俺はアイスコーヒーを、一色はレモンスカッシュを注文した。島本刑事たちもアイスコーヒーにしたようだ。
「さて、藤野さんにもらった似顔絵なんだけど、見た時にぴんと来たんだ。一か月ほど前に起こった強盗事件の被疑者のモンタージュ写真に似ていたからね」
「強盗事件ですか?」と俺は聞き返した。
「うん。ある老夫婦が用事で外出していてね、暗くなってから一軒家の自宅に帰ったら、家の中に知らない男が侵入していたんだ。空き巣だね。その男の醜悪な顔を見て老夫婦は腰が抜けたそうだ。そして男は肥後守、つまり折りたたみナイフを出して『騒ぐと殺す』と二人を脅したんだ」
「それは恐ろしかったでしょうね」
「そう。老夫婦は抵抗できないまま手足を縛られ、口に猿ぐつわをかまされたんだ。その状態で『金はどこだ?』と聞かれ、猿ぐつわを少しだけずらされた夫が隣の居間に手提げ金庫が置いてあると答えた。ちなみに老夫婦が縛られたのは応接間だったよ」
「お金の在処を教えた老夫婦はどうなったの?」と一色が聞いた。
「夫はもう一度猿ぐつわをかまされ、二人はその部屋に倒れたままで放置された。空き巣の男は応接間を出たんだが、まもなく悲鳴が聞こえ、どたどたと走る音が聞こえてから静かになった」
「空き巣が逃げ出したんですね?・・・そしてその老夫婦は?」
「縛られて身動きができないままだった」
「夏の屋内で水分が摂れないまま、もし窓が閉められていて、扇風機もクーラーもない状況だったら、暑くて危険ですね?」
「そう。熱射病を起こして死亡する危険がある」と立花先生が口をはさんだ。熱射病とは重症の熱中症のことだろう。
「その老夫婦は熱射病を起こす前に助かったの?」と一色が聞いた。
「空き巣が逃げたときに玄関が開いたままになっていた。翌日、夜になっても戸が開いているのを不審に思った近所の人が老夫婦の長女に電話したんだ。長女は嫁に行って別居していたので、様子を見にくるのに二時間ほどかかったんだが、家に入るとすぐに縛られてぐったりしている両親に気づいて、救急車と警察に通報したんだ。二人とも命に別状はなかったけど、脱水症を起こしていたようだ」
「早く発見されたのは不幸中の幸いでしたね」
「けがは縛られたときにできたすり傷ぐらいしかなかったけど、何日も発見されなかったら命の危険もあったから、強盗致傷事件として捜査を始めた。被害者夫婦が回復してから犯人のモンタージュ写真を作ったんだけど、ちょうどその頃にもらった藤野さんの似顔絵が犯人に似ているのに気づいたから、夫婦に見てもらったら、モンタージュ写真よりもそっくりだって言ってたよ」
「これで捜査がはかどりそうだね」と立花先生が微笑んで言った。
「壊れた市松人形を盗んだらしいとの情報ももらったからね、近隣の人形修理を請け負う工房も調べているところだよ」
「犯人が逮捕され、人形が見つかるといいですね」と俺は言った。どんな人形なのか、盗まれた柴崎さんのおじいさん自身も知らないけれど。
「ところで島本刑事、私に相談したいことは何なの?」と一色が聞いた。
「さっき話したように、空き巣、いや、強盗犯は、老夫婦を縛り上げて応接間を出た後、悲鳴を上げて逃げ去った。屋内にはほかに人がいた形跡はなかった。金銭や貴重品など、何も盗られてはいなかった」
「犯人が何に驚いて逃げたのか、わからないのですか?」
「そう。老夫婦の話では、お化けでも見たかのような悲鳴をあげたらしい」
「鏡か窓ガラスに自分の顔が映って、妖怪だと思ったんじゃないですか?」と俺が言ったら、島本刑事たちは笑い出した。
「確かに藤野さんが描いた似顔絵を見たら妖怪と見間違えそうな顔だけど、さすがに自分の顔くらいわかるんじゃないかな」と島本刑事が言った。
「居間に強盗犯を怖がらせるようなものはなかったの?」と一色が聞いた。
「一応担当の刑事たちが調べたんだけど、恐れ戦くようなものはなかったらしい。・・・例えば、幽霊の絵とか、妖怪の人形とか」
「その言い方だと、普通の絵や人形があったように聞こえるけど?」と聞き返す一色。
「うん。居間は和室で床の間に山水画の掛け軸がかかっていた。飾り棚の上には五十センチくらいありそうなフランス人形も飾ってあった。さらに押し入れの中にも掛け軸や人形がしまってあったけど、人を怖がらせるようなものはなかったそうだ。・・・今は普通の住宅に住んでいるけど、老夫婦の家は戦前は羽振りが良くて、その頃入手した絵画や骨董品がまだいくつか残っているという話だ」
「部屋に入ったとたんにそのフランス人形を見て、驚いたんじゃないですか?精巧な人形は少し不気味ですから」と俺は言った。
「初めて入った部屋でいきなり大きな人形を見たら驚いて声を出すことはあるかもしれないけど、強盗犯が逃げ出すほど恐怖を覚えるってことがあるのかな?」と立花先生が言った。
「それもそうですね。・・・ところで老夫婦が言った手提げ金庫は手つかずだったんですね?」
「押し入れの中に入っていた。そのすぐ上に大きな市松人形も置いてあったそうだ。・・・居間を調べた刑事も、押し入れを開けたとたんにそんな大きな人形が目に入ってびくっとしたそうだが、立花先生が言ったように、盗みをあきらめて一目散に逃げ出すほど驚いたとは考えにくい」と島本刑事。
「市松人形?・・・市松人形があったのですか?」と俺は聞き返した。柴崎さんのおじいさんの家から盗まれたのも市松人形だったからだ。
「その市松人形はどんなの?写真とかないの?」と一色が聞いた。
「写真は今手元にないけど捜査記録の写しがある」と言って島本刑事は警察手帳を開いた。
「・・・これだな、高さが一メートル近くある男の子の市松人形で、普段着のような安っぽい薄茶色の着物が着せてあり、あまり高価そうには見えなかったようだ」
「そ、そ、そ、それって!」と俺は思わず声を上げた。
「柴崎さんのおじいさんの家で盗まれた市松人形にそっくりな格好じゃないですか!」(十八話参照)
俺の言葉にみんなが驚いた。
「じゃあ、その強盗犯が東北で盗んだ市松人形をどこかで売り払い、それをたまたま被害者の老夫婦が購入して押し入れにしまい、強盗犯が偶然にもその家に空き巣に入って、自分が売ったはずの市松人形と出くわしたってことかい?」と立花先生。
「それは考えにくいかも」と一色が言った。
「もしどこかの人形店が、柴崎さんのおじいさん宅から盗まれた市松人形を買い取った場合、人形を修理するだけでなく、上等な着物を着せて高く売ろうとするんじゃないでしょうか?」
「修理しただけで強盗犯自身がその老夫婦に売って、そのときに空き巣に入ろうと目星をつけたのかもしれないぞ」と島本刑事。
「それなら、老夫婦がその強盗犯の顔を知っていたはずだし、強盗犯が人形を見つけてもさほど驚かなかったんじゃないかな?」と立花先生。
「それもそうだな。じゃあ、どういうことなんだろう?」と首をかしげる島本刑事。
「ひょっとしたら、柴崎さんのおじいさんから盗まれた市松人形とまったく同じ人形が、以前からその家にあったのかもしれませんよ」と俺は口をはさんだ。
「どういう意味だい?」と聞く一色。
「その市松人形は一点ものではなく、何体か・・・少なくとも二体、作られたものだったのかもしれません。強盗犯は、柴崎さんのおじいさんから盗んだ市松人形をしばらく手元に置いておいたのではないでしょうか?少なくとも東北の町の人形店では修理を断られたそうですから」
「それで?」と先を促す一色。
「大きな市松人形って、夜中に見ると不気味ですよね。さすがの強盗犯も早く手放したがったと思います。既に修理に出したか、どこかに売ったのかもしれません」
「修理に出せばお金がかかる。修理せず、着物も安物だったら、あまり高くは売れない・・・」
「そうです。それでお金に困った強盗犯は空き巣を働いた。運悪く家人に見つかり、縛り上げて、改めて金目のものを探したんです」
「それで?」と立花先生。
「老夫婦から聞いた居間に入り、押し入れを開けたら、そこに自分が盗んだのと同じ人形があったとしたらどう思いますか?」
「その人形が・・・どこにあるかしらないけど、先回りして自分を待ち構えていたと思いかねないな」と島本刑事がつぶやいた。
「手放したい、あるいは既に手放した人形が自分の目の前に現れた。・・・以前から不気味に思っていた人形ですから、自分を呪って追って来たと思ったら、怖くて大の男でも悲鳴を上げて逃げ出しかねません」
「それは一理あるね」と一色が言った。
「ただ、この仮説の欠点は、柴崎さんのおじいさんの家にあった市松人形と、その老夫婦の家にあった市松人形が、ともに同じような安物の着物を着ていたというところよ。それだけ大きな人形なら、元々は高級な着物を着ていたはず」と、俺は一色に言った。
「柴崎さんちの人形の場合は、戦後の食糧難でまず人形の着物を売り、安物の着物を着せてから今度は食糧買い出しの代金代わりに人形自体を置いていったものと考えたの。老夫婦の家の人形も着物だけ売り払ったのかもしれないけど、同じような安物の着物を着せるなんて偶然が起こるのかな?」
「それは一度その老夫婦に市松人形の由来を聞いてみるべきだと思うよ」と一色。
「ひょっとしたらその二体の市松人形は、どちらも戦前は老夫婦の家にあって、それぞれ高級な着物を売った後で、裸のままにしておくのが忍びなく、手元にあった同じような安物の着物を着せたのかもしれない。そう考えると偶然でも何でもないかもね」
「そういうことなら老夫婦に人形のことを聞いてみよう。同じ人形が二体なかったかとね」と島本刑事が言った。
四十二話登場人物
藤野美知子(俺、お姉様、みっちゃん、ミチ) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。
水上明日香 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。
内田真紀子 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。
小柴恵子 美知子の幼馴染。駅前の洋装店に勤務。
水上杏子 美知子の先輩。明日香の姉。秋花女子大学二年生。落研部員。
黒田祥子 美知子の先輩。秋花女子大学二年生。英研部員。
一色千代子 明応大学文学部一年生。美知子の元クラスメイト。
立花一樹 明応大学医学部法医学教室の助手。一色千代子の彼氏。
齋藤美樹 家事手伝い。美知子の元クラスメイト。
佐藤孝子 家事手伝い。美知子の元クラスメイト。
島本長治 刑事課強行犯係の刑事。アラフォー。
柴崎由美 徳方大学一年生。美知子の元クラスメイト。




